カテゴリ:日記( 545 )
犬ビュン
夜遅くに犬の散歩に行く。
コースは2、3パターンある。
そのうち一つは、広い畑の真ん中のあぜ道を行くのだが、
そこを通る途中、いつも畑の真ん中で、
犬がハイテンションになる。

ハタと立ち止まり、一方向にビュッと走ってリードがビュンとなってグッと引き戻され、
しかしまた周囲を気にして立ち止まり、
ビュン!と走って綱が伸び切ってグインとなる。

暗闇の散歩道で、さも周囲に何かいるかのようにテンションを上げられるとわしも、
何だかちょっと気になるのだが、
しかしわしはいつも、一日の終わりのリラックスタイムとしてiPodで音楽を聴いているので、
イヤホンをいちいち外すのもめんどくさく、
「まあうちの犬はアンポンタンだから、そんなもんだろ」
と思って、
犬が何かを見ているのか、何か音がするのか、
自分で確認することはしなかった。
気にせず散歩を続けた。
めんどくささは少々の不気味さに勝るのだった。

しかし今日は、イヤホンをしていないのだった。
珍しく、何かの巡り合わせで仕事が早く終わり、
18時前に家に着いたら、
奥さんが夕食の支度をしながら疲れていて、
疲れているというのはこの場合、要するに食事作っても3歳の娘がああだこうだ言って食べなかったりして揉める最近の様子に辟易して自棄で鬱で諸行無常ってことなので、
じゃあ外食行こう!おごるよ!
と提案し、
家族で近所の和食レストランに歩いて行って、
わしと奥さんはややパーッと飲酒してきた暁に、
わしは犬の散歩に出かけたのだが、
ほろ酔い気分で音楽を聴くのは若干不用心なので、
イヤホンをしていないということなのであった。

果たして、今日も犬は夜中の畑の真ん中でハイテンションとなり、
わしは周囲の現状を把握できたのだが・・・

果たして・・・

その真実とは・・・

本当に、何も、一切なんにもないのに、
ただハイテンションになっているだけであった。
ノーリーズンだった。
何もいないし何も聞こえない。
だけど犬ハイテンション。
犬、何の訳もなくハイテンション。
ビュンビュン走って紐がピンッとなってグン!と引き戻される。
ビュンとなってピンとなってグン。
ただ、ひたすら。
それだけ。
何もなかった。
そしてわしは、このことを皆様に報告しなければ、と思った。
ほろ酔い気分の中で。
だからこの日記を書いています。
明日わしが、投稿済のこの日記を読んで、
この犬がビュンとなったという日記を読んで、自分がどんな気持ちになるかは、
正直、わからない。

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by syun__kan | 2017-06-29 21:55 | 日記 | Comments(0)
サスケ
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プロレスについて書くのは難しい。
プロレスというものに対しての認識が、
人それぞれによってだいぶ異なるからだ。
だから、「どっから話せばいいんだっけ」ということになる。

また、男が自分の好きなジャンルについて滔々と語るというのは、
場合によっては、なかなかめんどくさいものがある。
女性がカフェで滔々とグチを話し続けるのと同じくらい…
ただし、語り口によっては、「好きなジャンル語り」も「グチ」も、
面白く聞こえてしまうもので、
いかに世の中で「語り口」や「言い方」のようなものが、
大切かということが垣間見える。

自分がそのような語りの技術を持っているかは甚だ議論の余地があるのだが、
少なくとも、みちのくプロレスのザ・グレート・サスケ選手は、
ここ数年のわしの人生観に、
一定の影響を及ぼしているのだった。

(いろいろ言いながらも、語りに入ろうとしているわ。
男って何てめんどくさいのかしら)

2010年末に、ふと、
後楽園ホールでプロレスが観たいと思って、「みちのくプロレス」を観に行ったら、
レスラーが脚立の上で逆上がりしたり、
リング下の桶に向かってダイブしたりする姿を見た。
まったくもって相手にダメージを与えず、
意味不明で、
しかし一歩間違えれば命を落としかねないムーヴの数々だった。

