カテゴリ:日記( 499 )

練乳

福島に向かっている。
特急ひたちという電車の様だ。
上野から乗った。
満席で、指定券は買えなかった。
前日以前にインターネットなり窓口なりであらかじめ券を買っておけばよいわけだが、
わしは下調べおよび下準備というものが全体的に苦手である。
できればなるべく行き当たりばったりに生きてゆけたら。

車内に乗り込んで、通路で長嶋有の文庫本を読んでいたら、
女性の車掌さんに特急券は持っていますかと聞かれ、
持っていませんと答え、
2700円くらいを支払って券を買った。
いわきまで2時間、立ったまま過ごす、軽い覚悟のようなものはできていたが、一応、
席が空いても座れないんですかね?と聞いて、
緑のランプが赤になったら座って良いと言われ、
ランプとはどれ?と聞いて教えてもらった。
特急とかっていうのは乗り方のルールがいろいろあってややこしいよな、と思っていたら、
その車掌さんが歩いて戻ってきて、
「10番のBが今なら空いている」
と、教えてくださった。
ご親切に、ありがたい。
本来ならばこんな行き当たりばったりなやつは立ち続ければよいのだ。

席に着き、
出発駅の大泉学園の「トモニー」で買った菓子パンを食べようかと思うが、
周囲は誰も物を食べていないので、
いったん保留する。
隣に座っている人が降りたら、
もしくは向こう三軒両隣くらいの人が何か食べ始めたら、
わしも食べようか、と思う。

続いてノートパソコンを、膝の上に出す。
字を打ちたいのだ。
そう、現在打っているこの文のことだ。
字を打つことは、わしにとって、それなりに有意義かつ一番素早く時間が過ぎる方法だ。
しかしながら、パスワードを入力して立ち上がるデスクトップは、
昨年の夏に作った「大人魚姫の城」というわしの作品の大写しで、
事情を知らない方から見ると相当に得体の知れない印象を与えると思う。
ので、はやく「マイクロソフト・ワード」を開こうとするが、
今起こされたばかりのPCはぐずぐずしていて
わしはアイコンを数回繰り返してクリックする。

少し疲れているかもしれない。
何しろ最近は、
新居への引っ越しで多忙だった。
6年住んだ旧居からは、
ゴミが45ℓで20袋くらい出た。
大学で4年住んだ下宿から越す時は、6畳一間から13袋出たと記憶しているが、
さすがに大人二人、子ども一人、犬&猫で過ごした集合住宅の一室からは、
それを超える量が出た。

先日の連休、明後日引っ越し業者が来るというようなシチュエーションで、
奥さんとわしは必死になって追い込みの片づけをした。
徹夜に近かったが、
やってもやっても、終わらなかった。
準備期間はあったはずで、
少しずつ断捨離していたつもりであったが、
それは新幹線に追いつこうとして竹馬に乗り、
「いや、進んではいるんだけどね」
と、言い訳するようなものだった。
の、だろう。
と、思い知る。
名誉のために言っておくと、奥さんはちゃんと準備していた。
しかしわしは、仕事で朝から晩まで家を空け、
その上、ここ最近は岡本太郎記念館に飾る作品づくりや、
搬入、設置、レセプション等のスケジュールを抱えていたのだ。
最後追い込めば何とかなるだろう、と思っていたが、
案の定、練乳のように甘かったので、
青汁のような苦汁を飲む。

結局片付けきらないまま、
べんきょうしまっせ、引っ越しの、何だっけ?
そのような名称の業者がやってきて、
えっさほいさと、タンスや冷蔵庫等、運び出していった。
犬は奥さんが散歩に連れ出していたが、
猫は、
我が家で飼っているオレンジ色の大きなトラ猫であるコマちゃんは、
気難しく普段からあまりさわれないので、部屋に残っていて、
ソファの下に隠れていたのだが、
業者のお兄さんがソファを持ち上げた瞬間に、
「ニャー!!!!!!」
と飛び出してきて、別室の押し入れに入ろうとしたが、
あいにくそちらにも別のお兄さんがいたため、
踵を返し、
玄関まで開け放たれているためドアを塞ぐように構えていたわしに突撃してきて、横をすり抜け、
まずい、このままでは逃げてしまうと思ったわしは尻尾を掴んだものの、
持てる力をフルに解放している覚醒コマちゃんは、
「シャー!!!!!!」
とわしを振り切り、玄関方面に向かったと思われたが、
そのまま風呂場に突入し、
桶に入った水をひっくり返してびしょ濡れになりつつ空の風呂釜に飛び込んだ。
お兄さんAがソファを持ち上げてからここまで、2秒間くらいである。
灰は登場していないが、
けっこう毛だらけ猫灰だらけという文句を思い出した。

風呂場のドアを閉めて猫を確保し、
わしはお兄さんたちが大物を運び出したため露わになった床面を清掃した。
食器棚をどけた後の床には、
食パンのビニールを結わえる、凱旋門みたいな形の平たいプラスチックが25個くらい出て来て、
わしは何かの呪いかと思った。

