千夜不動産屋物語

「不動産屋」と呼び捨てにするのは何となく気が引ける。
八百屋は八百屋さんなわけだし、魚屋は魚屋さんなわけだから、
あくまでもビジネスというフィールドでフェアにコミュニケーションしようというわけだから、
なるべく「さん」付けしたい。
それはやまやまなのだが、
いかんせん「不動産屋さん」と言うと、
「ふどうさんやさん」となるわけで、
後半が「さん」続きになってしまい、
まあ「さん」は二回付けば良いということになるが、
正しく呼べたか、いつも少し不安になる。
多すぎないか、少なくなかったか。
だから、間違えたときのリスク回避というか、
照れ隠しの為に、
奥さんに敢えて「不動産屋さんやさん」と言ってみせる。

この照れ隠しは、引っ越しすること自体に向けてのものかもしれず、
いや、何も引っ越しは照れるべきものでもないのだが、
ローンを背負う恐怖と共に、多少の晴れがましさはある。

途上の金消契約というのは、
利用した銀行の方針で関係者で集まるようなものはなく、
かわりに池袋の雑居ビルの一室、
阿修羅原なら大丈夫だろうがジャンボ鶴田なら頭をぶつけるであろう天井の低い廊下を抜けてインタフォンを押し、
雑居雑居した雰囲気をふんだんに味わって司法書士さんと面談した。

手続きはわしの最も苦手とするものだが、
わしもそれなりに気合が入っているし、
不動産屋さんやさんの指示も入っているので、
仕事とアートの合間を縫ってスケジュールを消化していくのは苦ではない。
登場する様々な職業の人たち(ほぼ総じて、おじさんたち)を、
多少の緊張感を伴いながら観察するのも、社会勉強として楽しい。
というか一戸建てへの引っ越しに際しては、
哲学、社会学、様々に勉強になり、
わしの人生観も若干変化した。

最後の決済というのは、平日に司法書士と売主と不動産屋さんやさんやさんの集まる多少きちっとしたもので、
話の後に、わしは銀行に移動し、
いろいろな都合でデスクを借りられないので、
記帳台にて、様々なところにお金を振り込むためのたくさんの伝票を書いた。
わしは今まで、杉原千畝の仕事について、
今一つリスペクトを払っていなかった。
何か発明したとか、すごい場所に行ったとかでなく、
机に座ってビザ書いただけやん、
と思っていた。
しかしこの決済によって、わしは杉原千畝の凄さを知ることとなる。
間違えないように、細心の注意を払いながら、
たくさん伝票を書き込み続けるということの、大変さたるや。
筆記の身体的負担に、金額が動く事実の重さが加わる。
多少気合の入っているわしでも、これは堪えた。
短期間に数千人のビザを書いたわけでしょ、
すごいよ、杉原千畝は。
バンテリンも、ピップエレキバンも無い時代にさ。

何はともあれ、これにより、
わしはついに鍵を受け取り、
かの一戸建てはわしの物になった。
わしはこの場所の王である。
昨日は、ガス屋さんが開栓に来るということで、
しかし来るかもしれない時間が2時間ほど幅があるため、
わしはほとんど何もない新居で待機した。
暖房もない我が家で、暖かい場所を探し、
二階のシャッターを開けて陽を取り込んだ床で、
職場で学校行事の委員長をしていたために消耗した体を横たえ、
わしは30分ほど、よだれを垂らして仮眠した。

[PR]
by syun__kan | 2017-02-27 21:35 | 日記 | Comments(0)
<< 土器っぽい部品 土器っぽい部品(途中) >>