ザ・グレート・サスケ選手。
昔は身軽で、華麗な空中殺法で舞いまくっていたのに、
現在はこんなことになっていたのか…
週刊誌で何となく把握していたけど、
実際に目撃すると、
正直…

正直、わしは爆笑が止まらず、
あまりの衝撃に、頭の中で爆竹が鳴って真っ白になった。
大げさでなく、日々の些細な懸案事項が、すべて雲散霧消したのである。

その後、美術関係の仕事で知り合った方が、偶然みちのくプロレスの映像制作に携わる方だったこともあり、
年に数回の後楽園ホール大会に誘われるようになった。
観に行くと、サスケ選手は(特に年末の試合で)毎回、
一歩間違えれば死ぬんじゃないかという、しかし意味不明なムーヴで、
会場を爆笑と熱狂の渦に落とし入れた。
何の「タメ」もなく、大見得を切ることもなく、
黙々と、朴訥と言っても良いくらいに淡々と、桶を被って長机の上に飛んで行った。

間違いない。
この人は、明日のことを考えていない。

サスケ選手の試合が胸を打つのは、
計画性が重要視されるこの世の中で、
慎重に計画的に積み上げていかないと将来困るといような生活を、将棋の「歩」のように歩んでいる我々に対し、

「明日のことは全然考えていません、
今この瞬間の為に生きています」

という姿を具現化して見せているからである。
これが「ロック」なのではないか、とわしは思った。
「アート」の概念はあらかじめ持っていたが、
「ロック」の概念は、
わしは、ザ・グレート・サスケ選手から享受したのであった。

(あなたの生き様はどうなのよ)

わし?
わしはめちゃくちゃ計画的です。
ローン組んでるし。
つまらない男です。
ロックンローラーでも何でもない。ローン男です。
しかしながら、例えば学校では、
時々、明日のことを考えずに、めちゃくちゃにでたらめに、体力使って生徒と遊んだりする。
それが、ささやかながらわしの、サスケへのオマージュなのであった。
いつもじゃなくていい。瞬間でいいから、
計画性を捨てて、その瞬間の為に生きるという瞬間がないとだめだ。
わしはそう、サスケの試合を解釈し、
日常に般化したのだった。

先日、6月18日にも後楽園ホール大会を観戦したが、
やはりメインイベントでサスケ選手は、
6脚のパイプ椅子を並べた上に、背中から投げられたりした。
そして第一試合では、
デビューしたての丸坊主の若手が2名、
タッグマッチで初々しく試合していた。
団体のトップであるサスケが、あの感じの生き様を見せる中、
若い若い彼らの将来設計って、いったいどうなっているのだろう??
何だかそれは、すでにロックだった。

(ふうん。ばっかみたい)

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by syun__kan | 2017-06-25 21:44 | 日記 | Comments(0)
高台にて
金ちゃんは躊躇なく大人になる。
きれいな高層マンションに住み、きれいな年上の奥さんをもらい、
車庫からトヨタ・ランドクルーザーに乗って現れる。
普通のランドクルーザーではないらしい。
発売何周年とかで復刻された、オリジナルの形だか何だか、
そんな感じだそうだ。
正確にはよく分からないが、
車への興味が薄いわしには、その程度の認識が限界である。

多摩美の彫刻学科の同級生だった。
誕生日まで一日違いの同い年だが、
彼は4年生くらいになると半分「ホンダ」で働き始めた。
そしてそのままホンダに就職し、
あの、固い粘土を削って車の原型を作る、「あの」仕事をしている。

彼は美大で浮いていた気がする。
もちろんわしも主にコミュ障を一因として浮いていたが、
金ちゃんの浮き方はまた別だ。
わしの受けた「印象」の話だが、
彼は、美大生的な「ファンタジー」をあまり持っておらず、
いや、持っていたのかもしれないけどそれをコントロールして何か産み出そうという気が起こらず、
かわりにとてもリアリスティックで、
「結論」の様なものを好み、
さっさとファンタジーを捨て去って、とびきりリアルな自動車の世界に進んでいった。
という、あくまでも印象だ、正確には分からん。
ホンダの社員だが、乗っているのはそのレアなトヨタ車なのであった。
昔から憧れていた車なんだって。