引っ越しは、本来トラック2台分なのだが、
繁忙期で料金が高いため、節約し、
1台に、大物を優先して積めるだけ積んで運んでもらい、
残った分は自力で運ぶことにした。
案の定、思ったよりたくさん残った。
練乳。

新居はものが揃わず、
旧居の片付けも済んでいない。
旧居の退居日まではまだ少しあり、
仕事の合間を縫って片付けに行き来している。
いわゆる落ち着かないとはまさにこのことなり。
生徒はもう春休みに入っているので、多少疲れててもいいやと思い、
睡眠も若干削り気味だ。
よってなう、少し疲れているかもしれない。

そんな中、種々の片付けを奥さんに押し付け、
住み始めたばかりの新居にも住まず、
一人福島に行くのはやや心苦しい。
そうそう、なぜわしが福島に向かっているかというと、
25日、26日にいわき市立美術館でワークショップをするためである。

このあと、24日20時15分にいわきに着いたわしは、
20時半ころ美術館に着き、
明日のワークショップの準備をする予定だ。
美術館は23時頃まで開けていられるとのことだったが、
さすがにそんなには遅くはならないと思う。
思いたい。
フタバスズキリュウをモチーフとした首長竜を作る計画なので、
木材をそんな形に組む。
その後ホテルに行き、たぶんネット環境はあると思うので、
この文章を投稿するだろう。
文を打っているうちに状況は変わって、
わしはもう菓子パンを食べきっている。
そして明日は、ピッカピカの元気で参加者を迎えることをここに誓う。

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by syun__kan | 2017-03-24 23:18 | 日記 | Comments(0)

東京

わしの職場の学校の生徒たちは、電車が好きである。
鉄道ファン率は、おそらく過半数になるのではないか。
確かに、鉄道資源に恵まれた立地の学校ではある。
練馬区東大泉に位置し、
北に西武池袋線、南に西武新宿線に挟まれ、
副都心線も直通してるし、
足をのばせば武蔵野線もあるし、練馬からは大江戸線も出ているし、
20分ほど乗って山手線駅の池袋に着いてしまえば、
そこから先は日本一の鉄道網がびっしりと広がっている。

わしの故郷の群馬には、こんなに鉄道は無かった。
わしの実家から最寄り駅の前橋までは、徒歩45分くらいであり、
移動は基本的に自動車と自転車に委ねられている。
でも、一部の都会以外の、日本の大部分はこのような田舎であるはずで、
こうした鉄道資源の少ない田舎に住む特別支援学校の子どもたちは、
一体何を嗜好しているのだろう、
と気になってしまうくらい、
職場の子どもたちは電車が好きだ。

先日は終業後、作品の設置作業のため、
大泉学園から池袋線に乗り、
表参道に向かった。
石神井公園でFライナーに乗り換える。
ピンクと赤のラインで、東急4000系だ。
そういった車種とかに関して、以前はこれっぽっちも興味なかったが、
職場では頻出する話題なので、
わしも基礎的な知識は付いてしまった。
いつか黄色い西武2000系の車両がラストランになるときは、
はっきり言って、わしもお別れに見に行きたいかも知れない。

西武線沿線は西武グループが強いようで、スーパーマーケットでは西友がよくある。
西友には「やっぱコスパ」というポスターが掲げられている通り、
電車に乗って来る人も、コスパと実用性重視の格好をしている気がする。
しかしFライナーが、東京の地下を走り、東京深くに食い込んでくると、
徐々にファッションも、それっぽくなってくる。
髪型も、切りそろえたり、刈り上げたり、撫でつけたりがとてもキッパリとした調子で行われるようになり、
服装も、ズボンの裾が短かったり、
カラフルな人はどこまでもカラフルに、レザーな人はどこまでもレザーに、
細い人は細く、ふわっと着る人はふわっと、
それぞれに顕著になる。
それが実用的かは分からないが、例えばメガネまで丸かったりでいちいち特徴的だ。
その傾向は、明治神宮前(原宿)から表参道あたりで最高潮になる。
表参道A5の出口を出て通りを歩くと、
それぞれ何かしらの主張が発せられている老若男女が歩く、
高級ブランドが立ち並ぶストリート、
凹凸のあるガラス壁に囲まれたプラダの店内は、
そんな壁なので中がよく窺えないが、
おそらく「やっぱコスパ」のポスターは貼ってない。

ショーウィンドウに映る、歩いている自分の格好を省みると、
職場から直行なので砂埃にまみれたジャージであり、
実用性に重きの置かれる池袋線沿線から来たから、では済まされない。
自分の責任である。

岡本太郎記念館に着くと、梱包されたわしの作品がある。
梱包を取り、展示室の中心に置き、
照明の角度を決める。

表参道とかでオシャレな格好をして過ごすのは非常に素敵なことだが、
少し離れた地域で、表参道とかに置ける作品をつくり、
時々置きに行くということも、
それもまた別のかっこよさがあるのではないかと考えている。

