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ボンド戦争
わしは群馬県出身だが、
現在は埼玉と東京の県境に住み、東京の学校に勤務している。
個人的な見解だが、美術を志す者にとって、大規模な美術館等が密集している東京は、やはり日本の中で最も魅力的な環境だと思う。
ビバ東京。

とはいえ、東京都より群馬県のほうが優れている点も、もちろんある。
そのひとつが、ボンドの値段だ。
ボンドは、東京だと何でこんなに高いんだろうか!
ハンズ!
特に、詰め替え用の3キロの袋はひどい。群馬の倍近い値段が付いている。
東京に来てびっくりした。ボンドってもっと身近な存在だと思っていた。
小学校んときの友達のタケダに久々に会ったらスーツ着て常務になっていたみたいだ。
ボンドは、こんにゃく芋をこんにゃくに精製する過程で出る白い液体が原材料であり、
その液体は偏西風による乾いた北風にさらされた群馬県産のこんにゃく芋からしか採れない。
というわけでもないのに、この値段の差は何だろう。

東京の値段にすっかり慣れていたら、去年の夏休みに帰省し、ホームセンターに行った際、ボンドの値段に逆に感動した。
ヤスイ!!
タケダはやっぱりタケダだった!
おみやげとして詰め替え用3キロ袋を購入し、ホクホクと東京の学校に持ち帰った。

明日の美術の授業でボンドを使うので、
手で持って使える大きさのチューブボトルを、生徒の人数分、満タンにしなくてはならない。
買ったまま使わずにいた詰め替え袋を持ち出した。
しかしよく考えたら、どう詰め替えればいいんであ?
黄色いチューブボトルから、あのケムール人の様な、赤くて先が細った頭を取り外すことはできるが、
そうはいっても黄色いボトルの入り口も直径2センチ未満である。
詰め替え袋に小さな穴を開けてピューッと出してみた。
初めはうまくボトルに吸い込まれていったが、やっているうちに袋の穴が広がり、
しかも袋から出る際にまっすぐに出ず、ビュルンビュルンと左右に振れるので、
ボトルの入り口はすぐにデロンデロンになってしまった。
どうしようと考えたすえ、仕方なく、詰め替え袋を他のビニール袋に入れ、中でボンドを噴出させ、
ビニール袋に改めて小さな穴をあけ、ちょうどお菓子作りの生クリームのように絞り出してみた。
しかしまた穴は広がり、出てくるボンドはニョロンニョロンと振れ、
ボトルの入り口は再度ダルンダルンになった。
周囲には飛び散ったボンドが白く落ち、わしの服にも付き、
無視して作業を進めると各地で乾き始めた。
もう一枚ビニール袋を持ってきて、ビニール袋に包まれた状態の詰め替え袋を入れ、生クリーム作戦でやり直したが、
袋が3重になっている関係でうまくボンドが出ず、
袋の中の袋の中の袋の中、各層でボンドが溜まり、
ビニールとボンドによるミルフィーユ状になり、
一番外側のビニール袋が薄手で弱かった関係でそこかしこに穴があき、
いろんなところから紛争のようにボンドが湧き出し、
手がベットンベットンになり、
わしは夢の中で夢の中で夢を見ているような気分の悪さを覚え始めた。
そして自分の服の値段といつ頃買ったかに思いを馳せ、
暗礁に乗り上げた詰め替え作戦を中断した。

せっけん、手洗い、雑巾がけ。

その後、「空になった詰め替え用アラビックヤマトのりの大ボトルにいったん移し換えて改めて絞る作戦」で、事態はひとまずの解決を見た。
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by syun__kan | 2012-02-20 22:33 | 日記 | Comments(0)
せっかく生まれてきたからには
わしのお給料は、ごく控えめに支払われる。

それは、埼玉のサンエルディーケーに住み、
ガススイドウデンキインターネットを支払い、
奥さんと犬と猫とハリネズミを一月養う…
いや、養うなんていうレベルにはまだなっていないかもしれない、
まあそれらと一緒に一月過ごすと、
もうすっかり消えて無くなってしまう。

お給料におけるミニマリズム。
もっとベートーベンの第九のサビようなテンションでお金が降ればいいのに。とは思う。

しかし、わしの給料は、うそをついたり、ごまかしたりして稼いだものではない。
子どもを相手に、汗をかき、知恵を絞り、転げまわり、埃にまみれて掴んだお金である。
漂白した魚の骨のように、最小限だがきれいだ。
そうやって稼いだお金で飲むビールは、大変美味しいのである。