普通の車より位置が高いランドクルーザーの助手席にわしは座り、
金ちゃんの運転で「首都高」という道を行く。
わしには絶対運転できないような道だが、
金ちゃんは「躊躇なく」「乗れるようになった」のであろう。
途中、東京駅の地下の駐車場で、
これまた彫刻科の同級生だった女の子3人を拾う。
女の子だって…
女の子ではないか。
皆30代半ばだ。
でも「女の子」以外どう呼べば良いというのだ?
それに美大生は女の子感を保持したまま大人になる。
車内では、「最近物忘れが激しい」「体のどこそこが痛い」という、
何だかじんわり衝撃的な話題も聞かれたが。

多摩美の彫刻科で出会った同級生たちは、本当に皆、
一筋縄では行かない。
まさに「くせ者」たちであった。
くせ者とは、要するに、
「ああ、この人はこういうタイプの人ね」
と、自分なりに納得することが、
一向に、一向にできない人たちということである。
本当に、本当にみんな何考えてるか、わしには理解できんかった。
そして変なところへの専門性が異常に高かったり、知識の幅や深さが尋常じゃなかったり、人生経験が豊富だったり、
とにかくわしは付いていけんかった。
付いていけんかったからこそ、わしは、
「一番すごいもの作ったやつが一番すごいはずだろ?ここでは!!
くそう、無視すんな!こっち向け!!」
とばかりに、
自分の制作に打ち込み、
6メートルの寺院をこさえるに至った。
関口の存在をスルーされたくなかったのである。
久々に同級生に会ってそれを思い出した。
金ちゃんも女の子たちも、
相変わらず、わしのうかがい知れない我が道を力強く生き抜いていたので。

ランドクルーザーは海を潜ってから水面上に出て渡り、
千葉県は房総に入り込む。
彫刻学科の恩師、
現在は退官された、石井厚生先生のお宅を訪ねに行くのだ。
喜寿を前にした石井先生は、
南房総の先端の高台、崖の上の、
(ポニョでも訪ねてきそうな)アトリエ兼住居で、
海と対峙して一人で住み、彫刻作品の制作に取り組んでいるのだった。

先生は、尋ねた5人の元教え子をハグして迎えてくださり、
高そうなお酒を振舞ってくださった。
ハンドルキーパーの金ちゃんは、
何だかとても美味しい、名前の分からない料理を、
ハイクラスな調理器具で満たされている石井先生宅のキッチンで、たくさん作った。
金ちゃんの持ち込んだクーラーボックスも、負けじとゴツくて高そうだった。
「この家は、オレの理想の住まいだ」と金ちゃんは言っていた。
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ものすごくオシャレな住居のテラスで、太平洋を見下ろし、
オシャレでおいしい料理を囲み、
夕日が落ちるのを眺め、
まるで映画の様だった。

夜になると石井先生は、わしらをアトリエに招き入れ、先生の作品の一部分を譲ってくださった。
レンガの球体。
先生の代名詞的な造形である。
わしは、「持ち帰ってもこれを置いて似合うオシャレなスペースがわしの生活圏にない」と思いながらも、
とても嬉しかった。

夜のランドクルーザーで、レインボーブリッヂを渡り、
女の子たちを東京駅で降ろし、
わしは金ちゃんに家まで送ってもらった。
明日は仕事だ、夢から覚める思い。
石井先生は、明日はあのお宅で一人で過ごす。
住居もインテリアもすべてハイクラスだったが、
誰にも会わずに制作に打ち込むというのは、それはそれで壮絶だなと思った。

レンガの球体は、
ややごちゃごちゃしてはいるものの比較的無事な、我が家の靴箱の上に置いた。
どのように年を取っていくか!
とにかくそれが、わしらに突き付けられている命題なのであった。
世界よ、無視すんな!わしはここにいるぞ!!
と、言い続けられるかどうか。
翌日以降、仕事に出かける前に、たまにわしは玄関で球体に手を置く…
それでハイクラスな調理器具を得られるわけではないが、何かしらのフィーリングを得る。
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by syun__kan | 2017-06-18 21:42 | 日記 | Comments(0)
ボリさんが与え、振りまくもの
ボリさんは、さすがに本名ではない。
可愛い娘に「ボリ」は付けない。
ブログ上の通称である。

