カテゴリ:日記( 513 )

おろおろ

夏に広島市現代美術館で滞在制作した時、
広島東洋カープは首位攻防戦を行っており、
展示最終日のワークショップのため前日入りした日に、
セ・リーグでの優勝が決まった。

そんな縁もあり、関口は、
普段野球にほぼ興味が無かった身ながらも、
広島の人たちにカープがどれだけ愛されているかを切に感じ、
仮にというか、
暫定的にというか、
広島東洋カープのファンとなった。
ようするににわかである。
「黒田」以外の選手はほとんどわからない。
カープと聞いて、思い浮かべる顔は美術館の方々、来てくださったお客さんたちである。
でもそれでも良いではないかと思う。
思っていた。

現在カープは、パ・リーグ優勝の日本ハムファイターズと、日本シリーズを戦っていて、
広島2勝、ハム3勝の激戦となっている。

何が困ったかと言うと、
わしは今週日曜日に、北海道でワークショップを行うのである。
北海道はそう、日本ハムファイターズの本拠地なのであった。
いったいどんな顔をして過ごせば良いのだろか?
今週日曜は、流れによっては、広島のマツダスタジアムで優勝を決める大一番が行われている可能性がある。

人々がその球団を愛する姿を見て、つられてにわかファンになったことを考えれば、
北海道の方々に、ファイターズ愛を見せつけられた時、
わしはどうなってしまうのだろうか。

広島、北海道、どちらにせよ、
野球ファンの皆様の、球団への愛情、優勝を願う気持ちは、
本当に熱く、切実な、年月を経て降り積もったものがある。
わしは自分がどちらにせよにわかであることに、現在ささやかな罪悪感を抱いている。

両チーム、勝っても負けても、全力を出して素晴らしい試合をしていただきたい。
と、小学生の時に行事で挨拶していた校長先生みたいなことを、
おろおろしながら書く。
[PR]
by syun__kan | 2016-10-28 22:45 | 日記 | Comments(0)

2件の宿泊

最近2件、一泊旅行をした。

一つは、奥さんとボリさん(2歳10か月)と犬とのキャンプ。
わしの夏休み中の広島滞在制作に、
奥さんとボリさんは5日間くらい同行宿泊する計画だったのだが、
犬猫の預け先が決まらずにとん挫し、
じゃあ滞在制作終わってから一泊キャンプ行こうという話になり、
しかし雨天で延期し、
それもまた台風で9月に再延期し、
それも雨天で再々延期し、
家庭内の空気を相当に低気圧にした上で、
10月ようやく実現したものだ。

今年から我が家に登場したアイテムである自家用車に、
保冷バッグや犬を詰め込んで、
遊園地も敷地内に備えたキャンプ場に向かって、
高速を飛ばした(奥さんが)。

犬と2歳児の世話をしながら、
外で野菜を切ったり火を起こしたりという敢えて不便な生活体験をするのは、
かなりしんどく、
奥さんとわしはいつも以上にフル回転で働き続け、
結局は犬とボリさんへの慈善事業といった趣となったが、
しかしながらメリーゴーランドに乗るボリさんと、補助で乗る奥さんを、
柵の向こうに立って笑いながら眺めるという、
よくある父親スタイルの自分を、悪くないなと思ったりした。

もう一件の宿泊は、両親の還暦祝いの箱根一泊。
やはり暦が一周するほどの年月を生きたということは、かなりめでたいことだと思うので、
行こうと提案した。
箱根は、仕事の修学旅行の関係で何度も行き、ある程度勝手が分かっているので、チョイスした。

母は、まるで小学生のように、前日から当日にかけて一睡もできず、
一日目すでに疲労困憊状態で、
わしも一週間の仕事の疲れでそれなりに困憊であり、
移動しただけでだいたい終わり、
温泉に入り(父は比較的カラスの行水なので、一緒に入ったら7分ほどで出た)、
食事をとり、
ブラタモリを見た後8時台に就寝した。

