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ドゥー・ザ・マリオ
わしは、義務教育段階の頃、
一人でプロレスを見たり、家で折り紙をして過ごしていたので、
同世代の人たちが、その頃だいたいみんな洗礼を受けた、
メディア上の文化作品を、ことごとくスルーしてきた。

わしは、25歳の、いわゆる「キレる世代」と呼ばれた世代だけど、
「スーパーマリオ」も「ドラゴンクエスト」やったことないし、
「ドラゴンボール」も「スラムダンク」も「エヴァンゲリオン」も読んだことない。
長らくゲーム機を持っていなかったし、
マンガ雑誌もマンガの単行本も、買ったことない。
それでも、友達の家に行けば、友達はゲームをしていたし、
教室ではみんなそれらの作品の話をしていたから、
なんとなくの概要だけはつかめている。

例えば、ドラゴンボールは、ごくうが主人公で、
クリリンというスキンヘッドの友人がいて、
べジータは額が広い。
ピッコロは、緑色。(「おかあさんといっしょ」にも同姓同名のペンギンが出てきた)
セルはつよい。
ブルマ。ご飯。トランクス。が出てくる。
しかし、名前は知っているけど、彼らの相関関係まではわからない…

でもまあ、この歳になるまで、それらについて知識を持たないことで、
何か困ったことがあったかといえば、なかったし、
それらを知らなかったかわりに、わしはまた別の事象を頭にインプットしてきたわけだから、
まあいいや、と思っていたよ。

ところが。それらの作品は、いまだに強い影響力を持って、
この世に存在し続けているらしく。
今年度受け持ったクラスには、マリオが好きな生徒が複数人いる。

彼らと仲良くなりたいのだけど、そのきかっけになりそうなマリオについて、
わしが全く無知であるため、上手くいかない。

というわけで、わしはこの夏、マリオをやることにした。
でも、うちには任天堂のゲーム機など、ないのである。
わしがマリオをするには、0からの準備が必要なのであった。
なので、この間、中野ブロードウェイで、中古のスーパーファミコン(3990円だった)と、
「スーパーマリオコレクション」というソフトを買ってきた。
ドゥー・ザ・マリオ!!!
生まれて初めて、カセットを、スーパーファミコン本体に突っ込んだ。
しかし、テレビゲームの経験が非常に少ないわしの操るマリオは、死にまくる。
とりあえず、カロンは、一度踏んだだけでは死なず、また復活するということがわかった。
テレサは、顔をそっちにむけると、照れて止まってしまう。かわいい。
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by syun__kan | 2009-07-28 12:56 | 日記 | Comments(0)
たーまやー
昨日、調布の花火大会に行った。
花火大会は、去年は行かなかったけど、おととしは行った。
おととしは、高崎の烏川だった。
その前の年だったか、もう少し前だったかには、隅田川の花火大会にも行った。
なんだかんだで、花火大会にはそれなりに行ってる。
一般人の平均くらいは行ってる。
もっとさかのぼれば、小学生の時は、間違いなく毎年行ってた。
前橋市民にとって、お盆の利根川花火大会は、大きすぎる存在感のイベントだった。
利根川花火大会は、見やすいし、時間も長い。
わしは、小さいころは、花火大会が大好きだった。
なんであんなに、大好きだったのだろう?
小さい頃から、大人になるまで、断続的に体験している出来事は、
どう感じたかを思い返すことで、感受性の変遷を辿るバロメーターになる。
とにかく、小さい頃は、無条件に好きだった。花火大会。
大きさ、数、爆音は、どれも観客を無条件に圧倒しうる要素だ。
とくに、小さな男の子が大好きな要素でもある。
花火大会のディティールだけを追って、原稿用紙5枚の日記が書けた。ほんとに。
いつしか、それほど魅力を感じなくなったのは、あれは高校生、大学生くらいのときか。
ああいう年頃は、もっとこう、自分に興味があったのだろう。
花火は、風景の一部分、ストーリーの背景描写に過ぎなくなった。というような覚えがある。
あすなろ白書的な。アイズ的な。
実家の子機で電話をしながら横目で見ていた記憶がある。
大学の彫刻科を卒業する時、同級生の女の子が一人、花火師になった。
あの人はなぜ、花火師になったのだろう?
とにかく、花火大会には、ただ行けばいい。
予約もチケットも要らない。そこがいい。
手続きは、わしが人生でもっとも苦手とする物事の一つだ。
そういう面で、花火大会はけっこう特殊な種類の大会だとも言える。
自然現象に近い。
わしはただ、混んでいる京王線に乗ればよかった。
花火は、上がっていた。たくさんの人が、それを観るために、ああだこうだもめながら斜め上を見上げていた。
(そう、人々は一様にもめていた)
空に上がった火の玉は、何百メートルの高さで、爆発して、
何万人の人が目撃する。
音は、もっとたくさんの人が聞く。
やっぱり、自然現象を連想した。雷とか、オーロラとか、流星群とか。
でも、あれは自然現象じゃない。あれは確かに、人が上げている。花火の一玉には、持ち主がいる。上げ主がいる
あの、火の玉が上がる、根元には、花火師がいる。
暗闇で、花火師が、大砲に火を付けている。

花火師は、どんな気持ちで花火をあげるのだろう?

