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一度目のマイケル

わしはマイケル・ジャクソンに3回会ったことがある。
昨日は彼の命日であった。
なので、わしがマイケル・ジャクソンに会えた経験について書こう。
3度のうち、最初に会った経験について書こう。

2003年の夏だ。
その夏、わしは大学生であり、二十歳になった。
夏休み中の六畳一間で、一人で誕生日を迎えた。
日付が変わり、わしの誕生日である7月31日になった時計を見て、
「二十歳になったのに一人。咳をしても一人」
という寂しさから、わしは橋本の自宅から、東京タワーを目指して、歩き始めた。
わしはモンモンとすると、一人でエンエンと歩き始める癖があった。

分け入っても分け入っても夜の町、しかもつまんない夜の町。
夜が明け、昼になり、午後一時に東京タワーについた。
一応展望台に登って下界を見下ろした。ただの港区だった。
強烈な疲労と虚しさ!
着ていた赤いTシャツにはツキノワグマのような汗の塩分のしみができた。
わしは、ただの港区を見下ろして、

「国内をいくらほっつき歩いても何の発見も進歩も開眼もない!
わしは海外行ったことが無い。
わしはアメリカ行かなあかん!」

と思った。
折しも、ロサンゼルスで、マイケル・ジャクソンのファンクラブ主催による、彼の45歳のバースデーパーティーが行われ、本人も来場するという情報を、インターネットから得ていた。

彼の誕生日は8月30日。アメリカ行かなあかんと決めてから1カ月後。
そこまでの期間に、わしは初めて航空券を買い、パスポートを作り、海外公演のチケットを買い、母親のツテからホームステイさせてもらうあてを見つけた。

初めての海外であったアメリカは、カルチャーショックに溢れ、
特に乾いたロサンゼルスで飲んだソルティードッグの美味しさはよく覚えている。
これが本物のソルティードッグ。
明日、マイケルに会えるという夜、興奮したのかホームステイ先の部屋で鼻血が全く止まらなくなったこともよく覚えている。

バースデイパーティーの会場は、中規模の劇場のような場所で、マイケルのそっくりさんがたくさん出てきてパフォーマンスした。
途中から、バルコニー席にマイケル本人が現れた。
ステージ上のそっくりさんが、本物に向かって敬礼したのをよく覚えている。
ああ、あれが正真正銘、本物のマイケル・ジャクソン!
会場内は、まさに蜂の巣をつついたような騒ぎ!
誰も彼も力の限り「マイコー!!」と叫ぶ。
となりの黒人のおばさんも「オーマイゴッド!」と言っている。
これが本物のオーマイゴッド。

ああ、どんなに背伸びしたって、自我に目覚めたって、チャクラを開いたって、
この人の前では、みんなドングリのせーくらべ!!
決まり手は似たり寄ったりでマイケル山の勝ち!!
そう思えるくらいに信頼できる存在を前にして、みんなでキャーキャー言ってるときの気持ちよさよ。

わしとマイケルの距離は10メートルほど。
マイケルは複雑な白いシャツを着て、白い肌で潤んだ目で、
永作博美より可愛かった。
周りを、誰だか分からない子どもたちが数人囲んでいた。
ああ、あれが本物の、謎の子どもたち。
(これは、ネットに転がっていた、その日の写真↓)
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このときのアメリカ旅行は、マイケルに会えた収穫以上に、
わしにたくさんの刺激を与えてくれて、後々まで響く良い体験だったわけで、
こんな風にマイケルは、わしをいろんなところに連れて行ってくれたものさ。
場所的にも、文化的にも。

マイケルは非常に特別な人なので、彼の前では、わしは特別な言葉を述べる必要はないのである。
月並みでよい。
マイケル・ジャクソン、愛してるよ!
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by syun__kan | 2011-06-26 12:19 | 日記 | Comments(0)

動物の食物に対する姿勢

わしが帰宅すると、愛犬ハルが飛びついてくる。
そしてものすごい勢いでわしをなめる。
延々となめる。
足、腕、顔…
執拗になめる。
暑くなってきて、一日はいずりまわり、汗にまみれていたわしの体には、
塩分がたくさん付着しているのだろう。
その塩分を摂取するためになめている。
どうやら、初めは愛情表現だったっぽい。
「お父さん、会えてうれしいっす!」
という気持ちを、曲がりなりにも感じる。
しかしすぐに、
「お父さん、おいしいっす!」
に変化している。

ところでこの間、職場の帰りに木工ボンドを4つ買った。
翌日、職場に持っていかなければならないので、西友の袋に入れたまま、自転車のかごに入れっぱなしにしていた。
翌朝、出かけようと思って自転車を見ると、西友の袋が荒らされているではないか!!
ボンドのチューブが地面に落ちている。
どうやら…鳥に襲われたらしい。
カラスかもしれない。
西友の袋には、大抵食料品が入っているという、彼なりの経験則から、
木工ボンドしか入っていないこの袋を襲ってしまったらしい。
拾ったチューブ、一つは無事だった。
2つは、両方、穴が開いていた。くちばしでつついたのだろう。
残りの一つは、行方不明のまま…
わしは、くちばしがくっついて開かなくなって困っているカラスがいないか、少し不安である。
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by syun__kan | 2011-06-22 22:10 | 日記 | Comments(0)

