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顔が桃色のゴリラ

夜寝るとき、布団に入るのと同時に
「モモゴリ!」
と言ってしまった。
特に意味はない。一種の掛け声というか、うめき声である。
生活の中で、掛け声もしくはうめき声というのは、結構出ているものだ。
「ヨッコラセ」とか、
「ハアードッコイショ」
「チョイサー」
「ホイショッ」
「デイヤー!」
「トリャ!」
「モンモコモコモコ」
「ダッゴーネンベイベー」
など。
もしかしたらわしは、通常タイプの人間よりも、やや掛け声やうめき声が多めの傾向があるかもしれない。
それでこの日は、夜寝るとき、布団に入るのと同時に
「モモゴリ!」
と言ってしまったのである。
それが、奥さんの癇に障ったのである。
「普段大してしゃべらないくせに、へんな掛け声ばっかり言いおって!」
ということで。
なのでわしは、釈明する必要が出てくる。
「いやいや、モモゴリっていうのは、意味の無い言葉というわけではなくて、
顔が桃色のゴリラの名前なんだよ。
あるところに…」
と、物語を語り始める。
釈明のための物語り。

あるところに、モモゴリという名前のゴリラがいました。
一人で暮らしていました
顔が桃色でした。
毛は、こげ茶色でした。
顔の皮膚が桃色でした。
手も、桃色でした。
胸は、青でした。
おなかは、丸く毛が無くて、皮膚が出ていて、黄色でした。
両脇の下にも、毛が無いゾーンがあって、そこは緑色でした。

病気と言うわけではありません。
もっと、楽しい、ポジティヴな感じです。
その証拠に、本人も笑っています。
それに、背中にある、毛が無いゾーンは、ハートマークでした。
「ずっと親友」という形に、毛が抜けているところもあります。
とにかく、明るい印象のゴリラでした。

夜になると、毛が無いゾーンが光りました。
暗い中に、桃色のゴリラの顔や、黄色い丸や、ハートマークや、「ずっと親友」という文字が浮かび上がります。

モモゴリの毛は、季節で生え換わりました。
クリスマス頃には、ステッキの形に毛が抜けました。
夜になると、暗い中に、緑や赤のステッキが浮かび上がり、点滅ました。

お正月には、「2011」と毛が抜けました。
「賀正」という字も読み取れました。

モモゴリは、桃が好きでした。
桃が欲しくなると、桃の形に毛が抜け、桃色に光りました。
モモゴリは、木に登って、桃のマークを周囲にアピールしました。
バーミヤンの看板みたいでした。
桃のマークが光るのを見て、遠くの親戚が桃を送ってくれました。

さあ、こんなモモゴリが、
これから素晴らしい大冒険の旅に出ます。
どんな冒険だったかは、皆さんのご想像にお任せします。


…ただ、最後のページでは、モモゴリは、結婚しました。
子どもを連れています。
そして、モモゴリはもう光りませんでした。
毛も、抜けません。
ただ、背中の一か所、小さく毛が抜けているところがありました。
へーベルハウスのマークになっていました。
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by syun__kan | 2011-01-22 08:52 | 日記 | Comments(0)

美術の話

【モンテネグロ出身の彫刻家、サルディーニャ・ブゲジョリ氏のインタビュー】

「私はいつも、既成の概念にとらわれない作品づくりを目指してきました。
彫刻というジャンルを意識しないで、作品をつくる、ということです。
観客は作品を見たときに、常に何らかのジャンルに分類して自分の頭にインプットしようとします。
これは映画だ、とか、彫刻だ、絵画だ、小説だ、音楽だ…など。
私の作品を、人は「彫刻だ」と言いますが、実は私にそのつもりはありません。
私はいつも、「自分が今まで見たことのない風景を見てみたい」という、ただ一心で、作品をつくってきました。
その結果である作品を、既成の概念に当てはめようとすると、
世の中においては、一般的に「彫刻」と呼ばれるジャンルに近いのでしょう」

