以前、中村橋という駅の近くに住んでいたとき、
朝、出勤のため家を出て、たまに利用するパンやさんの前を通りかかると、窓ガラスに
「予期せぬハプニングのため、臨時休業します」
という貼り紙がしてあった。
予期せぬハプニングってなんじゃらほいと思いながら電車に乗って、職場のある駅について、
職場までの道を歩いていると、豆腐屋の窓ガラスに、
「本日臨時休業」
という貼り紙がしてあった。
まさか、今日、パン屋と豆腐屋の決闘でもあるのだろうか?
全国の豆腐屋を束ねるボスが、パン屋を束ねるボスに、果たし状でも叩きつけたのだろうか?
国立競技場みたいなところに、両サイドに分かれて、パン屋軍団と、豆腐屋軍団が、今頃にらみ合っているのだろうか。
豆腐屋は熱々の豆乳と、オタマを持って。
パン屋は小麦粉をもうもうと煙らせて、トングをカチカチさせて。
という妄想をした。
妄想を掻きたてさせた原因は、どこでしょう。
正解は、パン屋の書いた、「予期せぬハプニングのため」というセンテンスです。
それさえなければ、わしも流してたと思う。
世の中の、ある種の人たちは、貼り紙で、必要以上の情報量を発信する傾向がある。
駒込に住んでいたころ、霜降商店街というのがあって、
その一角に、湯船みたいな形した石でできた水槽のようなものがあり、
金魚が泳いでいた。
そこにはいつも貼り紙がしてあって、
「水草を入れてくれた人、ありがとう」
とか書かれていた。
石の水槽には持ち主がいて、誰かの好意に対して感謝を表しているようだった。
貼り紙は頻繁に内容が変わり、時候の挨拶のようなときもあった。
ある時は、
「心の寂しい泥棒さん、金魚を盗むのはやめてもらえませんか?」
と書かれていた。
金魚が減っていたのだろう。誰かが盗んだものと思っているようだ。
でもわしは、深夜にそこを通りかかるとき、猫が水槽のふちに立って金魚を見つめ、
水槽の外に金魚がはじき出されているのを目にしたことがある。
持ち主の中では、水槽をめぐるドラマが、現実と少し乖離しながら展開されているようだった。
わしはこういうのを、HNS(貼り紙ネットワーキングサービス)と名づけている。
ところで、わしが奥さんと犬と、夜に散歩するコースに、見慣れない草?木?がある。
畑の隅に生えているのだけど、高さ3メートルくらいの大きなブロッコリーみたいな形状で、
中腹に、緑の紡錘形の10~30センチくらいの硬い実が、たくさんたくさん生っている。
あまりにも堂々と生えているのに、この植物がなんなのか全然見当もつかないので、若干不気味なのだ。
畑に生えているから、持ち主はいるはずだ。
奥さんが、
「『この実は何ですか?』って書いた紙と、書くものをぶら下げておけば、翌日答えが書いてあるかもよ」
と言った。
確かに。書いてくれそうな気がする。
まさか自分がHNSへの入会を迷うことになるとは。