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「野生展」のレセプションに行ってきた
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21_21デザインサイトは、
東京ミッドタウンにある都会的この上ない超かっこいい展示施設で、
毎回、攻めの斬新な企画展を行う。
2008年に、わしを、造形作家として事実上デビューさせてくださった施設でもある。
それ以後も、何度かワークショップや小品の展示で関わらせていただいたが、
最近はあまり出動していない。

しかし新しい企画展が行われる場合は、必ず内覧会の案内をくださる。
いつも平日の夕刻から行われるのでなかなか行けないのだが、
今日は久々に、終業後雨の中電車に飛び乗り、
明日から始まる「野生展」のレセプションに行ってきた。

三宅一生さんとお会いし、
島根県で作ったヤマタノオロチの写真をお見せした。
わしは、三宅一生さんにスカウトされて造形作家としての道を歩み始めたので、
「何とか、まだやってます!」
と、たまに報告しなければと思っている。

佐藤卓さんともご挨拶できた。
「東京オリンピックで、何かでかいオブジェが必要になったら、呼んでください!」
とお伝えさせていただいた。
しかし佐藤さんは、自分は今のところオリンピックに関わってないからとのことだったが…
正直なところ、
わしは東京オリンピックの文化的な事象は、
佐藤卓さんが司ったら良いと思っている。
オリンピックは、世界中の誰も嫌な気持ちがしない、誰もが良い気持ちになるものであるべきで、
それこそまさに「デザイン」の仕事であり、
そういうのは、佐藤卓さんが最高だと思う。

展示に出品されている、絵本作家として有名な田島征三さんとも、
今回初めてお会いできた。
「とべバッタ」や「ふきまんぶく」等々の名作で知られる田島さんだが、
確か多摩美の絵本創作研究会出身なのだ。
つまりわしの、遠いけども直系の先輩ということになる。
(わしは絵本創作研究会の副部長だった)
わしのヤマタノオロチの写真に興味を持ってくださったり、
握手していただいたりした。
絵本を持って行ってサインをいただけばよかった。

鈴木康広さんは、わしが参加した2008年の「21世紀人」展でご一緒させていただいた。
今回は、その時の続編的な展示をされていて、少し懐かしく、嬉しかった。
作品についての解説をお聞きすることができた。
鈴木さんのお話は、すごく独特な視点なのにスッと腑に落ちてしまう感覚がして、本当に面白い。

渡邊拓也さんは、始めてお会いする20代の若い方だったが、
手びねりの焼成粘土でたくさんの「道具」を作り、出品されていて、
とても面白かった。

いずれにせよ、21_21の企画展は、世界の、本当に本当の先端を突きつつ深層に潜っているので、
いつも使わない、頭の中の部分を刺激され、
何かアドレナリンが出るというか、
ぼわっと燃え上がる感じがする。
この感じは、アーティストでなければ分からないのかもしれない。
すごく幸せな感覚なんだ。

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by syun__kan | 2017-10-19 23:56 | 日記 | Comments(0)
新聞紙の変身展、開幕
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浜田市世界こども美術館にて、「新聞紙の変身展」が開幕しました。
新聞紙を使って何ができるかということについて、
アーティストたちが様々に研究した成果が展示されていると思います。
お近くの方はぜひ。

ちなみに、参加作家4名のうち、
遠藤良亮さんは、多摩美の彫刻科の、10年くらい離れた後輩です。
設置の際に初めてお会いしましたが、
中邑真輔みたいなモヒカンで、
色白で、照れた感じの笑顔が素敵な、
彫刻科のメンズの特徴である「寡黙さ」と、
細身ながらも肩幅の広い実戦型ボディを装備した好青年で、
彼の作る、新聞粘土による動物は、
わしには到底実現できないレベルのハイクオリティでした。
すごいなあ…

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by syun__kan | 2017-10-15 00:14 | 日記 | Comments(0)
運動会前後の情景
土曜の朝、
奥さん、娘、わしがそれぞれに何となくのタイミングで起床する。
平日の疲れを引きずってわしは、階段の手すりにへばりついて、
火の鳥のムーピーのようにゲル状になってドロドロと一階に降りる。
何となく、奥さんが洗濯の手はずを整え、
わしが何となく、朝食的なものを用意する。
娘はとりあえずEテレを観てる…
朝食を食べる段になって、
非常にセンスの高い音楽番組である「ムジカ・ピッコリーノ」は終わり、
「おさるのジョージ」になる。
ジョージが、
「ほわっ、ほわっ、ほわっ、ほわーー!!!」
と叫ぶ。
次の番組である「ひつじのショーン」では、
ショーンが、
「めえ~~」
と述べ、犬のビッツァーが
「わわ、う、わわ」
と犬語でしゃべる。
すると次の番組は、「クレイアニメ風に作ったCG」アニメーションの「ピングー」が開始し、
ピングーが
「ほやー、ほやー!」
と叫ぶ…
さっきから数十分間、
動物がひたすら喃語でしゃべっている。