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by syun__kan | 2017-03-13 00:24 | 日記 | Comments(0)

千夜不動産屋物語

「不動産屋」と呼び捨てにするのは何となく気が引ける。
八百屋は八百屋さんなわけだし、魚屋は魚屋さんなわけだから、
あくまでもビジネスというフィールドでフェアにコミュニケーションしようというわけだから、
なるべく「さん」付けしたい。
それはやまやまなのだが、
いかんせん「不動産屋さん」と言うと、
「ふどうさんやさん」となるわけで、
後半が「さん」続きになってしまい、
まあ「さん」は二回付けば良いということになるが、
正しく呼べたか、いつも少し不安になる。
多すぎないか、少なくなかったか。
だから、間違えたときのリスク回避というか、
照れ隠しの為に、
奥さんに敢えて「不動産屋さんやさん」と言ってみせる。

この照れ隠しは、引っ越しすること自体に向けてのものかもしれず、
いや、何も引っ越しは照れるべきものでもないのだが、
ローンを背負う恐怖と共に、多少の晴れがましさはある。

途上の金消契約というのは、
利用した銀行の方針で関係者で集まるようなものはなく、
かわりに池袋の雑居ビルの一室、
阿修羅原なら大丈夫だろうがジャンボ鶴田なら頭をぶつけるであろう天井の低い廊下を抜けてインタフォンを押し、
雑居雑居した雰囲気をふんだんに味わって司法書士さんと面談した。

手続きはわしの最も苦手とするものだが、
わしもそれなりに気合が入っているし、
不動産屋さんやさんの指示も入っているので、
仕事とアートの合間を縫ってスケジュールを消化していくのは苦ではない。
登場する様々な職業の人たち(ほぼ総じて、おじさんたち)を、
多少の緊張感を伴いながら観察するのも、社会勉強として楽しい。
というか一戸建てへの引っ越しに際しては、
哲学、社会学、様々に勉強になり、
わしの人生観も若干変化した。

最後の決済というのは、平日に司法書士と売主と不動産屋さんやさんやさんの集まる多少きちっとしたもので、
話の後に、わしは銀行に移動し、
いろいろな都合でデスクを借りられないので、
記帳台にて、様々なところにお金を振り込むためのたくさんの伝票を書いた。
わしは今まで、杉原千畝の仕事について、
今一つリスペクトを払っていなかった。
何か発明したとか、すごい場所に行ったとかでなく、
机に座ってビザ書いただけやん、
と思っていた。
しかしこの決済によって、わしは杉原千畝の凄さを知ることとなる。
間違えないように、細心の注意を払いながら、
たくさん伝票を書き込み続けるということの、大変さたるや。
筆記の身体的負担に、金額が動く事実の重さが加わる。
多少気合の入っているわしでも、これは堪えた。
短期間に数千人のビザを書いたわけでしょ、
すごいよ、杉原千畝は。
バンテリンも、ピップエレキバンも無い時代にさ。

何はともあれ、これにより、
わしはついに鍵を受け取り、
かの一戸建てはわしの物になった。
わしはこの場所の王である。
昨日は、ガス屋さんが開栓に来るということで、
しかし来るかもしれない時間が2時間ほど幅があるため、
わしはほとんど何もない新居で待機した。
暖房もない我が家で、暖かい場所を探し、
二階のシャッターを開けて陽を取り込んだ床で、
職場で学校行事の委員長をしていたために消耗した体を横たえ、
わしは30分ほど、よだれを垂らして仮眠した。

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by syun__kan | 2017-02-27 21:35 | 日記 | Comments(0)

ローンとコーヒーと時空

一杯のコーヒーが飲みたいとします。
例えばスターバックスコーヒーでトールサイズを買ってしまうと、340円かかるわけです。
これを毎日、一か月飲んだら、1万円以上になってしまうわけで、
そんな大金は固定資産税分として取っておかなくてはならないのです。

ミスタードーナッツで飲めば、もう少し安くなるし、
おかわりも自由です。

しかしそもそも、お店の中で飲まなくとも、
自動販売機で缶やペットボトルを買えば、もっと安いです。
同一商品でも、スーパーマーケットに行けばさらに安いです。
100円前後で買えるでしょう。

コンビニに行けば最近は、ドリップコーヒーのSを100円で飲めます。

しかしやっぱり、おうちで飲めばもっと安いです。
インスタントコーヒーを淹れましょう。
ああでも、一本一本のスティックになってるやつは、まだ高いです。
一杯数十円といったところでしょうか。
ペーパードリップもけっこう安いと思いますし、
何といっても顆粒が瓶に入っている、いわゆるインスタントコーヒーは、
一杯10円もかからないはずです。

