センター問い合わせ時代

わしも年を取ったなどというと、
年上の人に怒られそうだが、
でも確かに年は取ったのだ、
もうすぐ33というのは
そう思うような年齢である。

自分の体や精神についても感じるけど、
時代性について、ああ、わしの、学生時代とは違うな今はと、
最近ふと感じることが多い。

わしがハタチだった頃は、ビヨンセが流行っていて、
みんなローライズのジーパンを履いていて、
しゃがむとおしりが見えそうになっていた。
大学構内のそこら中に見えそうなおしりがあった。
女の子は生春巻きを体に巻き付けたような服を着て、
水色のアイシャドーを付けていた。

男子の髪型の指標はベッカムさんで、
彼は最初は髪を立てていたが、
そのうち長髪の上半分を後ろで結んだ。
いつの間に伸ばしたのだろうか。
今流行っているような、きっぱりとしたツーブロックは奇異だった。間違いない。
当時の、結婚する前の奥さんが、
「昨日、横が刈り上げで上が長い髪型の男がいたんだよ!
一見普通だけど風が吹くと毛が舞い上がって刈り上げ部分が見えるんだよ!
あははは!」
と言っていた記憶がある。これが証拠だ。
ジーパンに黒いジャケットを合わせるのが流行っていた。

時代は2000年代の前半だった。
Youtubeはまだ普及していなくて、
マイケルの映像を観るためには、TSUTAYAでビデオを借りるしかなかった。
そう、時代はVHSからDVDに切り替わる過渡期だった。
わしは「これからDVDは主流になるの?ほんとになるの?」
と、三宅感君に確認し、
「なるね」
という返事を受け、下宿にDVDプレーヤを購入した。

公式に発売されていないマイケルのライブ映像を観るために、
西新宿の界隈でそういったビデオやDVDを取り扱うお店をよく巡り、
3000円とか、5000円とか、汗と涙のバイト代をはたいて、購入したものだ。
今なら何の手間もなく、youtubeで見れる。

iPodは途中で登場した。
それまではポータブルMDプレーヤを使った。
録音の際の音飛びに悩んだ。
MDにはシールを貼って、アーティスト名や曲名を小さな小さな字で書き込んだ。

ホリエモンさんが元気で、mixiの30歳の社長が話題で、
同時多発テロの余波が世界には残り、
マクドナルドのハンバーガーが50円くらいで、
アメリカ産牛肉を使えなくなって牛丼屋さんは豚丼やカレー丼を売っていて、
中田英寿さんが大事なPKを外し、
zoffが出てきてフチの広いメガネがおしゃれになった。

携帯電話も最初の頃はまだ全員は持っていなく、
着信音を自分でピコピコ作曲したりし、
地域によっては電波が悪くてつながらず、
メールが届いていないか確認のためにしょっちゅう「センター問い合わせ」した。

そう、持ちたての携帯に、メールが届いていないか気になり、
本当にしょっちゅう「センター問い合わせ」した。
あの、問い合わせ結果が出るまでの少しの期待感、
「メールはありません」と表示されるときの少しの切なさは、
まさにあの時代の象徴だった。

トトロが昭和30年代の日本が舞台であるように、
昔を懐かしむのはエンターテイメントの一つのパターンだ。
「センター問い合わせ時代」、
あれは現在の2016年になるまでのダサい前段階だったのではなく、
あれはあれで、素敵な時代だった。
そう誇っても良いと思う。次代の文化を作るべきわしらの世代は。

と、書いていたら、奥さんに「君老いたね」と一刀両断された。
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by syun__kan | 2016-06-15 22:56 | 日記 | Comments(0)
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