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今年鑑賞した作品2012
今年印象に残ったを作品5つを、選ぼうと思ったけど、去年みたいにすぐ5つ思いつかない。
思えばアウトプットばかりの一年だった。

1.「真夜中のサイクリング」/岡村靖幸
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1月に太郎賞展、それに付随するギャラリートーク、中山ダイスケさんらとのトークショー、
日経新聞夕刊やビッグイシューの取材、公募ガイドの原稿。
ELTTOB TEP ISSEY MIYAKEのディスプレイの展示、
「テマヒマ展」のワークショップを2回。
夏には青山こどもの城でのワークショップ、「ヒーローズ」展に向けた制作。
NHKワールドや日本文教出版の取材もあり、
秋には「ヒーローズ」開幕、3週連続でワークショップ。
11月になったら楽になるかと思ったら、アンデルセン公園こども美術館での展示に向けた下見や、
「国立デザイン美術館をつくろう」のシンポジウムなんていうオマケ付き。

全てを、職場の仕事を優先させて空き時間にこなさなければならないのだから、
モットーである「ボン・ボンヤーリ」(良いボンヤリを)を実行する暇もなかったぜい。
この日記にも、ボンヤリしたことではなく真剣なことばかり書いていた気がする。

とはいえ、この羅列ははっきり言って自慢である。
宝くじで当てたわけではない。
わしはわしなりに苦しんできた。
アウトプットの場や手法を手に入れるため、それこそ生まれてこのかたストラグルしてきた。

「ドキドキするべきだぜ歴史上の史実の様に、
そう無難でずさんじゃせっかくの物語で、自ら脇役に志願してるようなもんじゃん、
知らない間に!」

という、岡村ちゃんの「真夜中のサイクリング」の歌詞に思いを寄せた一年だった。
仕事帰りの自転車で、頭と体をクールダウンさせたいときによく聴いていたものだ。


2.「ナ・バ・テア」/森博嗣
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これより先に書かれた「スカイ・クロラ」という小説もあるけど、ストーリーの時系列的にはこの「ナバ・テア」が先。
この「ナ・バ・テア」から、「ダウン・ツ・ヘヴン」「フリッタ・リンツ・ライフ」「クレイドゥ・ザ・スカイ」につながり、「スカイ・クロラ」に戻る感じ。
ややこしや。

とはいえ、どれを読んでも同じような感じ。
登場人物が、煙草を吸い、コーヒーを飲み、ビールを飲み、生とか死とかについて考える。

そう、
①煙草を頻繁に吸う
②コーヒーを頻繁に飲む
③ビールを頻繁に飲む
④生とか死について考える

この4点は、男性作家が書いた小説にけっこうな確率で出てくる。
4つ全部兼ね備えている小説だって、けっこうあるはずだ。
登場人物が、一度も煙草を吸わず、コーヒーを飲まず、ビールを飲まず、生とか死とかについて考えない、男性作家による小説を、
とりあえず今わしは思いつけない。
この4つのモチーフは、ものすごく文学的なサムシングなのだろうか。

そういうのが嫌いなわけではもちろんない。
「ナ・バ・テア」からのシリーズは、「煙草コーヒービール生と死系」の中にありながら、
思春期臭さや自己憐憫感とも無縁で、石けんの泡のように美しく、
気持ち良い読書時間を提供してくれた。感謝!!


3.「劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〔前編〕始まりの物語」
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奥さんはアニメ好き。
一方わしは、ドラゴンボールもスラムダンクもエヴァンゲリオンも観ずに、折り紙や工作ばっかやっていた、クールジャパンの風上にも置けない男。

しかし今年、奥さんに押し切られる形でまどかマギカについて徐々に知識を入れられ、
このスカートが変に短い文化圏に初めて足を突っ込むことに。
それで観たのがこの映画。