二日目は朝日の当たる仙石原を見て、
星の王子様ミュージアムや彫刻の森美術館を見て帰った。

それらの宿泊を通し、自分を客観視して、
いろいろ危ない所だったが、意外とまともに育った、と思った。
[PR]
by syun__kan | 2016-10-21 23:58 | 日記 | Comments(0)

ネズミ鍋

インド人の前に、鍋が出され、
開けるとネズミが丸ごと入っていた。

色とりどりの固い麵が入ったお椀に、
丸ごとのトマト、きゅうり、魚が盛られた皿。
同席の客と思われる女の子たちは、裸で倒れている。

シェフが炊飯器を開けると、救急車が詰まっていた。
救急車を炊くとは…
しかしよく見ると、客は人間だけでなく、
ゾウもいる。猫も、クマもいる。

ああ、そうだ…
そうそう、ここは児童館の乳幼児が遊ぶ部屋、
ボリさん(2歳10か月)との、ままごとの風景であった。
ネズミや女の子はぬいぐるみだし、
カラフルな麺は、チエンリングという、円形が無限に連結される玩具である。

そして、眉間に赤い印があるのでインド人と思われたが、
彼は眠気をこらえるために眉間をマッサージし過ぎて、赤くなってしまった関口であった。
[PR]
by syun__kan | 2016-10-14 22:16 | 日記 | Comments(0)

関口家とマイケル

人生で訪れる様々な困難な状況、
わしはいつも、ガムテープで何とかしてきた。

大体のことは、貼れば何とかなった。

いや、ほんとに。

ほんとだってば。

それでもダメなとき…
貼ってもダメなとき…
貼るとか、貼らないとか、
そういう問題じゃないとき。
物理的に貼れないとき。

その時はどうすればいいかって?

まあ、それは人それぞれかもしれない。
わしの場合は、
マイケル・ジャクソンだ。

ガムテープでダメなら、マイケルだ。
これで何とかなる。

新人歓迎会とか、自己紹介しなきゃいけないときとか、何かしら盛り上げたいとか、
何か作りたいけど何作ろうとか、
何描こうとか、
そういう時、わしはいつもマイケルに頼った。

「マイケルが好きです」と言ったり、ダンスをしたりすれば、それだけで周囲は納得したし、
というか「マイケル」という単語自体に、何か独立した力…「おかしみ」と「説得力」を足して二で割ったようなものが宿っていて、
ほとんど万能だった。
指を立てて「ポウ」と言う、たったこれだけだ。
全世界的に通用する。

ボリさん(2歳10か月)の名前には、
一時的に「舞子」と「月歩」が候補に挙がった。
いや、「挙げた」には及ばない。ちょっと言ってみただけだ。
すぐに奥さんと「それはないね」となった。
「これはやっちゃいけないよね」と。
わしがマイケルに深く感化されていることは、わしの知り合いにとっては周知のことだ。
これらの名が、マイケルにちなんでいることはすぐにバレる。

わしは自分の趣味を人に押し付けることは止めたのだ。

しかしながら、ちょっとだけ。
ほんとにちょっとだけだよ。
最近、ボリさんに見せた、マイケルのDVD、
ボリさんは、

「マイケル、かっこいいね」

と言ってくれたのである。
マイケルが、くるくる回って膝からストンと落ちる動きを、マネしたりするのである。
ほんとに、押し付けじゃないよ。
ほんとだよ。

今日は奥さんの運転する自動車の後部座席に座りながら、
一緒に「ライブ・アット・ウェンブリー1988」を観た。
ライブの後半、マイケルは一曲ごとに、
ステージ隅の小型テントに入って、衣装を変える。
この様子を、わしは、

「マイケル、お着替えしてるね」

と説明した。
もう一声、ボリさんが理解できるよう、
ボリさんにとって身近な言葉で伝えようとして、

「オムツ替えてる」

と言ってしまった。
ほんのはずみの一言だったのだが、ボリさんは妙に納得してしまったようで、
テントから出て来て「ダーティ・ダイアナ」を歌うマイケルを見て、

「オムツ替えたね」

と述べていた。
しまった。
ボリさんの中では、完全に、マイケルは一曲ごとにオムツを替えていることになってしまった。

逝去してなお、妙なゴシップを与えられてしまったが、
子ども好きなマイケルなら許してくれるだろう。
ライブ映像を見て、ボリさんは、
「今度行きたい」
と言っている。
[PR]
by syun__kan | 2016-10-02 23:00 | 日記 | Comments(0)

