サブ自分
このブログも6年くらいになるだろうか。
平均して週一回日記を書くことを、これだけ長くやっていると、バロメータとなる。
自分の調子のだ。
心に余裕があって、うきうきしているときは、書きたい事象がポンポン浮かぶ。
反対に、心身に余裕が無いときは、面白いこと何も浮かばない。
そこいくと・・・この1、2ヶ月くらいかな?は、明らかに、落ちてたわな。
浮かばないんだ。何も。
というか落ち込んでいたんだ。
何も楽しいと思わん。そんな時間もあった。
何でだろう?わからない。
しかしわしは、わりとよく知っている。
鬱というものを。

奥さんがほんとうにしょうもないブラック会社に就職して鬱になってコタツ&布団の住人となり、
その後数年かけて今の状態まで戻ってくるまでの過程を、見てきた。

わしも職場が嫌だとか、そういうことじゃない。
言いたいことは、
要するに、置かれた環境によって、人の精神なんて、どうにでもなってしまうということ。
これはほんとにそうなんじゃないかな。
ひたすら何かやって、でもひたすら悪い結果ばかり出たとしたら…
そんな環境でも、どんな状態でも、絶対に鬱なんかならないぜっていう人は、いないと思う。

だからわしだって、場合によっちゃ、鬱になることも有り得るだろう。
ならないよう、自他を調整してコントロールすることはある程度可能だろうけど。

まあ、ここ最近のわしっていうのは、鬱になるとか、そこまで大げさな状態じゃない。
大した理由があるわけでもない。
何か落ち込んでいただけさ。

わしは、必死にもがいた。
何とかしてテンションを上げようとした。
仕事はできる。責任感というものがあるから、テンションが落ちていたとしても、
必要分の仕事をして帰ることはできる。
しかしだ、心の余裕が無ければ、アートなんてできない。
事実…再来年春くらいに向けて制作を進める計画があるのだけど、
いいアイデアが浮かぶのか?こんな精神状態で本当に実行できるのか?
アーティストとしての自分を召喚できるのか?
すごく不安だった。

わしがもがいてやったこと…

暗黒期の新日本プロレスを復活に導く立役者的な活躍をしたプロレスラー・棚橋弘至の著作をわざわざ奥さんに買ってきてもらって読んだ。

好きな言葉を思い出して頭で念じた。

「止まるな動け。止まるとにごる。止まっているときに考えたことなど意味はない」と念じた。

1971年、全盛期、テンションの化身になったようなジェームス・ブラウンのライブアルバムを毎日聴いていた。

その他…YMOのライディーン、筋肉少女帯のサーチライトなど、「目の据わった感じのテンション」の曲を頭に念じて自転車を走らせた。

妻子持つ30代、もっとしっかりするんべきでごぜんやす!とか考えたりした。

いかに自分がヤワな人生を送ってきたかについて、思いを馳せたりした。

自分より明らかに大変な人生を送っている人…例えば発展途上国の人とか…に思いを馳せ、自分なんか超恵まれてんだから元気出すのが義務やろ!と思ったりした。

元気だったわしが、欝だった奥さんを元気付けたエピソードを思い出したりした。

それらの成果は…一時的にテンションは上がる。
「大丈夫、上がった。もう元気になった」
と、自分に言い聞かせるように奥さんに話す。
しかしそれは小さな波で、長期的な波ではやはり大きな谷の中。
すぐに元に戻ってしまう、その繰り返し。

ついにわしは、「厄払いに行こう」と言い出した。
21_21デザインサイトの、佐藤卓さんディレクションの「コメ展」(すっごくおもしろいよ!)を観に行くついでに、
六本木の神社に行こうと。
しかし出発したはいいが、奥さんの大切な、パスコのシールを集めてもらったリサとガスパールのエコバックを地下鉄六本木駅で落としてしまい、
紆余曲折を経て見つけ出せたのだけど、
まあなんかそれどこじゃなくなってその日は神社なんか行かずに帰った。

しかしだ…生後4,5ヶ月のボリさんの笑顔を見ても、何とも思わなかった日は、真剣にどうしようかと思った。

おまけに体調も崩した。
熱出してその後声が2週くらいガラガラ、夜の咳が止まらなくなったり、
胃腸の調子を崩して固形物が食べられなくなり、
口の中にでっかい血豆ができたり。

ある日…ついこの間のことだ、わしは、景気づけに、

「全てを愛で、包み込んでやるー!」

と叫んだ。
「全てを愛で」のところでぎゅっと自分の腕を抱く感じに縮こまり、
「包み込んでやるー!」のところでバッと開く。
その日は、それで乗り切った。

何かそれが、けなげに思え、少し笑えてきた。
この1,2ヶ月を思い出す。
思えば必死にもがき、少し上がってはまた下がるの繰り返し。
笑える。
そう、笑えたのだ。
もがくわしを、客観視する自分が現れた。自分の顛末を鑑賞して笑えた。
思えばそれがきかっけだったか?
他にもきかっけはあったかもしれないが、サブの自分が現れたことは、大きかった気がする。
復活してきたのだ。
瞬間的でなく、本当の復活。
心に余裕が出てきた。遊びが出てきた。花が咲いてきた。
良かった!!

仕事に臨むこと自体が喜びを帯びた。
生きること自体がスピード感を上げた。
ボリさんはもちろん無条件に感動的にかわいい。

仕事の帰り際、上司と雑談したついでに、つい、携帯の待ち受けにしているボリさんの写真を見せて「かわいいでしょ?」と話した。
「ああ、この時期ね、たまらないよね」と応じてくれる上司。
そこで、
「お前!なんて普通のことをしているんだ!」
という声がした。
それは、その状況を客観視する、久々に現れたアーティストとしてのサブ自分だった。
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by syun__kan | 2014-05-16 23:33 | 日記 | Comments(0)
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現代芸術家、関口光太郎の日記。
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