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「これは私の1976年の作品、『四角形のエクスペリエンス』です。
母体となっている大きな箱は世界を、小さな窓が反復するようなディティールは、世界に生きる人々の、それぞれの生活を表しています」

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「これは、1983年の作品、『忘却のサルバドール』です。
人は、自分の見たもの、体験したことなどを、どれだけ記憶して生きていけるのか、という寂寥感を表現しました」

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「これは、1991年の作品、『潮騒のペスカトーレ』です。
生身の肉体と、直線的な人工物の、相容れない対立を描きました」

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「これは、2002年の作品、『東北のプロレスラー』です。
若いということの、強さと脆さを表現しました」



…みたいな感じで、世の中にある美しいものを、
全部自分の作品ということにしちゃえたら、いいなあと、たまに思う。
「美術作品」という肩書が無いからみんな注目しないだけで、
世の中には、美術なんて吹き飛んじゃうくらい美しいものが、無限に溢れてその辺を歩きまわってるからなあ。
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by syun__kan | 2011-01-16 15:12 | 日記 | Comments(0)

福袋

年明けに、サンシャインシティの福袋を買いに行ってきた。
奥さんが、「ワンダーロケット」というブランドの、福袋が欲しいということで。
インターネットで下調べして、西武線に乗った。

サンシャインシティには、朝早くから、乙女の列が。
開店してシャッターが開くと、乙女がフロアになだれ込む。

「ワンダーロケット」は、いわゆる森ガールのブランド。
白や茶色系のうっすい色のフンワリした、
いろんなヒラヒラやピロピロがついている、
ゆるくてボーっとした甘いようななんやわからん感じの服とか、
あんまりきらきらしていない、コトッっていうかんじの、でもかわいい感じの小物。とか。
「森にいそうな女の子」ということで、森ガールと呼ばれているらしい。
森にいそう、と言っても、登山家や兵隊っぽい感じではない。
あくまでも、幻想上の、コロボックルとかガラガラドンとかキッコロとかモリゾーとかの文脈上の森である。

「ワンダーロケット」の店内には、福袋目当ての森ガールがドドッっとなだれ込み、
福袋を、ラディカルに奪い合う。
パッシヴ。アグレッシヴ。
すぐにわしは店内からはじき出される。
覚醒した森ガールたち。
森の中は弱肉強食。
真夜中は純潔。

奥さんは、福袋を一つ獲得して満足気であった。

その後わしらは、上野のハードロックカフェへ。
ハンバーガーを食べに。
ハードロックカフェの福袋なんかカワナイゾー、と出かける前は思っていたのだが、
奥さんのゲットした福袋がなんとなくうらやましくて、
わしもハードロックカフェの五千円の福袋を買ってしまう。

家に帰って。
ハードロックカフェの福袋に入っていた、ハードな柄のパーカーは、日常的に着ている。
Tシャツは、夏になったら活躍するだろう。
キャップは、サイズが小さかったので、犬にあげた。

奥さんの福袋には、毛糸のケープや、重ね着のベースになるのであろううっすい服や、
その他いろいろ入っていて、満足気であった。
毛糸のケープをさっそく着ていた。
よほど気に入ったのか、しょちゅう着ている。
寝る時まで着ていたので、
「さすがに着すぎなのでは?!」と聞くと、

「オールマイティーな活躍」

と答えていた。
森ガールが、カタカナ語を自在にあやつっている。
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by syun__kan | 2011-01-09 10:17 | 日記 | Comments(0)

楽しゅうございました

年末年始は楽しゅうございました。
後楽園ホールにみちのくプロレスも観に行きました。
ザ・グレート・サスケが脚立に乗って逆上がりをして脚立が倒れてサスケも倒れました。
宇宙人の格好をした野橋太郎がバルコニーから降りて来ました。
カッパずしのテーマをBGMにして降りてきました。

