カテゴリ:日記( 519 )

屋久島に行ってきた。

遠かった。
電車、飛行機、船、バス、あらゆる乗り物に乗って、やっと着いた。
行った日は、鹿児島実業が甲子園で勝っていたので、鹿児島の人たちは機嫌がよかった。
天気雨だった。
一日を通して、雲が本当にきれいだった。
ウミガメの赤ちゃんが、卵からかえって、
砂浜から出てきて海に入っていくところを見学するツアーに参加した。
月明かりの下、みんなで砂浜にたたずんで、
カメを探すのは、とても不思議な雰囲気があった。
カメはとても小さくて、テケテケテケと、真っすぐに海に入っていった。
かっこよかったよ。
灯台のふもとに立った。
灯台は水平線を照らすので、ふもとに立つと、光の軌道に包囲されるんだ。
星もとてもきれいだった。
詩的すぎて、詩なんか書く気にならないかんじだった。
森に入ったり、山に登ったりもした。
木が、生えては腐り、コケが生えて、また木が生えて、大きくなって、倒れて腐って、コケが生え、
それを延々えんえんと繰り返している感じだった。
要するに、詩的すぎて、詩を書く気なんて起きない感じだったよ。
よく歩いた。自分がまだこれだけ歩けるということに安心したよ。
野生の鹿をたくさん見た。
鹿はかわいい。
鹿肉の刺身を食べた。
鹿は食べてもうまい。
屋久島の人は色黒だった。子どもは特に人種を超えるくらい焼けていた。
黒さはある種のステイタスで、白いとなめられる感じだった。
暗黙の屋久島ルール、島の人独特のカタさ、にらみつけるようにして観光客をさばく。
もちろん優しい人もたくさんいる。
帰る日は、鹿児島実業は甲子園で負けていて、
鹿児島は不穏な空気に包まれていた。(ウソ)
鹿児島名物の白熊は時間がなくて食べられなかったんだ。
屋久島はすごく癒された。また行きたいなあ。
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by syun__kan | 2008-08-16 08:33 | 日記 | Comments(0)

オリンピックの開会式を観た!

生徒が夏休みなので、テレビを見る機会も増え、
「ポニョ」とか、時事的なことにも圧倒的にくわしくなってきた。

オリンピックすごいんだねー。
わしはスポーツまるでだめおなので、
(高校の時、体育の時間の最後にサッカーのリフティングをやらされて、
10回できたら教室に戻っていい、と先生に言われたのだけど、
わしはもちろん見事に、できなかったよ。
一緒に残った5人の友達と、スポーツだめレンジャーと名乗ったものさ)
だからスポーツの祭典であるオリンピックはあんまり興味がなかったのだけど(失礼)

オリンピックは芸術の祭典でもあったんだね。
でっかい地球に、横向きに人が走ってたり、ランナーが突然飛んだり、
足跡の形の花火があがったり、
どぎもを抜かれっぱなしだったよ。

地面から地球が出てきたり、民族衣装の子ども達、空を飛ぶ宇宙飛行士、
なんとなく、90年代のマイケル・ジャクソンのステージ演出っぽくもあった。
(ファンしかわからないと思うけど・・・)
http://jp.youtube.com/watch?v=jCma5VvMCXg&feature=related
あそこでなんとなくマイケルの登場を思い浮かべてしまったのは私だけではないはず。

「パオ!」

紙の発明、毛筆から印刷へ、歴史を辿っていたのがおもしろかったなあ。
最後は聖火台まで巻物のイメージで。
そう、紙が発明されて、さらに活版印刷が発明されたことで、
情報が伝わりやすくなったり、残しやすくなったりして、
ものすごくいろんな発展につながったんだよね。

ダンサーが踊りながら地面に絵を描いたり、
入場してきた選手が足の裏に色つけて紙の上を歩いて絵を描いたり、
造形遊びみたいだった。
ちょうど2学期、足の裏で絵を描く造形遊びをやろうと思っていたのだよ。
わしが勤めている学校では総合学習の授業で紙を作ったりもするし、
なんだか授業に還元できるネタがちりばめられていた気がする。

入場してくる選手の衣装を見たり、全然知らない国の名前をたくさん聞いたり、
やっぱり人々、特に子どもたちにとっては視野を広げるすごくいい機会なんだね。

開会式は、芸術の力がめいっぱい発揮されてた。
芸術は、平和への道筋を理論的に考え出すことはできない。
理論的に「どうすればいいか」なんていうことは示さない。
作り出すのは、「雰囲気」だけだ。
ジョン・レノンの「イマジン」をとってみてもそうだ。
でも雰囲気をつくることは、むだではない。人は雰囲気で動くから。

東京でオリンピック、もしやるなら、
開会式の演出は誰がやるんだろう?
オリンピックは、スポーツ得意な人だけ目指すことができるイベントじゃなかったね。
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by syun__kan | 2008-08-09 14:10 | 日記 | Comments(0)

「ポニョ」を観た!