ボリさんから学ぶものは多い。
感じることも非常に多い。

ボリさんは魔の2歳児を過ぎ、
3歳になって少しは理屈が通るようになったが、
よく言われるように、
理屈っぽくなってめんどくさくなった部分もある、
という感じだ。

奥さんが寝かしつけようとしても、
なんやかやと布団上で話し続け、
枕の位置、掛け布団の種類等々に文句を付け続け、
果たして奥さんを怒らせる。

わしは間に入り、
「もうお姉さんだから一人で寝れるんじゃない」
と、どちらにというわけでなく、その状況に対して話しかけ、
奥さんと一緒に一階に降り、
ボリさんを二階の寝室に一人で残す。

しばらくすると泣き出すボリさん。
泣き寝入り(違うか?)を期待して放っておくが、
なおも泣き続けるボリさん。
母性を突かれ、二階に行こうとする奥さんを、父親としての一家の大黒柱的な亭主関白風の威厳的なサムシングで制し、
「お前が行っては元の木阿弥じゃ。
わしが寝かそう」
と言って寝室に出向く。

暗い寝室に入ると、布団の上に座っているボリさん、
わしが隣に寝転ぶと、
「お母さんがいいいい!」
と足をバタバタさせる。
「お母さんは今ね、お風呂入ってるから」
と、虚偽の報告をし、少し離れて
「お父さんここにいるから、お母さん来るまで待とう」
と、
待っている間に寝入ることを期待して声をかける。

わしは速攻で居眠りしてしまう。
動きを止めるとすぐ寝る。
これはわしの特性だ。
プラネタリウムとか、いつも最初の一分半くらいの記憶しかない。

少しして、これじゃだめだと目を開けると、
ボリさんは布団上に座ったまま、顔をゆがませ…
何かあの、誰だか分からないけど有名なアルバムジャケットのイラストのような目つきで、
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眠気に耐えていた。
ものすごくぶさいくだった。
しかし同時にものすごくかわいかった。
ぶさいくであると同時にかわいいって、「行ってQ」のイモトアヤコさんみたいだな、と、
ぼんやりした意識で思った。
ぶさいくであると同時にかわいいということが、
人間の究極の状態かもしれないとも、思った。
みんなそれを目指すべきなんじゃないかと…

ボリさんは後ろに揺らぎ、
左右に揺らぎ、
前のクッションにボス!っと倒れる、また起きる、
を何度か繰り返した。
わしはまた居眠りし、
二人とも寝たところを、
実際に入浴を終えた奥さんに、
わしだけ起こされた。

翌朝、ボリさんは自分で「あたし今日も元気だよ!」と述べ、
朝の支度をしていて、
幼稚園の体操着を着ようとし、
袖穴から手の先を出し、
首の穴から顔を出したものの、頭頂部が引っ掛かったようで、うまく着られず、
そのまま「ふきー!!」という不満の声をあげ、
憤怒の顔で泣いた。
その姿は、太陽の塔にそっくりだった。
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by syun__kan | 2017-06-08 22:14 | 日記 | Comments(0)
ブルックリン・後編
奥さん曰く、
「アメリカのどこか。ニューヨークらへん」
とのことだったので、調べてみると、
ブルックリンはニューヨークの中の地区だった。

そして、部屋をどうするかという話において「ブルックリン」というのは、
「北欧」とか「和風」とか「ロココ調」とかそういう、いろいろある空間デザインのスタイルの一種で、
最近流行っているらしく、
奥さんに見せられたインテリアのカタログ等を見ると、
なんかこう、
モノトーンや茶系で構成されてて、
鉄パイプとかレンガ、そういうのがわりとガツンと、
ぶっきらぼうな感じで設置されてるけどそれがオシャレ、みたいな、
何かそういう感じだった。
それで観葉植物の葉っぱがあって、
そうそう、それでブルックリンの地名等、
何やら英語の文字が、わりとそこかしこに飾ってあるみたいな。
なんかそういう感じ。

