カテゴリ:日記( 513 )

ヨタカとヨハネ

ヨタカのような心持で走っていた。
宮沢賢治の「ヨタカの星」を呼んだのはせいぜい小学生の頃なので、
詳しい内容は忘れたのだが、
夜空、口を開けて疾飛する情景は覚えている。
口をあけて虫を食べるんだったか。
なりふり構わずダメージを負いながら突き進む様子はインパクトがあったが、
今思うとまあようするに、「やけっぱち」をロマンチックに描いた状態なのかもしれない。

何でよりによって33歳のおじさんがそんなロマンチックにやけっぱちになって終業後の寒い夜道を自転車で走っているかというと、
不動産の契約に行くからである。
ローンを背負い込みに行くからである。
あまり使いたくない言葉であるが、
使わなければ生きて行けないので、
この際いっぱい述べてやる、
ローンローンローン。

ここだけの話、怖くて怖くてしょうがないのである。
子どもの頃、心霊系の番組や宇宙人系の番組や「はだしのゲン」のアニメが怖くてしょうがなかったが、
大人になってそういうのはあまり怖くなくなった。
しかしここに来て、2、30年ぶりに本物の恐怖を味わっているのである。
誰も泣き言を聞いてくれないからここに書いてやる。
怖いよう。怖いよう。

このようにして申込書を書いた。
数日後に契約に行って重要事項の説明を聞き、
100万円の手付金と仲介手数料の半金を払ってきた。
重要事項の説明は4時間半に及んだ。
何か損の無いよう、聞き漏らしの無いよう、
わしはずっと真顔で据わった目をしていたと思う。
大事な展示の搬入とか、制作が佳境の時もこの顔になる。
スティーブ・ウィリアムスは「ゲーム・フェイス」と言っていたが、
戦闘態勢の顔なのだ。

この4時間半の説明は、キリスト教におけるバプテスマのようだった。
終わると実にスッキリとした。
ヨタカ感はもう無かった。
どちらかというとヨハネ感がした。
検討の余地がないというのは、なかなか気持ちが良い。
ローンを背負うのって、けっこうかっこいいかもしれない。
誇らしいかもしれない。
他の道は無いのだ。
これに対して、努力すればよいのだ。
やはり人間、何に対して努力すればよいのかわからないという状況が、一番つらいのだと思う。
これだと分かっていれば、わしはわりとがんばれる。
奥さんとボリさん、彼女らとの生活のため、命を燃やしてやる。
たとえその道でのたれ死んでも、それを受け入れられる。

たかが住宅ローンで感傷的になり過ぎだって?
一定の責任を果たしていれば、おじさんがロマンチックになって何が悪い。
わしは東京のはずれの一戸建てのオーナーになることがほぼほぼ確定しての一歩を、
晴れがましく踏み出したのである。

その夜、らせん階段を上っていたら途中に何個もクモの巣があって進めず、
まあいいやと思って突き破りながら上っていたら、
徐々に絡まって身動きが取れなくなり、
クモの糸で真っ白になった視界、糸の中を向こうから少しずつクモが近づいてきて、
悲鳴を上げ、
午前4時に目が覚めたのは秘密である。
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by syun__kan | 2017-01-25 23:39 | 日記 | Comments(0)

バラゴンの定理

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サンダーストーム・チャイルドを、アーツ前橋に搬入・設置してきた。
毎回補修したり付け足したりしているので、徐々に密度が増している。

この作品の着想は2012年。岡本太郎賞受賞後、副賞的に、
青山の岡本太郎記念館で展示できることになったわしは、下見に行った。
その時に開催されていたのが、ヤノベケンジさんの展示で、
庭には、放射能防護服を着て、しかしヘルメットを外して脇に抱え、太陽を浴びて微笑んでいる子どもの、巨大な像が。
タイトルは「サン・チャイルド」とのこと。
時は東日本大震災の翌年、日本中が放射能の恐怖におびえる中、
そのような恐怖の無い未来を願うような、明るい作品だった。

しかしわしは、まだそんなに前向きな気持ちになれないよ!というのが正直なところだった。
希望を表現するような「感性ネジ」という作品で太郎賞を獲ってはいたが、
自分の将来への不安、子どもたちの未来への不安というのも同時に心に存在してはいて、
そのへんグジャグジャな感じだった。

なので、希望を表現するのが「感性ネジ」なら、
「でも不安だよ、ちくしょう!」という気持ちを表現する作品として、
「サンダーストーム・チャイルド」という発想が出てきた。
サンダーストームは、雷雨の嵐である。
新聞紙とガムテープという弱い素材でできた子どもの像を、記念館の庭に展示して、
風雨にさらそうと思った。

しかしながら、この案は「ほんとに崩れて風で飛んで行ったら大変」等の事情で変化し、
結果的に「ヒーロー」という、天井から吊るす作品となった。
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まあ、天井から落ちて来ても大変なわけだが、
そのへんは太郎の名がついた施設の、めちゃくちゃなことを許容する精神を感じた。
「ヒーロー」は翌2013年1月、銀座の「ELTOB TEP ISSEY MIYAKE」でも展示された。