いやー、おもしろかった。
途中何度も泣き、見終わった後も涙がポロポロ出ていた。
というのも、映画が始まる前に、
「パコと魔法の絵本」の予告編を見た時点ですでに泣いていたから、
涙腺が緩んでいたのだ。
見終わって冷静になってみると、
疑問点もポロポロ、ポロポロ、ポロポロ、ポロポロと出てきて、
いっしょに見ていた人と、小一時間議論を。

お互いジブリ作品に対する思い入れの強い世代なので、どれだけ語っても足りない、一晩でも語れそうだった。

とにかく、面白くても面白くなくても、これだけ「語れる」ということ自体がとても面白い。
エンターテイメントソフトの最大の価値は、「語れる」ということだ。

いろいろな見方があるだろうし、
これから半永久的に様々にいろいろなことを言われ続けるであろう作品なので、
わしがブログに突っ込んだ感想を書くことないのかもしれないけど、
やっぱり、わしとしては、普段テレビなんかのエンターテイメントの舞台からは隠されてるデイケアセンターや動けなくなったお年寄りなんかを、表舞台に引っ張り出すことは、やっぱり価値があると思った。

わしなんかは、教員免許取得のための教職課程で、二十歳を過ぎて初めて社会福祉施設のことを学んだし、
それまでは、たとえば知的障害の知識もまるでなかったから。
老人ホームへ足を踏み入れたのも、全部二十歳を過ぎてから。
自分たちの生活のすぐかたわらに、いろんな在り方をしている人たちがいることをうすうす感づきながら、
向き合うことがなかったのは、やっぱりそれらの世界が隠されているというのも一因なんだと思う。
あるいは、わしを教育した小学校なり中学校なりは、そういう機会を設けるべきだったのかもしれないし。
とくに今の子は、おじいちゃん、おばあちゃんといっしょに暮らしてない人も多いからねえ。
(わしもそうだった)
世界はそれほどスムーズでもきれいでもないということは、知っていないといけない気がする。

主人公がポニョを受け入れるリスクが書かれていなかったのは、少し物足りなかったような。
半魚人としてのポニョが、障害者のメタファーだと思うのは、考えすぎかしら?
でも、リロ・アンド・スティッチのスティッチの家の中での暴れっぷりとかは、
なんだか自閉症っぽい気がする。
わしなんか、ただの新米教員なので、分かりきったことなんか言える立場ではまったくないし知識も経験もないけど、
ディズニーとか、ジブリとかの最前線の人たちが、そういうのを盛り込もうとしているとしたら、
よくわからないけど、やっぱりそれはいいことだと思う。

ドラえもんみたいに、父と母の関係、「家」という土台がしっかりしていなくて、
なんだかすごく現実的に描かれていたのも、スティッチと共通して、現代的だなあと思ったよ。

話があんまりまとまってなくて、いろいろ未解決のまま終わったのは、
宮崎駿さん一個人の頭の中から生まれてくる物語だからなのだろう。
それに対して、ディズニーとかの映画は、話が100パーセント完結するし、伏線も全部結実する。
それらの作品は、一個人から出たというより、複数の人が会議しながら話を練り上げて作ってるようなイメージがある。

とはいえ、むかしのトトロとか、魔女宅とかはちゃんと100パーセントまとまってたから、
このところの宮崎さんは、わざと話をまとめていないか、まとめることを重要視していないか、まとめる力がなくなったのか、どれかなのだろう。

映画を見ていた同じ時間に、NHKの「プロフェッショナル」では、
宮崎駿さんの特集をやっていたらしい。
見たかったなあー!
あの方がどんな姿勢で何を考えて制作に取り組んでいるかは、すごく気になる。
なにしろ、ポニョはめっちゃくちゃかわいかったのだ。
自らのインスピレーションで日本中を楽しませ、語らせる宮崎さんは、
間違いなく雲の上のそのまた上の、あこがれの大魔法使いだ。
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by syun__kan | 2008-08-07 00:01 | 日記 | Comments(0)

最近のつぶやき

「芸術新潮」の8月号に、作品の写真が載っています。
考えてみれば、美術関係の雑誌にのっけてもらったのは初めてです。
表紙は北京、内容も大方北京の特集でした。

それが宣伝になったのか、NHK「デジスタ」を制作している方より「応募しないか」という打診が・・・。
準備期間がないこと、展示終了後すぐに作品を処分してしまって、出せる作品が手元にないことなどを理由に、
残念ながら今回は出品しないことにしましたが、
それにしてもわしの作品まったくデジタルではないよなあ・・・。

と思ったら今度は「誰ピカ」を制作しているところからメールが・・・
まだ詳しくお話しは聞いていなくて、あした電話をかけてみるけど、
アートバトルへの応募の誘いなのかな??