劇団イヌカレーという人がデザインした「魔女空間」という映像が、カオスで圧倒される。

しかし、クールジャパンの逆を行くような、手の痕跡を残しまくった立体作品を作るわしが、
こんなスカートの短い、髪の毛のカラフルな文化に感化されるわけにはいかない。

しかし、さやかちゃんという登場人物が失恋したりする姿に感情移入し、
映画館内のあちこちから聞こえるすすり泣きと共に、わしの目にも涙が。

いかん、こんな目のでかい文化に毒されるわけにはいかないのだ!
こんなの絶対おかしいよ。

しかし、観終わると、実に面白かった、という感想を抱く。
今頃日本のアニメーションの力を思い知るとは。
食わず嫌いであった。
あたしって、ほんとバカ。

いかんいかん!わしはクールジャパンの逆を行く表現で、この感動を乗り越えなくては!
がんばるぞ!

ティロ・フィナーレ!!


4.「高校美術」/日本文教出版
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教科書の取材を受ける過程で、今の高校美術の教科書をもらった。
「高校美術3」は、表紙は奈良良智で、紙質もつるつるした光沢、なんてオシャレなんだ。
中の内容も、良質な文化系雑誌のようで、すごく入って行きやすい。
取り上げられる作家も、手塚治虫、岡本太郎、テオ・ヤンセン、ミュエクなど、
実にキャッチー。
わしが高校生だったのってせいぜい10年ちょっと前なのだが、その頃と全然変わっていた。
子どもに美術の魅力を伝える上で、こうした工夫・改善は、実に必要なこと。
勇敢な変化だ。


5.「ライヴ・アット・ウェンブリー 7.16.1988」/マイケル・ジャクソン
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「88」という数字は、マイケルマニアのボーイズにとって、特別な意味を持つ。
これについて説明しないと、この作品は語れない。

マイケルは3回、ワールドツアーをしている。
それらは、たいていどこかの国のテレビで放送されたりしていて、
録画され、複製され、インターネット上にアップされ、
多くのファンにとってはおなじみの映像になっている。

しかし88年!88年のコンサートだけは!
出回っていないのである。
フル・ライブの映像が流出してないのである。

しかも、88年というのは、前年、後年の状況から推測し、
歌唱・ダンス・エンターテイメント性をもっともバランスよく兼ね備えていた時代、
ようするに全盛期とみなされている。
観れないからこそ幻想が湧くのかもしれないが。

マイケル・ジャクソンというフライドチキンの、皮も肉も食べ尽くし、
骨の髄を吸っている状態だったファンにとって、
88年のライブ映像というのは、唯一残された極上の霜降りの肉塊だった。

晩年、マイケルが借金で苦しんであちこちの国王の家に居候生活していた時など、
「88年のライブを映像作品にして発売すれば、借金なんてすぐ返せるのになー」
なんて、おせっかいにも考えていたものだ。

マイケルは完ぺき主義者なので、ある意味採算度外視で、
彼なりに納得の行った作品しか発売しないのは有名な話。
88年の映像が発売されないのは、映像のクオリティーなり本人のパフォーマンスなりが、
マイケル基準で「世に出せるレベルではない」と判断されているからかもしれない。
しかし夢見るボーイズは、いつの日か、88年の映像が見られることを期待し、
気長に待ち続けていたのである。

ところがマイケルが亡くなって急転直下、
次々発売される、完璧主義のマイケルが絶対発売しないであろう、
未完成の作品群。
完成に漕ぎつけなかったデモテープを、いまはやりのプロデューサーだか何だかがミックスして無理やり完成させた曲とか。
「それはマイケルの意思に反するのでは?」
と思いつつも、マイケルの声なら何であれ、聴きたいファンのメンタル。
の上に成り立つビジネス。

その極めつけが、この「ライブ・アット・ウェンブリー」!!
時まさに88年、ダイアナ妃も客席にいる中行われたライブ映像を、ビデオテープにしてマイケルが個人的に所有していたという、いわくつきの一品。
それを画像補正して商品化。

ついに虎の子88発売!!
後ろめたさと共に色めき立つボーイズ。
そして発売日と同時に観たものは…

画質粗い。カメラワーク野暮ったい。
多くのボーイズの胸に去来したのは、まずは落胆だろう。
88年の映像は、こんなクオリティーのしか残っていなかったのか…。
マイケルは、発売できるレベルの、88年の映像を、残していなかったのである。
同時にこれは、マイケルの音楽なり、映像なりが、世に出せるレベルのものがもうなくなったという証しでもあった。
マイケル、打ち止め!