ATMから引き出される紙幣の一枚一枚は、崇高で、大切そのものだ。
白く90度の角、直線の辺、複雑に絡み合う緑や紫の線で構成される模様や数字は、汗と涙の結晶である。
少しも無駄にしたくない。
我が子のようだ。
どこの馬の骨かもわからん男んところに嫁に出すつもりはない。

そういう美しさに慣れ親しみ、その最小限な世界しか知らないで生きてきたが、
この間、岡本太郎賞をいただき、200万円もらった。

いや、正しくはまだもらっていない。
受賞の知らせを受け、喜びつつも「200万はいつもらえるんだろうか?」と思っていたら、
そのうちに返送用封筒と振込用紙と「事務連絡」と書かれた紙が一枚入りの封書がポストに届き、
2月末に振込みとのことだった。
「そうなんだ、ふーん」と何でもない顔をしながら、とても素早く返送した。

200万円もらえる!
何に使おう!?

だが嬉しさの次に、すぐに不気味さが沸いた。
汗と涙の結晶でない、どこから出てきたのかもわからない200万円。
なんだかグロテスクなもののように思えてきた。

しかしもう少し考えてみた。
わしは大学を出てから4回引越しし、1回結婚し、漂白した魚の骨のようなお給料をいただいているので、
貯金があまりなく、
また奥さんも鬱で休場中である。
犬のおやつを6種類一気に買っただけで、
非日常な気分は通過電車のように過ぎて行った。
200万円は貯金のワンチョイスだこれはどう考えても。
シンディ・ローパーはマネーーチェンジズエーブリシーングと歌ったが、
関口家は特に変わらないのである。
というか、200万円をもらうことをきっかけに我が家の家計を省みて、逆に「ああしなきゃこうしなきゃ」と考える機会になり、
以前より節約方向に針路が振れた。

まあ、お金なんかに価値を左右されない人生を送りたい。
いくら稼いでも上には上がいるのだから、
自分にしかできないことを、せっかく生まれてきたからにはね。

チェンジズエブリシングと言いながらも今もちゃんと生きているシンディ。
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by syun__kan | 2012-02-15 23:12 | 日記 | Comments(2)
群馬県は前橋市、
わしが通っていた小学校の近くに、というかすぐ脇に、川があった。
わりに広い。いや、川幅はそうでもないが、土手が広い。
とは言っても、都会の川、例えば多摩川みたいに整備されてない。
放置されている。
何も考えていない葦が、アンドレ・ザ・ジャイアント以上の高さでぼうぼうに生い茂っている。
わしはそこの面積ばかり豊富な土手でよく遊んでいた。
コイケサンと「忍耐」というユニットを結成し、
通学路を歩かずに無理やり葦をかき分け、「忍耐!」とか言いながら土手を歩いて帰ったりした。

一つの記憶がある。
その日わしは土手にいた。
コイケサンは一緒ではない。わし一人だ。
「忍耐」としてではなく、ソロ活動だったのだろう。

というか川を飛び越えようとしていた。
土手で一人遊びして、そんで帰ろうとしていたのかもしれない。
川の淵に立ち、川を睨んでいる。

確かに普通に川を渡るためには、土手を上がって、少し離れた所の橋まで行かなければならない。
川を飛び越えた方が距離の短縮になる。
とは言うものの、そういった即物的なニーズより、単に少年らしい一見無意味な好奇心というか野心として、
川を飛び越えられるかどうか試したかったのかもしれない。

川は浅い。
幅は2メートルほど。…いやわからない。
長さというのは、縦だと自分の身長を基準に検討をつけやすいが、横になってしまうとなかなか判断しづらい。
2メートル50センチかもしれないし、170センチかもしれない。
170センチとすれば、獣神サンダー・ライガーが横になったくらいだし、
2メートル9センチだとすれば、ジャイアント馬場さんが横になったくらいである。
と、わしは考えた。
物心ついたころから、身近な数値はプロレスラー、巨大な数値は怪獣を基準に考える習慣が、わしにはついていた。ゴジラ何個分とか。

さらに思いを馳せる。
わしは運動が得意ではない…
ヤコッサンやイマクンなら、このくらいは軽く飛び越えてしまうかもしれないが、わしにはどうだろう。
しかし、一瞬、「いけるだろう」と思ったことも事実である。
わしはどちらかというと、慎重な性格である。
常識的な判断力を持っていると思っていると思っている。
というか怖がりである。
活発な男子が高い遊具から飛び降りてみせるような、勇気は持っていない。
そんなわしが、一瞬でも「いけるだろう」と思ったのだから、
これは要するに、ほんとにいけるってことなんじゃないか。

しばしの逡巡のあと、わしは決心して、まずランドセルを向こう岸に投げた。
飛び越えられるイメージが、一瞬でも自然と沸いたのだから、できる。
仮説かもしれないが、それは一つの悟りだった。
例え仮でも、その悟りに向かって行動を起こさなければいけない。
人生とはそういうものだ。

そして、ちょっと下がって、助走をつけ、踏み切った。

ジャーンプ!