雨で運動会が延期になったこの土曜、
一日順延で明日には運動会が催されるわけで、
そんなに娘を疲れさせるわけにもいかないので、
ぼんやりと過ごす。
運動会を控えているのは娘だけではなく、
わしも日曜には、職場の学校の運動会である。
要するにわしは、娘の運動会を観に行けないのである。
よくある、親業と教員業のジレンマである。

奥さんは、幼稚園年少の娘の、初めての運動会に向け、
敷き物やお弁当の食材や帽子の上のリボンやワッペンやビデオカメラや、
様々なものを用意し、
さらには当日わしがいないことで、保護者一名だけでどう立ち回るか案じ、
1か月前から娘の体調管理を案じ、
10日前から天気を案じ、
当日自転車で行くか自動車で行くかを案じ、
雨天による一日延期によって何かが途切れたのだろう、
消耗し切って午後に倒れて昼寝していた。

ここ最近、奥さんの運動会に向けた様々な懸案を日々聞き、
まあ要するにわしが当日に行けないことに起因する部分も大きいので、
まあ何というか、はやく開催されてはやく終わるがよい、運動会、という感じだった。

日曜の朝、娘とわしはいつもの「キラキラ☆プリキュアアラモード」を観ることはできず、
それぞれの運動会に赴く。
わしはグランドの万国旗を張り、
走ったり体操したり潜り込んだり応援したりして、
教員として運動会を終えた。
家に帰って娘とプリキュアでも観るか、といったところだが、
そうはいかないのである。
浜田市こども美術館における、「新聞の変身展」の、
設置・飾り付け作業に行かなくてはならぬ。
運動会を土曜日に開催できていれば、日曜にゆっくり島根県に向かったのだが、
日曜開催のため、運動会終了後、万国旗を片付けることもできず、
同僚にお願いして、
ジャージのまま、ハチマキのまま(ウソ)、
自転車で駅に行き、電車に飛び乗った。

日曜深夜に浜田に着き、一泊し、
翌月曜朝から設置作業し、また一泊し、
翌火曜も朝から設置作業、夕方東京に戻り、
品川あたりのカプセルホテルで一泊し、
その足で水曜日、出勤する予定だ。
プリキュアを観れるのは、だいぶ先になる。

電車に乗ると、奥さんからメールが来て、
娘の属する赤組は優勝したとのこと、
親子競技のデカパンツリレーも一番だったとのことなどが伝えられた。
これで、一連の運動会関係懸案事項は一段落付くだろう。
よかった。
奥さんも、お疲れさまでした。
無事、行事が終了するのは、何だかんだで、奥さんの準備の成果である。

運動会は終わったが、
わしは、父、教員、あともう一つ、アーティストとしての懸案事項、
浜田市におけるヤマタノオロチとサンダーストーム・チャイルドの設置作業を、
やっつけに行く。
ややお疲れで若干のどが痛い。
先週、群馬や静岡に点在する、参加作家の作品を4トントラックで集荷して回っていただいたが、
群馬で積んだわしのサンダーストーム・チャイルドが大きすぎたか、
積み切らずに別便を出すというハプニングが、すでに生じている。
上手くいくことばかりではないが、
チャレンジし続けることが尊いのだと、言い聞かせ、
今は広島から島根に向かう、高速バスの後部座席で丸まっているなり。

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by syun__kan | 2017-10-08 23:23 | 日記 | Comments(0)
すっぱいブドウ
遅い夕食。ブドウが出た。
食べると、すっぱい。
甘酸っぱいというより、ただ単にすっぱい。
正直にそう述べると、奥さんは、

「あー、すっぱかったんだそれ。
ボリさんが、夕飯で葉っぱ全部食べて、
ご褒美的にブドウあげて、
わーいって食べ始めたんだけど、
あまり食べなかったんだよね。
その残り」