しかし収録する日として伝えられたのは2学期始まってからの平日なので、
夜でない限り難しそうです。

うむむ。学生のころなら時間も豊富だったので喜んで参加するのになあ・・・。

21世紀人展が終わり、それに関するムーブメントも一段落ついたので、
あらためて、「自分は何ができて、何ができないのか?」「表現者として、観てくれる人に何を提供できるのか?」を考えてしまう。

プリンスは、歳とって踊れなくなっても、ギターをはじめたくさん楽器が弾けたので、
そっちに重点を置くことでライブ活動を継続できています。

マイケル・ジャクソンは、ステージでは「歌うこと」と「踊ること」のみに特化した天才だったので、
歳を取って踊れなくなったら、ライブができなくなってしまった。

マドンナさんは、自分を鍛えることがライフワークのような人なので、
歳を取っても踊れる。

わしは新聞を丸めて大きなものを作るしか、表現者としては提供できないなあ。
「デジスタ」「誰ピカ」とか、テレビに出たところで、何ができるというんだ?

これまで絵本描いたり、踊ったりはしてきたけど、それらはまだ学生レベルというか、
世の中に対して思いっきりアピールできるものでは全くない。
それらを突きつめ、「世の中レベル」に仕立て上げるには、
やっぱり豊富な時間と専念できる頭の中が必要なのだろう。
表現者としての「進化、深化」は、卒業の時点で止まったままなのかもしれない。

この間は三宅感の映画制作をのぞいて、集団でなにかを作るダイナミズムに触れた。
制作の過程自体が「スタンド・バイ・ミー」みたいな、成長物語の映画のようで、楽しさと充実感に溢れていた。
(ちょっとのぞいただけなので、そう感じるのかもしれないけど。ほんとは辛いこともたくさんなのだろう)
とにかく映画は一人では撮れない。
たくさんの人と付き合いながらの制作になる。

おとといは、服飾の専門学校でバックを作ってるガールフレンドの、
制作現場を見学させてもらった。
見たことのない道具やマシンを駆使して、作っているその現場は、
全く未知の世界で、違った文法の言葉を聞いているみたいで、
雰囲気に押されて、緊張して、5分くらいしかいられなかった。
この制作現場では、未知の技法やマシンに対して、しり込みしていては話にならないみたいだった。

自分とは違ったものを作っている、もの作りの現場をのぞくことは、すごく勉強になる。
それぞれすごい説得力があって、自分を省みる機会になる。

ああ!!
ところで!
わしは今日で25歳になったよ。

以前どこかで、
「人間の人格は、25歳までの人生で決まる。
人間的成長は、25歳になったら止まって、あとの人生は、その人格に従っていろんなことを判断するようになる」
というような文章を読んだことがある。(何に書いてあったんだっけなあ?)

それを読んだのは確か18歳くらいのときで、当時は
「そうか、人間は25歳で頭が固まっちゃうのか!
だからおじさん、おばさんは、こっちが何を言っても考えを変えようとしないのか!
どんな出来事を経験しても、それによって自分を動かされることがなく、
自分の価値観でさらりと受け流してしまうのか!」
と、なんだかすごく納得し、同時に
「わしはいつまでも、心を動かされる人でいたい!可変体でいつづけたい!」
と強く思った。

なので、18歳のわしは、自分が25歳になることに対して警戒心を抱くようになったのだが。
「わしは大人になっても、やわらかい頭でいつづけるぞ」みたいな。
実際に25歳になった今、はたしてわしの基本的な人格は、決まっちゃったのかな?

と、最近の自分を省みてみると、
そういえば興味の向く対象が、外界よりも、自分の内側や過去に向くようになった気がするなあ。

夏休みに先立って、海外旅行を計画しようとし、本屋の旅行案内の棚の前に立ったのだけど、
どこにも行く気が起きなかったのだよ。
そのかわりに、「国内の家屋や店、工場なんかのディティールを写真に撮って集めたい」というマニアックな欲望が先行して、そっちを実行することにしてしまった。

昨日神保町で古本めぐりをしたときは、
90年代初頭の、プロレスの写真集を2冊も買ってしまった。
(今はほとんど観ないけど、90年代、小中学生だったわしは、プロレスの熱狂的ファンだった。)