もっと言ってしまえば、職場とかにある共用のお茶・コーヒーセットか何かを利用すれば、
ほとんど無料です。

しかしそのお茶・コーヒーセットを自分ばっかり飲みまくっていては、
やはり周囲の目が痛いわけです。
そのようなときは、江戸時代を想像します。
文明開化前、コーヒーの普及はまだ先でした。
飛脚が走っているわけです。
「てやんでい」と言っています。
喉が渇きました。
コーヒーなどありません。ましてやお茶もないのです。
どうするか、飛脚?!
飛脚は沢の水を飲みました。
「うめえや、ちくしょう」
そう言って走り出します。
飛脚の生活は、コーヒーなどなくても充実しているのです。
幸せなんて結局、比較論なのです。
周囲にコーヒーなど存在しているから、
世の中がコーヒー・ビジネスで溢れているから、飲みたくなっちゃうのです。
コーヒーなんて無い世界に身を置いたらいいんです。
そのようにして私の意識は時空を超えます。
私は飛脚。
私は足軽。
私は兵馬俑。
私はパラサウロロフス。
そのうちに私の意識は、幼いころの記憶に着地します。
幼稚園の園庭で遊んでいる私、
砂場で泥水を作ったときは、いつも「コーヒーみたい」と思ったんだ…
桜の木には、梅雨時期に毛虫が発生し、
昆虫好きの友達がそれを「毒モーラー」と呼んでいたので、
先生たちも含め、みんなそれを「毒モーラー」と呼んでいたんだ…
「そこに毒モーラーいるから気を付けて」
という感じで。
毒モーラー、毒モーラー。

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by syun__kan | 2017-02-06 23:10 | 日記 | Comments(0)

前橋の美術

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アーツ前橋において、
前橋にゆかりのあるアーティスト48人の作品が集った展覧会、
「前橋の美術2017 ~多様な美との対話~」
が開催されています。

わしは「サンダーストーム・チャイルド」を出品しています。
お近くの方はどうぞ。

【会期】 2017年2月3日(金)~2月26日(日) 21日間
【開館時間】 11:00~19:00(入場は18:30まで)
【休館日】 水曜日
【会場】 アーツ前橋(群馬県前橋市千代田町5-1-16)

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by syun__kan | 2017-02-05 21:47 | 日記 | Comments(0)

こんぺい

小さいころ、「笑点」という番組をよく見ていた。
落語家が横一列に並ぶ。

左端に、きれいな深いブルーの着物を着た「えんらく」が座る。
彼は司会者であった。
まず、えんらくさんがかしこまった挨拶をする。

次に、その横の「こゆうざ」が挨拶をする。
彼は水色の着物を着ていて、貧乏で恐妻家のキャラクターであったと思う。

次に、ピンクの着物の「こうらく」が挨拶をする。
彼は比較的キャラが薄い。
小さいころのわしには、そう感じられた。

次に、黄色い着物の「きくぞう」が挨拶をする。
きくぞうさんは、ラーメン店を経営している。

次に、鶯色の着物の「うたまる」が挨拶をする。
彼は痩せぎすであった。

次に、紫の着物の「らくたろう」が挨拶をする。
彼は、インテリなキャラクターなのか、少し難しい話をする。

最後に、オレンジの着物の「こんぺい」が、開口一番、
「あたしにはそういう難しいことはよく分からないんですけど…」
と述べ、観客が笑う。

問題はここである。
今思うと、こんぺいの言う「そういう難しいこと」とは、
直前のらくたろうの挨拶を指しているのであるのだが、
小さいころのわしは、
「こゆうざ」~「らくたろう」全ての挨拶に対して述べられていることだと思っていた。
だって小さいころのわしには、大人が大人の言葉で大人のスピードで話している内容は、
基本的に理解の範疇を超えていたからだ。
「こゆうざ~らくたろう」は、全員何言っているか分からんかったのである。

それに対し、「こんぺい」の言うことは理解できた。
「そんなものはね、全部まとめて、食っちまえばいいんです!!チャラーン!!こんぺいでーす!!」

全部まとめて食う!この分かりやすさ!

だから小さいころのわしは、
「こんぺいふつうにおもしれーな」と、こんぺいさんを評価していた。

しかし、小学校低学年を経て小学校中学年くらいになってくると、
まず、きくぞうさんの言うことも理解できるようになった。
次第に、「こゆうざ~うたまる」の言うことは、大抵理解できるようになり、
「そういう難しいこと」は、「らくたろう」の挨拶のみを指していることに気付く。

つまり何が言いたいかというと、子どもたちは、
「こんぺいレベル」の話しか理解できない世界で生きているということだ。
もし周囲の大人たちが、何も配慮しなければ、
全然理解できない内容がわーわー飛び交う世界が、彼らの生活になる。
それは不本意なものだろう。

だから大人は、子どもと接するときは、「こんぺいレベル」を心がけるべきである。
すなわち、「全部食う」といった内容だ。
食う。
この、生命維持に最も不可欠な、非常に根源的な行為こそ、子どもという小宇宙の中心に響くのである。