しかし、粗くて野暮ったい画面の向こうの、マイケル・ジャクソンのパフォーマンスは、
確かに全盛期だった。
落胆しつつも、観ているうちに、彼の魅力にこちらも笑顔になってしまう。
これが高画質で気の効いたカメラワークだったならば…
と思わずにはいられない。

亡くなる前の数年、わしは、作品なんて出なくていい、ライブもしなくていい、近況が知れれば満足、というメンタルだった。
「88」なんて観れなくても、近況を知り続けたかったぜ、マイコー。

以上!
来年も、良い作品との出会いがありますように!
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by syun__kan | 2012-12-22 21:40 | 日記 | Comments(0)
告知
今年後半、断続的に取材を受けていた番組が、今月23日に放送されます。
海外向けのNHKで放送されるわけですが、インターネットでも視聴できるようです。

かなり長時間、いろんな場面を撮影していましたが、それが28分に編集されるということで、
どんな番組になっているのか、わしもさっぱらこっちゃわかりません。
正式な番組名さえ知りません。
でも放送されるようです。
お知らせまで。

番組名  「Rising Artist 関口光太郎(仮)」
放送日   12月23日(日)
放送時間  午前9:10~(28分間)。
※その後4時間ごとに6回放送の予定です。
 NHKワールドは4時間を1日6回ループさせて24時間の放送形態にしています。

下記、NHKワールドのホームページでは、同時間帯にストリーミングが行われます。
http://www3.nhk.or.jp/nhkworld/index.html

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by syun__kan | 2012-12-20 22:49 | 日記 | Comments(3)
隠れエキセントリック
電話で、

わし「今から帰ります。今日の夕飯どうしようか」
奥さん「今西友にいる。夕飯はみぞれ鍋にするよ」
わし「いいね。冷凍庫にうどん一玉あったよね」
奥さん「じゃあシメはうどん入れよう。一玉で足りるかな。ラーメンも買う?」
わし「ラーメン良いね。うどんはまた今度使えばいいか」
奥さん「うどんも入れるよ」
わし「え?どのように?」
奥さん「一緒に入れちゃえば良いじゃん」
わしは「それは止めたほうがいい!!
早まるな。
わしは以前、太さの違うスパゲッティを、時間差で同時に茹でたことがある。
そしたら、食べるとき、意外とけっこうな違和感があったんだ。
2種類の太さが混ざっているだけで。
同じ種族のスパゲッティ同士でさえあんな微妙な気持ち悪さがあったんだから、
うどんとラーメンが同時に存在するのは、耐えられないと思う。
たぶん、うどんまみれのラーメンか、ラーメンまみれのうどんという感じになる。
まみれというのは、心地よい感情の言葉ではないと思う」
奥さん「デリケートだなあ。
じゃあ混ざらないようにすればいいんじゃない?」
わし「どのように?」
奥さん「真ん中に白菜の壁を作って分けるとか」

ということで、
わしの奥さんは頭の良い私立女子高を出てから多摩美に来た秀才であり、
常に変なことをしているわしに対して、常識人的な目線でいさめたり、感想を述べたりしているのだが、
実はけっこう隠れエキセントリックである。
という仮説。

そういえば、大学を出たばかりの頃、二人とも川の近くに住んでいた。
その川には、よくカモが飛来していたんだ。
クリスマスの時期になったとき、奥さんが「ジングルベル」メロディーで、不思議な歌を口ずさんだ。

「今日も川に カモがいるよ
口が黄色いのはカルガモよ
今日も川に カモがいるよ
尻尾が長いのはオナガガモ
ジングルベル ジングルベル カモが鳴く
今年の クリスマスは カモだらけ ヘイ
ジングルベル ジングルベル カモが鳴く
今年の クリスマスは カモだらけ」

