関口家とマイケル

人生で訪れる様々な困難な状況、
わしはいつも、ガムテープで何とかしてきた。

大体のことは、貼れば何とかなった。

いや、ほんとに。

ほんとだってば。

それでもダメなとき…
貼ってもダメなとき…
貼るとか、貼らないとか、
そういう問題じゃないとき。
物理的に貼れないとき。

その時はどうすればいいかって?

まあ、それは人それぞれかもしれない。
わしの場合は、
マイケル・ジャクソンだ。

ガムテープでダメなら、マイケルだ。
これで何とかなる。

新人歓迎会とか、自己紹介しなきゃいけないときとか、何かしら盛り上げたいとか、
何か作りたいけど何作ろうとか、
何描こうとか、
そういう時、わしはいつもマイケルに頼った。

「マイケルが好きです」と言ったり、ダンスをしたりすれば、それだけで周囲は納得したし、
というか「マイケル」という単語自体に、何か独立した力…「おかしみ」と「説得力」を足して二で割ったようなものが宿っていて、
ほとんど万能だった。
指を立てて「ポウ」と言う、たったこれだけだ。
全世界的に通用する。

ボリさん(2歳10か月)の名前には、
一時的に「舞子」と「月歩」が候補に挙がった。
いや、「挙げた」には及ばない。ちょっと言ってみただけだ。
すぐに奥さんと「それはないね」となった。
「これはやっちゃいけないよね」と。
わしがマイケルに深く感化されていることは、わしの知り合いにとっては周知のことだ。
これらの名が、マイケルにちなんでいることはすぐにバレる。

わしは自分の趣味を人に押し付けることは止めたのだ。

しかしながら、ちょっとだけ。
ほんとにちょっとだけだよ。
最近、ボリさんに見せた、マイケルのDVD、
ボリさんは、

「マイケル、かっこいいね」

と言ってくれたのである。
マイケルが、くるくる回って膝からストンと落ちる動きを、マネしたりするのである。
ほんとに、押し付けじゃないよ。
ほんとだよ。

今日は奥さんの運転する自動車の後部座席に座りながら、
一緒に「ライブ・アット・ウェンブリー1988」を観た。
ライブの後半、マイケルは一曲ごとに、
ステージ隅の小型テントに入って、衣装を変える。
この様子を、わしは、

「マイケル、お着替えしてるね」

と説明した。
もう一声、ボリさんが理解できるよう、
ボリさんにとって身近な言葉で伝えようとして、

「オムツ替えてる」

と言ってしまった。
ほんのはずみの一言だったのだが、ボリさんは妙に納得してしまったようで、
テントから出て来て「ダーティ・ダイアナ」を歌うマイケルを見て、

「オムツ替えたね」

と述べていた。
しまった。
ボリさんの中では、完全に、マイケルは一曲ごとにオムツを替えていることになってしまった。

逝去してなお、妙なゴシップを与えられてしまったが、
子ども好きなマイケルなら許してくれるだろう。
ライブ映像を見て、ボリさんは、
「今度行きたい」
と言っている。
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by syun__kan | 2016-10-02 23:00 | 日記 | Comments(0)
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