とのこと。
ボリさんは、3歳9か月のわしの娘。もう寝ている。
葉っぱは、我が家で「緑の野菜」の意味。

娘は、頑張って野菜を全部食べ、
ブドウをもらって「わーい」って思ったのに、
それがすっぱかったということだ。
そして、「すっぱい」と述べることは無く、
食べることを止めて、寝た。

わしは、2階で寝ているボリさんを思い、
何だかものすごく、愛しく、いたたまれなく、心がすっぱくなった。

期待して手に入れたものが「思ってたんと違う」経験。
それは心を成長させる重要な栄養素だ。
財閥とか皇室とかなら、与えられたブドウは常に甘いかもしれないが、
わしらにとっては、毎日毎日、甘いばかりではない。
小さながっかり、しょんぼり、しかしながら希望、喜び、
大きな喜び、暫定的な絶望、でも希望、
それらすべてがないまぜになって練り上げられたカラフルなペーストが、我々の生活だ。
いろんな経験をして、
ありとあらゆる感情を味わって、大きくなっていかなければならない。

しかしながら!
我が娘が食べるブドウは、
どちらかと言えば甘くあって欲しい!

…これはもう、ただの親バカ的なフィーリングだ。
将来を思えば、すっぱいブドウも経験していかなければならない、それは分かっているが、
それでも甘くあって欲しい、なんて、
そんなの逆に本人のことを考えていない親のエゴなわけだ。

だから、わしは、
甘くあって欲しいと願って、心をすっぱくするだけ。
高いお店に行って、甘いブドウばかり買ったりはしないよ。
本当にそこまでやっちゃったら、
本当にただの過保護になってしまう。

そしてわしは、わしに、そこまで思われるボリさんって、何なのだろう、と思う。
食べたブドウがすっぱかった。
そんなの、些細な事だ。
他愛のない、ミニマムな、取るに足らない出来事だ。
そんなことまで、いたたまれなく、思われる、ということ。
こんなにも、思い入れを持たれ、
将来を案じられ、愛しく大事に思われ、幸せを願われるということ。
巨大な未来を所有している3歳児という存在の偉大さよ。

わしは、さらに、思いを馳せる。
自分も、30年前は、
親にそう思われていたのだろう、ということ。
食べたブドウがすっぱいというようなことを、
「甘くあって欲しい」と、たぶん思われたのだろうということ。
幸せを願われたのだろうということ。

34歳の、取るに足らないおっさんに見えるかもしれないけど、
わしはその、幸せを願われた「将来」を、今生きているんだぜ。
だからわしも、がんばって大事に生きよう、
みたいなことを思う。

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by syun__kan | 2017-09-20 21:48 | 日記 | Comments(0)
東京タワー~三宅君と戸坂さんと、時々、黒柳徹子さん~
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こちらの画像をご覧いただきますと、
右下に、東京タワーらしきものが見えると思います。
これ、わしが作ったものです。
自分の作品がプロレスの試合で使用されたということで、
昨年ブログでも書きましたが、
正規の商品となって発売となると、また嬉しいものです。
どこにも名前の出ない、些細な助力ではありますが。
(万一、購入したいという方がいましたら、こちら→http://michinoku.thebase.in/items/7899281

昨年12月のこの試合、
わしの17歳の頃からのライバル、三宅感氏と戸坂明日香氏を誘って観に行きましたが、
戸坂明日香氏は、
「今はアンドロイドを作る会社に勤めている」
と話していました。

今年の7月に、三宅感君の特別展示が青山の岡本太郎記念館であり、
アーティストトークの日に、わしは観に行きました。
トークは狭い館内に満員御礼で、
客席を見ると戸坂さんも来ていました。
トークが終わって夜8時過ぎ、出番を終えた三宅君が記念館から出て来て、
色々な人たちとダンゴになって地下鉄の表参道の駅まで歩き、
改札前でそれぞれの乗る路線に分かれる前に
(そこまで行くと三宅君と三宅君の友人のかーくんと戸坂さんと戸坂さんのお知り合いの方とわしの5人になっていて)、
輪になって突っ立って、
すきっ腹を抱えて1時間以上立ち話しました。

色々な話をしましたが、そこで戸坂さんが言っていたのは、
「今は、内密だけど、うちの会社は、とても有名な女性のアンドロイドを作ってる。
この間、私が、ご本人の顔を計測した」
とのことでした。
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昨日ニュースを見てびっくり。
わしの些細な東京タワーより、遥かに派手に、
ニュースを賑わせる、黒柳徹子さんのAI。

