同期の動悸

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わしの終生のライバルと言えば、三宅感氏と、あともう一人。
戸坂明日香氏。

YMOで言えば、
芸大で博士となる、アカデミックで目が大きくて厚い唇を持った戸坂氏が坂本龍一で、
ロック色が強くて、アンダーグラウンドの匂いも持つ、ひとえで唇も薄い三宅氏が細野晴臣で、
二人の強烈な個性の間を取りなす、なよなよしたバランサーであるところの関口が高橋幸宏であろう。

闘魂三銃士で言えば、
戸坂氏はお箸の国の日本人に好かれる一筆書きファイター、橋本真也が当てはまり、
三宅氏は持って生まれたあらゆるポテンシャルが天才的な武藤敬司であり、
わりと周りを見て左脳で考えて動く常識人、蝶野正洋を、わたくし関口が務めさせていただきます。

わしらは、1983年生まれで、高崎にある洗濯機のような美大予備校・高崎美術学院の彫刻科で一緒になる。
小さな予備校の彫刻科における無二の同期として、
日々デッサンで比較され、塑像で比較され、順位を争い、自然とライバル心を煽られ、
やがて人生の全ての面で意識しあうトライアングルとなった。

そしてわしらは、アトリエ横のごみ溜めみたいなスペースで、芸術や人生や宇宙やら、ミクロなことからマクロなことまで、何時間も、とめどなく、語り合っていたものだ。

わしと三宅氏は現役で多摩美に受かり、戸坂氏は一浪して芸大に受かった。
わしは多摩美一年生の時に、戸坂氏と一緒にもう一度芸大を受験したが、やっぱり受からず、
芸大に合格した戸坂氏の背中を複雑な心境で見送ったものだ。

在学中は、3人でグループ展「みはじ展」を開き、ギャラリールデコという渋谷の安いギャラリーで、互いの存在を消しあうかのような対決をしたりしたのも良い思い出。

最初にかましたのが関口だった。卒業制作の「瞬間寺院」で首席となり、それからつながる文脈で三宅一生さんに発掘され2008年に東京ミッドタウンにデビュー、21_21デザインサイトでの「21世紀人展」。

レセプションに、愛する同期、三宅氏と戸坂氏を呼んだ。
二人は悔しがるだろう、それは分かっている。
しかしいかなる時でも、彼らは主賓である。
もしわしが、ダンサー・イン・ザ・ダークのように無実の罪で処刑されることになっても、二人を呼ぶだろう。

レセプションの時、戸坂氏はわしに、「5年待って。5年経ったら、自信を持って見せらるものを用意するから」と言っていた。
ということを、この間、戸坂氏に言われて思い出した。
そう、戸坂氏は、数えて5年の2013年、本当に結果を出したのである。

彼女は芸大の彫刻科を出て、ファインアートではなく、わしには何だかよくわからないけどいろいろと吸収し、研究し、
最終的に、遺骨に肉付けして顔を復元する、「復顔」の研究者となる。
貪欲な知的好奇心と、自らの本籍である塑像を結び付けた形だ。

その成果が、国立科学博物館で開催中の、「江戸人展」でフルに発揮されている。
彼女は、この展示の、企画側の主要メンバーであり、会場に多数展示されている、江戸時代の人間の、学術的根拠に結び付いた頭像を制作しているのである。
ポスターにレイアウトされている横顔の頭像も、もちろん戸坂氏の作。

わしが奥さんと観に行くと、戸坂氏も来てくれ、丁寧に案内してくれた。
本当によくできた、中身の濃い、面白い展示だった。

まったく、油断も隙もない。
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by syun__kan | 2013-06-04 22:08 | 日記 | Comments(0)
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