最初は、わけわからん、とは思ったけど、
実際にニトリとか、あるいはセリアとかに行ってみると、
「ああ、この商品が、ブルックリン風なのね」
というのが、徐々に分かってくる。
椅子にしろ、玄関マットにしろ、お盆にしろ、ボディソープ入れるボトルにしろ、
「ブルッてる」ものが、アンテナにかかるようになってくる。
「ブルッてる」とは「ブルックリンぽい」という意味だ。わしと奥さんの間で通用する。
色合いと、あとは英字がポイント。
とにかく英字が書いてる場合が非常に多い。
親切に、「Brooklyn」と書いてあるものもある。
間違いようがない。ブルッてる。
わしと奥さんは、部屋に置くものはすべて「ブルッてるかどうか」で判断することにした。
ブルックリン地区に住む人たちが、本当にそんな部屋に住んでいるのかは知らない。

そう考えると、例えばティッシュペーパーの箱などは、そのまま置けないのである。
パステルカラーなので、「ブルッてる」とは言えない。
英字は一応印字されているが…読むと「PASTA PARADISE」とある。意味が分からない。
何だ、「スパゲッティー天国」って。
イタリア人が見たら、どう思うのだろう。
日本人からしたら、ティッシュ箱に「かに道楽」とか「すし三昧」って書いてあるようなものだろうか。
だから、セリアで買ってきた、「ブルッてる」ティッシュ箱カバーを被せた。
麻っぽい生地で、ぶっきらぼう感があってかっこいいぜ。
パスタよりかっこいい字体で、英字が書いてある。
「enjoy working every day.」
「LIFE WITH CREATIVITY」
「since1983」
だって。
毎日働くことを楽しめ。人生は創造性と共に。1983年生まれ。
まるでわしのことではないか!
一目で気に入った。
なぜティッシュカバーがそのようなフレーズを発信する必要があるかは分からないが。
奥さんがセリア買ってきた「リモコン入れる箱」もイカしてるぜ。
木でできていて、
「NOW AT THE TOP OF HAPPINESS」
と印字されている。
「今が人生で一番幸せ」
だそうです。
…何かすごいね。
どうしたリモコン入れ。
何があったんだ。
時計も、ブルックリンぽいものを、ららぽーとで買った。
しかし壁に設置してから、よく見ると、
「LONDON」
と書いてあって夫婦で大ショック。
わしらのアンテナは、まだ感度最高ではなかったようだ…
これは、ブルックリンに住む人が、ロンドン旅行に行って買ってきたお土産という設定にした。
ブルックリン地区にだって、ロンドン旅行に行く人はいるはずだろう。
今後どうなる我が家のブルックリン化。

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by syun__kan | 2017-06-04 23:02 | 日記 | Comments(0)
ブルックリン・前編
前に住んでいた部屋は、壊滅的だった。

もとより、わしはあまり整理整頓が得意ではない。
奥さんも、2年半くらい鬱で臥せっていた時期があった。
そこへきて、ミニチュア・ピンシャーというブレーキの壊れたような犬種を、去勢せずに飼育し、
途中で猫も加わり、
さらに人間の赤ちゃんも加入した。

散らかるとか散らからないとかの話ではなかった。
まだ小学生なのに、東大進学コースに入って大学受験対策の授業に「付いていけ」と言われるようなものだった。
要するに無理だったのである。
この条件で「キレイを保つ」みたいなことは。

引っ越す際に、夫婦で、
「キレイに住もう」
という誓いのようなものを立てた、
いや、改まって立てたわけではないけど、
それは希望であると同時に、「しなきゃね、うちらもやばいよね」というような、
苦笑い状の何かだった。
(そのくらい、引っ越しの際の始末は大変だった)

しかし、いろいろなグッズを無節操に一部屋に詰めたら、
それはやはり、悪い意味でのカオスになってしまう。
何か、新居のリビングについて、一つ方針というか、テーマを決めよう、
そのテーマに沿って、家具やインテリアを置こうという話になって、
奥さんに「どうする?何かテーマはない?」と聞いたところ、