なんとなく、「わしの過ごしてきたこれまでの時間、場所とは、なんだったのか」を、大げさに言えば再検証することが、マイブームになりそうな今日このごろ。

それはそれで、いいのかもしれない。
25歳までは、食材集め。それを過ぎてからは、食材を煮込んで味付けしていく期間なのかもしれない。
そう考えれば、歳を取るのも悪くない。

とはいえ!やっぱり頭はやわらかいままでいつづけるぞ!
軟弱なのは困るけど。柔軟と軟弱は似て非なる。
強くやわらかく。
例えるなら・・・うーん・・・スルメしか思いつかない。
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by syun__kan | 2008-07-31 23:18 | 日記 | Comments(4)

三宅感。

取りに行きたいものがあって、
実家に帰ろうとして家を出たのだけど、
道すがら三宅感の映画制作のお手伝いをすることになり、
東青梅に行ってきた。

★三宅感・・・関口と、予備校、大学で同じ専攻だった友人。
彫刻科に所属していたころから映画監督を志し、クレイアニメや短編映画を制作。
NHKの「デジスタ」で賞を受けるなどの結果も残している。
4年生のころから作り始めた映画を、3年経った今でも制作し続けている。

制作の手伝いは、ずっとしたいなとは思っていたのだが、
この一年半は自分のことで手一杯で、今日やっと顔を出すことができた。

久し振りに会った三宅は、髪がボーボーに伸びて、天然パーマでクルクルして、
ラブセクシーのころのプリンスみたいだった。

東青梅の山道の、倉庫みたいなところで、制作をしていた。
倉庫には、三宅の知り合いの、女の子たちを中心とした手伝いの人たちが、集まってきた。
ガタイの良い男衆も、2、3人いる。

ほんとに、プリンスみたいだ。
プリンスの周りは、ウェンディ、リサ、シーラE、キャット、マイテとか、いつの時代もセクシーな女性のサポートメンバーが取り巻いていた。
その輪の外には、寡黙な感じのメンズが、サックスとかキーボードとかで脇を固めていた。

この集団形式は、表現者が活動を進めていく一つのパターンなのかもしれない。
カリスマの周りに集う、女性と男性。
率いる人と、ついていく人。
集団の方向性を決めるのは、カリスマ一人。
ついていく人は、カリスマのイマジネーションとか、特異性、過剰性に身をゆだねて、その魅力的なプロジェクトの進行に自己投影しているのかもしれない。

三宅は、立派なカリスマだった。
彼は、とても赤裸々な人だ。
エンターティナーであると同時に、自分の弱さも、チンパンジーのお尻のように、いつもむき出しのままだ。

赤裸々であるという事は、私にとっては、不可能なことだ。
私はいつも、何かしら演技しているところがある。
強みも、弱みも、普段は隠していたい人だ。

その点で、三宅とわしはすごく対照的というか、違った人間性を持っていると思った。

むき出しの人と、いつも演技している人。
一緒にいやすいのは、むき出しのひとだと思う。少なくとも、私にとってはそうだ。

いつも演技している人(仲間由紀恵さんとか?)は、その演技を切り崩して奥のほうを垣間見たり、深読みしたりすることは楽しいけど、いつもそんなことしてたら疲れてしまう。

三宅氏の場合、てんこ盛りの特殊性を持っていて、その部分までむき出しなので、
傍らにいて、こんなに面白い人はいない。

彼となら一緒にいい夢を見れる。と、わしは正直に思う。
でも本人は弱さもむき出しなので、サポートせずにはいられなくなるのかもしれない。

プリンスの次には、わしが一番好きな映画、「ブルース・ブラザーズ」を思い出した。
黒スーツにサングラスのジェイクとエルウッドが、自分達の育った孤児院の財政的な危機を救うため、
昔のバンド仲間を集めてライブを開いてお金を集めようとするロードムービー。

昔のバンド仲間は、みんな堅気の商売についているのだけど、
ジェイクとエルウッドの誘いを受け、なんだかんだでツアーに巻き込まれ、
案の定、ギャラの未払いとか、いろいろ振り回される。

最後のほうで、ジェイクとエルウッドは演奏するメンバーを残してトンズラするのだけど、
そのときのドラマーの、
「あ、逃げるの、うん、まあ、いいよ」というニュアンスの笑みがとても良い。

ラストシーンは、ジェイクもエルウッドもメンバーも、みんな刑務所に入っていて、
刑務所の中で「監獄ロック」をワーッと演奏している。
とても楽しそうだ。

そう、カリスマの最高の資質は、
こいつとなら一緒に刑務所に入ってもかまわない、と人に思わせることなのだろう。

・・・とはいえ、私は教員としての立場があるので、そこまでは逸脱できない。
(美術の先生というのは難しい。ロック的な価値観と、公務員的な価値観の間を行ったり来たりしなくてはならない)

