群馬県は前橋市、
わしが通っていた小学校の近くに、というかすぐ脇に、川があった。
わりに広い。いや、川幅はそうでもないが、土手が広い。
とは言っても、都会の川、例えば多摩川みたいに整備されてない。
放置されている。
何も考えていない葦が、アンドレ・ザ・ジャイアント以上の高さでぼうぼうに生い茂っている。
わしはそこの面積ばかり豊富な土手でよく遊んでいた。
コイケサンと「忍耐」というユニットを結成し、
通学路を歩かずに無理やり葦をかき分け、「忍耐!」とか言いながら土手を歩いて帰ったりした。

一つの記憶がある。
その日わしは土手にいた。
コイケサンは一緒ではない。わし一人だ。
「忍耐」としてではなく、ソロ活動だったのだろう。

というか川を飛び越えようとしていた。
土手で一人遊びして、そんで帰ろうとしていたのかもしれない。
川の淵に立ち、川を睨んでいる。

確かに普通に川を渡るためには、土手を上がって、少し離れた所の橋まで行かなければならない。
川を飛び越えた方が距離の短縮になる。
とは言うものの、そういった即物的なニーズより、単に少年らしい一見無意味な好奇心というか野心として、
川を飛び越えられるかどうか試したかったのかもしれない。

川は浅い。
幅は2メートルほど。…いやわからない。
長さというのは、縦だと自分の身長を基準に検討をつけやすいが、横になってしまうとなかなか判断しづらい。
2メートル50センチかもしれないし、170センチかもしれない。
170センチとすれば、獣神サンダー・ライガーが横になったくらいだし、
2メートル9センチだとすれば、ジャイアント馬場さんが横になったくらいである。
と、わしは考えた。
物心ついたころから、身近な数値はプロレスラー、巨大な数値は怪獣を基準に考える習慣が、わしにはついていた。ゴジラ何個分とか。

さらに思いを馳せる。
わしは運動が得意ではない…
ヤコッサンやイマクンなら、このくらいは軽く飛び越えてしまうかもしれないが、わしにはどうだろう。
しかし、一瞬、「いけるだろう」と思ったことも事実である。
わしはどちらかというと、慎重な性格である。
常識的な判断力を持っていると思っていると思っている。
というか怖がりである。
活発な男子が高い遊具から飛び降りてみせるような、勇気は持っていない。
そんなわしが、一瞬でも「いけるだろう」と思ったのだから、
これは要するに、ほんとにいけるってことなんじゃないか。

しばしの逡巡のあと、わしは決心して、まずランドセルを向こう岸に投げた。
飛び越えられるイメージが、一瞬でも自然と沸いたのだから、できる。
仮説かもしれないが、それは一つの悟りだった。
例え仮でも、その悟りに向かって行動を起こさなければいけない。
人生とはそういうものだ。

そして、ちょっと下がって、助走をつけ、踏み切った。

ジャーンプ!

くつ&けつが濡れた。
飛び越えられなかったのである。

人生って難しいなあ、でも必ずしも思い通りに行かないからこそ深みがあるんだ。
と小学生のわしは思った。
というのはうそで、最近この記憶をなぜか突然思い出したわしがそう思った。
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by syun__kan | 2012-02-07 20:27 | 日記 | Comments(2)
Commented by manrui at 2012-02-08 14:25 x
あのー、その川って、「しらかわ」って川じゃないですか?
Commented by syun__kan at 2012-02-08 21:47
そうですよ、しらかわです。
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