始めましょう

願いに願った、三宅感君の岡本太郎賞受賞により、わしは窮地に立たされる。
矛盾はしていない。ライバルとはそういうものだ。
3年かけて仕上げられた三宅君の大壁画「青空があるでしょう」は、椹木野衣さんに「危険な力作」と評された。
何とも魅力的な賞賛句である。
じゃあわしはどうすればよいのか。
「危険」の上を行く、「力作」の上を作らなくては。
「危険」の上とは?
「絶体絶命の超大作」?
そんなの無理では?

…いや、無理じゃない。
やらねばならぬのだ。
三宅君がそのための足掛かりを作ってくれた。

ただし、短期間じゃ無理だ。
仕事も家庭も相変わらず忙しい。
4年くらいかけなければ、「青空があるでしょう」は越えられない。
4年後…

ここで、関口の打算性が発揮される。
(三宅君にはない要素だ)
恩師である石井厚生先生にも、
「お前は意外と頭の中でいろいろ理論を組み立てて実行するタイプだろ」
と言われた。
4年後は、東京オリンピック・パラリンピックがある。

昨年、わしは東京オリンピック・パラリンピックに向けた文化イベントについての会議に呼ばれ、何度か文化庁に足を運んだ。
当時の日記はこんな感じだ。
http://sekiguti35.exblog.jp/23898088/
http://sekiguti35.exblog.jp/23937116/
アイデアを10分のパワポにして、文科大臣の前で発表したりしたが。
その後、五輪に関しては世間でいろいろあったね…エンブレムの盗作のことや、国立競技場が振り出しに戻ったり、
文科大臣も交代した。
エンブレム、競技場のデザイン、これらはつまり文化的なことだ。
これらがのっけからスムーズに行かなかったことで、五輪に向けた文化的な事象は、
思い切ったアイデアを出しづらくなっていると思う。
こういうのを、自粛ムードではないが、委縮ムードという。

わしが出席した会議でも、ヤノベケンジさんらがかなり斬新で具体的なアイデアを発表していたが、
果たして、今どうなっているんだろう?
「会議終了後、採用のアイデアは、個別に連絡が来て、進めていく」
というような話もあったが、
とりあえず、わしの出した「60m越えのメダリスト像」案は、何も連絡はないし進展もない。
というかわし自身も忘れていた。
ならば、誰の支援もないのなら、基本に返って一人で進めていけばいいんじゃないか。
一人では、60mは無理だけど、1年に2.5mずつ作れば、4年かけて10メートルの人物像なら作れるだろう。

みたいなことを夢想しながら、
見つめるのは朝の洗面台の鏡の中の、疲れ切った顔。
平日フルで働き、土日のうちの一日は依頼を受けた制作物、一日は家族サービス、ザッツオールな生活、
体調だけは、それだけは崩さないよう、何とかやりくりを続ける日々、
この朝。
わしはまた何かを始めるのか?
というか、始めなければならない。
何から?
具体的に、10メートルの人物像の、切れ端を、
たった今作りはじめることはできない。
もう仕事に行くのである。
わしの手は、鼻に伸びた。
鼻毛を抜いた。
たくさん抜いた。
鼻の穴の中からきれいにしようと思った。
何年か前の誕生日に、奥さんに買ってもらった鼻毛カッターは、部品を失くしてしまって使えないのだ。
だからわしは、数か月に一度、大鼻毛抜き大会をする
かなり久々の実施だ。

自転車で職場に行く途中、100円ローソンで、トマトジュースとシュークリームを買った。
線路を渡る、うらぶれにうらぶれた歩道橋の上で、自転車にまたがったままジュースを飲んだ。
左の方から朝日が注いでいて、右の方、遠くにそれを受けた富士山が光っていて、
「ゴウゴウ」と絶え間なく、自動車の音、電車の音が充満して、どこからか救急車の音が聞こえていた。
コンビニのシュークリームを、無事に食べる方法をわしは知らない。
クリームがはみ出してこぼれ落ちた。
これがわしの世界であり、世界の中のわしである。
地面に落ちた一点のクリームを見ながら、
確かにそう、いつもここから始めればいいんだ、と思った。
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by syun__kan | 2016-02-16 22:30 | 日記 | Comments(0)
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