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牧野薪木として

おとといの大雨の朝、西武池袋線で通勤中、
雨で濡れたわしのズボンの尻ポケットを、携帯のバイブが揺らす。
友人の三宅感氏からのメールだった。
内容は、

・今見ていた夢に、わしが出てきた。
・その中でわしは、「牧野薪木」という名前に改名することにした、と言っていた。
・芸術の道を進もうか、日本中の水道管を直して回ろうかで、迷っていた。
・「わしはボウボウ燃える薪木やねん」と言っていた。

ということだった。

こういうメールが、朝早く雨の中、仕事場に向かう人間にとって、どのような感情を抱かせるか、
芸術家たちは分かっているのか。

世界が立体的になり、あるいは天然色になり、携帯の画面が熱を持つ。

なのでわしは、牧野薪木に改名した。
役所に届けるわけではない。
要は、気の持ちようである。
入籍したときも、特に感慨は無かった。
それ以前より、すでに結婚していた気になっていたからだ。
なので、今回の改名も、届け出る必要はあるまい。
関口光太郎の名も、捨てるわけではない。
わしは関口光太郎であり、同時に牧野薪木である。
薪木となって全部燃やす。
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by syun__kan | 2010-04-29 20:29 | 日記 | Comments(0)

ギザギザがついてるまっすぐな形

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電熱線が焼き切れるくらい忙しく、楽しいこの頃。
風邪をひきかけても、
「まけるもんかー」と言って台所の壁に「やっつける。仕事むかつくからやっつける」という張り紙をしたら翌日治ってしまう。
ははははは。気合で何とかなるものだ…しかし何故か歯茎が腫れる。
「肉体疲労」は何らかの形で必ず出口を求めるのか。
そういうなら、わしの制作への欲求も出口を求める。
わしは彫刻家だから、気持ちの良い形を無意識に探している。
今、気持ちの良い形は、ギザギザがついてるまっすぐな形・・・。
例えば、ケルン大聖堂。
大聖堂の中では、これが一番好きだ。
上昇感極まる!!157メートル!!
そして屋根のギザギザ。
作りたい…
ギザギザがついてるまっすぐな形を作りたい。
しかし時間がないので、わしの欲求は出口が無く、
わしはケルン大聖堂のことを考え続ける。
ケルンケルンケルン…

ギザギザがついてるまっすぐな形から受ける快の気持ちを、
マイケル・ジャクソンの88年のステージ衣装からも感じる。
まっすぐな手足に、意味も無く巻きついた、バックルバックル。
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by syun__kan | 2010-04-21 22:45 | 日記 | Comments(0)

読書1年生

わしは読書が苦手だ。
読むのが遅い。
集中力がない。
興味の幅が狭い。

いや、小学生の頃は、よく本を読んだものだ。
「ズッコケ3人組」や、「ルドルフとイッパイアッテナ」など。
学校の図書室に、よく馴染んでいた。
週に数冊、読んでいたのではないか?
おもしろい児童書が、多かったのだろう。

中学生になると、児童書は幼稚に感じられ、大人向けの小説は、難しい。
一般的にも、読書離れが進む年頃だと思う。
しかし、宗田理の「ぼくらの七日間戦争」は、中学生の心情にフィットしていた。
だから、中学生の頃は、延々と続く「ぼくらのシリーズ」を、だらだらと読んでいた。

高校生の頃は、ほとんど本を読まなかった。
というか、高校時代の記憶自体があまりない。
本も、テレビも、音楽も、いろいろなものが、わしの心情、発達段階にフィットしていなかった。

高校3年の終わり、進路が決まって、ふと暇になった時期に、
市立図書館で一番目につく本を読んでみようと思って借りてきたのが、
村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」。
驚異的に面白かった…。
部屋に寝転がって、上中下巻を3日で読んだ。
読むのが遅く、集中力もないわしにしては、破格のスピードであった。
無理もない。
「ぼくらのシリーズ」から「ねじまき鳥クロニクル」へのジャンプは、
二次元から3次元へのジャンプくらい、視点が変わる。