その年の3月、21_21DESIGN SIGHTでの「デザインあ」展と六本木アートナイトに合わせた、
巨大な「あ」の字の作品を依頼されたわしは、
制作が日数的に間に合わないことへの解決策として、
「あ」の、上の横棒部分に「ヒーロー」を使った。
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この作品は、期せずして最初のコンセプト通り、3週間、六本木の中心で野ざらしにされ、
ボロボロになったのである。

その後多摩美の彫刻棟ギャラリーでの展示を依頼されたわしは、
「あ」は、業者さんが作ってくれた、台の中から中心の縦棒に伸びる鉄骨の構造がないと自立できないので、
「あ」をバラして、片膝を立てて座っている青少年の形に再構成した。
これに、最初の着想だった「サンダーストーム・チャイルド」のタイトルを与えたのである。
この時は個展で、自分のこれまでの歩みを振り返る機会だったので、
「放射能への不安」に加え、雷の多い地域である群馬県で生まれ育った自分の姿も反映させたネーミングだった。
この年、「サンダーストーム・チャイルド」は多摩美に加え川崎の岡本太郎美術館、船橋市のアンデルセン公園こども美術館に展示され、
2015年には調布の「たづくり」という施設のギャラリーで展示された。

要するに、最初に作った「ヒーロー」を、これでもかと使い回しているのである。
お前はリサイクル業者か。という声を真摯に受けよう。
我が身を5分反省し、
そしてベランダに立って胸を張り、アンサーをしよう。

この度重なる使い回しを支える理論として、わしが提唱しているのは、「バラゴンの定理」である。
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「バラゴン」は、東宝の「フランケンシュタイン対地底怪獣」(昭和40年)という映画で生まれた、
四つ足の怪獣である。
この着ぐるみは、わしの記憶が正しければ、
円谷プロのテレビ番組「ウルトラQ」において、
首を挿げ替えて「パゴス」という怪獣に改造され、登場している。
週1のテレビ番組であった「ウルトラシリーズ」は、案の定制作が非常にタイトであったため、
東宝から使用済みの怪獣の着ぐるみを借りて(もらって?)、改変して使っていたのである。
そして「パゴス」のあと、さらに、「ウルトラマン」において、
初期のわりと重要な怪獣である「ネロンガ」に改造される。
その後、同ウルトラマンにおいて、トゲがいっぱい付いて「マグラ」という怪獣になったはずである。
さらにその後、エリ飾りが付いて「ガボラ」になったはずである。
そして最後は、東宝に戻り、
なんとまた「バラゴン」となって、ゴジラ映画に出演を果たしている。

着ぐるみ内部は相当に臭かったはずだ。
しかし論点はそこではなく、
改変を辿ったどのキャラクターも、魅力的な名怪獣として現在まで語り継がれている点だ!
パゴス以外。
そう、正直パゴスはあんまりもうフィギアとか発売されてない気がする。
しかし、バラゴンはもちろんネロンガもマグラもガボラも、素晴らしい造形作品だと思う。
使い回しだからと言って、ダメな作品とは限らないのである。

これが「バラゴンの定理」だ。
よろしく。

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by syun__kan | 2017-01-23 07:41 | 日記 | Comments(0)

一戸建てに引っ越したいという希望、
曲りなりに10年、真面目に務め人をこなしたんだからという。

何から始めればよいかわからず、
とりあえず見学に行ってしまったが、
これは有りがちなミステイク。

まず予算から練るべきであった。
先に見学なんかして、「こんなおうちにすめたらいいね」とかイメージを持ち、
「ここに決めちゃおうかい」なんて話しつつ、
ようやくファイナンシャルプランの概念を発見し、考えてみて、
「やっぱこの価格は無理、ここでこのローンしょい込んだらローン返すだけの人生になるかも…
いったんやめよう」
という話を夫婦でするときのダメージ。

ダメージたるや。

働き方や将来設計、
仕事とアートの両立、
今まで深く考えず、「これでいい」と思ってやってきたことを、
改めて鍋の底からひっくり返すように考え直すこと、
まあそれはいい機会なんだけど、
考え直して答えが出きらない期間の地面が豆腐になったような不安感は、
なかなかこたえた。
わしはビールなどより発泡酒を飲むべきなのかもしれず、
クリープではなくマリームを溶かすべきなのかもしれず、
一生ニューバランスのスニーカーは履けないのかもしれない。

18歳まで群馬の実家に住み、その後は賃貸で神奈川東京埼玉、転々としてきた。
賃貸、この気軽さよ。
一戸建てなんぞ買ったら、基本的に一生その場所に住むのだ…。
腰の曲がったおじいさんになっても、この世界の歴史にどんな出来事が刻まれようとも。
その場所でそれを眺め、その場所に起こる出来事を逃げずに受け止めるのだ。
重い…石彫かブロンズ像のようだ…
わしには新聞紙とガムテープの彫刻の軽さが向いている。

