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「あ」の戦記

「成せば成る」という言葉は嘘である。
嘘ではないにしても、少なくとも、100%の信頼の置ける言葉ではない。

なぜなら、成せば成った人間だけ、発言権を得るからだ。
成せば成った人が、ああ、成せば成るんだなと思って、

「成せば成る」

と言ったのだろう。
その言葉が記録され、格言のようになって、現代に生きる我々に伝わっているのだろう。
残念ながら、成しても成らなかった人物だって、たくさんいるはずである。
そういった人達が、

「成しても成らなかった」

と言っても、記録されないし、第一発言権がないのである。
だからして、「成せば成る」という言葉は、絶対ではないので、格言として不適切である。

しかし、「成さねば成らぬ」という言葉は本当である。
これは、どう考えても、100%、その通りである。
成さねば成らないからである。
だからこの言葉の方が、自分に迫ってくる。

という内容の作文を、中3のときに書いた覚えがある。
中3。
拙いながらも受験戦争に参加した関口君の感想であった。
さながら、中3病とも言うべきか、
ネガティブでもポジティブでもなく、微動だにしない視線で彼なりに現実を見つめた所感と言っていい。
中3の坊やの意見にしては、珍しく、同意できる。

「成せば成る」

確かに、そうなる人もいるし、そうならない人もいる。
ではわしは、どっちなんだ?
高尾山初詣で大吉を引けなかった、今年30歳になる、関口君にとっては。

ということをよく考えた、依頼を受けた1月12日からの二ヶ月強だった。
二ヶ月強で、5メートル大の「あ」を完成させ、屋外に展示する。
しかも、あの佐藤卓さんからの指名。
このミッションを抱え込んだ瞬間から、過去最大の制作戦争が幕を開けたのである!!

最初の一週間でアイデアをまとめて、担当者様に見せた。
過去作品の「ヒーロー」を利用して「あ」の字を作るアイデアはそれなりに好感触だったものの、
問題は山積みどころではない、問題山脈。

いかにして、新聞紙とガムテープでできた5メートルのオブジェクトを、風雨に耐えさすか?
何しろ設置場所は東京ミッドタウンが靖国通りに面するスペース、
強烈なビル風のメッカ。
最初のミーティングで設置場所を訪れたときの、
強風と寒さと灰色の空に打ち砕かれそうな心を忘れない。
作品倒れて、周りの人怪我したりしないのか?

そしてどこで作るんでや?
通常、大型の作品は地元群馬の倉庫や空き部屋をお借りして作るのだが、
今回は施工業者さんをはじめ、いくつかの業者さんが関わるため、
制作期間中何度もミーティングやチェックが入る。
なるべく都内からアクセスの良い場所での制作が必須とのこと。
また、どこまでを関口が作り、どこまでを施工業者さんが作るのか?といった問題。
骨組みは、素人の関口が作ってしまって、危険はないのか?

さらには、日数的な問題。
締切までの、わしの休日数を数えると、せいぜい14日。
しかも普段は、平日の仕事に疲れきって、半分位はダウンしている、そんな休日。

次の一週間が経ったくらいだったか、施工業者さんを含めた打ち合わせ。
あのときの、「これ無理なんじゃ・・・?」という、どんよりとした空気も忘れないッス。

しかし、わしは負けられんかったよ、うん(涙)。
動き出しちゃったプロジェクト、いまさら後戻りできない。
21_21デザインサイトの「デザインあ展」も、六本木アートナイトも絡んでる。
土台と支柱を作る施工業者さん、表面をコーティングする業者さん、ライティングの業者さん、土台の壁面をデザインする佐藤卓デザイン事務所さん、21_21デザインサイトの方々、
これだけ多くの方々を巻き込み、それなりにお金もかかった計画、
もし、わしがヘマして
「作品できんかったッス~」
とか言ったら、
それこそわしは、クリエイティブ業界を追放されるだろう!!