というわけで、大学時代の前半は、村上春樹。
小説のディティールに憧れ、ウィスキーをコップに1センチ注ぎ、飲む。
サンドウィッチを作る。
しかし、「ノルウェイの森」を読むにあたり、病んだ彼女を持ちながら浮気をする主人公に大きく憤慨。
「こんなのただのムッツリスケベがモヤモヤと自己肯定しているだけじゃないか!」
と思い、すごく嫌いになる。
その勢いで、村上春樹的なにおいのするものをすべて排除しようとする。
さよなら春樹。
スピッツもさようなら。
くるりも、岩井俊二もさようなら。

で、再びあまり本を読まなくなる。
他の作家も、読んでみようとしたけど、
悔しいかな、読書中の気持ちよさに関して、村上春樹を上回る人は、なかなかいなかった。
ブックオフで、安くなっている本をポツポツと読む。
「長距離走者の孤独」とか、「変身」とか、海外の名作。
村上龍の「コインロッカーベイビーズ」は、好きだった。

就職して1年目。
忙しすぎて、まったく余裕がなく、
文庫本一冊読むのに1年かかった。
自転車通勤だったし、この生活パターンの中で、どこで本など読めばいいんであ?という感じだった。

3年目より電車通勤となるが、アイポッドに気をとられて、読書の習慣は戻らず。

しかし最近、ようやく本を読む気になってきた。
きっかけは、東京都現代美術館でワークショップをするに当たって、予習のために読んだ、
「パリのノートルダム」。
建築の本。
ひたすら、パリのノートルダム大聖堂について、ネチネチと詳しく書いてある本。
建造の歴史について。装飾の彫刻について。
マニアック。誰が読むんであ?
しかも、出版部数少ないから、大した大きさじゃないのに3600円もしやがる。
しかし、この本によってわしは、
文字情報を通じて知識を得ること、時間を忘れることの心地よさを思い出し、
書店に足を運ぶ気持ちになるに至る。

今は、最新の作家の本を読んでみている。
書店に平積みされている本から選ぶ。
この間まで、伊坂幸太郎を読んでいた。
今は、恩田陸。
好む好まざるは別として、
現世代の作家の本を読むと、
今の時代に物を生み出すことの息吹や気合いを感じる。
それが良い。
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by syun__kan | 2010-04-18 22:03 | 日記 | Comments(0)

出来事

この間、ある機会に、偉い先生が、
「私は古い人間です。
ここにいる中で、一番歳をとっています。
私は、空襲を生き残りました。
小学校にいるときに、飛行機が来て、掃射されました。
目の前で、学友が、爆風を浴びて、建物もろとも吹っ飛んでだめになりました。
そういう中を生き残りました。
よろしくお願いします」
と、自己紹介した。

飲み会みたいな席で、何気なく言われていたので、
みんなは「お、おお~…」と言う感じに反応して、その後は流されていたが、
わしはやはり、今のわしを取り囲む状況とのギャップを感じた。
たぶんみんな一瞬は、そう感じたと思う。

サバイバルと聞くと、バーチャルなイメージしかうちらは浮かばないけど、
目の前で学友が吹っ飛ぶような環境は、「本当にサバイバル」で、
「本当のサバイバル」というのは、今のわしは簡単には想像できない。
人間性の形成は、生まれつきと、生育環境。
「本当のサバイバル」を潜り抜けた人には、どんな人間性の傾向が育つのだろう?
世界の見え方も違うのだろう。

