出来事

この間、ある機会に、偉い先生が、
「私は古い人間です。
ここにいる中で、一番歳をとっています。
私は、空襲を生き残りました。
小学校にいるときに、飛行機が来て、掃射されました。
目の前で、学友が、爆風を浴びて、建物もろとも吹っ飛んでだめになりました。
そういう中を生き残りました。
よろしくお願いします」
と、自己紹介した。

飲み会みたいな席で、何気なく言われていたので、
みんなは「お、おお~…」と言う感じに反応して、その後は流されていたが、
わしはやはり、今のわしを取り囲む状況とのギャップを感じた。
たぶんみんな一瞬は、そう感じたと思う。

サバイバルと聞くと、バーチャルなイメージしかうちらは浮かばないけど、
目の前で学友が吹っ飛ぶような環境は、「本当にサバイバル」で、
「本当のサバイバル」というのは、今のわしは簡単には想像できない。
人間性の形成は、生まれつきと、生育環境。
「本当のサバイバル」を潜り抜けた人には、どんな人間性の傾向が育つのだろう?
世界の見え方も違うのだろう。

ところで今日わしは、電車で通勤していたら、乗っていた電車が駅に着くときに、急停車した。
「ただいま、停止信号が押されましたので、急停車いたしました」
という車内放送。
なんだろう、と思うまもなく、
「この電車で、人身事故が起こりました。しばらくお待ちください。
線路は大変危険ですので、降りないでください」
とのこと。
まじか。
わしが乗っているのは2両目。
無意識に「南無阿弥陀仏」と唱える。
べつに仏教徒ではないのだけど、いつも何か「まずいな」と感じたときには、おまじないとして言ってしまう。
遠くから救急車、消防車のサイレンが近づいてきて、駅の目の前に止まる。
このまましばらく車内に閉じ込められるのかな、と思っていると、
しばらくして「2両目のドアを開けます」とのこと。
人身事故を起こしてしまった電車というのは、急停車したものの、すでに半分は駅に着いているわけで、
ドアは開けられるのだ。
1両目では、レスキュー隊の人がたくさん来て、救助を行っていた。
振替輸送に行くため、エスカレーターを降りる傍ら、
ぐるぐる巻きにされてストレッチャーに乗せられた人が運び出されるのが見えた。
すぐに運び出せたのは良かった。亡くなっていないといいのだけど。

東京で電車に乗って生活していると、人身事故の知らせは、珍しくない。
車内放送や、駅の電光掲示板で、「人身事故」の言葉には、しばし出会う。
ただ、目の前で起こると、すぐに忘れられる体験ではなくなる。
いわゆる「実感」をする。
今、わしを取り囲む状況も、けっこうサバイバルなんだ。
世界とは、こういうものなのかもしれない。
とにかく、事故にあった方のご無事を祈ります。
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by syun__kan | 2010-04-09 22:26 | 日記 | Comments(0)
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