2週間アーティストでいさせて

日記を書く時、マイクロソフト・ワードに打ってからエキサイトブログにコピーペーストするわけだが、
コピーペーストされずにそのままデスクトップに残る、
要するに採用されない文というのもある。

デスクトップを整理していると、
そんな一つに、今年のゴールデンウィークに書いた文を見つけた。
ゴールデンウィーク、奥さんと娘は二人で出かけ、
わしは二日間くらい、フリーになったのであった。
一人で休日を過ごす機会は非常にレアなので、
なんとなく面くらいながら、どうしようか考え、
調べると、大学時代によく行った、町田の国際版画美術館で横尾忠則の展示をやっているとのことだったので、
それに行った。
そして帰って来て、そのことを日記に書いたのだが、
どうにも投稿できずにそのままに。

今読み返してわかる、どうして投稿できなかったかが。
横尾忠則の版画が、本当に意味不明だったからだ。

いや、単純な「芸術家の考えることはよくわからんなー」的な、
そういうことではない。
はっきり言って、こちらも美大卒なので、
大抵の芸術作品から、何かを感じ取ることはできる。
何かを受け止めることはできる。
美術館で、
「何だかよくわかんないな」
と言っている一般の方がいると、
「そうかー、わからんかったかー、残念だったねー」
と思う。

しかしながら、横尾忠則の版画は、
もっと確信的に、暴力的に意味不明だった。
大量に鑑賞していると、
最初の内の、猫の顔が大写しになったやつとかは感動するのだけど、
徐々に、寄せては返すカオスに次ぐカオスの波に体力、思考力を奪われ、
何も感じれなくなり、
そして徐々に明らかになるのは、

「この絵、本当に何も考えてない」

ということであった。
その次に、本当に何も考えていない絵を、堂々と、
長きに渡り、大量に打ち出し続けるということの、
エネルギーの膨大さと、生きる上での覚悟。
これを感じて、
今の自分とのあまりの差異に、
ショックを受けて傷を負ったのだ。

本の背表紙に載るような男になりたいと、昔思ったものだが、
本の背表紙が似合うのは、横尾忠則のような、覚悟を決めて何かしている男で、
自分ではない。明らかに。

てなことで、
30代半ばになって未だにこんな風に傷を負う自分のナイーヴさが何て言うか逆に愛しい。
横尾忠則が芸術に人生を捧げられるのだとしたら、
世の中の男が35億なのだとしたら、
わしがアーティストでいられるのは1年で2週間。
去年は夏休みに2週間、広島で滞在制作した。
今年だったら、
8月2日から8月15日までの2週間。
わしは、島根県浜田市の、世界子ども美術館で、
滞在制作をするのだ。
ヤマタノオロチを作るらしいよ。
8月6日にはワークショップもあるよ!(参加者現在あまり集まらず!求む!島根県の方!)
この2週間だけは、わしは、
教員でも旦那でも父でもなく、
アーティストになる。
それこそ、横尾忠則と同じレベルの集中度で、アートに向き合う。
それを許してくれ、諸々よ。

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by syun__kan | 2017-07-25 22:52 | 日記 | Comments(3)
Commented by †≒ι† at 2017-07-26 19:09 x
見に行きますねー!
というか、お邪魔でなければ手伝います~。(軽トラあります)
Commented by syun__kan at 2017-07-26 23:39
ありがとうございます!

ちなみに滞在制作は、昨年の広島の時は常に公開制作でしたが、
今回の島根は、常に公開されているとは限らない?
かもしれませぬ。
美術館のどこかで、地味に一人で作り続けている、
という感じかもしれません
(まだ会場に行ったことがないため、関口自身も実はあまり予想がついていない)
ので、ご了承ください。

あ、8月6日のワークショップは公開されていると思うのでぜひ。

ちなみにヤマタノオロチは、完成後しばらく保管となり、
「新聞紙の変身展」というタイトルで10月14日〜 2018年1月14日に浜田市世界こども美術館にて展示します。
よろしくお願いします。

関口光太郎
Commented by †≒ι† at 2017-07-27 21:23 x
詳しくありがとうございます!
出雲観光しつつ行ってみたいと思います(^^)
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