ところで今日わしは、電車で通勤していたら、乗っていた電車が駅に着くときに、急停車した。
「ただいま、停止信号が押されましたので、急停車いたしました」
という車内放送。
なんだろう、と思うまもなく、
「この電車で、人身事故が起こりました。しばらくお待ちください。
線路は大変危険ですので、降りないでください」
とのこと。
まじか。
わしが乗っているのは2両目。
無意識に「南無阿弥陀仏」と唱える。
べつに仏教徒ではないのだけど、いつも何か「まずいな」と感じたときには、おまじないとして言ってしまう。
遠くから救急車、消防車のサイレンが近づいてきて、駅の目の前に止まる。
このまましばらく車内に閉じ込められるのかな、と思っていると、
しばらくして「2両目のドアを開けます」とのこと。
人身事故を起こしてしまった電車というのは、急停車したものの、すでに半分は駅に着いているわけで、
ドアは開けられるのだ。
1両目では、レスキュー隊の人がたくさん来て、救助を行っていた。
振替輸送に行くため、エスカレーターを降りる傍ら、
ぐるぐる巻きにされてストレッチャーに乗せられた人が運び出されるのが見えた。
すぐに運び出せたのは良かった。亡くなっていないといいのだけど。

東京で電車に乗って生活していると、人身事故の知らせは、珍しくない。
車内放送や、駅の電光掲示板で、「人身事故」の言葉には、しばし出会う。
ただ、目の前で起こると、すぐに忘れられる体験ではなくなる。
いわゆる「実感」をする。
今、わしを取り囲む状況も、けっこうサバイバルなんだ。
世界とは、こういうものなのかもしれない。
とにかく、事故にあった方のご無事を祈ります。
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by syun__kan | 2010-04-09 22:26 | 日記 | Comments(0)

我X故に我在り

ちょうど一週間前、私たちは結婚式を敢行した。
鬱でありながら準備、本番を乗り切った奥さんは賞賛に値する。
素晴らしい頂き物を、有形無形、たくさんした。
例えば友人の三宅感氏は、大きなアロエの絵をくれた。
絵本創作研究会OBのアニメーターの方々は、素晴らしい(一般メディアレベルの)お祝いDVDをくれた。
小池正典氏は、わしが何年も前から欲しいとアピールしていた、
「明るい夜に出発だ」というタイトルの版画をくれた。
「明るい夜に出発だ」。
素晴らしいタイトルだ。
あまりにも好きなので、わしは自分の彫刻のタイトルに拝借したくらいだ。
夜は暗いから、本来おとなしくしているべきだ。
夜は暗い。
そんな夜を、明るくしてしまう。
も、むしろ出発しちゃう。
それこそ、作品化できる、精神状態の一例だ。
「雨に唄えば」がいい例だ。
雨が降っていたら、濡れるから、家の中でおとなしくしているべきだ。
そんな中、ジーンケリーは、
外に出て、唄って踊っちゃうもんね~。
そう、この精神状態。
これが作品になる。
本来マイナスなものをプラスにする。

結婚式の翌日、わしと奥さんは、チャラのライブに行った。
アルブレヒト・デューラーのように髪を伸ばして真ん中分けにしたギタリストが、かなりかっこよくギターを弾いていた。
バンドメンバー紹介の時には、歯で弾いていたので、
この間のワークショップの帰りに、ハードロックカフェでジミ・ヘンドリクスの映像をみたばっかりだったわしと奥さんは、「あー知ってるこれ」と思った。
それにしても、マイケル・ジャクソンが死んでからというもの、
わしが何か公演を観にいくと、みんなマイケルを演ってくれる。
この日は、バックボーカルの人とドラムの人が、ジャクソン5を歌っていた。
ガンズ・アンド・ローゼスを観にいったときも、
アクセル・ローズが「I Want You Back」をほんの少し歌ってくれたし、
去年の10月にプロレスを観にいったら、なぜか試合前に女性ダンサーが踊るコーナーがあって、
案の定マイケルメドレーだった。
蝶野正洋を観にいってマイケル・ジャクソンを聴けたので、あの時は得した気になった。
チャラのライブは、カラフルな衣装で、完全にJ-popの文脈上のものだったなあ。
家に帰って、ウィキペディア(ウィキ・・・この便利なものよ)で、チャラを調べた。
現在42歳。10代の頃にもっとも影響を受けたアーティストは、プリンス。とのこと。
なるほど、それであんな、タオルを絞って声を出すような歌い方をするのか。
ところで、この安定しない天気よ。
ライブの帰りは、小雨で、とても寒かった。

