うまくやっていく

21世紀人展が終わってしまった。
でもわしは元気だ。
たまっていた洗濯物も、洗った。
2回に分けて洗った。
シーツも洗った。
ものすごい日差しと、暑い空気が、
洗濯物を、今、積極的に、乾かしている。
窓の外で、乾かしている。
素晴らしいことだ。
水分が、蒸発していく。
カラカラに、乾く。
柔軟剤を入れていないので、
今日の夜、風呂に入るときには、
ガジガジに乾いたバスタオルを、使うことができるだろう。
素晴らしいことだ。
ガジガジのバスタオルは、わしの体を拭くことによって、
また濡れる。
未使用のタオルが一つ減り、使用済みのタオルが一つ増えるのだ。
生活だ。
ほんとに、冗談ではなく、素晴らしいことだ。
長澤まさみさんは、今、地球のどこかに存在している。
かわいさを維持したまま、存在していることだろう。
素晴らしいことだ。
長澤まさみさんは、今日もかわいい。
もちろん、宮崎あおいさんも、永作博美さんも、榮倉さんも、今日もかわらずかわいいのだろう。
今日はじりじりと暑い。
じりじりと焼かれながら、グランドで練習している野球部の少年の頬には、
汗がつたっているはずだ。
元から日焼けして黒いのに、さらに黒くなっていく。
今日も、地球のいろんなところで、オーバー・ザ・レインボーは流れるのだろう。
それは、「オズの魔法使」のDVDだったり、
ジュディ・ガーランドのコンサートCDだったり、
簡単に省略されたインストの有線の店内放送だったり、
学校の授業で生徒に歌わせるために、音楽室で練習している音楽担当の教員のピアノだったりするのだろう。
もちろん温暖化もどんどん進行しているんだろうな。
北極のシロクマの危機は、どんどん迫っているのだろう。
わしは温暖化に対して、何にもしていない。申し訳ない。
高校3年生の終わりごろ、(もう多摩美に入学することが決まったあとだ)
母と一緒に、近所のサティに服を買いに行って、
突然自我が目覚めたようになって、
頭が混乱して(鮮明になって?)
母に
「わしは多摩美に行かない。これからは、ずっと砂漠に木を植える仕事をする」
とか口走ったことがある。
もちろんそれは実行に移すことはなく、ちゃんと多摩美に行ったけど。
でも、本当は、砂漠に木を植えるほうを選ぶべきだったのかもしれない。
どっちが正しいとかはない。可能性だけは常にあるということだ。
芸術をやって生きていくには、敏感さと鈍感さを併せ持ってなくてはならない。
まわりからの情報を敏感にインプットすることが必要だし、
リスクに対しては鈍感でないと。
うまくやっていきます。
これから通信簿を書いて、
今日の夕飯はカレーにしようか。
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by syun__kan | 2008-07-13 13:50 | 日記 | Comments(0)
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