盛り上がって、
戸坂さんに「ニュースで見たよ!おめでとう!」とメールしてみたら、
しかし作ったのは、主に別の社員さんで、
戸坂さんは、それほど関わらなかったとのことでした。
少しだけ、東京タワーと、カラーとシルエットが似てますね。

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by syun__kan | 2017-09-15 22:00 | 日記 | Comments(0)
限界について
風呂上がりに、腰にタオルを巻いた状態で、
台所に立って洗い物していた。

洗い物も終盤に差し掛かったところで、ふと、
鼻がかゆくなった。
しかしながら、わしの手は濡れ、
泡にまみれているので、
すぐには掻くことはできない。

水道で手の泡を洗い流して、タオルで拭けば、
鼻を掻いてかゆみに対処することもできるが、
できれば今やっている仕事を、このまま最後まで全うしたいと考えた。

それに泡を、
大して活躍させないままに洗い流してしまうのも、
何かもったいない。
現在の泡を、皿やコップを洗うことによって順当に消化させたい。
泡にも五分の魂、というようなアニミズム、というよりはたんなるケチ的な思考だ。

そうこうしているうちに、鼻のかゆみは、
いっそう強くなっていく。
もしかしたら、一時的なもので、掻かなくてもやり過ごせるのではと期待していたが、
見立ては外れたのだ。
かゆい、かゆいのである。

しかしわしは耐える。
前述のような、始めたことを最後までやっちゃいたいというこだわりと、
「MOTTAINAI」の精神によって。

だがしかし強烈にかゆい、
壮絶に!!

すると、ぞわぞわぞわっ!!と、
わき腹から寒気のようなものが上がって来て、
上半身一帯に鳥肌が立った。
わしの体が、ささやかに限界突破したのだろう。
あっという間の出来事だった。
かゆくなり始めから、限界突破まで。

わしは否応なしに、強制的に、手の泡を洗い流し、
誰かと争うようにタオルで手を拭き、
即座に鼻に手をあてがい、掻いた、
ボリボリボリボリと。
ボリボリボリボリ。
わしの両目から、涙がダーッと溢れ出た。

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by syun__kan | 2017-09-09 00:22 | 日記 | Comments(0)
江口洋介、ホームレス、蟻等に関する思い出
記憶はどんどん薄れてしまうものなので、
たまには思い出話を書こう。

大学1年の頃、
わしは初めての東京住まい(外れだが)を良いことに、
しょっちゅうプロレスを観に行ってた。

その夏は2002年、
新日本プロレスのG1クライマックスが両国国技館で連戦で開かれ、
わしは奮発して2日間連続でチケットを取り、観に行くことにした。

1日目の8月10日、わしは下宿の最寄である橋本駅から電車に乗り、
夕方に両国着。
2階の後ろの方から観戦、
メインは高山善廣VS西村修で、
西村が無我殺法で高山をかなり翻弄したが、
最後は高山が勝ったことを覚えている。

会場を出て夜。
明日8月11日は、昼過ぎ、
確か14時くらいから試合開始。
橋本まで帰って下宿で寝るのが道理だが、
わしはあほまっさかりの絶賛19歳なりたて。
1時間以上かけて橋本の自宅にたどり着き、深夜に寝て、
翌日昼過ぎにまた両国まで出直すのは、
めんどくさいしお金がもったいないと、考えた。
確かに、なけなしのお金で買ったチケットであり、
金欠な状態ではあった。
しかしながら、せめてネットカフェとかを利用すればよいのに、
野宿しようと考えたのは、
今思うと、無事で良かったねという感じだ。

すぐに寝付かれるわけはなく、
国技館周辺をうろついていると、
夜の公園で、何かの撮影隊がロケをしており、
野次馬が少し群がっている。
どうやら、江口洋介がいるらしい。
わしは、たまに「江口洋介に似ている」と言われたことがあったので、
嬉しくなって、
接近を試みた。
ADさんと思われる若い女性と話しながら、
撮影隊から江口さんが一瞬離れたとき、
わしは江口さんの背後に近づき、
目と鼻の先の距離で立った。
江口さんは、わしと同じかそれ以上の高身長で、
ADさんと「セッタ」(当時少し流行っていたサンダルの一種)の話をしていた。