いくつかの掲載

f0177496_23404044.jpg

©劉成吉

「くりっくにっぽん」というサイトで、
関口の記事が掲載されました。
奥さんの反応は、
「老けたね」でした。

http://www.tjf.or.jp/clicknippon/ja/mywayyourway/09/post-24.php

「あさひでがくえんさん」も出てます。

もう一件、紹介がだいぶ遅れましたが、
7月に、広島で文化情報を紹介するフリーペーパー、「to you」にも、
紹介されました。
(もう手に入りません)

http://www.cf.city.hiroshima.jp/bunka/01to_you/1-02back.html

こちらで特筆すべきは、
関口(の似顔絵イラスト)が、表紙を務めたということです。
f0177496_23534392.jpg

奥さんの反応は、
「君こんな優男風なイケメンじゃないよね」でした。

あともう一件、
中日新聞のポプレスというコーナーにて、
紹介されました。
f0177496_0271487.jpg

http://www.chunichi.co.jp/hokuriku/article/popress/feature/CK2016090902000239.html

奥さんの反応は、
「なぜ毎回同じTシャツなのか」でした。
確かに、6月くらいにホットペッパーに載った時もオバケTシャツだった。
[PR]
by syun__kan | 2016-10-02 00:27 | 日記 | Comments(0)

広島企画2016・終了・歓喜の暴動

f0177496_2310090.jpg

10日の土曜日の夕方、広島入り。
美術館で一か月振りに作品と対面。
すごく小さく見えた。
大人魚姫の城も、大人魚姫も。
あれ?こんなに小さかったっけ?という感じ。
大人魚姫なんて、2年前に作って最初に千葉の船橋で展示した時から、
半分くらいになった気がした。

自分が通っていた小学校に、久々に行ったりすると、
妙に設備が小さく見えたりするが、
それは自分が大きくなったからではない。
当時の自分は、その場に「入り込んでいた」からだ。
と思った。

だって、作品の補修を始めたら、
城も大人魚姫も、元の大きさを取り戻した。

2学期が始まり久々1週間フルに過ごした末の土曜の体は困憊の疲労を宿していて、
この日は深追いせずに19時、美術館職員の方々や同時参加のスサイタカコさんと、広島市街に食事へ。
食事中、広島東洋カープ25年ぶりの優勝が決まる。
店内にテレビがあったわけではないが、職員さんはスマホで、
東京ドームでの広島―巨人戦の推移をチェックし、
勝ちが決まると、
店内は大盛り上がりになったわけではないが、
静かにホクホクとしていた。

店を出ると、街はそこかしこに、優勝の影響が見て取れた。
道行く人が一様に笑顔だ。
ホテルに向かう過程で、ついにアーケード商店街に差し掛かると、
そこは赤い歓喜の暴動と化していた。
老若男女、人がとめどなく商店街に繰り出していて、
「エーイ!」という掛け声が空間に無数に反響し、
行く人の波、戻る人の波が無差別にハイタッチし合っている。
これは渋谷のハロウィンの騒ぎとは質が違う。
そこに本物の感情があるからだ。
もちろんただの便乗もあるだろうが、
広島のカープファン率は非常に高い。
街にはそこかしこにカープのポスター、道行く人はユニフォームにキャップ、
新聞は黒田黒田。
それが25年ぶりの優勝とあって、
本物の笑顔を無数に見た。
わしももちろん、ハイタッチに加わった。
自分が何か赤いものを身に付けていないかと省みたが、何もなく残念で、
スーツケースを持っているのでニワカ感半端ない感じだが、
しかし8月前半の日記で、わしはさり気なくカープファン宣言したはずだ。
加わっていいだろう、
しかし周囲の人の積年ぶりに比較するとあまりに軽すぎて、
「エーイ!」という掛け声をするのは何となく憚られ、
かわりに「おめでとー!」と言ってタッチした。
わしは勝手に、大学3年時の2004年にインド・ネパールを旅行した時、
ネパールで遭遇した暴動を想起した。
あの時は、人々の本物の怒り、本物の感情に触れ、
日本みたいな安全地帯でちょこちょことアートやってることが恥ずかしくなり、
ちょいとスランプになったりしたものだが、
ところがどっこい、この日本でも、
純化された地方ブランドを25年寝かせて中央を倒したりすれば、
本物の感情の爆発に出会えるではないか。