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by syun__kan | 2017-02-01 00:06 | 日記 | Comments(0)

ヨタカとヨハネ

ヨタカのような心持で走っていた。
宮沢賢治の「ヨタカの星」を呼んだのはせいぜい小学生の頃なので、
詳しい内容は忘れたのだが、
夜空、口を開けて疾飛する情景は覚えている。
口をあけて虫を食べるんだったか。
なりふり構わずダメージを負いながら突き進む様子はインパクトがあったが、
今思うとまあようするに、「やけっぱち」をロマンチックに描いた状態なのかもしれない。

何でよりによって33歳のおじさんがそんなロマンチックにやけっぱちになって終業後の寒い夜道を自転車で走っているかというと、
不動産の契約に行くからである。
ローンを背負い込みに行くからである。
あまり使いたくない言葉であるが、
使わなければ生きて行けないので、
この際いっぱい述べてやる、
ローンローンローン。

ここだけの話、怖くて怖くてしょうがないのである。
子どもの頃、心霊系の番組や宇宙人系の番組や「はだしのゲン」のアニメが怖くてしょうがなかったが、
大人になってそういうのはあまり怖くなくなった。
しかしここに来て、2、30年ぶりに本物の恐怖を味わっているのである。
誰も泣き言を聞いてくれないからここに書いてやる。
怖いよう。怖いよう。

このようにして申込書を書いた。
数日後に契約に行って重要事項の説明を聞き、
100万円の手付金と仲介手数料の半金を払ってきた。
重要事項の説明は4時間半に及んだ。
何か損の無いよう、聞き漏らしの無いよう、
わしはずっと真顔で据わった目をしていたと思う。
大事な展示の搬入とか、制作が佳境の時もこの顔になる。
スティーブ・ウィリアムスは「ゲーム・フェイス」と言っていたが、
戦闘態勢の顔なのだ。

この4時間半の説明は、キリスト教におけるバプテスマのようだった。
終わると実にスッキリとした。
ヨタカ感はもう無かった。
どちらかというとヨハネ感がした。
検討の余地がないというのは、なかなか気持ちが良い。
ローンを背負うのって、けっこうかっこいいかもしれない。
誇らしいかもしれない。
他の道は無いのだ。
これに対して、努力すればよいのだ。
やはり人間、何に対して努力すればよいのかわからないという状況が、一番つらいのだと思う。
これだと分かっていれば、わしはわりとがんばれる。
奥さんとボリさん、彼女らとの生活のため、命を燃やしてやる。
たとえその道でのたれ死んでも、それを受け入れられる。

たかが住宅ローンで感傷的になり過ぎだって?
一定の責任を果たしていれば、おじさんがロマンチックになって何が悪い。
わしは東京のはずれの一戸建てのオーナーになることがほぼほぼ確定しての一歩を、
晴れがましく踏み出したのである。

その夜、らせん階段を上っていたら途中に何個もクモの巣があって進めず、
まあいいやと思って突き破りながら上っていたら、
徐々に絡まって身動きが取れなくなり、
クモの糸で真っ白になった視界、糸の中を向こうから少しずつクモが近づいてきて、
悲鳴を上げ、
午前4時に目が覚めたのは秘密である。
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by syun__kan | 2017-01-25 23:39 | 日記 | Comments(0)

バラゴンの定理

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サンダーストーム・チャイルドを、アーツ前橋に搬入・設置してきた。
毎回補修したり付け足したりしているので、徐々に密度が増している。

この作品の着想は2012年。岡本太郎賞受賞後、副賞的に、
青山の岡本太郎記念館で展示できることになったわしは、下見に行った。
その時に開催されていたのが、ヤノベケンジさんの展示で、
庭には、放射能防護服を着て、しかしヘルメットを外して脇に抱え、太陽を浴びて微笑んでいる子どもの、巨大な像が。
タイトルは「サン・チャイルド」とのこと。
時は東日本大震災の翌年、日本中が放射能の恐怖におびえる中、
そのような恐怖の無い未来を願うような、明るい作品だった。

しかしわしは、まだそんなに前向きな気持ちになれないよ!というのが正直なところだった。
希望を表現するような「感性ネジ」という作品で太郎賞を獲ってはいたが、
自分の将来への不安、子どもたちの未来への不安というのも同時に心に存在してはいて、
そのへんグジャグジャな感じだった。

なので、希望を表現するのが「感性ネジ」なら、
「でも不安だよ、ちくしょう!」という気持ちを表現する作品として、
「サンダーストーム・チャイルド」という発想が出てきた。
サンダーストームは、雷雨の嵐である。
新聞紙とガムテープという弱い素材でできた子どもの像を、記念館の庭に展示して、
風雨にさらそうと思った。

しかしながら、この案は「ほんとに崩れて風で飛んで行ったら大変」等の事情で変化し、
結果的に「ヒーロー」という、天井から吊るす作品となった。
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まあ、天井から落ちて来ても大変なわけだが、
そのへんは太郎の名がついた施設の、めちゃくちゃなことを許容する精神を感じた。
「ヒーロー」は翌2013年1月、銀座の「ELTOB TEP ISSEY MIYAKE」でも展示された。