何に重きを置いて今後生きて行くのか?
教育?文化?経験?血縁?コスパ?実用?夢?
ここ2か月くらい、さんざん奥さんと話し合った。
家を決めるというのはそういうことだ。
案を一つ挙げるたびに、自分の稼ぎを振り返る。
何しろ基本的に、わしが超高給であれば大体叶うのだから。
数字のことを考えると無条件に落ち込んでくる。
小学生のころからそうだった。
算数、好きじゃないんだ。
答えが一つしかないものが基本的に好きじゃない。
わしにとって健康的じゃないんだ。
好きで一緒になった奥さんと、嫌いな内容についてさんざん話さなくてはならないのはつらい。
それもまた人生の一環なのだが。

ところで3学期が始まり、職場に子どもたちが来るようになったが、
皆、星野源さんという人の「恋」という歌に合わせて踊っていた。
世の中で相当流行っているらしい。
教員としては子どもたちの流行りには一応付いて行けた方が望ましい。
ということで、わしも家でYouTubeで観た。
例によって奥さんと物件について話し合い、今日も結論が出なかったあと、
もう寝ようかいと思ったけどそう言えばと思って観た。

「逃げ恥」というテレビドラマの主題歌だったらしく、
ドラマのいろいろな場面の総集編的な映像が挟まれながら、出演者が躍る。
「ヴォーギング」と呼ばれる、体幹をブラさず手だけシュルシュルと動かずダンスが再び日本で流行ったのは、perfumeの影響だろう。
最近はオシャレ感を狙ったダンス動画はすべてヴォーギングしている。
続いて、一般の方がそのダンスを真似した動画を観たのだが、
それには歌詞が表示されていたんだ。

「意味なんか ないさ 暮らしがあるだけ
ただ腹を空かせて 君の元へ帰るんだ」

このセンテンスを読んだだけで、わしの目から涙が溢れて止まらなくなった。
不意を突かれた。
新垣結衣さんと星野源さんのカップルに、何ら遜色ない素敵なカップルだった、わしらも。
ただ腹を空かせて奥さんの元へ帰るだけの、シンプルさを備えていたこともあったと思う。
しかし、若いころの人生観なんて、すべて戯言なんだな、と思うような年頃に、
実はわしはなっていたりする。

「恋をしたのあなたの 指の交ざり 頬の香り 夫婦を超えてゆけ」

しかしわしはこういう歌を栄養にできるだけの瑞々しさくらいは持っていたい。
物件探しにおいても、逃げるは恥だが役に立つ。

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by syun__kan | 2017-01-15 00:02 | 日記 | Comments(0)

年末年始の記憶と現在

終業式。
生徒をご家庭に送り出し、今年の仕事の重要な部分はこれで終了、
終了終了。
翌日から風邪です。
そんなものです。ありがちです。
やり切ったら、反動というものがあるのです。
しかし、今回罹患した風は悪質だった。
全然、治らないのだ…
12月20日からというもの、一度も治り切らず、
熱はないものの、声が出なくなったり、咳が止まらなかったり、
「明晰な思考力」や「鋭い観察眼」や「瑞々しい感受性」のようなものをすべて奪われ、
アーティストとしてはほとんど機能不全に。
まあそれはそれで、揺さぶられないので生活しやすかったりするのだが、
12月25日に長文の日記を書いたけど、
それは20日以前に書いて保存しておいた文で、
そう、アーティスト然とした作文もできないような2週間強が始まった。

生徒のいない、教員だけの仕事期間を終え、
年末年始の休日に入っても、
相変わらずぼんやりこの上ない。
しかしながら、2月にアーツ前橋に展示する用があるので、
12月28日には実家に帰って倉庫にしまってあるボロボロヨレヨレの「サンダーストーム・チャイルド」を修復しに行った。
(写真は、過去に展示した時のもの)
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そうしたら、入れ替わりに母が体調を崩して入院してしまい、
本来ならばここで頼りの長男があれやこれやと立ち回りましょうかいというタイミングだが、
くだんの通り風邪なのでほとんど何もできず、
情けない思い。
制作から4年経っている「サンダーストーム・チャイルド」の、
重力に負けて平らにつぶれ気味になってしまった頭を、少しシャキッとさせる。
新しいパーツを付け加え、
展示に出せるように。
その姿は、忘れそうな記憶、
輪郭を失いそうな若いころの思い、
新しい経験がボロボロヨレヨレに集積し、
ギリギリ人の形を保っているかのようで、
まさに今の自分を表すのに相応しかった。

帰省ラッシュに逆行するように12月30日に妻子のいる自宅に戻り、
しかしながらやはり風邪が治らず妻にうつしてしまい、
もうほんと嫌になってしまう、
しかしぼんやりしていて、絶望とか自己嫌悪とかそういうのにはむしろ達しない。

