わしはあいつのことをわりと評価していた。
あいつはわしに、コツコツとした努力が必ず実を結ぶことを教えてくれた。
ジャージのズボンの紐のことだ。
ズボンの正面の真ん中、わしのへその下あたりから、二本、
ひょろりと出ていて、
蝶結びされることでわしの腰周りをきゅっと締め、ズボンのずり落ちを防ぐ。
これがあいつの仕事だ。
でも時々、片一方の紐だけ長く伸びて、
もう一方の紐が、穴に入り込んでしまうことがあるだろう?
あれがなかなか難儀なんだ。
ああなってしまうと、もう結べない。
腰周りをキュッとできない。
ずり落ちる危険性が出てくる。
まあ正直、紐が無くても、腰周りにはゴムが入ってて、
ずり落ちることはなかなか無いんだけどね。
そういうときは…
穴に入ってしまった紐の先端を、まずは捜索する。
紐の先端近くには必ず結び目があるからね。その感触を探るんだ。
けっこう深く、腰のほうまで入って行ってしまっているときは、いっそ抜いてやろうか!なんて思ったりするけど、
短気を起こしてはだめだ。
結び目を発見したら、根気良く、それを穴めがけて、たぐり寄せる。
これがなかなかめんどくさい。
時間もかかる。
しかしだ。一回一回、グニョ、グニョッとたぐっていけば、
いずれ必ず、先端の毛が、正面真ん中の穴にのぞく。
それを引っ張り出して、左右の紐を同じ長さに揃える時の快感ったらないね。
そう、コツコツした努力は、絶対に裏切らないのさ。
あいつはそういうやつだ。そう、
世の中には、楽してお金をかすめ取ったり、
誤魔化したり、ずるしたりして、のうのうと生きているやつがたくさんいるだろう?
でもあいつはちがう。
コツコツ、コツコツと。
ゴールに一歩ずつ近づいていくのさ。
だがしかし…
あんなことになるとはな…
確かに、わしも忙しかった。
忙しい時期には、というか一年の大半はそうなのだけど、
片一方の紐が長く伸び出していることに気づいていても、
たぐり寄せる暇が無いんだ。
あの日、確かに左の紐は、かなり長く伸びていた。
気づいてはいたが、構っていられなかったんだ。
わしは自転車に乗って、職場を目指して出発した。
その時、わしの内ももを、
「にょろにょろにょろ!」
という感覚が走った。
なんだろう!?なんて思う間もなかったね。
一瞬の出来事だった。
つまり、片一方の紐が、伸びに伸びて、ズボンの内側を通り、左足の裾から先端が出ていたんだ。
それが、漕いでいるペダルに巻き取られたのさ。
あいつもついに、長いものに巻かれてしまったんだ。