読書

坂の上の雲を読んでいる。

「坂の上の雲」は、司馬遼太郎が、日露戦争前後の日本について描いた長編歴史小説である。

封建の世から目覚めたばかりの日本が、登って行けばやがてはそこに手が届くと思い焦がれた近代国家・列強というものを「坂の上にたなびく一筋の雲」に例えた切なさと憧憬をこめた題名である。

と、ウィキペディアには書いてある。

弱小国だった日本が、大国ロシアに勝とうとするのは、
坂を駆け上って、雲を掴もうとする、ような、大変なことだったんだね。

そして、この文章を読むのが遅いわしが、全8巻ある長編を読み切ろうとするのも、
坂の上に浮かぶ雲を掴もうとするような物事である。

ここ数カ月読んでいる…

初め主役級だった、正岡子規は死んでしまったのである。

正岡子規が死んだら、あとは延々と戦争の話。

4巻がつらかった…山の中を、日本軍が、進んだり退いたり延びたり…

現在第7巻。まただんだん面白くなってきた。
何しろ、明治期の日本人の考えることや行動は、現代人とかけ離れていて面白いのである。

秋山好古とか、児玉源太郎とか、明治の軍人がたくさんでてきて、
砲弾が降る中寝転がって酒を飲んだり、小便をしながら泣いたり、双眼鏡をのぞいて「沈んでおります」とか言ったり、ポケットから炒り豆を出してかじったり、部下が神経痛になったり鉄橋から落ちたり黄疸になったりする。

日本という国の存亡が懸かった内容だけに、
司馬遼太郎の文章表現は淡々としながらもどうしようもなくドラマチックであり、
わしの現実生活には登場しないような場面ばかりである。

わしの生活には「突撃」も無ければ「全滅」も無い。
「攻勢」さえ無い。
炒り豆をかじるくらいならできるが、
黄疸になるのだって嫌である。
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by syun__kan | 2011-06-20 23:03 | 日記 | Comments(2)

Sound and Vision

夕飯の、鮭の西京焼きを食べていたら、
ふと、外から音がする。

なんだ?
シャーと言うか、ジャーというか、パチパチというか。
パチパチパチパチパチ…が細かくなりすぎてジャーになり、
やがてシャーになるみたいな。
そういう音だ。

そこまで考え、わしの生活経験の中から、わしは「雨」という答えを引っ張り出した。
雨が降りはじめた。
奥さんも、「雨すごいね」と言っている。

昔から思っていたことがある。
雨の音と、
コロッケを揚げる音と、
コンサートホールで群衆が拍手している音は、ほぼ同じではないか。

試しに、目をつむり、耳を澄まして、
わしの住居の外で主婦が百人、同時にコロッケを揚げていることを想像してみよう。



揚げてる…

確かに揚げている。
こんがりだ。

雨の音と、コロッケを揚げる音は同じだ。

続いて、わしの住居の外で、千人の群衆が、
「関口。西京焼きの焼き加減が素晴らしい」
「ブラボー!」
「明日も頑張れ!」
と、拍手しているところを想像してみよう。



すごい数の人だ…

ありがとう。みんなありがとう。

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by syun__kan | 2011-06-05 21:22 | 日記 | Comments(0)

医者

奥さんが体調を崩して、はじめに行った駒込の内科の医者は、
ジェームス・ブラウンにそっくりだったらしい。
ただしわしは付き添わなかったので、実際に見たわけではない。
奥さんの証言による。
ジェームス・ブラウンにそっくりだったとのこと。
なので、わしと奥さんの間ではJBという名前になっていた。
「今日JBに胃カメラ飲まされてさ~」
という感じで。
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内科をやめ、奥さんに付き添い、通っていた心療内科医は、
クルクル、というよりヒュンヒュンという感じのパーマがかかった、
痩せて日に焼けた男だった。
ホストみたいだったので、
わしはリョウジと呼んでいた。
なんとなくリョウジっていう感じがしたからだ。
ちなみに彼は大して状況も聞かずにやたら薬を出しまくったり変えまくったりする男で、信用ならん。
駒込のリョウジっぽい医者には気をつけたほうがいい。

いまの住居に引っ越してから、この間初めて、犬を動物病院に連れて行った。
診療時間の少し前に行ったら、まだ医者が出勤していなく、駐車場で待っていると、
「あら、どうしたの?」
と、つかつか歩きながら話しかけてくる、ジーンズのおばさんが。
この人こそ、この病院の医者だった。
化粧が汗で垂れ流れ、
まったく気にせず、すごい圧力で話し倒す方だった。
その様子がグレート・ムタにそっくりだったので、わしと奥さんは彼女のことをグレートと呼んでいる。
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心療内科の方は、今住んでいる近所に、新しい医者を見つけて行った。
ここの医者は、ゴマシオ頭の、朴訥と飄々を掛け合わせたようなおじさんで、
わしはけっこう評価している。
ちゃんとさん付けで呼んでいる。
さらばリョウジ。
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by syun__kan | 2011-06-01 21:40 | 日記 | Comments(2)