普段忙しく仕事し、土日や長期休みにはアート活動することが多いので、
奥さんには負担をかけている。
約束を実行できないことだってある。
だから休息してきなさいと。
わしばかり好きなことするのはフェアでないからと、
奥さんは1月3日から5日まで旅行に行き、
わしが3歳になったばかりのボリさんを2泊3日で預かることになっている。

奥さんは何とか体調を戻し、3日早朝に旅立った。
3日、わしはボリさんと電車で上野動物園に行く。
わりとぼんやりした子だが動物には造詣が深く、
「マーラ」「プレーリードッグ」「ヤブイヌ」等、
わしとマニアックな動物も写真を見て名前を言えるボリさんは、
園内のモノレールにも乗って楽しむ。
本物の電車に乗ってきたのに、どうしてここでまた3分間ほどのイミテーションの鉄道に乗らなくてはならないのかと思ったりするが、
わしはボリさんに尽くす。
お母さんの不在でボリさんも頑張っているのだから、
この2泊3日は家族に尽くさねばならぬ。
帰り際に「(レンタルの)ベビーカーに乗りたい」と言い出すボリさんに、
「(帰り際なのに300円払うのはさすがにもったいないから)今日は乗らないよ~」と声をかけ、
売店でシュライヒのキリンの人形を買い与え、
帰宅し、
寝落ちしないように素早くトンカツを作って食べさせ、
風呂に入れ、
就寝。
しかし、
「さみしいのよ」
と言い出し、
「お母さん、お母さん」
と言って泣き出すボリさん。
おかしいなあ、一年前は奥さんが外泊しても普通に寝れたのに…
いろいろわかるようになって、逆にごまかしがきかなくなっている。
泣いたまま眠ったが、翌朝5時半にはまた目覚め、泣き出すボリさん、
一時間経ってももう眠らなかったので、仕方なく早めの朝食を。
1月4日。今日のことだ。
うちにはテレビがないのでガラケーのワンセグで教育テレビを見せ、間を持たす。
「みんなのうた」から始まり、
「0655」「シャキーン!」や「にほんごであそぼ」、
「デザインあ」や「ピタゴラスイッチ」ときてかわいいかわいい3代目スイちゃんの登場する「みいつけた!」、
怖いくらいにこなれたゆきちゃんの進行による「いないいないばあっ!」、
「おかあさんといっしょ」…
CMが入らず、しかも各番組ともに細かくいろいろなコーナーに分かれて構成されているので「あやし」のノンストップ・トランス・ミックスといった趣だ、
普段見ないから久々に見るとすごいなEテレ。
ボリさんも納豆を食べ終わり、小さな画面に見入る、
その隙に洗濯をして干す。

本日は自動車に乗ってセブンイレブンに寄り、手抜きの昼食を買って児童館へ。
テラスで昼食を食べ、未就学児の遊ぶ部屋へ。
そのままひたすら16時まで遊んだ。
途中、ボリさん曰く「おともだち」が来たようだがわしは頻繁にここに来るわけではないから人間関係が分からぬ。
一緒に遊んでいるようないないような様子を、トラブル無いように見守り、時々口を出す。
日が傾き、寝不足もあって泣き所を探すようにぐずり出すボリさん、
「自転車やりたかったの」と述べるが、
「自転車?あるよ~」と車の荷台から子ども用自転車を出して泣かせないわし。
16時半ごろまで外で自転車で遊び、帰った。
眠そうでくたっとしているが、ここで寝かせると夜寝なくなる。
シルバニアファミリーで遊ばせておいて最速で唐揚げを作る、
時折シルバニアファミリーの小さなオムレツやらトマトやらが落ちたりうまくコンロに載らなかったりして泣きかけるところを、
「はいはいここにあるよ~」とフォローに滑り込み、
東洋の魔女の回転レシーブの様に泣かせないわし。
夕食、入浴。

お母さんと電話し、お土産にキティちゃん人形がもらえるとわかり、
写真を送ってもらったことで見通しが持てたのか、
今日は泣かなかった。
眠る前も、「たいこたたく」と意味不明なことを言い出し、
おもちゃのたいこを叩いて「マイケル歌って」と要求してくるが、
昼寝をさせていないことで勝ちが見えているわしは「いいよ~」と応じ、
「トゥクトゥクトゥクトゥクッ!チョ!」と、
ボイスパーカッション付きで「スピード・デーモン」を歌う。
その後とりとめのないゴロゴロとしたやり取りを経て、
わしのくるぶしを枕にボリさんは寝た。
その寝顔はあまりに愛しい。

あと一日。
明日夜に奥さんは帰って来る。
そう思って日記を書いていたら、風邪が治っていた。
治るために、大義名分とか必然性とか使命みたいなものを必要とする奴だったのかもしれない。
なんて、めんどくさい奴だ。
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by syun__kan | 2017-01-04 22:48 | 日記 | Comments(0)