そのまま、駅近四畳半素泊まり4000円の宿に泊まり、
翌11日は「大人魚姫の城を解体しよう」のワークショップ。
城を取り壊し、廃材となった新聞紙をテープで巻いて各自好きなものを作り、
持って帰ろうというもの。
集まってくださったたくさんの親子連れ様方に、

「取り壊してしまうのは寂しいですが、
この城には、私の、作ろう!という念がこもってます。
どうぞその念を、持ち帰ってください」

と話しかけ、開始。
わしはこの日のためにアレンジしたマイケル風の衣装で、
一思いに、城を破壊、解体、分解しまくった。
昨年、一昨年、「一遍10メートル伝」のワークショップ等でお世話になった、
松山大の先生やゼミのメンバー様も見に来てくださり、
正岡子規の顔写真がプリントされたクッキーなど、
素敵なお土産をたくさんいただいた。
f0177496_23113173.jpg

閉館後は、搬出の準備。
19時半、新幹線に乗り、
日付変更少し前に着いた新橋のカプセルホテルに一泊して翌朝そのまま出勤した。

このようにして夏のWS企画、
「あちらの世界?こちらの世界??」は終わったのである。
最後に残るのは、大体いつも、
自分の未熟と支えていただいた感謝の念だ。
あまりに普通、しかし真実である。
山下様をはじめとする美術館の皆様、スサイ様、素敵なお客様方、
どうもありがとうございました。
f0177496_23131111.jpg

[PR]
by syun__kan | 2016-09-15 23:13 | 日記 | Comments(2)

奥さん観ず

以前は、やたらめったら、自分の好きな物を人に勧めていたが、
あれは恥点だった。
周りからしたら、はた迷惑な話だったろう。

しかしながら、近しい人と好きな物を共有することの素晴らしさは、
そういうリスクを超えても手にしたい、
と思う気持ちもわかる。

今はわしは、何かを人に勧めることはほとんどしない。
それぞれには、それぞれの考えがあるものさ。
世の中の大小のトラブルの多くは、考えの押し付けから発生する。

ただ、ただ、奥さんにシン・ゴジラは観てほしい。

スーパー戦隊や仮面ライダーやウルトラマンが毎年、何らかの新作を発表する中、
わしにとって造形の師匠的存在である日本のゴジラは、10年以上、沈黙してしまっていた。

ところが今年、「シン・ゴジラ」が公開され、
先立って、ペットボトルキャップやガチャガチャにて、
ゴジラの玩具が散見されるようになった。
街で見かけるちっこいゴジラ、キングギドラ、メカゴジラ…
これがまず、嬉しかった。
子どものころのわしは、とにかく、ゴジラのこまごまとした玩具をチェケラするのが、生活の一部だった。

そして8月初め、広島滞在中に鑑賞した「シン・ゴジラ」は、
掛け値なしに素晴らしい作品で、
またその後、日本全国においてゴジラが、
この夏の文化的な大きな話題の一つとなるという、
長年のファンからするとちょっと信じられないというか、
夢のような状況。

そして多分この作品、
世の中を斜に構えて捉えることにかけては筋金入りの、
わしの周辺でおそらくもっとも辛口なコメンテーター、
うちの奥さんのお眼鏡にもかなう。
最も身近なはずの人物と、この映画について語り合えたら、どんなに楽しいか。

