堂々肌荒れ

どんなポジティヴィストでも、
プラスに捉えられないものってある。
わしはそれを知っている。

ニキビである。

わしの肌は、時折断固として荒れる。
おでこはバトルフィールドとなる。

中学生の時に、荒れ始めた。
医者に行くと、洗顔フォームと化粧水と保湿クリームと塗り薬を買わされ、
朝夜顔洗って塗ることを命じられ、
「まあ、二十歳になれば治るから」
と言われた。

当然、洗顔フォームと化粧水と保湿クリームと塗り薬使って洗ったり叩いたり塗ったりしたところで、治らないんだよ。
そんなものには、わしのおでこの宿命を左右する力など、これっぽっちも持っていない。

わしのニキビは、「出るときは出る。以上!」という、決然さがある。

今年の夏ごろ、わしの洗顔フォームが使い切ってなくなって、ようやく気付いた。

「なぜ、顔だけ、普通のせっけんで洗わないのだ?
540円くらい出して、顔用の泡を買わなきゃならんのだ?
おんなじ肌じゃないか!
わしのおでこは、荒れるときは荒れる。荒れないときは荒れない。
そんなのよくわかってるじゃないか!」

ということで、顔も普通のせっけんで洗うようになった。
洗顔フォームで洗っていた時と、状況はこれっぽっちも変わらない。
荒れるときは荒れるし、わりと平穏なときもある。

中学生のころから、ずっと同じだ。
医者よ、なんの根拠があって、「二十歳になったら治る」と言ったのか?

ただ一つ、変わったことがある。
気にならなくなったことだ。
出るんだニキビは。うん。
最近平日はストレスが原因なのか、あまりおなかが動かない。
そのかわり休日に胃腸ははしゃぐ。
そしておでこはいじましく悶える。
人生を反映するなら、これがわしの、デコである。
荒れればいい。
跡を残してゆけ。
これがわしの人生だ。
わしなりのテクスチャーになればいい。
ナンバーワンにならなくてもいい。
もともと特別な、オンリーワンのデコ。

だからわしは、ニキビをプラスに捉えることはできないが、
「まあどうでもいいや」と平然としていられるようになった。
[PR]
by syun__kan | 2011-12-11 23:15 | 日記 | Comments(0)
<< 今日はおっさん祭りです 前進するUFOの前後する話 >>