「ブルックリン」

と答えが返ってきて、わしはとても驚いた。
何しろ、奥さんがそんな単語を口にしたのを聞いたことない。
聞いたことないのに、今後ずっと住む部屋のテーマにしようとしている。
ブルックリン、わしはそれがどこかも分からない。
正直言って国なのか州なのか市なのか何なのかさえ、さっぱらこっちゃわからない。
身近だと思っていた奥さんが、
急に遠のく。
未知の世界に旅立ってしまった。
どこそれ。なにそれ。
混乱。
後半へ続く。

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by syun__kan | 2017-06-03 10:03 | 日記 | Comments(0)
チェーン外れまくる
一年半くらい前だったか、
わしは内科のお医者さんに行って、
待合室で最高に暇になった。

いつもせわしなく生きているので暇慣れしておらず、
居ても立ってもいられず、どうしようもなく、最終的に、自身だかセブンだか、女性週刊誌を手に取った。
そして占いのページを読んだ。

それは、「今週」とか「今月」とかでなく、もっと長期的なスパンの占いで、
我が獅子座のところには、

「あなたは、この10年くらい、長い穏やかな幸運期でしたが、
それは2016年の秋に終わります。
まあ残念でしょうが、その後は、これまで目を向けていなかったことに取り組めるかもね」

といったことが書かれていた。

確かに、この10年くらいは、幸運だった。
卒業制作の写真が三宅一生さんの目に留まり、
造形作家としてデビュー。
岡本太郎賞を受賞したり、工作の本を出せたり、
幸運としか言いようがない。
そうか、これはやっぱり、「幸運」だったからなのか。
どうりでおかしいと思った。
幸運だったということは、実力に見合っていないということだ。
文化庁に呼ばれたりとか、どうして新聞紙揉んでいるだけなのにこんなにいろいろ物事が展開するのだろうと思っていたけど、
そうか幸運だっただけなのだ。
そんでもってそれは2016年秋に終わるのか。

なんてね!

わしは占いを信じない。占い否定派である。
その根拠は、ただのフィーリングだけど、
学生の時にわしは多摩センターのベネッセでバイトしていて、
昼休みに、ベネッセの高層ビルのてっぺんの、
展望室から下を見下ろした。

眼下に広がるのは、多摩ニュータウン。
たくさんの団地、びっしりと並ぶ部屋、
発泡スチロールの一粒一粒のように並びに並んだ、建売り一戸建て。
以前はこの地は、森だった。
勢力を拡大した人類が、
都心に通勤しやすい立地としてこの地を選び、移り住み、
そして増殖したのだ。
わしは、

「人間なんてウイルスみたいなもんだな」

と思った。
いや別に、ムスカの様に「わははは、人がゴミの様だ!」と蔑んでいるわけでいるわけではない。
一人一人の命、そして人生は、ものすごく尊くて、大事だ。
尊くも同時に、ウイルスみたいに増殖したのだ。
あの団地のどこの部屋に生まれて、誰と出会うとか、全部偶然だなと思った。
一つ一つに運命が宿っているなんて、無いなと。
あの、びっしりと存在している人間のすべてに、それぞれの「本日の運勢」が宿っているなんて、無いなと思ったんですよ。
人生はものすごく大事なのに、人間は、降りかかる問答無用の偶然の嵐の中を、生き抜いているんだと。

アーティストの活動を続けていれば、「いつまでできるだろう」と、
不安にもなる。
そういった心の隙間に、
ふっと入って来る、占いとかそういうの。
いや~よくできてるよね!
人間とは弱いものだよね!
運勢とか、そんなの無いです。
全部問答無用の、迫力満点の、ただの偶然です。
信じないよ。信じないです。