新年

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明けましておめでとうございます。
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by syun__kan | 2017-01-01 22:49 | 日記 | Comments(0)

今年印象的だった作品、2016

毎年末恒例の、今年鑑賞した作品を5つ挙げる日記を書こう。


「幸福」/岡村靖幸
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いやあ、岡村ちゃんはすごい。
何しろ、何があっても音楽をやり続けるのだ。

1986年のデビュー以来、
いわゆる激太りをした時もあったし、
3度も逮捕されて有罪判決を受けたこともあった。

それでもやるのだ。
お客さんの前に姿を現して、歌って踊るのだ。
太ってもやるのだ。
収監されても、釈放されたらまたやるのだ。

その時、お客さんからどんな目が向けられるか?
岡村ちゃんはどんな気持ちでそれを受け止めるのか?
ちょいと想像できない、これは。

しかし、何があってもやめないで、やり続けているという様子は、
だんだん凄みを帯びる。
「おお…」となる。
その事実自体が発熱するのだ。
その人にとって、それがそんなに大事なものであるという証明が、ぎらぎらと明らかになっていく。

才能も大事である。
事実、岡村靖幸は天才的なシンガーソングライターダンサーだ。
しかしそれ以上に、「やめない。何があってもやり続ける」という姿勢こそが、表現者にとって大事であると、
わしは教わった気がするのだ。
本作は、今年1月に出た、岡村ちゃんの新作アルバムである。



「ブレードランナー」
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今年は新幹線で広島に行く機会が多かった。
東京―広島間はけっこう遠いので、
車内でどう過ごすか対策が必要だった。
結局、パソコンでイヤホンしてDVDを観ればいいじゃないかという結論に達し、
何本か観た。
わしは全く映画通ではなく、どれを観ればよいのかさっぱりわからないので、
選ぶのは少し悩んだが、
ブレードランナーも選んだ。
学生の頃、同級生の彫刻科の田中君の下宿に行った時、
背表紙に手書きで「ブレードランナー」と書かれた、録画したと思われるVHSがあったからだ。
「田中君、ブレードランナー好きなんだ」
と思った記憶が、なぜか鮮明だ。
田中君は別に特別親しいわけではなかったが、下宿が近かった。
何故家に行ったのかは思い出せないが、親しかった同じく近所の松井さんに誘われたのかもしれない。
五分刈りで目がきれいで、寡黙な青年だった。
田中君を分析するための手立てを得るために、見渡した時に目に入ったのがブレードランナーだったのだろう。
とは言っても、わしはそれを観たことがなかったのだが。
今年、十数年越しに、それが解析された。

要するに、「手作りカオス」の迫力に支えられた映画だったと思う。
近未来の、雑然とした雨の降りしきる街並み、
コンピュータグラフィックスも良いけど、
一つ一つ作った看板、電気を通わせたネオン、水を降らせた雨、本当に歩いている人たちによる雑踏は、たまらなく魅力的だ。
わしが広島で作ったのも「手作りカオス」を目指した作品だったので、
少し勇気をもらったかもしれない。

ただし、これを観たからと言っても、
田中君のことはまださっぱり分からない。



「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」
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「シン・ゴジラ」については、8月1日9月4日の日記ですでに書いた。
ここでは、なかなか「シン・ゴジラ」を観てくれない奥さんについて記述したが、
結局、奥さんは、わしの勧めに応じ、
単身、「シン・ゴジラ」を観に行ってくれたのである。
そして、その後、彼女は一人で、自発的に、
いわゆる4DXで、もう一度観に行ったのである。

嬉しそうに4DXの感想を語る奥さんだが、
わしはむしろ一度だけ観た記憶が徐々に遠くなっていて、応じきれない部分もあったりして、
しかしながら好きな作品を身近な人と共有できて良かった良かった。

そのかわりと言っては何だが、
わしは今まで観たことのなかった、しかし奥さんは良く知っている、
庵野監督の作品である、
「エヴァンゲリオン」の、劇場版を、DVDで観ることになったのである。
中学生の頃、同世代はみんな観ていたが、
プロレスと嘉門達夫にしか興味がなかったわしは一寸も触れたことのなかった、
綾波レイさん、こんにちは。
碇シンジさん、こんにちは。今日も悩んで大変ですね。
アスカ・ラングレーさんは、出てこなかった。
この映画の続編である、「劇場版エヴァンゲリオン・破」には出てくるそうだが、
それは観ないでおこう…
いや、本作がつまらなかったわけではない。
面白かった。
このシリーズが、「序」「破」と続いて、その後奥さん曰くわけのわからない「Q」へと続き、
完結編となるはずの4作目が、待てど暮らせど出ず、
ファンは悶々としていると。
奥さんに聞いた。
「破」を観てしまうと、続きが気になり、
その悶々に巻き込まれてしまうのではないかと危惧したので、
このくらいで手を引いておくことにした。



