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今年印象的だった作品5点。2013

1、「さよなら、さよならハリウッド」/ウディ・アレン監督、主演
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今年の1月から11月は、胸を張って言える、わしは忙しかった。
どこに出しても恥ずかしくないくらい。
普段の仕事とアート活動で常に何かやることがあって、休みなんてなかった。
新しい映像作品なんて、ほとんど鑑賞する間もなし。

そんな中、半日くらい時間ができたときに、
「このままだと今年は一本も映画を観ないことになる。
何か観よう!!」
と思い立ち、意を決してTSUTAYAに向かった日があった。

店内で、何か映画を選ぼうと思った。
久々に観る、ケースたちの「背表紙」というもの。
わしは慎重になった。
何しろ、今年観る、唯一の映画になるかもしれない。
選択を間違えば、今年の映画の思い出はすべて残念なものになってしまう。
たとえばバッドエンドではいけない。
映画というものは基本的にハッピーエンドで、バッドエンドはたまにあるだけだから許されるけども、
何しろわしにとっては今年唯一の映画なのである。
今年の映画の成分がバッドエンド100パーセントになるのは耐えられない。
基本を踏まえたうえでのパロディ的な映画もだめだ。
何しろ今年唯一の映画だから、わしには基本を踏まえるということができていない。
あの映画を観ただろうからこそこれが面白いというのではだめだ。
わしはみんなが見ているはずのものを観ていない。
実験的な映画ももちろんだめ。
めっそうもない。
年一回の機会に実験している場合ではない。
でも刺激はほしい。

ということで、「ジュラシックパーク3」と迷ったすえ、本作を借りた。
端っこに書いてあった大田光さんのレヴューから察するにハッピーエンド間違いなしと思われたし、
ウディ・アレンさんの映画は他にも以前に観たことがあり、大体の感じが想像できたからだ。
ネタバレでもでも何でもかまわない、確実に、鑑賞後の満足感を得ることが最優先事項である。

観たら、そんなものすごいというわけではないけど、まあまあ良かった。
充分合格だった。ほっと一息ついた。


2、「ザ・ビートルズ」(ホワイトアルバム)/ザ・ビートルズ
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去年末のタイ旅行の際、ウィークエンドマーケットで、250バーツでTシャツを買った。
カラフルでところせましとちりばめられた柄が気に入ったからだ。
それはビートルズのアルバムジャケットやポートレートをコラージュした絵だった。
べつにとりたててビートルズが好きという訳ではない。
柄が良かったのである。
柄がよければ、ローリングストーンズでもブリーフ&トランクスでも何でも良かったのである。
結果的にこれは今年最も活躍した、たくさん着たTシャツとなった。
サイズ的にぴったりだったし、それにオシャレだ。
どこに行くのもこのTシャツ。
すると、行く先々で、このTシャツは人を呼び寄せた。
主にわしより年上の方の反応を集めた。
ビートルズがそうさせているようだ。
特にアラウンド60の方々にとって、ビートルズとは反応せずにいられない存在のようで、
「ビートルズですね」
「いいTシャツ着てるじゃないか」
と頻繁に言われた。
しかしながら、わし自身はそれほどビートルズに詳しくなく、あまり聞いたこともなく、
充分な対応ができずにいたのだが、
期せずして今年は元ビートルズのポール・マッカートニーさんが来日公演をすることになり、
世の中的にもビートルズがにわかに盛り上がったようで、
わしも、チケット価格を見てライブに行くこと自体は断念したものの、ビートルズが気になりだした。
わしのアイポッドには、お勉強だと思って以前からビートルズのアルバムがいくつか入っていて、しかしほとんど聞いていなかったのだが、
一つずつ聴き始めてみて、この、とんがったジョン、王道のポール、センチメンタルなジョージ、ぼやっとしたリンゴの世界に、ようやく足を踏み入れた。
男関口、30歳。遅いよ!
そしてボリさん誕生に際し、「Here Comes the Sun」を口ずさむに至ったのである。


3、「劇場版魔法少女まどかマギカ〔新編〕叛逆の物語」
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11月末にアート系のミッションがひと段落ついた後は、それなりに時間もでき、
結局のところ、「さよなら、さよならハリウッド」は、今年観た唯一の映画にはならなかったのである。

奥さんが出産前にこれだけは観ておきたいという、まどかマギカの新作映画を観に行った。
わしも異論はない。わしだって観たい。

年末には、前作、前々作の映画をTSUTAYAで借りて、授乳しながら夫婦で観て、
「このオープニングは泣けるな」
「マンションの前でさやかとまどかが抱き合って泣くところが全編通してのクライマックスだな」
などと、だらだら話し合った。

頭がなんとなく作品世界に支配されて、朝ごはん作ろうとして冷蔵庫開けて使いかけのキャベツの断面が古くなっているのを見て、
「はっ…もうこんなにけがれが溜まって…
近いうちに使い切らなければ…早く…!!」
などと、魔法少女風につぶやいたりもした。


4、「シアーズ博士夫妻のベビーブック」/ドクター ウィリアム・シアーズ、マーサ・シアーズ
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育児書関係の本は、買ったのはこれだけ。
奥さんが、これが評判いいらしいということをリサーチして選んだものである。
といっても読破していないので今ゆっくり読んでいる。
外人が書いているので語り口が面白い。
全面的に服従してその通り育児している訳でもないけど。