江口さんは再び撮影隊の群れに戻っていき、
わしは引き続き野次馬の一人として使い捨てカメラで撮影しようとしていたが、
やがてスタッフさんに「迷惑なんで」と遮られ、
接近は終了した。

似ていると言われることもあったが、
身長や顔の部分的には似ているのかもしれないが、
その他の大部分、ほぼすべての面で、江口洋介とわしはかけ離れていると、
何だか思い知った気がした。

その後さらにうろつき、
深夜に、国技館の徒歩圏にある大きなお寺に着いた。
そこには玉砂利を敷いた広い庭があり、
庭を囲むようにベンチが点在していて、
その一つにわしは座った。
道も近いので、ひと気が全くないわけでもなく、
20メートルほど離れたベンチの下には、ホームレスの方が寝ていたりして、
無人なのよりも安心感があった。

眠気は全く起きなかった。
こんな所で眠っては危ないと、本能が感じるのだろう。
確かに、学生時代にはこの機会の他にも何度か野宿を試みたが、
うつらうつらはするが、ちゃんと眠れたことは無い。
この時も、わしは眠ることを諦め、
一晩中、そのベンチに座っていた。

やがて空が白み始め、わしは早朝の両国周辺を散歩した。
そして、またあのベンチで時間を潰そうと思い、お寺に戻ってきたのだが、
今度はお巡りさんが群がっているのだった。

警官の群れの中心は、昨夜から今朝にかけて、
下にホームレスの方が横たわっていたベンチだった。
わしは気になったので、近づいて警官に話しかけると、
ベンチの下で人が死んでいたとのこと。
「ああ、その人、昨日の夜から横になってましたよ」
とわしが言うと、
お巡りさんたちが一斉にこちらを向き、
「それは何時頃?」
と聞き、何人も同時にメモを取り始めた。
その場でわしは、昨夜から今朝にかけての動向を、
「プロレスを二日続けて観るために電車賃をケチって」という動機まで、
詳しく聞き取られたのであった。
最後に、
「もしかしたら電話するかもしれないので番号教えて」
と言われ、携帯番号を伝えたが、
その後電話は無かった。
順当に、というか…
特に事件性は無く、
ホームレスの方が、ベンチ下に横になり、そこで力尽きたということになったのだろう。

19歳になったばかりのわしは、
「自分は江口洋介と、ホームレスの、中間くらいにいる」
と、なんとなく思った。

昼過ぎにプロレスが始まり、
昨日勝って決勝にコマを進めた高山善廣を、
蝶野正洋が、ケンカキックの乱れ打ちにして倒し、
G1クライマックスに優勝した。

わしは今度こそ京王線に乗り、橋本の家賃3万5千円の下宿に帰った。
すると、部屋の中に蟻がいた。
2センチくらいある、女王アリみたいなサイズの蟻だ。
よく見ると、いっぱいいた。
昨日出発する際に、部屋の真ん中に放置していった、
「プリンパフェ」の空き容器に群がっているのであった。
6畳一間に何十匹もいる巨大蟻、
どうしたら良いか全く分からず、
結局わしは、チャッカマンで一匹ずつ燃やした。
それしか思いつかなかった。
蟻は悶え、死ぬ瞬間に、何とも言えない嫌な臭いを出した。

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by syun__kan | 2017-09-03 23:13 | 日記 | Comments(0)
子どもだましなんてない
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「子どもだまし」という言葉を、昔よく聞いた気がする。
「子どもはそんなものが欲しくなっちゃうのか、そんな子どもだましなものを」
みたいな感じで、
そう、自分が子どもの頃に言われた。
自分が好きなもの、欲しいものを、
「子どもだまし」と言われて、
何か少し複雑な気持ちになった覚えがあるが、
いざ自分が大人になり、
教員になったり父になったりアーティストになったりして、
見渡してみると、
世の中の子ども向けのものにおいて、
作品や教育や食品や玩具等において、
「子どもだまし」なものなんてほとんど見受けられない。
わしの周囲に関してのみ言えることなのかもしれないけど、
ほとんど全部真剣勝負で作られている気がする。

