極私的アーティスト十戒2013

この間、多摩美で行ったトークのために、
学生さんの参考になればと思い、
本郷新さんという有名な彫刻家の「彫刻十戒」という文章を基ネタにして、
アーティストとして生き抜くための、わしの個人的な心構えを十項目書いた。
手元に置いといてもしょうがないので、ドサッと載せてしまいます。


1、自分がアートを行う目的を明確にする。

目的を明確にして、自分が納得したうえで物事を進めるのは、あらゆる場合において重要だと思う。
「二十歳前後の若者は、ふつう、将来お金を稼ぐためのスキルを身につけるための勉強をしている。
なのに自分は、お金を稼ぐことに全然関係ない、立体作品を作っている。どうしてだろう?いいのかそれで?」
・・・そういう自問自答を、大学時代にたくさんした。そして、
「ふつうの若者は、良い会社に勤め、お金を稼ぎ、結婚し、子どもを作り、家族を養い、自分の遺伝子を世に残すことを目的として、勉強しているのだろう。
自分は、お金を稼ぐための勉強をしていないから、家族を残せないかもしれない。
その代わりに、優れた作品を作り、それを見た人の頭の中に、自分の遺伝子を残そう」
という考えにたどり着いた。
今でもこの考えは、関口のアート活動の精神的柱になっている。


2、妥協と遠慮と謙遜と社交辞令を0%にする。

社会では、妥協したり遠慮したり周囲を立てたり謙遜したり無理に笑ったりすることなどが求められる。
だからこそ、そういった要素を一切排除した純粋なものは、世の中で光って見えるし、価値がある。
作品作りに、社会人的なつまらないごにょごにょを持ち込まないこと。


3、美術内美術をしない。

美術史や、美術界の状況を踏まえた上でしか理解できない作品は、一般の人まで届かない。
そういった創作を繰り返していると、アート界がどんどん狭くなり、ただの内輪受けになってしまう。
本物の芸術は、知識など必要とせず、誰の心にも届く。
誰が見ても楽しめる作品を作ること。


4、刺激を受けて感想を言うのではなく、別の形に昇華する。

感想だけなら一般人でも言える。
ただの感想文ならネット上に溢れている。
刺激を養分とし、土壌を作り、新たな形に結晶化させられるからこそのアーティストの存在価値がある。


5、矛盾している状況を、アートを生むチャンスと捉える。

「部長から飲みに誘われ、断れない。
しかし妻から電話で、帰ってこいと言われ、こちらもないがしろにするとまずいという状況。
この状況を解決しなさい」
というような、矛盾した問いを、サラリーマンはよく抱える。
これに対する答えは、無数のバリエーションがあり、中には知恵と閃きの入り混じった芸術的な答えもあるだろう。
矛盾した問いに何とか答えを出そうとするとき、閃きが生まれ、人が想像もしなかったものができる。
世の中は効率化され、効率的な物事こそ素晴らしいという価値観が主流であるからこそ、矛盾したもの、矛盾を何とかしようとしたものが、逆に面白い。
アートも同じように、「衣食住のような生活に必要なものでは無いものを生み出し、それでも皆を納得させなさい」という、矛盾した問いから出発する。
自分の置かれた状況が矛盾していると感じたとき、それは周囲から見たら面白いかもしれないし、無理解決しようとした痕跡はアートになる可能性を含んでいる。


6、凡才が天才に勝つための方法を考える。

わしは、天才の作品しか見たくない。
しかしわしは天才ではない。
この矛盾した問いを解決するため、様々な工夫をする。
代表的には、偶然性を取り入れ、自分でも思いもよらなかった形を生み出すこと。
アイデアとアイデアを掛け合わせることで、自分でも思いもよらなかったアイデアを作り出すこと。
体を動かして少しテンションを上げることで、内臓感覚に結び付いた、頭だけでは思いつけないアイデアを思いつくことなど。


7、ディズニーランドより素敵になる。

岡村靖幸は、コンサートの中で、
「ファイナルファンタジーやドラゴンクエストや、女神伝説なんかに負けたくないぜ。
ディズニーランドなんかより、俺の方が素敵だろ!」
と歌っていた。
この言葉に関口は非常に共感した。
歌手なのに、ゲームやテーマパークをライバル視しているところが良い。
歌もゲームも遊園地もアートも、世の中の人にとっては、生活の中の余った時間に選択する余暇活動の一つである。
アートの展示を見に行くかわりにディズニーランドに行くかもしれないし、きゃりーぱみゅぱみゅのCDを聞くかわりに彫刻を見るかもしれない。
すなわち、それらはすべてライバル同士なんだと思う。
もしきゃりーぱみゅぱみゅのPVを観て、面白いを感じたら、「面白かった」で終わらせてはいけない。
それを超える作品なり、展示なりを作らなくては!と考えるべきだと思う。
わしの作品を観に来るはずだった人が、きゃりーぱみゅぱみゅのコンサートに行ってしまうかもしれないのだから。


8、来た人をすぐに帰らせない展示をする。

「ヒーローズ」展をやった時に、ひと夏を懸けて気合を入れた新作を4つも作って展示したのに、人によっては、さっさっさっさと観て、すぐに観終わってしまっていたのが無性に悲しく、悔しかった。
嫌でも、観に来た人に長居をさせる展示をしたいと思った。
なので「サンダーストーム・チャイルド」展では、キャプションに文を長めに書いたり、日記や絵本を展示して「読ませる」要素を入れた。映像も使った。
このやり方が正解かどうかはわからない。今後も工夫する。


9、応援されるアート活動を行う。

例えば、オリンピックで体操の日本代表になった人がいたとして、その人は一年中、基本的に好きな体操に打ち込んでいる。
方や、それを応援する国民の皆様は、普段好きなことだけに打ち込んでいるわけではないだろう。
眠い目をこすり、体にムチを打ち、数々のストレスを抱えながらも、経済活動に参戦し、家庭を成し、生活を作り上げている。
でも、その日本代表が試合に出れば、応援するのだ。
その選手が、ただ好きなことに打ち込むだけの生活をしていたとしても!どうしてだと思う?
それは、その日本代表が、夢を見せているからだ。
国民の皆様の、小さな頃の夢を代わりに成し遂げようとし、希望を体現しているからだ。
アーティストも、そうでなくてはならない。
アーティストも、応援してもらってナンボである。わしは造形活動を通して、少しでも夢と希望を振りまかなくてはならない。
応援したいと思えるアーティストに、できればなりたいものだ。


10、アートの能力を使って社会と関わる。

アートを続けることは、自分の世界に入り込んで、社会とあまり関わらなくなることだと思っていた。
でも実際、わしにとってはそうでもなかった。アートの能力を持っていることで、教員の仕事をしているだけでは出会えなかった人と、出会うことができた。
いろいろなことを経験できた。様々な職種の人の誘いで様々な場所でワークショップや展示やシンポジウムを経験した。雑誌、テレビ、新聞などいろいろなメディアの人と話す機会も生まれたし、原稿を書いて本に載せてもらったりもした。
使いようによっては、アートは、より激しく楽しく社会と関わるためのツールになる。
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by syun__kan | 2013-06-26 00:12 | 日記 | Comments(0)
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