これを聞いて、わしは結婚を決意したのだった。
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by syun__kan | 2012-12-15 19:56 | 日記 | Comments(0)
闘いは続く
うちはほとんど湯を張らないで、シャワーで済ます。
でも時々湯船にお湯を入れて、浸かる。
いただき物の入浴剤を、ちょうど消費するくらいのペースで入る。
たまに入ると、良いものですよ。
温まります。

この間も湯を張ったのだけど、出る際、お湯を抜いたら、
排水溝がいまいち排水せず、
風呂場にお湯が溢れてきた。
わしは産まれたままの姿で排水溝と向き合う。
排水溝の、剣道の防具のように格子状になっている円形のふたを取って、
針金の先に毛がついているようなブラシを突っ込んでほじくり返すが、たいしてゴミは取れない。
奥さん曰く、排水溝は、その毛ブラシで最近ほじくって可能な限り掃除したとのこと。
わしは直感する。
この排水溝には、その先があると。
溜まっている排水に手を突っ込み、その先の、何て言い表せばよいかわからないパーツを外そうとする。
パーツは、確かにしっかりと排水溝に噛み合っていて、
一見外れなそうだ。
わしは頑丈なハサミを持ってきて、パーツの表面の凹凸に噛み合わせ、
力の限り、ひねる。
するとパーツは、ククッと動き、キュロロと回り、外れた。
その先は、沼みたいな雰囲気の排水が溜まっていて、
わしは産まれたままの姿でビニール袋を持ってきて、手に被せ、その手を沼に突っ込んだ。
ビニール越しに触れる、沼の主の感触。
すくい上げると、小トトロくらいのオクサレ様が現れる。
わしはビニール袋を裏返しにしてそのままオクサレ様を包み、口を縛り、ゴミ箱に捨てた。
パーツを再びはめこみ、剣道の防具のようなふたをして、
シャワーで水を流す。
スムーズに流れる水。
あーっはっはっはっはっはっは。
よきかな。

今日も湯船に湯を張って風呂に入った。
出るとき、お湯を抜いても、全く問題ない。
スムーズに流れるお湯。
耳をすませば、アパートの内部構造にまでスムーズに流れ行く我が排水のニュロロロという音が聞こえる。
よきかな。

しかし、いずれまた溜まるのだろう。オクサレ様は。
決定打を与えられないものってある。
今日だって、わしのまゆ毛が伸び放題だったので、
奥さんがダルビッシュのように整えてくれた。
イケメンだ。
しかし、しばらく経てば、また生える。
生活においては、決定打というものがない。
闘いは、永遠に続く。
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by syun__kan | 2012-12-09 23:58 | 日記 | Comments(0)
揚げ物について、思考のぐるぐる
自転車でわしを追い抜いて行った父子。
子が、
「メンチカツって何なん?コロッケとどうちがうの?」
と。
父は、
「コロッケの中味はマッシュポテト。メンチカツは、ハンバーグに衣をつけて揚げた物」
と答えた、
その会話をわしの耳に残し、そのまま去った。

わしは、
「父、上手いこと答えたな。



しかし本当にそうなのか?
メンチカツとは、ハンバーグに衣をつけて揚げた物なのか?」
と思った。

何にせよ、コロッケもメンチカツも、わしにとっては工程が多すぎる。
料理は嫌いではないが、5工程くらいまでしか、やる気が起きない。
揚げ物だったら、チキンカツやトンカツが限度。
コロッケなんて、
ジャガイモを茹でるなどしてやわらかくして、潰して、味付けて、成形して、小麦粉つけて、卵つけて、パン粉つけて、揚げるなんて、
やることが多すぎるだろう。
メンチカツが、仮にだ、ハンバーグに衣をつけて揚げた物だとしたら、
わしはハンバーグを作った時点で、もう食べ始めてしまうだろう。

