チェーン外れまくる

一年半くらい前だったか、
わしは内科のお医者さんに行って、
待合室で最高に暇になった。

いつもせわしなく生きているので暇慣れしておらず、
居ても立ってもいられず、どうしようもなく、最終的に、自身だかセブンだか、女性週刊誌を手に取った。
そして占いのページを読んだ。

それは、「今週」とか「今月」とかでなく、もっと長期的なスパンの占いで、
我が獅子座のところには、

「あなたは、この10年くらい、長い穏やかな幸運期でしたが、
それは2016年の秋に終わります。
まあ残念でしょうが、その後は、これまで目を向けていなかったことに取り組めるかもね」

といったことが書かれていた。

確かに、この10年くらいは、幸運だった。
卒業制作の写真が三宅一生さんの目に留まり、
造形作家としてデビュー。
岡本太郎賞を受賞したり、工作の本を出せたり、
幸運としか言いようがない。
そうか、これはやっぱり、「幸運」だったからなのか。
どうりでおかしいと思った。
幸運だったということは、実力に見合っていないということだ。
文化庁に呼ばれたりとか、どうして新聞紙揉んでいるだけなのにこんなにいろいろ物事が展開するのだろうと思っていたけど、
そうか幸運だっただけなのだ。
そんでもってそれは2016年秋に終わるのか。

なんてね!

わしは占いを信じない。占い否定派である。
その根拠は、ただのフィーリングだけど、
学生の時にわしは多摩センターのベネッセでバイトしていて、
昼休みに、ベネッセの高層ビルのてっぺんの、
展望室から下を見下ろした。

眼下に広がるのは、多摩ニュータウン。
たくさんの団地、びっしりと並ぶ部屋、
発泡スチロールの一粒一粒のように並びに並んだ、建売り一戸建て。
以前はこの地は、森だった。
勢力を拡大した人類が、
都心に通勤しやすい立地としてこの地を選び、移り住み、
そして増殖したのだ。
わしは、

「人間なんてウイルスみたいなもんだな」

と思った。
いや別に、ムスカの様に「わははは、人がゴミの様だ!」と蔑んでいるわけでいるわけではない。
一人一人の命、そして人生は、ものすごく尊くて、大事だ。
尊くも同時に、ウイルスみたいに増殖したのだ。
あの団地のどこの部屋に生まれて、誰と出会うとか、全部偶然だなと思った。
一つ一つに運命が宿っているなんて、無いなと。
あの、びっしりと存在している人間のすべてに、それぞれの「本日の運勢」が宿っているなんて、無いなと思ったんですよ。
人生はものすごく大事なのに、人間は、降りかかる問答無用の偶然の嵐の中を、生き抜いているんだと。

アーティストの活動を続けていれば、「いつまでできるだろう」と、
不安にもなる。
そういった心の隙間に、
ふっと入って来る、占いとかそういうの。
いや~よくできてるよね!
人間とは弱いものだよね!
運勢とか、そんなの無いです。
全部問答無用の、迫力満点の、ただの偶然です。
信じないよ。信じないです。

そんなこんなで、自身だかセブンだかの言う所の「幸運期」後の世界を生きている関口だ。
何か変わったところはあるだろうか。
まあ、いろんなことがあるけど…
そういえば最近、自転車のチェーンが外れた。
変速機付きの自転車は、外れやすい。
変速機って、「無いなら無いで何とかなる」物の代表である。
しかし、あると、どうしてもカチャカチャと、いじってしまう。
それにしても、外れ過ぎた。
初めのうちは、自分で直せていたけど、
そのうち、何だろう、
何かプラスチックでできた円盤みたいな部品が、
チェーン直しているうちにバキッて割れてしまって、
一昨日近所のドラックストアにふら~っと自転車で向かったら、
案の定またチェーン外れて、
プラスチックの部品を失った影響なのか、
チェーンがギアに挟まって全然取れなくなっちゃったのね。
それで、無理やり取ろうとしてあれこれやってたら、
小さいほうの、クニャクニャ動いている小さい方のギアのような、
何だか大事そうなサムシングが、
ボキッて折れてしまって、
プラーンってなって、
もうだめになった。
この自転車、買って半年くらいしか経ってないのに。
これじゃ通勤できないから、
昨日今日は、
奥さんが娘を乗せて走っている、「子乗せ」付きの、低い自転車を借りた。
そしたら、それも、
なぜかわしが乗ると、
チェーンが外れまくる。
昨日今日で計4回外れた。
道の、少し盛り上がっている所を「ひょこん」て通り過ぎるだけで、
むやみに外れる。
すぐに。
どうしようもなく。
ほんと、外れる。チェーンが。
もうどうしようもなくチェーンが外れる。

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by syun__kan | 2017-05-30 22:06 | 日記 | Comments(0)
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