壮大ないたずら小僧の気持ちか、自然を操る神様の気持ち?
わしの脳内は、大砲が設置された多摩川の中州で、
暗闇の中にシルエットでうごめく花火師のイメージでいっぱいになった。
でももちろん、わしが見ているところからは、火の玉の根元は見えない。
わしは、すごく遠くの客席から見ていたんだ。
でも、花火大会が終わる頃に、はっと気づいた。
花火って、今の時代、コンピュータ制御で上げるんだっけ?
大砲の根元には、花火師はいないのか?
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by syun__kan | 2009-07-19 22:56 | 日記 | Comments(0)
悲しさについて
日記には、いつもおもしろいことを書こうと思っている。
おもしろいこととは、人と違うこと。みんなが興味深いと思ってくれること。
しかし、世界一おもしろい、興味深い人物が亡くなってしまった直後には、
わしは、おもしろいことなどは全くできず、考えられず、
ただただ凡庸な反応を示すことしかできなかったのであった。
だから、これは、一マイケルファンが、彼の死の翌日以降に、どのような行動を取ったかという、
一つの標本である。
エルヴィス・プレスリー、マリリン・モンロー、ブルース・リー、ジョン・レノン、
彼らの死の翌日に、彼らの熱狂的なファン達は、いったいどのような行動を取ったのかという記録は、
少しは歴史的な価値があるだろう。
今回のわしの日記も、それと同じ価値を持ってくれればいい。

6月26日に彼の死を知ったわしは、その日の夜にネットで、翌日土曜日27日午後6時から、
代々木公園で追悼集会が開かれることを知った。
同時に、同日夜10時半より、青山のバーでお別れ会もあることを知る。
わしは、どっちも行くことにした。

27日、6時15分頃原宿駅に着くと、すでにマイケルTシャツや黒いハットを身につけた人たちがちらほらいた。
代々木公園につくと、入り口前に人だかりがあった。
中心には、マイケルの写真を抱いて泣き崩れるファン。
みんなで『ヒール・ザ・ワールド』(世界を癒そう。もっと良くしよう、という歌だ)を歌っている。
ただし、通りすがりの人たちが「ああ・・・マイケルファンだ」とか言って冷やかしながら通り過ぎて行ったり、
報道各社が写真を撮ったりしていたので、
わしはなんとなくいたたまれなくなってその場を離れ、
公園に入ってしばし散歩していた。
しばらくして戻ってくると、通りすがりの人らもいなくなり、
周囲も暗くなり、追悼集会ができる環境が出来上がっていた。
集まったファンは、200人以上。
皆で持ち寄ったろうそくを、マイケルグッズや写真の周りに並べていく。
確かにしんみりしてはいるが、ふわふわした、掴みどころのない雰囲気だった。
おそらく、みんなまだ、昨日今日のことなので、マイケルが不在の世の中に馴染めないでいる。
わしもそう。実感など全然湧いていない。
すごい数のろうそくが並んだけど、ボーっと見ているだけだった。
そして、久し振りにマイケルファン達の集団に加われて少し嬉しくなっているだけだった。
踊りたいなー、と思ってチャンスをうかがっていた。
そのために、ちゃんと細い黒いズボンと、スニーカーと、ハットを身につけてきたのだ。
なんとなくみんなも、しんみりしたり、ろうそくを並べたりするのに飽きて、ダンス待ちの雰囲気だった。
そのうち、黒人が一人ムーンウォークし、それをきっかけにして、わしは『ビリー・ジーン』(ビリー・ジーンは僕の恋人じゃない、だからその子どもも、僕の子どもじゃない、という歌だ)を踊った。
他のみんなも踊り始めた。
「リーさん」という、マイケルモノマネのセミプロのような人が中心になり、
その日来た、ダンスができる人たちがバックダンサーになり、
マイケルのビデオクリップやライブの再現をした。
初対面なのに、完コピできる!
うちらは、
『スムース・クリミナル』(アニーが殺されて、アニー大丈夫かい?という曲だ)と、
『ビート・イット』(けんかをしても、ケガするだけだがら、逃げよう、という曲だ)と、
『デンジャラス』(彼女はデンジャラスだ、という歌だ)と、
『スタート・サムシング』(何かを始めよう、じゃないと君は、野菜みたいなやつだ、という曲だ)と、
『スリラー』(今夜君に、どんなオバケよりもすごいスリルをあげるよ、という曲だ)の集団ダンスをコピーした。
『JAM』(私は寺だ、という歌詞のある歌だ)と、
『ヒューマン・ネイチャー』(この街が一つのリンゴならば、僕にかじらせてくれないか、という歌だ)と、
『BAD』(お日様の下に、顔を出してみろ、という歌だ)のダンスは、
難しいのでリーさんが一人でやった。
そうして、夜の9時になった。
わしは青山のバーでのお別れ会に行くために、渋谷に向かった。
渋谷で、Hさんを待った。
渋谷の人たちは、マイケル・ジャクソンのいない世の中を、ちゃんとそれなりに歩いていた。
Hさんが来ると、お腹が減っていたので、とりあえず渋谷のクアアイナに行った。
通常のバーガーにパイナップルをトッピングした、ハワイアンスタイルのハンバーガーを食べていると、
すぐに店内にかかっていた英語のラジオが、『スリラー』になった。
続いて、『リメンバー・ザ・タイム』(覚えてるかい?ビーチで、君と僕!イェー!という歌だ)。
さらに、『ワーキング・デイ・アンド・ナイト』(昼も夜も働いて、あー疲れた疲れた、という歌だ)も流れた。
世の中全体が、マイケルの人生の総まとめに入っているようだった。
マイケルの曲が、クアアイナの良い音響で大音量で聞けるのは純粋に嬉しかったけど、
わしは大好きなサムシングを奪われて、実感が湧く前に後片付けをされているみたいで、
小学校のクラスで教室の後ろの棚の上で青虫を飼っていて、
飼育係のわしは大事に葉っぱをあげて育てていたのに、
わしが休んだ日に青虫が死んでしまって、
わしの知らない間にクラスの女子が勝手に庭の隅の木の下に埋めてしまったことを知らされるような気分だった。
そろそろな時間になったので、Hさんと青山のバーに行った。
バーは、想像していた広さの4分の1くらいで、中はすし詰めだった。
そこで、マイケルが87年に来日した時に、日本テレビで放送された、横浜スタジアムのライブ映像が流されていた。
バッドツアー87、横浜。有名な映像だ。
このときのマイケルは、ものすごく楽しそうに歌い踊っていて、かわいくてかっこよくて、ひとつの究極の状態だった。
ごく控えめに言って、天使だった。
すし詰めの中で、わしはみんなと一緒にマイケルと一緒に歌い、
狭いから大きな動きはできないので、指を立てたり、指先をこすり合わせたりしながら、
はあ、我ながら、なんでここまで細かく、指を立てたり、指先をこすり合わせたりするタイミングを覚えているんだ?と思ったりした。
そしてマイケルは、
「アイルゴナギブユー、ザオールドソングス、ザオールドファッションウェイ」
と言って、ジャクソン5時代の最大のヒット曲である『アイル・ビー・ゼア』を歌った。

