短編集未遂

わしはパソコンの前でじっとしていた。

奥さん「どうしたの?」

わし「日記を書こうかなと思って」

奥さん「書けばいいじゃん」

わし「でも思いつかなくて。
いや、いくつか案はあるんだけど」

奥さん「何?」

わし「網戸が外れる話と、
世の中の広告がダイエットについてばかりでわしに対してすごく空振りしているって言う話と、
ドラゴンボールについてと、
あと美術クラブについてかな。
でもそれぞれ、いまひとつ弱いんだよね」

奥さん「動物園に行けなかった話にすれば」

(昨日の水曜日、奥さんと生後約半年のボリさんは、二人で動物園に行ってエンジョイしてきた。
わしは普通に仕事)

わし「行けなかったということについて、膨らまして書くのは、できなくはないけど、けっこう大変だよ。
行ったのだったら、いろいろ書ける気がするけど」

奥さん「じゃあ今日は短編集にすれば」

わし「わかった。じゃあ行きます。

『網戸』

わしは最先端の事象について全然興味が無いんだよね。
スマホとか、そういうの、全然わからないし、興味が無い。
どうしてかというと、そういう技術の進歩が、その分人間を幸せにするとは思えないんだよね。

例えば昔は、音楽は公演会場に行かないと聴けなかった。
それが、蓄音機ができたりして、なんやかやあって、レコードができたり、カセットテープができたり、
ウォークマンができて歩きながら音楽聴けるようになったりして、
うちらが大学生のときはMDだったよね、
アーティストによって録音するMDの色を選んだりしてさ、
ジュディ&マリーは黄色じゃなくて赤だなあーとか、
ケースの紙に律儀に曲名を小さい字で書き込んだりして、今思えばかわいいことしてたよね、
そんでもってアイポッドができて、パソコンで取り込めるようになって、
それから今はどうなってるのかな?
その先は良くわかんないんだけど、
蓄音機の時代から比べたら、10倍くらい便利になってると思うのよ。
だけど、それで人間が、蓄音機の時代と比べて10倍幸せになったかって言うと、そうでもないと思うのね。
幸せ度はそんなに変わんないと思うのよ。

蓄音機の前でしか音楽が聴けないことによって、
聴けない時間に音楽を頭の中で再生しようとすることによってイマジネーションが鍛えられたかもしれないし、
限られた時間に手間をかけて聴くしかなかったことによって、
集中して聴くようになって、その分、作品からより多くの霊感を得られていたかもしれないからね。
そういった頭の使い方で、人生がより豊かになる可能性はあるからね。

それに人ってさ、何だかんだで、周りの人と比較して幸せを感じたりするもんだから、
周りの人が自分より進んだ物を持ってたら、うらやましくなって満足できなくなるし、
技術が進歩することによって新しい不満足を生み出し続けているような気がするな。

みたいなことをどうして考えたかというと、
うちのベランダの網戸がもう非常に大変にものすごく外れやすくて、
この間もちょっとずらそうとしただけでガタガタンって外れやがって、
音楽再生機とかインターネットとかごにょごにょとそこまでやるかってくらい進歩させ続けるくらいなら、
はやくみんなの手元に、外れない網戸を届けてみせろ!

って思ったからさ。
以上、『網戸』でした。

・・・けっこう長かったな」

奥さん「もうお風呂に入りな」

わし「わかった。ダイエット広告とドラゴンボールと美術クラブはまた今度だ」

なんたるグダグダな23時。
[PR]
by syun__kan | 2014-06-05 22:52 | 日記 | Comments(0)
<< 人間 工作の本、出版!!! >>