ああ、スリル。
楽しめないほどの。

そんなわしの窮状に起立してくれたのが奥さん!!
今回ばかりは、
「ああ、こいつは、クリエイティブ業界追放の危機に立っているんだ」
ということが伝わったのだろう、
精神的に常に鼓舞してくれた他、
ツーバイフォーの建材を使った骨組み作りなどにおいて、
寒さ、建材の重さに耐え、全面的に協力してくれた。
わしと共に、二ヶ月半、休日を完全に返上し、何度も制作場所へ通い、朝から晩まで働いてくれた。
制作最後期に、表面のコーティングが難航し、わしが完全に打ちのめされて
「もうだめだ」
とほんとにつぶやき、うなだれていた時も、
諦めずに解決への道を探ってくれた。
一年半前には欝で布団に伏せていた人間が、
「打ちのめされた人間を励まし、諦めずに解決への道を探ってくれた」のである。
この恩は、大げさでも何でもなく、一生忘れないだろう。
今後、奥さんがどんな事しても、
ちゃぶ台をひっくり返しても、
家の中に大量に塩を撒いて土俵入りしたとしても、
子猫をまとめて400匹拾ってきたとしても、
今回の手伝ってくれたことを思い出せば、全然許せる。
いや、これほんと。
そのくらい、献身的と言って良いくらい、手伝ってくれた。

不思議なもので、無理と思われていた各懸案事項も、
人が真剣に何かを掴み取ろうとすると、運が味方する面があるのか。

制作場所は、仕事のツテで、急遽、都内に確保できた。
自宅から自転車で30分のホームセンターで材料を買い、配送サービスを利用して制作場所に運び込むシステムを何とか確立。

表面のコーティングに関しては、21_21デザインサイトの担当者のNさんのリサーチで、
何と青森のねぶたの撥水処理も行うという、
株式会社BAN-ZI社長宮原さんらによる「特殊塗装協会」さんの協力が得られることに。

制作日数の問題は、実家に「上を見上げる人間を80体くらい作って欲しい」と頼むなどの「家庭内外注」を行い、
また奥さんやその友人のTさんの協力を得たりした。

また、21_21デザインサイトの担当者のNさんまでも、休日を返上し、骨組み作りを手伝ってくれたのである。
東京ミッドタウンまで関口の「窮状感」が伝わっていたと思うと情けなくもあるが、
一流社会人が仕事を超えて、一人の人間として手伝ってくれることに感動した。

体調面は、かなりきつかったと言わざるを得ない。
しかし、当然、仕事は一日も休まなかった。
というかわしは、就職以来6年間無欠勤である。
教育の仕事とアートワークは、人生の両輪であり、どちらが大切と言うのはない。
衣食住教美。
教育の仕事がおろそかになっていると思われるのは、その仕事をする上で最も避けなくてはならない事項だ。心外でもある。
だから意地でも休むわけにはいかない。
手も一切抜いていない。

数々の協力を得て、作品は、ヘッドスライディングの砂埃がもうもうと立ち込める、ギリギリセーフで、形になった。

搬入の際は、同僚の手伝いまで得てしまった。
身の回り、全ての人に手伝わせてしまった気がする。

迎えた二日がかりの搬入。
ミッドタウンは昼間は人がいるため、搬入は深夜0時より行う。
徹夜だ。徹夜自体、懐かしい。

一日目、3月18日深夜は、暴風雨!!
呪った呪った。
わしは19日も仕事があるため、一日目は奥さんに代理で行ってもらう。
わしは同僚の力を借りて、夜10時に制作場所から作品をトラックに積み込んだら、
掃除し、深夜にクタクタの体で帰宅。
暴風雨の中、本当に設置できるのか、気が気でないため、眠れない。
実際、現場では、設置は非常に難航したとのこと。
立ち会った奥さんは、
「今までこんなに頑張ったのに、もしかして設置できないのか!!」
と思い、体がブルブル震えたそうだ。
しかし何とか、翌朝までに、中央のヒーローの体は、宙に浮いて設置された。

二日目、3月19日深夜、ようやくわしも設置に参戦。
奥さんも二徹目だけど参戦。
クタクタの体と覚醒した頭の夫婦を運ぶ、終電に近い六本木に向かう電車。
夜11時で真っ暗なのだが、これから始まる最後の戦いを思うと、今が早朝のような錯覚を覚えた。
天気は一日目と打って変わり、非常に穏やかだった。
まずはヒーローの、腕と脚を付ける。
これはスムーズにいった。
接合した部分を、すかさず特殊塗装協会の方々が接着剤でコーティングしてゆく。
同時進行で組み立てられていく土台。
見守るミッドタウンの関係者さん、
ライティングの会社の方。
20人くらいの方が群がっていたか?
これだけ多くの方が、わしの「新聞紙とガムテープによるサムシング」に関わって下さっていると思うと、
何というか、感動した。
続いて、「あ」の半分より下を構成する複雑な曲線を、パーツを組み合わせることによって、作り出す。
これが、見事にはまった。
図面をしっかり引いて作った甲斐あって、土台及び支柱に、ぴったりはまる大きさだったのである。
隙間から手を差し込んでビスを打つ。
道行く人が、