例えばこの夏は、
3歳の娘とプリキュアショーを数回観に行く機会があった。
わしはプリキュアなんて昨年まではさっぱり知らなかったが、
娘が観るようになってからの今期に、一定の知識を得て、
基本的なフォーマットくらいは理解した。
今期の「キラキラ☆プリキュアアラモード」は、
スイーツと動物をモチーフにしている。
様々なメディアミックスが盛んに行われ、
特に夏休みのような時期には、
オーバーマスクを使用したショーが各地で観られる。
文化会館の大ホールで観たショーは、悪者が出てくるストーリー仕立てで、
最後には歴代プリキュアが大挙して押しかける阿鼻叫喚となり、
池袋の「キラキラ☆みんなのパティスリー」で観たものは、
悪者は出ずに、プリキュアたちのダンス中心で、
どちらも、3歳~5歳くらいの女の子たちが、
普段家で観ているものを大勢で共有できるの喜びの中、
叫ぶように皆で歌い、
わらわらと皆で同じ振り付けを踊るのは、スーパーほほえましかった。
そして池袋においては、目の前まで来たキュアジェラートが、
目が合ったわしの娘に対して投げキッスしてくれて、
わしは感動して涙が出そうになった。
娘はキュアパルフェまたはキュアマカロン推しなのでわりとさらっと受け流していたが、
しかしわしは、深く感動していた。

ここで「子どもだまし」という言葉について考えてみると、
このキュアジェラートは、中身にはダンサーさんが入っていて、
そのお姉さんはすでに40代なのかもしれないし、
先ほどの休憩時間にコンビニで買ったじゃがりこをボリボリ食べていたかもしれず、
要するに「本物」のキュアジェラートではないと言うこともでき、
そういう意味では「子どもだまし」なのかもしれないけど、
しかしながら、難易度の高いダンスはたゆまぬ努力の賜物であり、
30分のダンス~15分の握手会、15分の休憩を挟んでまたダンス、それを一日、
という超ハードスケジュールをこなしつつ、
しなくても給料は支払われるであろうアドリブのキッスを、娘に投げてくれたダンサーさんの、
心意気というか、生き様が胸に迫ってきたし、
その存在を超え、
ダンサーさんが心意気を以てして守り、高めてくれたキュアジェラートのイメージを、
わしはその、何というか、
うーん…
八重歯がチャームポイントの、
テーマカラーが青で、アイスとライオンがモチーフの、キュアジェラートのことを、
何というかその、うまく言えないんだが、
昨日の8月27日が設定上の誕生日である、キュアジェラートについて、
そう、プリキュアは実在の人物ではないが、誕生日が設定されているらしくて、
そのまあ、要するに、
ほんの少しだけ…
ごく少しだけね、
オタクと呼ばれる人たちが、
二次元に感情のエネルギー注いで生きているフィーリングの、一端を、
理解しそうになり、
踏みとどまったりした。

さて、感情の揺らぎを露呈してしまった可能性があるので、
姿勢を直してえらそうなことを書いて終わろう。
わしが創作活動を行っている原点は、
幼稚園年長さんの時に観た映画「ゴジラvsビオランテ」である。
子どもだましの怪獣映画と言ってしまえばそうかもしれないが、
芦ノ湖に巨大なバラが立ち上がり、逆光に照らされるシーンなど、
制作者が本物の芸術を目指して作っていることは明らかだった。
あの時わしは、良い意味で、永遠に消えない傷を付けられたのである。
現在の、プリキュアも面白いし、Eテレの子ども番組も素晴らしい。
これらを享受した子どもたち、
池袋でわらわら踊っていた子どもたちが、将来どんなものを作るか、
楽しみに、心して待つ。

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by syun__kan | 2017-08-28 22:38 | 日記 | Comments(0)
島根滞在制作あとがき
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このようにして、
わしは2週間の滞在制作においてヤマタノオロチを完成させたわけだが、
昨年、同様に滞在制作して、「大人魚姫の城」を完成させた時ほどの、
涙ぐむほどの感動と自己陶酔はない。
数日の準備期間と、丸々2週間の時間、
あとたっぷりの新聞紙と200個のガムテープがあれば、
わしが大型の作品を一個作れるということは、
昨年の経験から、実証済だからだ。
一度経験したことは、どんどん「普通のこと」になっていく。

でも、思い返せば、
島根に出発する前は、
仕事と家庭という、通常業務の忙しさから頭が回らず、
プランがまとまらないことへのプレッシャー、
ほんとに2週間で仕上げられるのか?そんなことできるのか?
という強烈な不安に苛まれ、
泣き出しそうになってたのは、どこの誰だっけ?
みたいな記憶もある。