「PPAP」/ピコ太郎
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テレビを持っていないため、
世の中のトレンドから取り残されることが常の関口だが、
この作品はテレビよりインターネット発であったため、
一か月遅れくらいでこの関口まで届いた。
まあ、きっかけはテレビだったが。
わしは朝、眠い目で洗い物しながら、棚に置いたガラケーで、ワンセグで「めざましテレビ」を見る。
数年前に知り合った方が「めざましテレビ」のファンだったことにより発生した習慣だが、
なかなか良いのだ。
世の中のことは、これで大体わかる。
そこで紹介され、出会った、こちらのペンとリンゴとパイナップルの話。
わしはハマってしまった…
一か月間くらい、大体毎日見た。
はっきり言って、日々の様々な不安が、
これを見ると消えるのだ。
無意味化による魂の救済。
これが、アートの役割の一つなのかもしれない。

また、YouTubeの、視聴者のコメント欄を見るのも好きだった。
「おもしろい」という意見が多数の一方、
「すぐ消える」「調子に乗ってる」という後ろ向きなコメントも。
インターネットというメディアも新しいとは言いつつだいぶ歴史を重ね、
利用者の心理の分析や情報の玉石の判断が進んできたと思う。
一つ言えるのは、
何もやっていない人より、何かやっている人の方が、絶対にえらい。



「宿替え」/桂枝雀
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平安寿子さんの小説をきっかけに、落語に少し興味を持った。
今の時代はYouTubeがある。
まず見たのは、江戸落語の雄、小説によると落語の神様と称される、古今亭志ん朝。
確かに、見事だった。
聴いていて本当に心地よい、音楽のようなリズム感。
押さえの効いた物腰。
落語の粋というものが少し理解できた。

次に視聴したのが、大阪の爆笑王と称される、この桂枝雀。
これは、衝撃的だった。
非常に面白いのだが、何となく怖いのである。
細すぎて目の表情が読み取れない。
いや、一応笑顔ではあるのだが、
終始一貫して笑顔なので逆に怖い。
そして、受けても受けなくても、電車道の様にひたすらギャグを放ち続けるのである。
(もちろん基本的には爆笑なのだが、あまり反応のない時もある)
そして座布団からはみ出さんばかりに、ひたすら動きまくる。

わしは何となく、「ダイナマイトキッドだ」と思った。
ステロイドで筋肉をパンパンにして、激しい戦いを繰り広げ、
あっという間に体を壊して歩けなくなってしまった、刹那的で破滅的なプロレスラー。

別に薬物を使ったわけではないが、
桂さんは落語の探求心のあまり自分を追い込んでしまったか、自殺を図り、病床で亡くなったとのこと。
自分の心身を省みないほど、振り切った者の表現の凄みには、さすがに誰もかなわない。


というわけで、今年も良い作品との出会いがあった。
自分の造形活動に示唆を与えてくれるものが多かった気がする。
来年も、良い出会いがありますように!!
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by syun__kan | 2016-12-25 21:44 | 日記 | Comments(0)

手続き

わしは観念した。
追い込まれたのである。
逃げ場はない。やるしかない。

まずは、日付を書いた。
「平成」と、あらかじめ印字されているので、
ここは「28」と書けばよい。
何もない場合、「2016」で行くか、「平成28」で行くか、あるいは「H28」でいいのか、
悩んだりするのだが、
「平成」と書いておいていただけると、迷わないので、
そこはありがたい。

わしは今まで、数々の苦手を克服してきたと思っている。
何しろ、二十歳くらいのときは、新聞紙にガムテープを巻くこと以外は苦手だった。
社会人として、少しずつ成長し、
33歳となった今、
手続き…そう、
書面による手続きは、
最後に残された大きな苦手の一つと言える。

苦手なため、見て見ぬふりをしていた諸々の「書面による手続き」が、
最近数件溜まってしまった。
今日やらないとまずいのである。

わしは自分の氏名に取り掛かった。
これは「関口光太郎」である。
何度も書いてきたので、さすがに間違えない。
問題はふりがなである。
「ふりがな」と書いてある場合は「せきぐちこうたろう」と書き、
「フリガナ」とある場合は「セキグチコウタロウ」と書く。
困るのは、一字一字、マス目になっている場合で、
濁点を一マスに数えるか、または姓と名の間を一マス空けるべきかなどについて、
「見本」のなんとか太郎さん、なんとか花子さんの書き方を見返して学ばねばならぬ。
果ては住所にまでふりがなをふれとなると、
「埼玉県」の読み方など当たり前すぎではないか?というツッコミや、
カタカナのアパート名にも必要か?等々の疑問がわいてきて、
一人でひとしきり一悶着する。

住所関係、自動車関係、税金関係、何かの審査、マイナンバー、メンバーカード、おくすり手帳…
生活の中で登場する様々な「書面による手続き」には、
それぞれ書き方の正解が一つしかない。
これが苦手なのだと思う。
すなわちわしは、いかに「自分らしくあるか」を考えて、
そればっかり考えて生きてきたと言える。
アートにおいては、いかに、
既存のやり方でない、唯一無二のやり方を見つけるかが重要だし、
教職においても、普段の生活においても、
「自分なりの方法」というものを、
常に模索してきた。
それがわしにとっての「生きること」なのだ。

でも、書面による手続きには、
「自分なりのやり方」みたいなのは、一切ないのだ!

