国語と算数

21日、雪の仙台で「国立デザイン美術館をつくる会 第2回シンポジウム」に行ってきた。

何度も言っている通り、わしはデザインについては素人である。
博物館学的なことについても。

しかし、三宅一生さんは、おそらく「若い者に有意義な経験を」との思いから、
わしをシンポジウムに誘い入れてくれる。
次世代のクリエイターの育成を本当によく考えてくださっている方なのだと感じる。

今回も非常に勉強になり、そして実りが多かった。
素晴らしい経験であった。
三宅一生さんをはじめ、こんな心許ないわしを温かく受け入れてくださった、名だたるクリエイターの方々には、感謝が絶えない。

第1回、2回とも、デザインの素人なりの視点を生かして登壇できればと思っていたが、
今回のシンポジウムからは一般の方々の意見も取り込まれるようになって来ていて、
一般人代表としてのわしの役割はそろそろ終わった気もする。
今後は一般の方の意見をしっかりした知識で受け止め、返球できる方の登壇が必要になるだろう。

わしは文系なので、算数が苦手で国語が得意だった。
デザイン美術館のシンポジウムに参加するのは、算数のテストで必死に勉強してせめて75点を取りに食らいつく感覚に近い。

ようするに、本当に勉強になるのだ。
汗水垂らして「がんばっている」のだ。
こいう努力は、将来絶対実を結ぶ。
生きていることを実感する。

ところで、仙台で汗水を垂らしている間に、岡本太郎美術館からワークショップおよび作品貸し出しの依頼のメールが届いていた。

太郎さん!

太郎さんのフィールドでまた何かできるかもと知った瞬間、
バケツに入っていたムツゴロウが、バケツが倒れて温かい泥に戻り、泥にまみれて戻っていく感覚が駆け巡った。

なんという温かい、縄文の泥。たっぷりした絵の具とマッシブな曲線。太陽。
わしの住んでいる世界はここなのだろう。
赤く温かい泥。
計算上ではなく、本物の偶然性。不協和音。
「猛烈に素人たれ」。
彼の言葉は全然厳しくなかった。
久々に帰ってきて、それを感じた。
温かく、ひたすら「包容」の言葉なんだ。
わしにとってはあまりにもたやすく文章読解できる。
いつも間にか、こんなに親しみを感じていたとは。わしの母国語。

現国ばっかりやっているだけじゃだめ。算数もしなきゃ。
牛肉ばっかりじゃなくて、春菊も食べなきゃ。
ピーマン、人参、ナッツ、食べなくちゃ。

全部ひっくるめて、人生学校というやつ。
講師に三宅一生さん、岡本太郎さんなんて、豪華すぎるだろう!
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by syun__kan | 2013-04-23 21:45 | 日記 | Comments(2)
Commented by ぺこ at 2013-05-04 06:59 x
最近更新が無くてつまりませぬ
脳天と心臓にガシガシ来る文章が好きです
こっそり応援しておりますよ(*^^*)
Commented by 関口 at 2013-05-04 22:47 x
すまないね。
なんかいろいろめまぐるしくてさ!
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