そういう意味では、ロコモコも、あまり理解できない。
せっかく丸めたハンバーグを、ばらして食べるなんて、
はじめから丸めなければいいじゃないか。

彫刻を作る場合でも、
粘土で作って、金属板はさんで石膏塗って、乾くまで放置して、石膏開いて粘土取り除いて型作って、洗剤塗って、型にまた石膏流し込んで、とか、
何工程も踏まなければならないのは苦手だ。
新聞紙とガムテープで丸めて作っておしまい!というのがいい。
初期衝動のまま最後まで行きたいのである。

まあ、すごくコロッケとメンチカツを食べたいと思っている人がいたら、作ってあげられるかもしれないけど。
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by syun__kan | 2012-12-02 02:33 | 日記 | Comments(2)
あることないこと
わしは新聞紙をモシャモシャ丸めてガムテープで巻いているだけなのだが、
たったそれだけなのだが、
そのせいでいろいろなところに連れて行ってもらえるようになってきた。

最近はそれから発生した4つのプロジェクトを同時に抱える贅沢な感じだった。

一つは、テレビ取材。
日本電波ニュースという会社様から、半年くらいにわたって、ちょくちょく取材を受けていた。
最終的に、28分のテレビ番組となり、海外向けのNHKワールドというチャンネルで放送されるようだ。
日本のテレビでは放送されないが、ネット上では見れるらしい。
日時は、12月23日。また期日が近づいたらお知らせする。
わしが作品を制作するところとか、職場で働くところとかが流されることになると思う。
こないだは、取材の最後の段階として、このブログから引用された文を、わしが音読し、それを音声収録するということで、
麻布十番にある日本電波ニュース社に出向いた。
日本電波ニュース社は、歴史が古く、元は海外を取材することが中心だったとのことで、
社内はアジアとか、国内の社会問題とか、
そういう資料がランダムに蓄積されていて、ややカオスだった。
ディレクターさんが編集のためにこもるタコ部屋や、仮眠のためのベンチを見学させてもらった。
実に面白かった。

二つ目は、教科書。
数年後のことになるかも知れないが、日本文教出版という会社様が出している、高校の美術3の教科書に、わしのことがちょっと載る予定である。
教育と美術に二股かける者として、これほど嬉しいことはない。
こちらは中野にある支社に出向いて、3時間かけて新聞紙とガムテープでスニーカーを作り、
その様子を撮影してもらった。

三つ目は、こないだ終わった。
「国立デザイン美術館をつくろう」のシンポジウムである。
こちらは倒錯していた。
西洋美術館長の青柳正規氏と、あの深澤直人氏にはさまれた席で、700人を目の前にし、
新聞を丸めるしかできないこのわしが、デザインについて語るのである。
わしのできる範囲で、ベストと誠意をつくしたつもりだ。
まあなんというか…度胸が形成された気がする。

一から三つ目は、わしのやることはだいたい終了したといえる。
四つ目は、まだまだこれから。
来年、船橋にあるアンデルセン公園こども美術館という場所で、展示する予定なのだ。
この公園は、本当にすごい。
とりあえず広く、園内は花が咲き乱れ、尋常じゃない数のアスレチックに、変り種自転車、プール化した噴水、パターゴルフ、つり橋、ポニー、羊、造形のワークショップ、風車、とにかく子どもが喜びそうなものが何でもある。
電気を使わないディズニーランドというか。
アンコウ型のクレーンとか、意味不明なものまである。
突如岡本太郎の彫刻が現れたりもする。
その一角に、ある美術館内の、
20メートルを越すかまぼこ型の空間を含めた3箇所ほどの展示スペースを、
すべてわしの作品のみで埋めろというミッションだ。
できればアンデルセンネタを絡めて。

何事も経験であるという言葉が真実なのだとしたら、
新聞紙を丸めることはわしにとって非常に理に適っている。
教員の仕事が生活の大半で、その合間を縫ってでしかできないが、
願わくば、ずっと何かを抱えていたいものだ。
何も無い期間もあったから、何かあるというのは、涙が出るくらい嬉しい。
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by syun__kan | 2012-12-02 00:18 | 日記 | Comments(0)



現代芸術家、関口光太郎の日記。
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