元気?
いや、元気だよな。
よく知っている。
最近寒くなってきた。
布団の下に入ろうか、上に乗ろうかで悩むよな。
今日は折り入って、君に伝えたいことがあります。
ていうか、いつも同じ空間にいるのに、こうしてあらたまるのも、若干の違和感はある。
しかしながら…これだけは、どうしても言っておかなければならない。
今日、お前、お母さんに踏まれてただろ。
ドアの敷居の上に寝ていて、
そこを通ろうとしたお母さんが、お前に気づかずに、ムニョって。
でもお前は、特に反応しなかった。
甘んじて踏まれていたじゃないか。
そういう状態が、世間でどういわれているか知ってるのか。
「ねこふんじゃった」っていうんだぞ。
童謡にもなってる。
「ねこふんじゃった、ねこふんじゃった」って。
幼稚園とかで歌われてるんだぞ。
それからお前、今日、1歳9か月のボリさんが、散歩の帰りにねこじゃらしを摘んできたよな。
家の中まで持ち込んで、床に捨てた。
おれは、その葉っぱと茎を食べた。
犬らしくな。
自然物なら何でも食べてこそ犬。
おれはそう思っている。
でもお前は…
穂の部分にパンチして遊んでただろ!
ねこじゃらしにじゃらされてるじゃないか!
それだけは、やっちゃだめだろう、ねことして。
ねこじゃらしに、じゃれるとか。
どう考えても。
お前はいつから…
いつからそんなに日和ったんだ?
そう、お前はそんなねこじゃなかった。
お前がこの家に来た時のことを、覚えてるよ。
というか、おれの散歩中に、お前は拾われたんだ。
まだ子猫だったよな。
道で腰を抜かしてたんだ。
それをお母さんが、おれの散歩エチケット袋に入れて持ち帰ったんだ。
しかしお前は、全くの人間嫌いだった。
押入れの隙間に入って、ほとんど出てこなかったよな。
人間になんか触らせない。
姿も見せない。
でも餌だけはいただく。
おれはこの家の先住四足哺乳類だったから、新規参入は気に食わなかったけど、
お前がそういう、ハードボイルドなスタンスを取ったから、まあ許してやったんだ。
お前は、すくすく成長して、
獣医に「骨格が鉄筋コンクリート」と言われるようになり、
おれよりでかくなった頃、人間の前にも姿を見せるようになった。
よく一緒に、レスリングしたよな。
おれはグレコローマンで、おまえはフリースタイルだった。
でも、人間に対しては、観賞用にとどまったよな。
この家に来てかれこれ4年経ったけど、やっぱり人間には触らせない。
人間が触ろうとすると、すっと逃げちゃう。
お母さんも、お父さんも、「いずれ抱きたい」なんて夢は、とっくにあきらめたはずさ。
お前は気高い野良猫。
現在たまたま関口家を通りすがっている野良猫。
だったはずだろ?
どうなんだ。
おれは短毛種だ。
おまえが敷居を下げちゃったら、やつらはおまえのフワフワに夢中になるだろう。
今一度、考え直してほしい。
おまえの、誇り高き野生の肉球は、素敵だったぜ。
悪いことは言わない。
元のハードボイルドに戻れ。
ハンフリー・ボニャードになれ。
おれが言いたいのはそれだけだよ。
犬は口が長く、ねこは口が短い。
犬ワンワンワン、ねこにゃんにゃんにゃん、カエルもアヒルもガーガーガー。
おやすみ。
ハルより