雑巾理論

いやはや、貧乏暇なしどころじゃない、大貧乏寸暇絶滅といった感じで、この日記にも何にも書けていない。
仕事も新年度、アート関係も目白押し。
一日の内、無駄な10分が一度もないと以前書いたけど、
最近は一日が10分足りてない。

学生の頃、わしは
「自分なんて、ぼろ雑巾のようになってしまえばいい」
と言っていた。
それを聞いていた、同じ彫刻科の女の子が、
「えー…、私はそういうのはやだな」
と言っていた。
それに対してわしは、
「え!?なんで?!」
と、素で聞き返していた。

雑巾のぼろさ加減は、その雑巾が、どれだけ多くのことを成し遂げたかの証である。
白くて硬いままの、雑巾ラックにかかった雑巾は、きれいだけど意味がない。
何度も使われ、何度も絞られ、雑巾ラックにかかった、チャコールグレーの肉厚の雑巾こそ、素晴らしい。
それこそ殿堂入りである。
殿堂入りは、誰でもできることではなく、
たとえば安物の雑巾であれば、薄いので、殿堂入りする前に擦り切れてしまう。
しかしそれでも、白いまんまよりは、意味があるのではないか。
だったら、雑巾としての今を燃焼すべきである!
泥だろうと、牛乳だろうと、拭こう!

これが、学生時代のわしの、雑巾理論。

でもわしも、もうすぐ30。

改めてこの理屈を聞くと、むさ苦しくもある。

彫刻科の女の子のマインドに、少しずつ近づいてきていたかもしれない。
疲れたよ、適度に休みたい。
だらっとしたい。
やりくりしたり受け流したりあしらったりすることに興味がある。

しかしだね、学生時代の関口くん、君の望み通り、2013年のわしは、ぼろ雑巾的な日々を歩んでるよ。
良かったね!ああ良かったっすね!!
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by syun__kan | 2013-05-07 23:27 | 日記 | Comments(1)
Commented by ぺこ at 2013-05-11 22:03 x
雑巾理論推進委員会としてヒトコト言わせていただきますと…ぼろ雑巾のように草臥れきる前に、少し立ち止まり自分を労る時間や余裕も作らにゃ
…とは言え、今だから出来ること・今しか出来ないことがてんこ盛りで、ますます雑巾ぶりに拍車を掛けるのだろうね…
昔バイト先に『雑巾』というあだ名のオトコがいたなあ…単にいつも薄汚れてて近付きたくない…という理由で付いたあだ名だったけど…

ヒドすぎるあだ名だよね(;_;)
ちなみにワタシのあだ名は『噴射』でした…理由は聞かないで
あだ名付けの名手だったヒロコ…漫画家を目指していたがどうなったかな…
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