名前の自分なりの書き方、
住所のオリジナリティ溢れる表現、
生年月日の情感あふれる発露、
勤続年数の心に響く書き方、
電話番号の斬新な表現、
そういうのが、まったくもって、認められていない!
「みんなちがってみんないい」みたいな価値観が全然ない!
そういうのは、「訂正箇所」と書かれたふせんを貼られて戻って来るだけだ!

で、あるからして、
わしにとって、書面による手続きをすることは、
大げさに言ってしまえば、屈辱、ということになる。
その間、わしは自分なりに生きられないのだから。

というか単に、緊張すると字を間違いやすいので憂鬱という面もある。

しかし…
何とか、わしはやり遂げた…
裏写り式の紙に余計な圧を掛けないように気を付け、
コピーした免許証をのりで貼り、
認め印を押した。
封筒に入れたとき、わしは本当に涙ぐんでいた。
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by syun__kan | 2016-11-25 23:02 | 日記 | Comments(0)

前川淳とリック・フレアーとわし

前川淳はわしにとってのアイドルである。
今のわしがあるのは、前川淳のおかげである。
ありがとう、前川淳。
ほんと、すごい人だよ。前川淳さんは。

え?

前川淳って誰だって?
まえかわじゅんを知らないだと?
何ていうことだ!!
わー!!わー!!

…失礼。
取り乱した。
ある程度当たり前か。

前川淳は、折り紙作家である。
その業界では、超大御所である(たぶん)。
わしは小学生の頃、前川淳・著による「ビバ!おりがみ」という本を前橋市立図書館で借り、
その後購入もし、
のめり込むようにはまり、
収録作品を憑りつかれたように折ったものだ。
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http://origami-everyday.blogspot.jp/2012/04/blog-post_23.html

とりあえず、よくある日本の伝承的な折り紙作品とは、比較にならないほど難しい。
何しろ、人物の手先の五本指まで、
正方形の紙をハサミを入れずに、折るという操作だけで作り出すのだ。
編者の笠原邦彦氏も書いていたが、
日本の伝承を母に、幾何学を父にして生まれたという感じなのだ。

個人的には、折り図に沿ってかなり折り進めてから、
「いったん全部開いて広げてください」という工程が現れる、あのドS感が好きだった。
広げた紙には、ここまで折ったことによる、ある程度規則的な折り目が付いている。
今度は、その折り目を頼りに、目印にしながら折り進めるのだ。
中盤以降「中割り折り」という折り方の応酬により、
徐々に目的の形…カンガルーならカンガルー、恐竜なら恐竜の形に近くなっていく作品、
このリズム感が最高に面白い。
そしてここでも、前半で付けた折り目が目印になる。

このフィーリング、わしは幼心に、リック・フレアーの試合に似ていると思った。
フレアーは、試合前半に相手の膝をちょこちょこ痛めつけ、
相手の技を受けたりなんだり、ややあったあと、
終盤に足攻めが功を奏して、
最後、足四の字固めが決まるのだ。
前半の伏線が見事に回収される感じが似てるのだ。
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そう思って、わしは小学校に提出する日記で、
前川淳折り紙とプロレスの類似性について論じた記憶がある。
果たしてかのテラカワ先生は、それを読んで何を思ったのだろうか。

しかしなぜ今、前川淳さんがわしの中で再びキテいるかというと、
「ビバ!おりがみ」の中の、初級の作品の一つに、
手だけが地面に屹立しているものがあり、
あの強烈なイメージが、
来年、3月くらいに出品する予定の、1.5メートルくらいのわしの作品に、
影響を与えそうだからである。
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by syun__kan | 2016-11-20 22:04 | 日記 | Comments(0)

ノーミュージック・ライフ

「ノーミュージック・ノーライフ」という言葉が嫌いである。
だって、耳が不自由で音楽が聴こえない人だっているじゃないか!
音楽無しの人生だって、普通に有り得る!