「明日雨だね。ボリさん預かるから行ってきていいよ」

「君、エヴァ世代でしょ。
わしは全然エヴァンゲリオン見たことないけどさ、
シン・ゴジラの監督はエヴァの監督の庵野さんだよ」

「この夏の話題作だよ。
君は時代の最先端を追いかけることがモットーでしょ。
チェックしておいた方がいいと思うけどな」

「君、大杉蓮さん好きだって前言ってなかったっけ?
シン・ゴジラ、大杉蓮さんめっちゃ出てるよ。
たぶんゴジラより出てるよ」

「ゴジラっていうのはさ、
でかい画面で見る必然性があるよね。
人の顔が大写しになってもさ、肌荒れとかが目に入るだけだけど、
ゴジラってでかくてなんぼだからね」

「制作費数十億らしいよ」

「エヴァンゲリオンの音楽が一部使われてるよ」

「竹野内豊、好きでしょ?けっこう出てるよ」

様々な方向から、揺さぶりをかけたが、
しかし奥さんは、それら全てに何らかの回答を示し、観に行かなかった。
とりわけ、

「私は妊娠中から、もう4年間くらい、
映画館で映画なんて観てないよ。
久々に行くのに、なんで興味無いものを観なければならないのだ!」

というアンサーは強かった。
その、揺るがなさは、
自衛隊のどんな攻撃もほとんど効果なかった、ゴジラの姿を彷彿とさせ、
むしろ奥さんがゴジラなんじゃないかと錯覚した。
奥・ゴジラなんじゃないかと。

でもわしは、一連のやり取りの中で、
一瞬、奥さんが揺らいだのを見逃していない。
まだ決着はついていないと信じている。
電車爆弾か、お酒好きな奥さんにはヤシオリ作戦が有効だろうか?
[PR]
by syun__kan | 2016-09-04 23:44 | 日記 | Comments(0)

夏の終わり

ショッピングモールの雑貨屋。
奥さんが化粧品を見ている間、
暇なわしは、カートに乗ったボリさん(2歳8か月)を押して、
店内をうろうろ、
適当に、ボリさんの興味を引きそうな品物の前を巡る。

犬のぬいぐるみ、
よく見ると、カタカタ動いている。
どうやら、何かをしゃべりかけると、
それを録音して再生し、
同時にカタカタ動くという商品。
隣には、猫バージョンもあった。

何て話しかけようか少し迷った後、
「あーこんにちは」
としゃべりかけると、若干犬アレンジされた声で、
ザーという雑音の後、
「あーこんにちは」
と言ってくれる犬のぬいぐるみ。
「本日は天気晴朗なれども浪高し」
と、若干複雑に話しかけても、同じように返してくれる。
ボリさんに
「ほら、しゃべるよ」
と、見せるが、
少し微笑むのみでそれほど反応はない。
しかしわしはこの手の商品はわりと好きだ…
めちゃくちゃ好きというわけではないけど、2分間くらいは好きだ。

わしの頭に、些細なアイデアが浮かび、
わしは犬に
「はい、どうもこんにちは」
と、ハキハキとしゃべりかけ、
すぐに猫のぬいぐるみと向かい合わせた。
少しの間の後、犬から発せられた音声を認識し、
若干猫アレンジされた声で、
「ザー…はい、どうもこんにちにゃ」
と話す猫。
それを吸収し、
「ザー…ばい、ぼうもごんぢぢま」
と話す犬。
「ザー…びゃい、びょーびょにょんにょにょびゃ」
と話す猫。
「ザー…ヴァン、ヴァーヴァウヴァワワワワ」
と話す犬。
「ザー…ビュニャイ、ビュニョ、ビュニョ、ヨ、ヨ、ヨ、ヨ…」
と呻く猫。
「ザー…ブ、ワ、ブ、ワ、ブ、ワ…」
と、呻く犬…