なんだかんだで、教員をしながら、こうした美大からの文脈上にある友人の映画制作を手伝えたりするのは、とても幸せなことだ。
普段と違った価値観の世界に身を置くことは、すごくいい刺激になる。これは間違いないと思う。

日本という恵まれた環境の中で生まれ育って、私に苦しみがあったとすれば、
それはカテゴライズされない苦しみ、類似品のいない苦しみだったと思う。
(もちろんそれは同時に誇りでもある)
だからこそ、独自の手法と独自の価値観で身を立てなければならない。
言い換えると、身を立てる上で、手法と価値観を自分で作り出さなくてはならない。
たぶん、三宅氏も、そうだったんじゃないかなーと思う。
だからこそ、「三宅が今何やってんのか」ということは、気になる。
参考にしたいのだと思う。
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by syun__kan | 2008-07-27 23:02 | 日記 | Comments(2)

文化的まどろみ

生徒は夏休みに入ったので、最近は出勤はあるものの、定時に帰ることができます。
昨日は、帰り道に、BOOK OFFに寄りました。
帰り道の途中に(わしは自転車通勤)、
「○○の交差点、左折 BOOK OFF」っていう看板が出ていたので、
行ってみたいなと、ちょっと思っていたのだ。
しかし、忙しく働いている最中だと、
仕事が終わると、どうにかして体力と時間を節約したくて、
寄り道なんてほとんどしてなかった。
道沿いのコンビニとかにはよく寄ったけど、
通勤の道をちょっと外れなきゃいけないところなんて、行く気が、起きない起きない。
道沿いのコンビニでさえ、店の入り口がすぐ道に面してればいいけど、
駐車場が備わってたりすると、それを横切る分の距離がもったいなくて、
めんどくさくなって寄らなかったり。
そんで、家に帰ったら、もう半失神?で、
風呂に入りながら寝ちゃったりとかね。
わしはスポーツに打ち込んだ経験がないからか、フィジカルが、弱いのだ。
疲れやすいのだ。
寒いとすぐに風邪をひくし。
虚弱ソンと呼んでください。(マイケルファンだから)

というわけで、めでたく一学期が終わったので、
元気があれば何でもできる!元気があれば、BOOK OFFにも寄れる。

話は少し飛ぶけど、
大学の時に住んでた京王線の西の果て、「橋本駅」は、
本当に素晴らしかった。
何しろ、
サティ、ダイソー、BOOK OFF、ユニクロ、TSUTAYA、シダックス、ホームセンター、マック、松屋、ケンタッキー、ミスタードーナッツ、映画館、
そういう類の便利な店が、全部揃ってた。
当時はそれが普通だと思っていたけど、
練馬区に住む今となっては、それはとてもレアなことだったのだと気づく。
(練馬区は、町が古いのか、あんまりそういう新しい店はなく、商店街中心の布陣)
あんな便利なところに住みながら、
「橋本ってCD屋がないから不便だよね~」などと、バチあたりなこと言っていました。
若かった。ごめんなさい。

というわけで、ここ練馬区では、新しい店が少ないので、
BOOK OFFに寄ることも、少し貴重な出来事なのです。

大きなガスタンクが5、6個並んだ交差点を折れ、BOOK OFFに到着。
特に当てもなく、品物を見てまわる。

この、脳みそをニュートラルにして本、CDを物色する、
「文化的まどろみ」のような時間が、人生にはとっても貴重なんだろうなあ。と、改めて実感しました。
節目、節目で忙しくない時期が巡ってくる職場でよかった。
文化的まどろみを排除して、一生を過ごせる自信はない。

買ったもの!
★ジャネット・ジャクソンの89年のアルバム「リズムネイション1814」
・・・90年代に軍隊風のダンスを、マドンナもマイケルも取り入れたけど、
元祖はこの、ジャネットのリズムネイション。
この時点では、ジャネットは世界の最先端だったんだね!
19年の歳月を経て、BOOK OFFで250円で売られる。
★プリンスの「ビューティフル・エクスペリエンス」
★橋本真也のDVD
・・・中学の頃、生で見た、群馬県スポーツセンターの越中詩郎戦も収録されてる。わしの声援が入ってるかもしれない。
★工作の本
★83年のマルセル・マルソーの日本公演のパンフレット(美品)
・・・人の一生を3分で表現するパントマイムの神様。数年前に亡くなった。
25年前の公演のパンフレット、どういうわけか、歳月を経て、BOOK OFFで105円で売られる。関口に買われる。
★世界のCMフェスティバル
・・・世界中のCMを100本集めたDVD。まだ観ていないけど、面白そー!!