くつ&けつが濡れた。
飛び越えられなかったのである。

人生って難しいなあ、でも必ずしも思い通りに行かないからこそ深みがあるんだ。
と小学生のわしは思った。
というのはうそで、最近この記憶をなぜか突然思い出したわしがそう思った。
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by syun__kan | 2012-02-07 20:27 | 日記 | Comments(2)
図工くん
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稀ではあるが、新聞やネットなどの媒体が、わしのことを紹介してくださる機会がある。
その際、
「ダンボールや新聞紙、ガムテープを使って立体作品をつくる」
と紹介される場合がある。
これはわしにとって、それなりに興味深い。
なぜなら、わしはダンボールを使ったことがないからだ。
材料は、いつも新聞紙、ガムテープ、木材のみである場合ばかりで、
他に石膏やアクリル絵の具を使ったこともあるが、
ダンボールとは無縁の人生を送ってきた。
なのになぜダンボールを使ってると思われるんだろう?
ダンボールをいかにも使いそうなオーラを、わしは醸しているのか。

べつにー。ダンボールくんのこと嫌いじゃないし―。
でも実際しゃべったこともないのになんか申し訳ないっていうかー。

マイケルが中折れ帽とローファーシューズをおそらく愛していたように、
わしは新聞紙とガムテープを愛している。
新聞紙とガムテープは、いかにも身近で、図工っぽい素材である。
ダンボールさんもかなり図工テイストの素材であるからして、
図工っぽいつながりでなんとなく使ってそうなのだろう。

そう、わしは大学で4年間彫刻を学んだのに、
例えば鉄とか、石彫とか樹脂とか、そういう専門的な技術を何一つ身につけていない。
いまだに、図工レベルの素材で制作している。
そして仕事では、図工(または美術科)を子どもに教えている。
図工っていうのは、わしの人生にとって大事なキーワードなのかもしれない。

ちょっと理屈っぽい話しをさせてくれ。
図工とは、自己決定の力を育てる教科だと思っている。
こーくごさんすうりーかしゃーかいーでは、「これを覚えなさい、これをできるようになりなさい」という目標を、与えられる。
それをクリアしようとがんばる。
しかし図工は、題材によってある程度のしばりを与えられたら、
その範囲内で、いろいろ自分で決めなければならない。
モチーフや、色や、素材など。
要するに、学習の到達点が、各生徒で違う。
だからこそ、自分で色々な要素を選びとる力が育まれるのだよ。
それは人生においてもとても大切な力だと思うんだ。
そして、与えられた目標をクリアするのではなく、自分で決めてたどり着いた到達点を、教員に「いいねこれ」と認められることで、
子どもの自己肯定感を養える。作品は自分の分身であるからして。
これも大事なことである。

しかしまあ、世の中の図工の授業も、はっきり言ってピンキリである。
「○年生が描いたとは思えない絵を描かせる!」
みたいに、コンクールや保護者ウケ重視な「○○式描画法」的な図工は、わしは認めない。
図工は、子ども自身が発揮され、自己決定の要素が多分に含まれていなければ意味がない。
教員のため、親のために利口な絵を描いてもしょうがない。

であるからしてということで、
わしは大人になってホウレイ線が深くなっても図工をやり続け、やりとおしてしまっている立場として、
なお図工の楽しさを満喫し、楽しさを伝えていこう。
アートは世の中的にはかなり好き勝手なジャンルだが、それでも不自由はある。
アートはこうでなくてはならないというモノ言いは意外とたくさんなされる。
個人的に、子どもの図工の作品の方が意表を突かれる機会が多い。
まっさらな自由に出会えるからだ。
だからわしのすることも図工でいい。
指導者としてもプレーヤーとしても。
わしの作品が鑑賞の教材になれば良いなと思うし、
日々のお仕事の延長で、子ども、場合によっては大人と直に触れ合い、
図工の授業を食らわせることもやぶさかではない。
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by syun__kan | 2012-02-05 22:09 | 日記 | Comments(0)



現代芸術家、関口光太郎の日記。
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