太郎賞の搬入

14日は、大学時代(時代といってもそれほど前ではないが)の友人を中心に、
奥さんを含めて6人のお手伝いの人が来てくれ、
同窓会的な雰囲気もありつつ、搬入、設営した。
皆、わしの作品の搬入を手伝うなんてもったいないくらいの、才気溢れる面々である。

なぜかわしの両親も、野次馬的な感じで、大量のミスタードーナッツを中心とした食糧を伴って現れ、
主に高所作業に対して「嗚呼、アブナイ!」等の野次を飛ばしていた。

今思い返すと、奥さんと金ちゃん以外は皆、群馬出身だった。
群馬には上毛かるたというローカルな遊びがある。
群馬にちなんだかるたであり、なぜかどこの家庭にも在り、
群馬出身者であればほぼ全員が、遊んだことがある。

「あ」は「浅間のいたずら鬼の押し出し」であり、
「ち」は「力あわせる二百万」である。

二百万は、群馬県の人口。
岡本太郎賞・大賞の賞金は二百万円なので、
群馬出身者で力を合わせて搬入し、二百万を獲るというのも、それなりにおつなのではないか。
まあ人生というのはもっとひねりの効いたものだと思うので、そんなうまく行かないだろうが。

わしの今回の作品は、高さ550cm×横幅200cm×奥行き200cm、重さ推定300キロである。
10のパーツに分解できる。
パーツを組み立てて5個の塊にし、それを積み上げ、接合する。
群馬の実家で制作し、祖父宅と実家に分けて保管していた。
それを2トンロングのエルフに積み、母の顔馴染みの運送屋さんが格安で川崎まで運んでくれた。
展示会場の天井の高さは7メートルあり、
奥さんが天井裏に入って、鉄骨にロープを縛りつけ、先に滑車をつけた。
作品の土台をまず組み立てて、
2段目以降は滑車を使ってロープで吊り上げ、土台を下に滑り込ませ、重ねていく。

と、説明しても、よくわからないと思う。
設営のダイナミズムは、設営を手伝ってくれたメンバーしか知れない。
完成品を見るだけとはまた違った、祭りみたいな恍惚感があるんだ。

15日は、奥さんと二人で出向き、微調整した。
微と言っても、「10時5時」の、一日がかりである。
最後の5パーセントをちゃんと詰めること。
っていうのは、目に見える変化に乏しく、正直しんどい作業なのだけど、
フィニッシュワーク、というもののために、その作業は必ず要るのだ。
と思っている。
そこまでやりきらないと例えば感動なんてさせらんないのだと思う。
ということで、しんどい一日を終えた。
そのまま風邪に突入である。
とても自然だ。

翌日から5日間の仕事。
わしが仕事している間に、岡本太郎美術館では、写真撮影も審査も、済んでしまっている。
その結果は、おそらく来週、封書で来る。
審査結果は決まっているけど、わしはまだ知らない。
という、今はそういう期間である。
それはそれで面白いし、そういう期間は人生でそんなには無いだろう。
なのでこの日記を読んだ方は、その、「そんなに無い気分」を一緒に味わってみてはどうでしょうか。
200万もらえるのか、箸にも棒にも掛からないのか。
という、何とも言えない、モヤモヤというか、平均台に片足で立ってる感じを。
ついでに風邪ももらってくれたらうれしいのだけどね。
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by syun__kan | 2012-01-20 23:15 | 日記 | Comments(0)
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