(この歌は、愛がある場所に、僕はいるよ、という歌だ。

しかし、ユーアーノットゼアー!)

そう思った瞬間、わしの目から涙が爆裂し、鼻孔から鼻水が暴発し、
わしの顔はあっという間にグシャグシャになってしまった。
マイケル、顔面崩壊は自分だけにしてくれよ。
ライブ映像でマイケルが『ビリー・ジーン』を終えて帽子を客席に投げると、
そろそろ終電なのでわしらは家に帰った。

週末が終わると、またいつもの生活が始まった。
しかし、2・3日経ってから、実感が湧きはじめて、がくっと悲しくなった。
そして、昨日あたりまで、微熱とだるさが続き、体のあらゆる箇所が痛むようになってしまった。
18歳の時に、ジャイアント馬場さんが亡くなって以来、
今まで何人かの、わしが好きだった「有名人」が亡くなるニュースを聞いた。
ジェームス・ブラウン、レイ・チャールズ、ホーク・ウォリアー、クリス・ベノイ、エディ・ゲレロ、橋本真也。
そのたびに、わしはとても悲しかったけど、
非常に不謹慎な言い方になってしまうが、ほんの少し、1%だけ、ウキウキした。
どうしてウキウキしたのか?考えてみると、
わしの頭が、好きな有名人の逝去を、どう消化するのかに、興味があったのだろう。
重ねがさね、大変不謹慎な考え方だとは思うが、
わしは今まで、地面に伏して泣き叫ぶような、何も手につかなくなるような、
本物の悲しさを味わったことがなかった。
だから、自分が味わったことのない感情を経験することに、ほんの少しだけ興味があったのだ。
でも、今回のマイケルの件(もしかしたら、三沢光晴の件も含まれているかもしれない)は、
本当に、わしを部分的に損なっていった気がする。
感想を言わせてもらうと、こんな悲しみは、もう二度と、味わいたくない。

でも、わしはポジティヴイズムで生きているので、
何としてでも、今回の件を、わしの人生にとってプラスにしていかねばならない。
それがミッションだ。
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by syun__kan | 2009-07-12 13:06 | 日記 | Comments(2)



現代芸術家、関口光太郎の日記。
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