そんなこんなで、自身だかセブンだかの言う所の「幸運期」後の世界を生きている関口だ。
何か変わったところはあるだろうか。
まあ、いろんなことがあるけど…
そういえば最近、自転車のチェーンが外れた。
変速機付きの自転車は、外れやすい。
変速機って、「無いなら無いで何とかなる」物の代表である。
しかし、あると、どうしてもカチャカチャと、いじってしまう。
それにしても、外れ過ぎた。
初めのうちは、自分で直せていたけど、
そのうち、何だろう、
何かプラスチックでできた円盤みたいな部品が、
チェーン直しているうちにバキッて割れてしまって、
一昨日近所のドラックストアにふら~っと自転車で向かったら、
案の定またチェーン外れて、
プラスチックの部品を失った影響なのか、
チェーンがギアに挟まって全然取れなくなっちゃったのね。
それで、無理やり取ろうとしてあれこれやってたら、
小さいほうの、クニャクニャ動いている小さい方のギアのような、
何だか大事そうなサムシングが、
ボキッて折れてしまって、
プラーンってなって、
もうだめになった。
この自転車、買って半年くらいしか経ってないのに。
これじゃ通勤できないから、
昨日今日は、
奥さんが娘を乗せて走っている、「子乗せ」付きの、低い自転車を借りた。
そしたら、それも、
なぜかわしが乗ると、
チェーンが外れまくる。
昨日今日で計4回外れた。
道の、少し盛り上がっている所を「ひょこん」て通り過ぎるだけで、
むやみに外れる。
すぐに。
どうしようもなく。
ほんと、外れる。チェーンが。
もうどうしようもなくチェーンが外れる。

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by syun__kan | 2017-05-30 22:06 | 日記 | Comments(0)
楽観主義
基本的に楽観主義だと思う。
出かけに、小雨でも、

「止むだろ」

と思って対策なしで出かけちゃう方だ。
今日も、カッパを着ずに自転車に乗った。

奥さんはどちらかというと、悲観主義である、という程でもないが、
何か雨では困る予定があると、
一週間も前から天気を調べ、

「どうしよう雨だよ」

等、いろいろ一喜一憂するタイプだ。
わしは

「そうなんだ大変だね」

と答えるが、
心の中で

「どうせ予報変わるじゃろ、何とかなるじゃろ」

と思ってしまう。
なんくるないさとケセラセラとハクナマタタは大体同じ意味だ。
Let It Beもその仲間だ。

自転車の道中、雨対策をしている人がほとんどだが、
時折、対策なしで颯爽と通勤している人がいると、
勝手にシンパシーを持つ。
「そうっすよね、大丈夫っすよね」と。
内心は、雨対策勢の多さに一抹の不安を抱いているだけなのかもしれないが。
最近は携帯端末等でかなり正確な気象情報が得られるようになっているらしい。
みんなそれを見てきたのだろうか。
わしはと言えば、相変わらず最先端について行こうという意識がどうにも欠落している。

わしの通勤は、さながら楽観主義と悲観主義の人生観闘争となる。
雨は今のところ、ごく小ぶりだが。
雨対策して、降らないのはかっこわるいはずだ。
このまま職場までのあと20分、逃げ切りたい。

しかし次第に、ザザザと本降り。
まるで責めてるみたいだ、見通しの甘い僕を。

しばらく耐えたが、びしょ濡れでは仕事できないので観念して100円ローソンに入る。
さっきの颯爽としていた人の安否に一瞬思いを馳せる。
おれの負けか?
いや、108円だ。
500円とかじゃない。
家にあるカッパを着てくれば無料で済んだわけだが、
しかし108円の出費でフォローができたのだから、
ここは一つ、
引き分けということで、
収めてもらいたい。奥さんや。

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by syun__kan | 2017-05-25 23:55 | 日記 | Comments(0)
土手
母の日が覚えられない。

元々、誰かの誕生日を覚えたりとか、そういうのが苦手なたちなので、
まあしょうがないと思っていたが、
33年生活してきて、一向に記憶されないので、変だなと思って奥さんに聞いてみたら、
母の日は日付で決まっているのではなく、
5月の、第何曜日とか、そういう感じで決まっているらしい。
そりゃだめだわ。
覚えられるわけない。
○月○日とか、せめて日付で決めて欲しかった。