「こんな感じになったよ」
と、ぼりさんに示して見せるが、
ボリさんは「ああ、うん…」という感じで、
他のことに興味が行っていた。
いつの間にか、当たり障りのないように流すという技術を身に付けつつあるのかもしれない。
[PR]
by syun__kan | 2016-08-30 22:14 | 日記 | Comments(0)

揺れない

さいたま新都心に近づくにつれ、子連れが目立つようになった。
混雑する駅の階段を、片腕にベビーカーをぶら下げ、
片腕に2歳児を抱いて降りるお母さん。
かなりの体力を要する動作だが、
彼女はブレない。
決して転ぶことはない。
母とは基本的にそういうものだ。

さいたま新都心に着くと、そこは小さな子どもを擁する家族連れで沸騰していた。
電車での移動に疲れて泣く子、なだめる親御さん、怒る親御さん、待ち合わせを呼ぶ声、トイレを探す声等々、
わしは「あびってる」とつぶやく。
「あびってる」とは、「阿鼻叫喚になっている状態」を表す、うちの家族内で通じる略語である。
うちもそのあびってる一部である。
奥さんの友達の親子に誘われ、
今日はさいたまスーパーアリーナでの、「おかあさんといっしょ」のライブステージを観に、
親子3人で来たのである。

会場が近づくと、
キャラクターのぬいぐるみと記念写真を撮れるコーナーが設置されていた。
開演までの時間、並んでみた。
どこかのお父さんがしゃべる、
「スーパーアリーナ前に来た。ケツメイシのライブで」
そう言われれば、わしも来たことある。
誰かのコンサートだったか、格闘技のイベントだったか。
若いころに。
10代、20代の、揺れるお年頃さ。
でも、父親になった今日は、「おかあさんといっしょライブステージ」を観に来た。
ここにいるみんなそう。

世の中の、メインカルチャーは、
めざましテレビで紹介されるようなメイン中のメインは、
10代、20代の若者に向けて放たれている気がする。
ちょうどこの、長い列を誘導する、バイトのスタッフさんのような。
ゼリーのように揺れる、お年頃に寄り添う、音楽やゲームや電子機器やカフェやお菓子。

しかし今日ここに集ったのは、
もう揺れてない、ブレてない、
カチカチ?がちがち?パサパサ?モロモロ?に、
ある程度固まって、
音楽もゲームも電子機器もカフェもお菓子もそれほど、真剣に興味があるわけではなくなり、
ある程度背負うものを背負って、ある種の凄みを若干漂わせた、親たちと、
まだ固まるどころか、プルプル揺れる予兆さえ見えない、
まだゼリーにならない、しゃばしゃばの液状なくらいに人として未完成な乳幼児なのであった。

しかし、そんな親と子には、そんな親と子向けの、
カルチャーと言うものがあるのさ!

それがムームーであり、ガラピコであり、ムテキチであり、あつこお姉さんなのである!!

うちにはテレビがないので、予備知識が全くないのに、
キャラクターやおにいさん、おねえさんを気に入り、
ステージを見つめて手を振るボリさん(2歳8か月)。
ステージで歌い踊り、「今この瞬間を生きる!」といったパフォーマンスを繰り広げるのは、
わしより遥かにしっかりしているように見える、若者たちだった。
[PR]
by syun__kan | 2016-08-24 16:31 | 日記 | Comments(0)

広島滞在制作・最終日・完成

f0177496_123648.jpg

6時半起床。
荷物を整理する…
そう、今日は最終日である。
美術館での制作が終わったら、その足で帰らなくてはならない。
鼻が若干つんとする。

初日にも食べた「なか卯」に、原点に返るつもりで行き、納豆定食を食べ、
スーツケースもろともレンタル電気自転車に積み込み、
美術館に乗り込む。
8時。

お借りしていたタッパーなどを、流しで洗う。
美術館の方には、炊飯器やおかずなど、たくさん提供していただいた。
立て替えていただいていた、仕出し弁当代やデリバリーのお好み焼き代(そう、広島にはデリバリーのお好み焼きがあるのだ。しかもうまい)を、
紙に包んで用意する。
そのために、なか卯でたくさん小銭を崩してきた。