その年の3月、21_21DESIGN SIGHTでの「デザインあ」展と六本木アートナイトに合わせた、
巨大な「あ」の字の作品を依頼されたわしは、
制作が日数的に間に合わないことへの解決策として、
「あ」の、上の横棒部分に「ヒーロー」を使った。
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この作品は、期せずして最初のコンセプト通り、3週間、六本木の中心で野ざらしにされ、
ボロボロになったのである。

その後多摩美の彫刻棟ギャラリーでの展示を依頼されたわしは、
「あ」は、業者さんが作ってくれた、台の中から中心の縦棒に伸びる鉄骨の構造がないと自立できないので、
「あ」をバラして、片膝を立てて座っている青少年の形に再構成した。
これに、最初の着想だった「サンダーストーム・チャイルド」のタイトルを与えたのである。
この時は個展で、自分のこれまでの歩みを振り返る機会だったので、
「放射能への不安」に加え、雷の多い地域である群馬県で生まれ育った自分の姿も反映させたネーミングだった。
この年、「サンダーストーム・チャイルド」は多摩美に加え川崎の岡本太郎美術館、船橋市のアンデルセン公園こども美術館に展示され、
2015年には調布の「たづくり」という施設のギャラリーで展示された。

要するに、最初に作った「ヒーロー」を、これでもかと使い回しているのである。
お前はリサイクル業者か。という声を真摯に受けよう。
我が身を5分反省し、
そしてベランダに立って胸を張り、アンサーをしよう。

この度重なる使い回しを支える理論として、わしが提唱しているのは、「バラゴンの定理」である。
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「バラゴン」は、東宝の「フランケンシュタイン対地底怪獣」(昭和40年)という映画で生まれた、
四つ足の怪獣である。
この着ぐるみは、わしの記憶が正しければ、
円谷プロのテレビ番組「ウルトラQ」において、
首を挿げ替えて「パゴス」という怪獣に改造され、登場している。
週1のテレビ番組であった「ウルトラシリーズ」は、案の定制作が非常にタイトであったため、
東宝から使用済みの怪獣の着ぐるみを借りて(もらって?)、改変して使っていたのである。
そして「パゴス」のあと、さらに、「ウルトラマン」において、
初期のわりと重要な怪獣である「ネロンガ」に改造される。
その後、同ウルトラマンにおいて、トゲがいっぱい付いて「マグラ」という怪獣になったはずである。
さらにその後、エリ飾りが付いて「ガボラ」になったはずである。
そして最後は、東宝に戻り、
なんとまた「バラゴン」となって、ゴジラ映画に出演を果たしている。

着ぐるみ内部は相当に臭かったはずだ。
しかし論点はそこではなく、
改変を辿ったどのキャラクターも、魅力的な名怪獣として現在まで語り継がれている点だ!
パゴス以外。
そう、正直パゴスはあんまりもうフィギアとか発売されてない気がする。
しかし、バラゴンはもちろんネロンガもマグラもガボラも、素晴らしい造形作品だと思う。
使い回しだからと言って、ダメな作品とは限らないのである。

これが「バラゴンの定理」だ。
よろしく。

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by syun__kan | 2017-01-23 07:41 | 日記 | Comments(0)

一戸建てに引っ越したいという希望、
曲りなりに10年、真面目に務め人をこなしたんだからという。

何から始めればよいかわからず、
とりあえず見学に行ってしまったが、
これは有りがちなミステイク。

まず予算から練るべきであった。
先に見学なんかして、「こんなおうちにすめたらいいね」とかイメージを持ち、
「ここに決めちゃおうかい」なんて話しつつ、
ようやくファイナンシャルプランの概念を発見し、考えてみて、
「やっぱこの価格は無理、ここでこのローンしょい込んだらローン返すだけの人生になるかも…
いったんやめよう」
という話を夫婦でするときのダメージ。

ダメージたるや。

働き方や将来設計、
仕事とアートの両立、
今まで深く考えず、「これでいい」と思ってやってきたことを、
改めて鍋の底からひっくり返すように考え直すこと、
まあそれはいい機会なんだけど、
考え直して答えが出きらない期間の地面が豆腐になったような不安感は、
なかなかこたえた。
わしはビールなどより発泡酒を飲むべきなのかもしれず、
クリープではなくマリームを溶かすべきなのかもしれず、
一生ニューバランスのスニーカーは履けないのかもしれない。

18歳まで群馬の実家に住み、その後は賃貸で神奈川東京埼玉、転々としてきた。
賃貸、この気軽さよ。
一戸建てなんぞ買ったら、基本的に一生その場所に住むのだ…。
腰の曲がったおじいさんになっても、この世界の歴史にどんな出来事が刻まれようとも。
その場所でそれを眺め、その場所に起こる出来事を逃げずに受け止めるのだ。
重い…石彫かブロンズ像のようだ…
わしには新聞紙とガムテープの彫刻の軽さが向いている。