よって、申し訳ないけど、
母の日を祝ったことがない。
子どもの頃に気まぐれに何かやったことはあるのかもしれないけど、
毎年その日を意識して、何かする、ということが、何というか、わしのスケジュールにない。

わしは先生だったりもするのだけど、
学校で、みんなでそれにちなんで何か作ったりとかも、したことないなあ…
すみません。

いや、だからといってわしが、自分の母に何の感謝もないのかと言えば、もちろんそんなことないですよ。
「感謝しかない」というわけでもないけど…
まあ、すごく身近な人への思いというのは、たった一言で表せるものではないというか、
全ての出来事に対して納得している、というのは有り得ない。
ただ、基本的に、
そう、最も根源的な部分では、
母のことは好きである。

どうしてなのかな、と考えると、思い浮かぶのは土手だ。
すごく幼い時の記憶だ。
今では183センチもあるわしだが、小さい頃は小さかった。
怖い夢を見たりもした。
そういう時は、隣の布団で寝ている母の布団にもぐりこんだ。
小さいわしにとっては、大人である母の体は大きく、
隣で寝ていると、
まるで、暗い土手の付近にいるようであった。
あの、土手のほとりの安心感、
あの記憶というか、染みついた感覚があるから、
わしは何があっても母のことは好きなんだと思う。

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by syun__kan | 2017-05-19 00:49 | 日記 | Comments(0)
TAMA
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ミニチュア・ピンシャーであるハルちゃんを飼い始めて以降、
たびたび「去勢」の話は出た。
「病気リスク減」
「性格が大人しくなる」
等の理由により。

しかしわしは、どうしても、取れなかった。
TAMAを。

ハルちゃんは、ブリーダーから買った犬だが、
買った時点から、尻尾を短く切られていた。
そうするのが習慣の様で、
問答無用だった。

外国では、尻尾切りを「良くない」とみなし、
生まれたままの長いヒョロヒョロした尻尾でミニチュア・ピンシャーを飼っていたりするそうだが、
日本で見かけるミニピンは、
ほぼ全て、尻尾を切られている。
個人的には、ヒョロヒョロのままで、全然良いと思う。

古くは、断耳の習慣もあったとのこと。
耳を短く切るのだ。
ハルちゃんに関して言えば、それは、されてなかった。
ぺにゃっと垂れた、きくらげのような耳を持っている。

なんで、あるものを取っちゃうんだろう?
ポイポイポイと。
これ以上、取りたくないぜ。
それに、自分に置き換えてしまう面もある。
TAMA…
想像すると、つい、マイケル・ジャクソンの様に、押さえてしまう。
男が、男として、男であるための。
そういうものではないのか。
それに、全身麻酔のリスクもある。

そんなこんなで、6年以上、取らずに来た。
ほんと、トイレに関しては、しつからない子じゃった。
まあそれでも、可愛かった。

しかし前月、前足にできものができ、
全身麻酔で切除することになった。
そこで、信頼する獣医の先生から、
「ついでTAMA取っちゃいませんか?」
とのこと。

この先生に対しては、全幅の信頼を置いているので、
提案されたことには逆らわないことにしている。
どうせ全身麻酔掛けるなら、やるか。
やってしまいましょう。

そんなこんなで、ハルちゃんは6歳にしてついに、TAMA無しになった。
すると、ほぼ全く、トイレを失敗しなくなったのである。
引っ越したばかりの新居には、ハルちゃんのトイレ失敗対策をあれこれ案じていたが、
あまり心配なくなった。
猫のコマちゃんに夜な夜なマウンティングしたりも、なくなった。
おまえをアンポンタンにしていたのは、TAMAだったのか。

トイレを失敗しなくなったハルちゃんは、とても飼いやすい。
ハルちゃんは、今までに増して、愛される存在になった。

その時、旧居のリフォーム代の請求の電話が来た。
ペットのトイレ失敗による被害額は、礼金敷金をはるかに超え…

わしは何となく、男に生まれるということの業の深さを知った。

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by syun__kan | 2017-05-13 19:21 | 日記 | Comments(0)



現代芸術家、関口光太郎の日記。
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