と言っていたら、奥さんが、
「その言葉を言うのは、ミュージシャンか、CDショップの人でしょ。
その人たちは、音楽がないと生きていけないじゃん」
と述べた。
ああ、確かに…
彼らは音楽がないと、仕事無くなる。

それに、耳が不自由でも音楽を楽しむ術はある、というような感じの意見も聞こえてきたりして、
わしの気勢は削がれていくわけだが、
要するにだ、何が言いたいかというと、
わしのiPodが壊れたということだ。

長年連れ添った、たぶん10年くらいか?iPodちゃん、
アップデートしたら動かなくなってしまった。
アップデートしなければよかった。
というか、ザ・アナログ人間のわしにとっては、
世の中に「必要な事」としていつの間にか組み込まれている、
この「アップデート」という仕組みに全く馴染めずにいる。
特に問題ないと感じているものが、突然「いろいろ性能が向上しますから必要です」みたいな理由を言われて使用を中断され、
再起動すると仕組みがいろいろ変わっていて、
使い方をまた一から覚えなくてはならない。
何なのだろう、何というか、
完成してから売ってくれ。という感じだ。
それが道理ってもんじゃろう。

ああ、完全にグチだ。
パーフェクトコンプリートグチ、グチの結晶だ。
つまらない人間になったものだ。くそう。

そんなわけで、実はこの半年くらい、
音楽を聴いていない。
家では迷惑になるので自分の好きな音楽を垂れ流すことはせず、
かといってイヤホンをすると家族と話ができない。ので、
これまで音楽を聴くタイミングは通勤で歩いているときと犬の散歩しているときだったのだが、
この半年は無音である。

現代芸術に少しでも興味のある人ならご存知だと思うが、
ジョン・ケージという音楽家が作曲した「4分33秒」という曲がある。
ピアニストがピアノの前に座り、ピアノの蓋を開け、
特に音は出さず、
4分33秒経ったら蓋を閉じる、という曲。
楽器を鳴らさない、ということで逆に聴こえてくるもの、見えてくるものは何か、
みたいな、そういう感じの作品である。

わしはそれをずっと聞いている状態、
タイトルは「4分33秒」どころではなく「半年」である。
一体わしは、何が聴こえてきたのだろうか。見えてきたのだろうか。

とりあえず犬の散歩中は「ペンパイナポーアッポーペン」をエンドレスで口ずさんでいたりする。
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by syun__kan | 2016-11-12 01:03 | 日記 | Comments(0)

最近のこと

毎日何かしら作ってアップするということをしているので、
それである程度満たされてしまうのか、
あるいは単に時間が無くなってしまうのか、
気付けば最近日記を書いていなかった。

しかしながら、日記を書くということは、それなりに意味がある。
何年前という時に、わしは何を考えていたのか。
その年齢段階には、その年齢段階特有のフィーリングがある。
次の段階に進むのなら、前の段階のことをさっぱり忘れてしまっても、
まあ良いのかも知れないけど、
忘れないまでも、
読み返せば確認できるくらいにしておくのは、
せっかく色々なことを考えて生きてきたのだから、
有意義なことではないか。
もったいないというやつだ。

例えばだ、昨年の10月のわしの日記を読み返すと、
「約一年半後に個展する」と宣言されていて…
…むむ?
ええっと?
それに従うなら、わしは来年4月に個展をしなければならないということになるが…
どうしよう?
でもまあ、あれだ、
あの時は、依頼された制作物ばかりやり続けていたので、ストレスが溜まっていたのだ。
今年は夏に広島市現代美術館でけっこうはっちゃけられたし、
個展ではなかったにしろ、
ある程度好きに制作活動できたので、今は特にそんな風に思っていなく、
あの日記をひょっとして覚えておられる方は、
何とか、勘弁していただきたい。
その都度仮説を立てて生きて行くしかないんだ、人生は。

御託はこのくらいにして、
たとえショーアップしたり面白い感じの考察を添えられないにしても、
忘れないうちに、最近の出来事を記しておこう。

結局のところ、わしがワークショップの前日入りのために訪れると、
その地のチームは優勝するのである。
夏の広島もそうだった。
今回、10月29日もそうさ。
29日、わしが札幌について、ホテルでテレビをつけたら、
ジャクソンさんが四球を与えて非常にしんどそうな表情でマウンドに立っていた。
日本シリーズは北海道日本ハムファイターズが優勝したのだ。
かの、広島を倒して。
広島のファンは、広島マツダスタジアムにて、自軍を倒して優勝した日ハムの胴上げに対しても、
惜しみない拍手を送ることで、
この物語を非常に美しいものにまとめ上げていた。
広島の方々はやはり美しかった。

翌30日は、北海道新聞社の会議室で、
わしは午前午後、計200人くらいの方々を前に、
ハロウィンの飾りを新聞紙とガムテープで作るワークショップを行った。
わしはこれのために、朝、ホテルで、カラー布テープを使ってスリラー風の衣装を作った。
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札幌の子どもたち、大人たちも、こちらのロボニャンのような、
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素敵な作品をたくさん作っていらした。
どうもありがとうございました。

その後、娘の七五三をしたり、カーペットを買ったり、落語に興味を持ち始めたりしながら、
わしは2016年末を過ごしている。
ええ、以上ですよ。
今日は特に何か宣言したりはしないでおきましょうね。
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by syun__kan | 2016-11-10 22:19 | 日記 | Comments(0)