何に重きを置いて今後生きて行くのか?
教育?文化?経験?血縁?コスパ?実用?夢?
ここ2か月くらい、さんざん奥さんと話し合った。
家を決めるというのはそういうことだ。
案を一つ挙げるたびに、自分の稼ぎを振り返る。
何しろ基本的に、わしが超高給であれば大体叶うのだから。
数字のことを考えると無条件に落ち込んでくる。
小学生のころからそうだった。
算数、好きじゃないんだ。
答えが一つしかないものが基本的に好きじゃない。
わしにとって健康的じゃないんだ。
好きで一緒になった奥さんと、嫌いな内容についてさんざん話さなくてはならないのはつらい。
それもまた人生の一環なのだが。

ところで3学期が始まり、職場に子どもたちが来るようになったが、
皆、星野源さんという人の「恋」という歌に合わせて踊っていた。
世の中で相当流行っているらしい。
教員としては子どもたちの流行りには一応付いて行けた方が望ましい。
ということで、わしも家でYouTubeで観た。
例によって奥さんと物件について話し合い、今日も結論が出なかったあと、
もう寝ようかいと思ったけどそう言えばと思って観た。

「逃げ恥」というテレビドラマの主題歌だったらしく、
ドラマのいろいろな場面の総集編的な映像が挟まれながら、出演者が躍る。
「ヴォーギング」と呼ばれる、体幹をブラさず手だけシュルシュルと動かずダンスが再び日本で流行ったのは、perfumeの影響だろう。
最近はオシャレ感を狙ったダンス動画はすべてヴォーギングしている。
続いて、一般の方がそのダンスを真似した動画を観たのだが、
それには歌詞が表示されていたんだ。

「意味なんか ないさ 暮らしがあるだけ
ただ腹を空かせて 君の元へ帰るんだ」

このセンテンスを読んだだけで、わしの目から涙が溢れて止まらなくなった。
不意を突かれた。
新垣結衣さんと星野源さんのカップルに、何ら遜色ない素敵なカップルだった、わしらも。
ただ腹を空かせて奥さんの元へ帰るだけの、シンプルさを備えていたこともあったと思う。
しかし、若いころの人生観なんて、すべて戯言なんだな、と思うような年頃に、
実はわしはなっていたりする。

「恋をしたのあなたの 指の交ざり 頬の香り 夫婦を超えてゆけ」

しかしわしはこういう歌を栄養にできるだけの瑞々しさくらいは持っていたい。
物件探しにおいても、逃げるは恥だが役に立つ。

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by syun__kan | 2017-01-15 00:02 | 日記 | Comments(0)

年末年始の記憶と現在

終業式。
生徒をご家庭に送り出し、今年の仕事の重要な部分はこれで終了、
終了終了。
翌日から風邪です。
そんなものです。ありがちです。
やり切ったら、反動というものがあるのです。
しかし、今回罹患した風は悪質だった。
全然、治らないのだ…
12月20日からというもの、一度も治り切らず、
熱はないものの、声が出なくなったり、咳が止まらなかったり、
「明晰な思考力」や「鋭い観察眼」や「瑞々しい感受性」のようなものをすべて奪われ、
アーティストとしてはほとんど機能不全に。
まあそれはそれで、揺さぶられないので生活しやすかったりするのだが、
12月25日に長文の日記を書いたけど、
それは20日以前に書いて保存しておいた文で、
そう、アーティスト然とした作文もできないような2週間強が始まった。

生徒のいない、教員だけの仕事期間を終え、
年末年始の休日に入っても、
相変わらずぼんやりこの上ない。
しかしながら、2月にアーツ前橋に展示する用があるので、
12月28日には実家に帰って倉庫にしまってあるボロボロヨレヨレの「サンダーストーム・チャイルド」を修復しに行った。
(写真は、過去に展示した時のもの)
f0177496_22413344.jpg

そうしたら、入れ替わりに母が体調を崩して入院してしまい、
本来ならばここで頼りの長男があれやこれやと立ち回りましょうかいというタイミングだが、
くだんの通り風邪なのでほとんど何もできず、
情けない思い。
制作から4年経っている「サンダーストーム・チャイルド」の、
重力に負けて平らにつぶれ気味になってしまった頭を、少しシャキッとさせる。
新しいパーツを付け加え、
展示に出せるように。
その姿は、忘れそうな記憶、
輪郭を失いそうな若いころの思い、
新しい経験がボロボロヨレヨレに集積し、
ギリギリ人の形を保っているかのようで、
まさに今の自分を表すのに相応しかった。

帰省ラッシュに逆行するように12月30日に妻子のいる自宅に戻り、
しかしながらやはり風邪が治らず妻にうつしてしまい、
もうほんと嫌になってしまう、
しかしぼんやりしていて、絶望とか自己嫌悪とかそういうのにはむしろ達しない。