翌日は、21年度の仕事の整理のため、職場に行った。
しかし、朦朧としてくる。
度重なる寒さのぶり返しと、疲れに起因する体調不良であるとすぐに察し、
5時にさっと帰った。

翌日は、倒れて、ほとんど起きなかった。
今年に入ってからの矢継ぎ早の忙しさ積み重なり、
結婚式が終わって職場が春休みになったことを合図に、発露したのだろう。まあ、予定通りではある。

翌日、その翌日も、家でほとんど何もせずに過ごした。

翌日、昨日、金曜はだいぶ回復し、再び職場に出向く。
帰りに、山崎由佳氏の個展を観にいく。
場所は下北沢。
下北沢は、髪を長く伸ばして真ん中分けにした男がたくさんいて、
山口小夜子のような女を連れて歩いていた…。
はい、これが「アングラ」。
わしがバスガイドなら、「こちらがアングラでございます」と紹介したと思う。
アングラが、下北沢のブランドなのだろう。
ブランドになってしまったアングラは、あまり興味深くない気がした。
山崎さんの、人柄、人あたりは超一流。
柔らかい。名前からして柔らかい。
ネピアなんかじゃない。
ティッシュで言ったら、明らかにカシミア。
男は、女に、何かを言って聞かせたいのだろう。
「男は、女に、何かを言って聞かせたい」
この法則というか、ベクトルは、世の中を形作る一つの真実だと思う。
その意味において、山崎さんは、超一流の聞き役、話し相手だと思う。
ただし、柔らかすぎる…気もする。
おせっかいかもしれないが…。
硬いものが、すべて、美しいかつおぶしのように、上質とは限らない。
硬いけど、どうでもいいものも、多い。
山崎さんの柔らかさ、可変体度は、かなりのレベルな気がするので、
質の低い硬いものにまで、あれこれ惑わされてしまわないか心配になったりもするけどまあこれもただの思い過ごし、大きなお世話だろうな、こういう人に限ってものすごく頑固だったりもするのだろう。
わしは、ブッダの
「暑さと寒さと、飢えと渇えと、その他すべてのものに打ち勝って、ただサイのツノのように進め」
という言葉が好きだよ。

今日は、職場で夕方まで仕事し、その後、三宅感氏に電子辞書を渡しに、
彼の自宅のある東京の外れまで電車を乗り継いで行ってきた。
彼に、何かお礼をしたかったのだ。結婚式の二次会の受付や、アロエの絵のお礼を。
しかし、彼は、先日、電子辞書を自分で購入してしまっていた。
なので、わしが用意した電子辞書は、もらい手のないまま、宙に浮いてしまった。

最近わしに、自然な形で創作意欲が沸いてきている。
この夏、何か作ろうと思う。
そしてその作品を、岡本太郎賞に応募し、賞金200万円をもらうことにした。
プリンスの曲に、「I Rock Therefore I Am」というタイトルのものがある。
訳すると、「我ロックする、故に我在り」。
わしはこのタイトルが、好きだというか気になる。
自分に置き換えると、何だろう?と思ったりするからだ。
「I Make Therefore I Am」か?
しかし最近のわしは、授業したりワークショップしたりで、人に何か作らせてばかりだ。
「I Make People Making Therefore I Am」という感じだ。
ちょっと長い。
タイトルは、なるべく短いほうがいい。
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by syun__kan | 2010-04-03 22:09 | 日記 | Comments(2)