スタジオに行き、
参加者様たちが残した作品を、内部構造の壁に取り付けまくる。
本当にたくさんの方々に参加していただいた。
その後は、正面入り口のトンネルの壁を整備する。
この三日間、学芸員の山下さんと、補助の米倉さんに、付きっ切りで手伝っていただいている。
10時に開館し、
11時くらいには、あらかた内部構造は出来上がった。

外側に出て、お客さんたちと話しながら、
不足しているパーツを作る。
わしの顔は、ニヤつきが取れない。
内部構造ができたことで、ほぼ勝ちは見えたのだ。
この作品が「完成しない」ということが、ありえなくなった。

7月16日のWSに参加してくださり、
城の左の方、「海」という文字の旗が立つ塔を、作るチームだった女の子が、来てくれていた。
「こんな風になったのかー!」というリアクションをしていて、
妹?友達?に、「私がこの塔を作ったの」という話をしていた。
城の出来上がりを、楽しみにしてくれていたのだ。
ならば、ぜひ、
「中に入る」ということもしてもらいたい。
学芸員さんにお願いし、13時から、
中に入って良いことにしてもらった。

13時になって、
ガムテープを手でちぎるという非常に簡易的なテープカットをして、
開通式を行った。
「注意事項が3つあります。
1つ目、中は狭いので走らないでください。
2つ目、壁には、友達の作品が付いているので、壁を触らないでください。
3つ目、中には、楽しい仕掛けとかは何もないです。
入って、出るだけです。
それだけです。
そのことについて、クレームを入れないでください」
という話をしたのち、
待ち構えていた数人の子どもたちが、中に入り、
中を観察して、尻尾から出た。
入って出ただけなのに、
「楽しい」「けっこうすごい」
というリアクションを聞き、
さすがにわしも…
ウルッときた。
苦労して、真剣に作った構造体が、機能しているという喜びだ。
嬉し泣きなんて人生で何度もあるもんじゃない。
金メダルを獲ったオリンピック選手は、嬉し泣きをしたりしなかったりするが、
それと同等くらいの喜びが、わしにも去来したということだ。
f0177496_124715.jpg

f0177496_1244028.jpg

気に入ってくれた子どもたちは、
回遊魚の様に延々と出たり入ったりした。
わしは、中の部屋に安置する、人魚の王様を作り、
設置した。
f0177496_1511241.jpg

お客さんの中には、
野菜ジュースを差し入れてくださった方など、
2度目、3度目のリピーターの方もいて、
とても嬉しかった。
お家で自主的にガムテープ工作を始められた子もいたりして、
広島の子どもたちに、ささやかな、良い(と言って良いかはわかならいけど、何らかの)影響を与えられたんだなという気がした。
f0177496_1254469.jpg

閉館し、
簡単に撮影し、微調整し、片付けし、
学芸員さんからお土産をいただき、
わしの滞在制作は終わった。
市電に乗り、
駅でもみじ饅頭をやみくもに買い込み、
今は新幹線の帰路。

今回の企画は、「異界」がテーマであり、
子どもたちがある程度常時体験できるような展示、WS、
2か月弱。
という内容でお話をいただいた。
その後決まった企画タイトルは、「あちらの世界?こちらの世界??」だった。

このテーマ及びタイトルには、非常に頭を悩まされた。
わしにとっては超難題だった…
ある意味わしの作るものは大体いつも、日常と乖離した異界であり、
学芸員さんのイメージする異界とは何ぞや?
ということを、数か月考え続けた気がする。
結局のところ、「人魚姫の物語の世界が異界」みたいな感じで、
どうにか案を着地させ、準備を開始したが、
正直言って、あちらの世界とはなんぞや?こちらの世界とはなんぞや??ということについて、
完ぺきに腑に落ちる答えを持てないまま、
滞在制作もスタートさせた気がする。