普段忙しく仕事し、土日や長期休みにはアート活動することが多いので、
奥さんには負担をかけている。
約束を実行できないことだってある。
だから休息してきなさいと。
わしばかり好きなことするのはフェアでないからと、
奥さんは1月3日から5日まで旅行に行き、
わしが3歳になったばかりのボリさんを2泊3日で預かることになっている。

奥さんは何とか体調を戻し、3日早朝に旅立った。
3日、わしはボリさんと電車で上野動物園に行く。
わりとぼんやりした子だが動物には造詣が深く、
「マーラ」「プレーリードッグ」「ヤブイヌ」等、
わしとマニアックな動物も写真を見て名前を言えるボリさんは、
園内のモノレールにも乗って楽しむ。
本物の電車に乗ってきたのに、どうしてここでまた3分間ほどのイミテーションの鉄道に乗らなくてはならないのかと思ったりするが、
わしはボリさんに尽くす。
お母さんの不在でボリさんも頑張っているのだから、
この2泊3日は家族に尽くさねばならぬ。
帰り際に「(レンタルの)ベビーカーに乗りたい」と言い出すボリさんに、
「(帰り際なのに300円払うのはさすがにもったいないから)今日は乗らないよ~」と声をかけ、
売店でシュライヒのキリンの人形を買い与え、
帰宅し、
寝落ちしないように素早くトンカツを作って食べさせ、
風呂に入れ、
就寝。
しかし、
「さみしいのよ」
と言い出し、
「お母さん、お母さん」
と言って泣き出すボリさん。
おかしいなあ、一年前は奥さんが外泊しても普通に寝れたのに…
いろいろわかるようになって、逆にごまかしがきかなくなっている。
泣いたまま眠ったが、翌朝5時半にはまた目覚め、泣き出すボリさん、
一時間経ってももう眠らなかったので、仕方なく早めの朝食を。
1月4日。今日のことだ。
うちにはテレビがないのでガラケーのワンセグで教育テレビを見せ、間を持たす。
「みんなのうた」から始まり、
「0655」「シャキーン!」や「にほんごであそぼ」、
「デザインあ」や「ピタゴラスイッチ」ときてかわいいかわいい3代目スイちゃんの登場する「みいつけた!」、
怖いくらいにこなれたゆきちゃんの進行による「いないいないばあっ!」、
「おかあさんといっしょ」…
CMが入らず、しかも各番組ともに細かくいろいろなコーナーに分かれて構成されているので「あやし」のノンストップ・トランス・ミックスといった趣だ、
普段見ないから久々に見るとすごいなEテレ。
ボリさんも納豆を食べ終わり、小さな画面に見入る、
その隙に洗濯をして干す。

本日は自動車に乗ってセブンイレブンに寄り、手抜きの昼食を買って児童館へ。
テラスで昼食を食べ、未就学児の遊ぶ部屋へ。
そのままひたすら16時まで遊んだ。
途中、ボリさん曰く「おともだち」が来たようだがわしは頻繁にここに来るわけではないから人間関係が分からぬ。
一緒に遊んでいるようないないような様子を、トラブル無いように見守り、時々口を出す。
日が傾き、寝不足もあって泣き所を探すようにぐずり出すボリさん、
「自転車やりたかったの」と述べるが、
「自転車?あるよ~」と車の荷台から子ども用自転車を出して泣かせないわし。
16時半ごろまで外で自転車で遊び、帰った。
眠そうでくたっとしているが、ここで寝かせると夜寝なくなる。
シルバニアファミリーで遊ばせておいて最速で唐揚げを作る、
時折シルバニアファミリーの小さなオムレツやらトマトやらが落ちたりうまくコンロに載らなかったりして泣きかけるところを、
「はいはいここにあるよ~」とフォローに滑り込み、
東洋の魔女の回転レシーブの様に泣かせないわし。
夕食、入浴。

お母さんと電話し、お土産にキティちゃん人形がもらえるとわかり、
写真を送ってもらったことで見通しが持てたのか、
今日は泣かなかった。
眠る前も、「たいこたたく」と意味不明なことを言い出し、
おもちゃのたいこを叩いて「マイケル歌って」と要求してくるが、
昼寝をさせていないことで勝ちが見えているわしは「いいよ~」と応じ、
「トゥクトゥクトゥクトゥクッ!チョ!」と、
ボイスパーカッション付きで「スピード・デーモン」を歌う。
その後とりとめのないゴロゴロとしたやり取りを経て、
わしのくるぶしを枕にボリさんは寝た。
その寝顔はあまりに愛しい。

あと一日。
明日夜に奥さんは帰って来る。
そう思って日記を書いていたら、風邪が治っていた。
治るために、大義名分とか必然性とか使命みたいなものを必要とする奴だったのかもしれない。
なんて、めんどくさい奴だ。
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by syun__kan | 2017-01-04 22:48 | 日記 | Comments(0)