しめて3千円くらいの買い物でした。
「ブルース・ブラザーズ」と「パープル・レイン」のDVDも気になったけど、またの機会にします。
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by syun__kan | 2008-07-24 20:14 | 日記 | Comments(1)

教員と芸術家の醍醐味

1学期が終わりました。
肩の荷が、下りました。
今学期は、スリリングでした。
今年度からはじめてのことが多く、プレッシャーが大きかったです。
悔しい思いもたくさんありました。
この悔しい思いを食べて、2学期がんばります。

通信簿も、書きました。
(いつも思いますが・・・まさか、自分が、通信簿を、書く側になるとはな!)

私の学校は特別支援学校なので、
普通級の通信簿のように、各教科が1~5で評価されて、
出席状況が載ってて、
最後に担任からちょこっと文章が添えてるような通信簿とは違います。

たぶん特別支援学校の通信簿というのはどこでもそうなんだと思うのだけど、
学期の初めに、個別の目標をいろいろ立てて、支援の方法を考えて書いて、
学期の終わりに、どのくらいの変化が見られたかを書く。
ようするに、自分がその生徒に対してどれだけ適切な目標を立てられて、適切な支援をできたか、
自分で評価するようなもの。
自分への評価に限りなく近いのです。
なので、結果が出ていないと落ち込むし、結果が出ていればとても喜びます。

私は大学を出るとき、ずっと芸術だけをやり続けていくという生き方の選択肢も、無くはなかったのだと思います。
でも私は、養護学校の教員になりました。
私の今の仕事の醍醐味を聞かれたら、私はこう答えるでしょう。

世の中には、いろいろな仕事があるけれど、
走る、踊る、歌う、絵を書く、字を書く、パソコンを打つ、植物を育てる、掃除する、料理する、
そういった要素がすべて詰め込まれてる職業はあんまりないと思う。
特別支援学校の教員は、そういうことを全部やります。生きていることを実感します。
その意味では、健全で、健康的で良い仕事だと思う。
いろいろ大変なことはありますが。

私は、大学が終わりそうになって、将来のことを考えなければならなくなったとき、
芸術家一本で生きていこうとは思いませんでした。
芸術だけやっていると、人間的成長がないように思えたのです。
自分の弱点を強化しなければと思いました。

とはいえ、私は芸術をやることの醍醐味っていうのも、知っています。

あれは大学3年の時。
私は親しい友人と、3人で「みはじ展」というグループ展を開きました。
友人も、とても力のある作品を作る人なので、私達はお互い張り合って、
小さな草の根的な展示に過ぎないのに、人生を賭けるような勢いと集中力で作品制作に取り組んでいました。
部屋を暗くして作品を展示する予定だったので、私は巨大なボックスアートの要領で、
暗い中に等身大の部屋が浮かび上がるような、「海が好きな男」という作品を学校で作っていたのですが・・・

バイトや教習所通いでとても忙しかった当時。制作は難航し。
身を削りながら、作っていました。
搬入の日の前日、やっと仕上がりました。
出来上がった作品を、そこに居合わせた非常勤講師の池ヶ谷先生と一緒に眺めます。

「ふっ・・・ふはははは!なんだこれ。あほだ。はっははは!
あはははは。これあほだ。ははは」

と、池ヶ谷先生と私は、一緒になって爆笑し始めてしまいました。

これが、私にとっての、美術をやることの醍醐味です。
意味がわかりますか?

制作に没頭し、集中し、
ふと顔を上げて、自分の仕事を客観視し、「こんなものができてた」と認識した時、
私は思わず、笑ってしまいます。

なにかこう、そのものが、自分の力ではない力が働いて、作られたような気がするのです。
あまりにもばかばかしかったり、あまりにも美しく感じられたり。
でもそれは、幽霊や神様が力を貸してくれたとか、そんなはずはなく、自分の手でやったことに間違いないのです。
そうなると、私は普段は出てこない、自分の中の可能性を、お腹の中からえぐり出したような気分になります。
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それはとても気持ちのいいものなのです。

これこそが、美術をやることでしか得られない、醍醐味だと思うのです。
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by syun__kan | 2008-07-20 14:42 | 日記 | Comments(2)

