だいたいわかった、ということについて

特別支援教育の情報誌から、図工・美術について、原稿依頼があった。
わしが職場の旭出学園ホームページで毎日更新している、
図工・美術作品紹介のブログを見てくださったとのこと。

たった1ページ分の原稿ではあるが、光栄な話だ。

以前、「特別支援教育研究 No.651」(2011年11月1日)にも実践研究を載せていただいたが、
こちらから投稿したものであり、
今回のように先方から声をかけていただくのは、さらに嬉しい。

というか、この展開を待っていた。
作品紹介ブログは、生徒のモチベーションアップ、保護者や社会への啓蒙、自校の宣伝、そのあたりを目的として実施している。
しかし、それで終わりではなく、
さらに、その先のサムシング(例えば今回の依頼のような)を期待した上での取り組みである。
それはもちろんである。

ちなみに作品紹介ブログを始めたのは今年の1月、
こういうのやりたいなと思ったのは昨年。
そう、こんな風に、なにかもっとこう、自分の仕事を面白くしたいなと、能動的に考えられるようになったのが、就職8年目だった昨年くらいからだ。

これと似たような感覚は、大学2年が終わり、3年になるときに感じた。
多摩美の最初の2年、わしは何も成果を上げられず、満足できず、
くすぶりにくすぶりまくって燻製となっていたが、
しかしながら、その2年で、このアート業界が、
こんな人たちが、こんなこと考えて運営しており、
現在こんな状況である。
ということが、

「だいたいわかった」

のである。
ちょっと偉そうな言い方をさせてもらえば、

「見切った」

のだと思う。
そうなってくると、
じゃあわしは、こうすればよいということが、おのずと見えてきて、
その見えたことを、後の2年はやりまくった。
新聞紙とガムテープを自分の武器としたのも、その流れの中だった。
うまく歯車がかみ合い、回り出し、
その勢いのまま、現在のような状況になっている。

「だいたいわかった」のなら、「こうすればよいということが、見えてくる」。
それができれば、人生は見違えるように面白くなる。
わしの特別支援教育美術担当教員という人生は、こうすればもっと面白くなるということは、
昨年くらいから見えてきたのである。

しかしながら、特別支援教育について、「だいたいわかった」などというのは、おこがましい。
非常におこがましいです。
しかし、仮にでも、ある程度見切らないと、自発性というのは何もスタートしない。
ひとつ、特別支援教育の奥深さに配慮するコメントをさせていただくとしたら、

アートは2年で「だいたいわかった」と感じれたけど、
特別支援教育は8年半かかったよ。

ちなみに、作品紹介ブログは、情報誌原稿依頼へとつながったけど、
もちろんまだ、ここで終わりではいやだ。
もっと何か展開が欲しい。
具体的にはまだわからないけど…
何しろ、特別支援教育のアートは、特別支援教育界に収まるものではない。
その魅力は、完全に世の中に飛び出していける面白さを秘めているからだ。
わしも、美術教育について、世の中に向けて言いたいことはいっぱいある。
まあ、いろんな思いを込め、可能性を期待して、コツコツ更新し続けよう。

全ての物事は、単一の要因ではないのである。
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by syun__kan | 2015-06-22 23:31 | 日記 | Comments(0)
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