カーッパカッパ、カッパのマークのカーッパずし
カーッパカッパ、カッパのマークのカーッパずし

職場が冬休みに入ると、毎日料理をしました。
普段は料理する時間など無く、
奥さんが作ってくれた料理や、コンビニ飯や、外食を中心に生きていますが、
そういう生活が長く続くと、何だか自分で作ったものを食べていないことが、
ひどく不自然なことに思えてきます。
なので、長期休みに入ると、奥さんを座らせて、わしはよく料理をします。
凝ったものは作れませんが、厚着して着ぶくれた上にエプロンをします。

鶏肉とネギを煮込んだそばを作りました。おいしゅうございました。
鶏胸肉のフライと、豚こま切れ肉を重ねたフライを作って、ビールを飲みました。おいしゅうございました。
豚肉とキャベツの重ね煮を作りました。おいしゅうございました。
年越しは、カキとネギ入りのあったかいおそばを作りました。おいしゅうございました。
朝ご飯は、大抵パンと、卵料理と、コーヒーかチャイでした。
卵料理は、目玉焼き、スクランブルエッグ、卵焼きのローテーションでした。
卵焼きは、チリメン入りのものを初めて作りました。おいしゅうございました。
オイルサーディンを缶のまま火にかけて、醤油を垂らす、という調理法を、
恩田陸がエッセイに中で書いていたので、3回くらい試しました。
それをつまみにして、ビールやハイボールを飲みました。おいしゅうございました。
豚汁も初めて作りました。泥がついた状態のゴボウを、初めて買いました。
鉛筆を削るように、ささがきしました。おいしゅうございました。
駅前の肉屋で買ったひき肉で、餃子を作りました。おいしゅうございました。

さあ、そろそろ冬休みは終わりです。
仕事をしなければなりません。
光太郎はもう疲れて、おじけづいて走れません。
と言いたいところですが、このご時世に仕事があるだけありがたいので、仕事をします。
この4年間、もし仕事をしていなかったら、
わしは自己有用感の欠如から、どんどん落ち込んでいたことでしょう。
わしには仕事をすることが必要であることが、よくわかった4年間でした。
刺激を受け、誰かの評価にさらされ、いろいろなことを要求され、
それに毎日答えようとすることすること、小さな達成感の積み重ねが、わしには必要なのです。
世の中にはいろいろ不条理なことがあり、納得いかない目にあうこともあると思いますが、わしは全然気にしません。
世の中が完璧であるわけないじゃないか!と思います。
不条理なのは当たり前というか前提です。

一方、わしはこの4年間で、片頬笑いをするようになりました。
職場で笑うと、両方の口角を挙げてビビアン・スーのように美しく笑えることもありますが、
ふとした拍子に、左の口角はそのままで、右の口角だけニュイっと上がって、
ビートたけしのようにアシンメトリーな、ニヒリスティックな笑いをしているときがあります。
わしはこのことを、仕事と自分の制作活動を両立できていないことが原因であると、分析しました。
仕事だけではだめなのです。
自分のアーティストとしての活動も並行して行えていないと、わしは両頬で完璧に笑えない。
それがわかった4年間でもありました。
二束のわらじといいますが、
この4年間のわしは二束とも仕事のわらじを履いて、
片方の足の付け爪だけアーティスト、くらいの割合でした。
なので今年は、ちゃんと二束のわらじを履きます。
毎日、1分でもいいから、制作します。

この冬はビートルズを少し聴いてみました。
「オブラディオブラダ」みたいな、最高にかっこいい歌もありましたが、
この4人はふとした拍子にとんでもなく暗い歌に陥って行ってしまうことがあるからいけません。
自分が何とかして元気を奮い立たせようとしているときに、他人の暗い気持ちなんて聴きたくありません。
なのでわしが今音楽を聴くとしたら、もちろんジェームス・ブラウンです。

以上、正月ぼけからカムバックするための、勢いづけの日記でした。
Get Up!

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by syun__kan | 2011-01-04 11:12 | 日記 | Comments(0)