「何あれ、馬鹿みたい。
作った人マジヤバい」

と叫んで去る。

丑三つ時でも六本木は人が絶えない。
行き交う、片手にドリンクの外人が、ワットイズディス。
わしは答える、
アイムスカルプチュアアーティスト。
パッキングテープアンドニュースペイパー。
アイルゲットアリトルギャランティー、アイムセミプロフェッショナル。

途中、パーツの隙間を埋める新聞紙が不足。
奥さんがミッドタウンの関係者さんに相談すると、関係者さんは捜索を開始し、
偶然出会った清掃のおばさんに尋ね、一同はミッドタウンの古新聞が置いてあるダンジョンに案内してもらうことができ、
そこで新聞紙を調達するエピソードもあった。

夜が明けてきて、完全撤収までのタイムリミットは7時。
施工業者さんという職種の方々は、わしの知る限り、基本的にドライで、組み終わると、知らない間に、次の現場へか、もしくは自宅へか、音もなく去っていく。
ライティングの調整も終了。
残すは、土台の仕上げの塗装と、作品のパーツ毎の隙間を埋めるコーティング。
それらも、ちょうど7時ごろ終了し、ミッドタウンの関係者さんも帰る。

わしと奥さんは、21_21デザインサイトの事務所に行き、お茶を飲み、
その後近くのネットカフェに移動し、フラットシートで雑魚寝する。
奥さんは二徹明けにも関わらず、この後仕事なのだ。
わしはこの日3月20日はカレンダー通り、お休み。
奥さんと別れたあと、自宅に向かう電車に乗る。

制作中は、このプロジェクトが完成したら、さぞかし感動するだろう、泣くかもしれないな、と思っていた。
いつもそう、感性ネジの時も、ヒーローズ展の時も。
だから今回も、完成した暁には、徹夜明けのお昼ごはんにハンバーガーとステーキと豚骨ラーメンを3つ食べてやろうと思っていた。
しかし、いざ完成すると、到達不可能とも思われたプロジェクトは、どういうわけか自分の中で「普通のこと」となっている。
2か月強で屋外に展示する大型作品を作るなんて、普通にできることだろうと。
あまり感動しないのだ。
だから、ひばりが丘で1,000円のステーキを食べただけの昼食だった。

話は変わるけども。
例えばさ、オリンピックで体操の日本代表になった人がいたとして、
その人は一年中、基本的に好きな体操に打ち込んでいる。

方や、それを応援する国民の皆様は、普段好きなことだけに打ち込んでいるわけではないだろう。
眠い目をこすり、体にムチを打ち、数々のストレスを抱えながらも、経済活動に参戦し、
家庭を成し、生活を作り上げている。

でも、その日本代表が試合に出れば、応援するのだ。
その選手が、ただ好きなことに打ち込むだけの生活をしていたとしても!
どうしてだと思う?それは、その日本代表が、夢を見せているからだ。
国民の皆様の、小さな頃の夢を代わりに成し遂げようとし、希望を体現しているからだ。
アーティストも、そうでなくてはならない。
アーティストも、応援してもらってナンボである。
わしはどちらかと言うと低賃金の現代の若者風の汗と涙の労働活動に打ち込んでいるところも大部分あるが、
一方で打ち込むアート活動において、これだけの無償のサポートをいただいたという事実が、強く頭に残った。
いただいたおーいお茶、元気ハツラツリポディタンD、ベーグル、ヨーグルト、一つずつの笑顔、はずむ声。
わしは造形活動を通して、少しでも夢と希望を振りまかなくてはならない。
応援したいと思えるアーティストに、できればなりたいものだ。

そして中3のころのわしに対しては、

「成せば成る(仮)」

と伝えても良いかもしれない。
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by syun__kan | 2013-03-28 15:29 | 日記 | Comments(4)

関口光太郎:「あ」(デザインあ展特別オブジェ)設置風景

とりいそぎ、写真まで。
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by syun__kan | 2013-03-21 22:51 | 作品写真 | Comments(4)