条件さえそろえば、実現できる。
しかし、集中できる条件がそろっていない時は、
「自分は条件さえそろえば、実現できる」ということさえ、
信じられなくなるというか、忘れてしまうものなんだな、と思った。
そのようにして、人は自分の可能性を狭め、
日常に埋没していくのかも…
だからやはり、今回の様に集中できる機会を与えていただくということは、
非常にありがたいことだと思う。
大げさに言えば、アーティストとしての命の恩人である。

今後もだ、関口に、
2週間強の時間と、たっぷりの新聞紙と200個のガムテープを与えれば、
関口は大型作品をこしらえる。
全国の学芸員の方々、ご一考を。
ただし、来年の夏休みは、教員免許の更新講習があるかもなので、
今年と同じような時間の取り方はできないかもしれない。
また、関口は2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、
何か大きい人物像を作りたいという野望を持っている。
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なので、それの制作を、やらせてくれる、滞在制作、
なーーんていうのが理想中の理想だけど、
そんなにうまくなんて行かないってことは34歳、そろそろわかった。

今回の滞在制作では、
初日の前夜に、プランを練るところから日記を書いていたので、
「結局どうなった」ということについても、
造形的な視点から日記を書いておこう。

前夜の日記で、
先人たちが表現した様々なヤマタノオロチの形を紹介したが、
結局わしは、
犬みたいな四つ足の体があるスタイルを採用したということになる。
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しかしながら、体の中に人が入って通れるようにするため、
ポーズは腹這いとした。
でも今考えると、四つ足で立っているままの体勢でも、
階段?梯子?滑り台等を付ければ、体の中を通れるようにできるな…
そこまでの大工仕事はさすがに自信が無いが…
いつか高床式の通路も、挑戦してみても良い。

浜田市に来てから感じた一つの課題として、
島根県浜田市における「神楽」の存在の大きさがあった。
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すなわち市民の皆様は、神楽に登場する、
ド迫力の立体造形のオロチに普段から接しているわけで、
同じ土俵でオロチを作っても、負けてしまう。
神楽のオロチと違う持ち味の、オロチを作らなくてはいけないということ。
その解決策として、
わしはオロチをピシッとさせた。
神楽のオロチは、グルグルとうねり、動き回るわけで、
すなわちアメーバのような不定形なのである。
わしは個人的に、彫刻作品の魅力は「屹立」「起立」だと思っている。
重力に逆らって立つということ。
物というのは普通、低く平らに置くのが一番安定する。
立てて置くことで安定する物もあるが、
風が吹いたり、地面が揺れたりすれば、
基本的にみな、倒れて低くなり、
これ以上低くなれないところで止まる。
万物は、常に重力によって、下方向に引っ張られる宿命にあるのだ。
そこを、敢えて物を立たせる!屹立させる!
この、自然の法則に対する反抗こそが、
彫刻の肝なのだという気がする。
だからわしは彫刻には空間の中で「立っていて」欲しいし、
なるべく高く立ったものに憧れる。
神楽の舞台で演じられるオロチは、本当に凄まじい迫力なのだが(実際に島根県に行って観てみると良い)、
しかし人が入って演じる以上、人の背以上には高くなれないのだ。
だからわしは、オロチの首を上に伸ばして屹立させた。
そして、真っすぐに伸ばすことで、グルグルうねうねの、不定形感をなくした。

もう一つ、神楽のオロチは、禍々しい怪物として描かれる。
愛嬌はあるが、表情や動きのベースは「禍々しさ」だと思う。
だからわしのオロチは、もう少し明るい、飄々とした、健康的な感じを狙った。
うまく表現できたかはわからないが…。
ウロコも付けなかった。
付けるのが非常に手間(大人魚姫で経験済)ということもあるが、
付けてしまうと神楽のオロチと同じ土俵に乗ってしまう気がして、
しれっと省いた。

まだ展示室に置いたわけではなく、
狭い搬入口で仮組みしたので体正面から全体像を見ることがまだできていないけども、
今回の作品は、わりと気に入っている。
「大人魚姫の城」が、片面から見ることを想定して裏面を造形していない、
いわばレリーフ的な作品だったのに対し、
今回のオロチは、360度から見れる「丸物」に近い。
そういうのは久々だったので、楽しかった。
また、浜田市世界こども美術館が、常に子どもたちが出入りし、造形を体験し、作品が飾られ、
図工的な息吹が循環している施設だったので、
自分が作っていて内向的にならなかったのも良かった。
(イメージアップの為にちょこっと子どもが楽しむ何かが用意されているオシャレ空間とかでもなく、
本気でがっつり図工の美術館だった)
大人ばかりが出入りし、うんちくばかりを述べるような場所だったら、
わしの思考も沈殿し、
「オロチの形を聖堂になぞらえて禍々しさの象徴としてキリスト教をうんたら…」
みたいな、
しょうもないコンセプトを付け加えていたかもしれない。
でも今回のオロチは、そんなん全然ない。
何か形を、物を作る楽しさだけで押し切れたと思う。
美術館のおかげだ。