うまくやっていく

21世紀人展が終わってしまった。
でもわしは元気だ。
たまっていた洗濯物も、洗った。
2回に分けて洗った。
シーツも洗った。
ものすごい日差しと、暑い空気が、
洗濯物を、今、積極的に、乾かしている。
窓の外で、乾かしている。
素晴らしいことだ。
水分が、蒸発していく。
カラカラに、乾く。
柔軟剤を入れていないので、
今日の夜、風呂に入るときには、
ガジガジに乾いたバスタオルを、使うことができるだろう。
素晴らしいことだ。
ガジガジのバスタオルは、わしの体を拭くことによって、
また濡れる。
未使用のタオルが一つ減り、使用済みのタオルが一つ増えるのだ。
生活だ。
ほんとに、冗談ではなく、素晴らしいことだ。
長澤まさみさんは、今、地球のどこかに存在している。
かわいさを維持したまま、存在していることだろう。
素晴らしいことだ。
長澤まさみさんは、今日もかわいい。
もちろん、宮崎あおいさんも、永作博美さんも、榮倉さんも、今日もかわらずかわいいのだろう。
今日はじりじりと暑い。
じりじりと焼かれながら、グランドで練習している野球部の少年の頬には、
汗がつたっているはずだ。
元から日焼けして黒いのに、さらに黒くなっていく。
今日も、地球のいろんなところで、オーバー・ザ・レインボーは流れるのだろう。
それは、「オズの魔法使」のDVDだったり、
ジュディ・ガーランドのコンサートCDだったり、
簡単に省略されたインストの有線の店内放送だったり、
学校の授業で生徒に歌わせるために、音楽室で練習している音楽担当の教員のピアノだったりするのだろう。
もちろん温暖化もどんどん進行しているんだろうな。
北極のシロクマの危機は、どんどん迫っているのだろう。
わしは温暖化に対して、何にもしていない。申し訳ない。
高校3年生の終わりごろ、(もう多摩美に入学することが決まったあとだ)
母と一緒に、近所のサティに服を買いに行って、
突然自我が目覚めたようになって、
頭が混乱して(鮮明になって?)
母に
「わしは多摩美に行かない。これからは、ずっと砂漠に木を植える仕事をする」
とか口走ったことがある。
もちろんそれは実行に移すことはなく、ちゃんと多摩美に行ったけど。
でも、本当は、砂漠に木を植えるほうを選ぶべきだったのかもしれない。
どっちが正しいとかはない。可能性だけは常にあるということだ。
芸術をやって生きていくには、敏感さと鈍感さを併せ持ってなくてはならない。
まわりからの情報を敏感にインプットすることが必要だし、
リスクに対しては鈍感でないと。
うまくやっていきます。
これから通信簿を書いて、
今日の夕飯はカレーにしようか。
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by syun__kan | 2008-07-13 13:50 | 日記 | Comments(0)

次の表現

もうすぐ21世紀人展が終わってしまう。
いろんな人と新たに会えたし、この機会に懐かしい人に会ったりもした。
アエラに出させてもらった。新日曜美術館のアートシーンには作品を5秒間くらい映してもらった。いい夢を見させてもらった。
でも、終わってしまう。

わしは生まれついての、「常に表現してなきゃいられない人」だった。
実家の、わしが子どものころ使っていた机の引き出しに、幼稚園のときの連絡帳みたいなやつが入ってたのだけど、

「光太郎君は、わざと転んで、友達を笑わせようとしていたりするところがちょっと気になりますが、いい子です」

みたいなことが書いてあった。困った子だ。

わしの一番最初の記憶は、赤ちゃんのわしが実家の居間に寝ていて、
父と母がわしを覗き込んでいて、
わしが上に向けておしっこを吹き上げたときのことだ。
その時の、両親の「笑い」と「困惑」の入り混じったリアクションが、印象に残ったのかもしれない。
もしかしたら、これがわしの「表現」の原点だったのか?!

思えば表現の場を求めて歩き回る人生だった気もするなあ。
中高生のころは、ヤッチというとても頭のいい友達と、「アルクランドセル」というバンド??を作って、テープに歌を吹き込んで、2百円くらいでともだちに売ったりしていた。
バンドといっても、使う楽器はほぼアコギのみ、あとヤッチがピアノ弾けるのでたまにキーボード、
やり始めの頃はアコギさえ弾けなかったので、タニサンという友達のパソコンの、曲を作れるソフトを使って伴奏を作ってた。
録音に使用するのは、2千円程度の青いラジカセ!!我ながら美しい貧乏っぷり!
作る曲も、「おもしろい感じ」を目指した曲ばかりで、覚えているタイトルを並べると
「アウトロー」
「ゆけゆけ群馬県」
「給食アワー」
「便意」
「睡魔」
「ラッキー池田」
「マサオLet It Be」
とかそんな感じだった。
そのテープは、今でもタンスの奥に眠っているはずだが。封印。

美大に入って、世の中で芸術家が全然必要とされていないことを感じると、大道芸人に憧れてみたり。
教員を目指したのも、多くの人たちにいろんなことを伝えたかったからというのが、一つの理由だ。
学校とは、ある意味で表現の場であるとも言える。