しかしながら、広島の街を回って分かった。
この街は、原爆の痕跡があまりにも多い。
物理的な痕跡だけでなく、71年たった今でも、人々の心に大きな影響を残し続けている。
ヒントだったのが、イサムノグチのデザインによる平和大橋、西平和大橋。
「ゆく(しぬ)」「つくる(いきる)」をテーマにしたこの橋に見られるように、
やはりこの地では、
原爆というあまりに大きな「死」「不条理」「過去」に対し、
どういうアンサーをするか、どういう未来を見せるか、
それが問われている気がした。

「あちらの世界」は「死」であり、「過去」であり、
「こちらの世界」は「生」であり、「未来」なのだ。

まあ、行く前からそれは薄々気付いてはいたのかもしれない、
人魚姫の城の骨組みは、魚の骨をイメージして作った。
「死」のイメージである骨を、わしや参加者が肉付けしていくことで、生き返らせる。
これが、大人魚姫の城作りの、裏テーマだった。
東日本大震災の時も、近いことを思った。
新しいものを作る、どんどん作るという姿を、
教員でありアーティストであるわしが、率先して見せなければならない。
広島市街の観光を経て、わしの中で、裏テーマはメインテーマに格上げされた。

しかし、わしが一生懸命肉付けした城でさえ、
参加者が作ったカラフルな作品が周りで泳ぐと、
わしの作ったベージュの部分が遺跡のように見えたりして、それはそれで面白かった。
生命力という点で、子どもたちのワークスはわしの上を行っていた。

もう一点、今回の滞在制作は、
わしの作品世界と、一般のお客さんの作品世界の融合という部分でも、
「あちらの世界?こちらの世界??」だった。
「大人魚姫のお城」は、わしのキャリアに正統に加わるべき代表作であるが、
しかしお客さんたちの作った様々なもの、
ギュッと捻ってペッと貼っただけの、ミニマリズムな作品も、
ぜんぶ一体化している。
老若男女、さらに広島という土地柄、
外国の方にも多数参加いただいた。アジア、欧米。
こういうのは初めてだった。
他者受容、相互理解というやつだ。
大人になったから、
教員として10年過ごしたり、自分が子どもを持ったりしたから、
できたことだと思う。
というか、この規模なら12日間で作れるという見立てをして、骨を組み、
一日10~12時間作り、休館日はちゃんと休み、
まさに最終日の時間内ギリギリに仕上げて帰れるというのも、
今までの経験値があるからだ。
(たくさんお手伝いをしていただいたけど…
というか山下さんと米倉さんのヘルプがなかったらできてなかったかも…
そこはご愛敬)

さあ、これで2016年の、
わしのアーティスト活動は終わった。
そう、もう終わりだ。
ワークショップとかはやるけど、
作家としての履歴を更新することは今年はたぶんもうない。
ライバルたちよ。
そこの二人。
三宅感、戸坂明日香よ。
君たちは昨年末から今年初めにかけて、
様々な勲を伝えてくれた。
Eテレの番組に出たり、岡本太郎賞を獲ったりと。
ご活躍の様子。
今現在は何をしているのか?
詳しくは知らない。
わしの滞在制作の日記を読んでいたか?
「大人魚姫のお城」は、君たちへのアンサーでもある。
残暑見舞いである。
この作品が例えば、三宅君の受賞作「青空があるでしょう」を超えるものだとは思わない。
でも、わしなりの、今までのいろいろな経験を詰め込んだ、精一杯のサムシングです。
成果が出たときだけ報告するのが、ずるいということはわかっている。
人生の3%輝くために、残りの97%、暗く深い所に潜るのが、アーティストである。
それぞれに、わしの想像もつかない経験を重ねているであろう、
君たちの、次なる報告を期待して待っています。
予備校の時のデッサンの講評で、
君たちより上の順位を取れるのは、「フォーンのトルソ」を描く時だけだった。
マルスもヘルメスもブルータスも、
だいたい君たちの方が上手かった。
あのうらみ?は忘れんぞよ。
君たちがレースから降りることを、わしは許さん。
[PR]
by syun__kan | 2016-08-11 23:59 | 日記 | Comments(9)