そうそう、美術館の職員様は本当に優しかった。
昨年の広島で担当してくださった学芸員さんは、緊張感と圧があり、
制作中のわしの作品の進度を、まさに睨めつけるようにチェックし、
その緊張感に学芸員さんの本気とプロ意識を感じてむしろ感動し、
それはそれで大好きで、感謝に堪えない思いだったが、
浜田の方々は本当に穏やかに見守ってくださった。
朝ホテルに迎えに来てくださり、帰りはわしの作業終了に合わせていただき、
数々の計らい、
ご家族の方々も含め、本当にありがとうございました。

そして送り出してくれたわしの奥さんと娘もありがとう。
奥さんには、浜田の物産店でわりと高いお酒と、タコの燻製を買った。
娘には、パンダのペンケースと、鹿のポーチを買ったが、
浜田で買う時間がなく、高速バスに乗ってから新幹線に乗り換える際、
広島駅で見つけたものであることは、
申し訳ないと思っている。

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by syun__kan | 2017-08-16 21:13 | 日記 | Comments(0)
島根滞在制作14日目(最終日):夏休みの工作がんばり過ぎたw
f0177496_22205484.jpg
「息子が夏休みの自由研究の工作がんばり過ぎたw
どうやって学校持っていくんだこれw」

等のタイトルを付けて、
yahooニュースのトップで紹介したり、
ジャスティン・ビーバーさん的な人にツイートしてもらって拡散したりすれば、
少々話題になるのかもしれないが、
残念ながらわしは小学生ではなく、
34歳のおじさんである。

しかしながら、じゃあこれは何なのだろうと考えてみると、
小学生ではないにしろ、これは、
「夏休みの自由研究の工作」
以外の何物でもない。
「自由研究」という言葉自体に、
既に「夏休みの重たい宿題…」というイメージが手垢のように付きまくっているが、
「自由」でしかも「研究」って、本来は非常に前向きな言葉であり、
34歳のおじさんが自由になって、真剣に研究すると、この様な形になった。

まあ、考えてみれば、
わしが新聞紙×ガムテープの工作をやり始めたきっかけは、
小学校3年生の夏休みにステゴサウルスを作ったことだったし、
小5の夏休みにはケラトサウルスを作り、
高校生の時にジャイアント馬場を作り、
大学に行っても社会人になってもやり続け、
現在は職場の夏休み期間に取れる有給休暇を命綱にして制作を続けている、
いわば「夏休みアーティスト」なのだから、
夏休みの宿題が永遠に終わらない人生なのかもしれない。

しかしながら、社会人になってからの工作は、
企画展の一つの展示室を自分の造形物で成立させる、
あるいは色々な費用が掛かっているということによって、
「責任」がはっきりと生じるという点で、
小学生の頃と異なる。
小学生にも8月31日という締め切りはあるかもしれないが、
社会に出るとなお一層、「できませんでした」では済まなくなる。

そういった意味で、この2週間の滞在において、
本日になり、ようやく丁度完成させられたという安堵感は大きい。
展示作業などの仕事はまだまだ残っているが、
契約不履行のような事態は、ほぼほぼ免れた。

作品はしばらく保管し、
「新聞紙の変身展」というタイトルで、
浜田市世界こども美術館において10月14日〜 2018年1月14日に展示される。
3日目の日記に登場したミウラさんが作ってくださった丈夫なスロープにより、
ヤマタノオロチの中は車いすでもベビーカーでも入ることができる。
サンダーストーム・チャイルドも展示予定。

今日はもう一泊し、
明日高速バスと新幹線において、一日かけて帰京する。
その道中に、もう少し造形的な視点で作品の解説を書こうかしらと思う。

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by syun__kan | 2017-08-15 23:02 | 日記 | Comments(0)



現代芸術家、関口光太郎の日記。
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