そうか。やっぱりわしは「表現の場」を求めて歩き回っていたのだ。

とにかく、21世紀人展は終わってしまう。次の展示は、何も決まっていない。
落ち込む前に、次の作品の構想を語ろう。

次は、街を作ろうと思っている。
これまでは、「すべての物は、瞬間だけなら、美しい」というコンセプトで、
すべての物の美しさを肯定するつもりで、手当たりしだいの物を作っていた気がする。
次は、手当たりしだいには作らない。
街。街なのだ。
人間が住む街。街って美しいのだろうか?
住んでいるのは人間。
人間は、ある意味美しい。でも、とびきり汚い!
美しい、汚い、入り混じったのが人間、その人間が住む街。
美しさと汚さが拮抗する。

美しい!
汚い!
美しい、美しい!
汚い、汚い、汚い!

さあ、どっちが勝つか?
みんなはどう思う?
勝敗は人それぞれじゃないかな。
それぞれの人の、人間への肯定感や、これまでの人生、自己肯定感、これからの人類への期待感、または絶望感、そういった思いが影響して、勝敗が決まるのだと思う。
街が美しいか、汚いかという問題は。

わしは、いろんな人の、街への思いを、グジャグジャに盛り込んだ彫刻を作りたいと思っている。
オッサンというあだ名の友人は、
小学校5年生のときに自分の家庭を捨てて蒸発しちゃった父親の、消息を辿って、
住んでるところをつきとめ、一発ぶん殴ろうとして出かけたことがあるんだって。
けっきょく細かい事情でそれは叶わなかったらしいのだけど。

例えばわしは、オッサンのイメージの中にある、父親が住むアパートの、ドアのノブを作りたい。
まあそういうことです。
ガンバルゾー。まだ実現のメドは、なーんにも立ってないけど。
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by syun__kan | 2008-07-05 19:58 | 日記 | Comments(1)

サッカー必勝法

ここはひとつ、以前から私が考えている「サッカーの必勝法」について述べたい。

私はあまり見ないので詳しいことは言えないが、サッカーを見て、とても盛り上がったり、一喜一憂したり、興奮したりする人は多い。
国内のJリーグも盛り上がっているし、国際大会になると、興味を持つ人はとても増えるみたいで、電車の中吊り広告もサッカーの記事の紹介がとても多くなる。
日本代表が負けると、悔しくて泣いたり、
好きなチームが優勝すれば、嬉しくて、一日中ウキウキになってしまう人もいることだろう。
わしが小学生のころの体育の先生は、サッカーが大好きで、
本当に好きで、
ドーハの悲劇の翌日、学校で倒れた。

そんな、サッカーが大好きな人が世の中にあふれている中、
私がサッカーについて知っていることといえば、
・オシム監督は、病気になってしまい、岡田さんが日本代表の監督をやっている。
・中村俊介さんは、フリーキックがとてもうまい。
・中田英寿さんは、旅をしている。
・シジマールさんは、両手を広げた長さが、190センチ以上もある。でも、もう引退している。
・ビスマルクさんは、ゴールを決めると、神様にお祈りする。でも、もう引退している。
・アルシンドも、ラモスも、リトバルスキーも、みんな引退している。
・でも、カズさんは、まだ現役である。
そのくらいであり、一般的以下の知識しかないのだが・・・。

そんな私が、サッカーの必勝法を考えついてしまった。なんだか申し訳ない。
でも、この必勝法を使えば、日本代表も、ワールドカップで、優勝できる。

サッカーには、相手の頭よりも高く足を上げてはいけない、というルールがあるらしい。
それを利用する。
日本代表は、みんな髪の毛をたくさん伸ばして、
美容院へ行き、とても丈夫で大きなアフロにしてもらう。
サイババよりも、もっと大きくて、もっと硬いアフロだ。
そのアフロのてっぺんを、お皿みたいにへこませる。
試合が始まったら、ボールをヒョイと浮かせて、アフロのてっぺんに乗せる。
相手チームは、頭より高く足を上げてはいけないから、手出しできない。
日本代表は、そのまま相手ゴールまで歩いて、最後におじぎをして、ゴールの中にボールを落とせばいい。

どうだまいったか。

ところで、3ヶ月あまり続いた21世紀人展も、あと一週間で終わりになる。
本当に、夢のような、日々だった。楽しかった。
のぼせた。
思い上がった。
終わってしまうと、喪失感が残るかもしれない。
でも、またいつか、この夢舞台まで這い上がろう。
アフロの上にボールを乗せるような、ふざけた戦法は、スポーツの世界では実際には通用しないのかもしれないが、
アートの世界では、優勝を可能にしたりするかもしれない。
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by syun__kan | 2008-06-29 14:36 | 日記 | Comments(0)