5、「アンデルセン童話集」/H.Cアンデルセン作、山室静翻訳
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今年は秋に船橋アンデルセン公園というところで展示することになり、
アンデルセン関係の立体作品を作る必要に迫られたわしは、
奥さんが買ってきてくれたアンデルセン童話集を読んだ。
こうして、与えられたミッションによって少しずつ新しい世界を学んでいけるのは良いことだ。

H.Cアンデルセンの書く童話は、人魚姫とかマッチ売りの少女とか、哀しい結末の話が多くて、
それだけ聞くとああ、よくいる自己憐憫な文豪なのかと思うけど、
童話集の最初に収められていた、「火打ち箱」という話はすごかった。

簡単に言うと、戦争から帰ってきた兵隊が、
道すがら出会った醜い魔女の持ち物である火打ち箱が気になり、
魔女の首をいきなりはねて、火打ち箱を奪い、
火打ち箱を打つとやってくる巨大な犬に命令してお姫様をさらったり、
王族を皆殺しにしたりし、
最後に姫と結婚してハッピーエンドを迎える。

ええええ!?と思った。
パンキッシュ!!

来年も良い作品との出会いがありますように。
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by syun__kan | 2013-12-30 15:39 | 日記 | Comments(0)

ホームページ

メリークリスマス。

奥さんがわしのホームページを作ってくれました。

立体新聞社
http://inisora.wix.com/sekiguti35

よろしく!
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by syun__kan | 2013-12-25 17:23 | 日記 | Comments(0)

オムツ

ボリさんのオムツを替える。
授乳の前後に替えることが多いので、奥さんが実行することが多いが、
わしも機会を見て替える。
奥さんは先に手馴れた。わしも徐々に慣れてきた。

布団から抱き上げてはらぺこあおむしの柄のオムツ替えマットに寝かせ、
「はい脱ぎますよー」等話しかけながらボリさんのロンパースの下半分のボタンを取り、
肌着の下半分をまくり上げ、
オムツのテープをはがし、オムツ前面を下にはがす。
たいてい、大便、もしくは尿、あるいはその両方が撒かれていて、
はがしたオムツの前面を使ってちょっとおしりを拭きがてらオムツをたたみ、たたんだ上にオシリナップを敷き、ボリさんの腰を乗せる。
さらに二三枚オシリナップを取って、ボリさんのしわ、みぞを拭き、
使用済みオムツとともに丸め込んでテープで止め、使用済み爆弾を作り、窓の外に投げる、
のではなくオムツ専用ゴミ箱に捨てる。
新品オムツを開き、ギャザーも全部開ききり、腰の下に敷いて、前面をおなかに持ってきて、
わしの指二本入るくらいのゆるさでテープを閉じる。
ギャザーが全部外側にめくれているか確認する。
肌着を下ろし、ロンパースのボタンを閉める。

抱き上げるとボリさんは口をパクパクして母乳を求める。
残念ながらわしはなぜか今日も母乳が出ないので、ボリさんを奥さんに託し、
ボリルームを出る。

すると、最近ボリさんが来て少しテンションが上がっている、ミニチュアピンシャーのハルちゃんが床におしっこをした形跡がある。
わしはトイレシーツを持ってきて吸い取り、スーパーのビニール袋を持ってきて使用済みトイレシーツを入れ、口をしばり、ベランダにあるペット糞尿専用ゴミ箱に捨てる。
それから、吸い取りきらなかったおしっこに、水の激落ち君スプレーを噴きかけ、トイレットペーパーで拭き、
トイレに流す。

犬の散歩に行く。
犬が雑木林の端に糞をすると、わしは持参しているトイレットペーパーでつまみ上げ、
持参しているビニール袋に入れ、口をねじる。
この時点ではまだしばらない。またするかもしれないから。

うんこおしっこの世話をよくする。
ボリさんが来て増えたけど、教育の仕事でも稀にそういうミッションが発生する場合もあるから、慣れてはいる。

べつに嫌じゃない。
たぶん世界の3分の1くらいは、排泄が自立していないんじゃないかな?
だから、自立している3分の2のうちの、半分は、自立していないチームの手伝いをする必要がある。
そこには、自立していて、手伝いはしていない3分の1のボーイズ&ガールズにはわからない、人生の深みがある。
彼らには身に付けられない感覚が得られるのだと思う。
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by syun__kan | 2013-12-23 22:10 | 日記 | Comments(0)

わしの手のよる煮物

奥さんは、奥さんの実家と不通のため、里帰りというものができず、
先ほど生まれた仮名ボリさん(生後約一週間)は、わしらの住む、このアパートでなんとかしなくてはならない。

ということで、それほど長期ではないが、職場の御厚意により、わしは育休を取らせていただいた。
それにあたってご迷惑をおかけする生徒、保護者様、同僚には、重ね重ね謝意を申し上げたい。

結局のところ、ボリさんへのアプローチっていうのは授乳、オムツ替えがメインで、
あとは夕方に沐浴。
うちは犬猫同居のため、ボリさんは四足族の入れないようになっている一室に寝かしていて、
わしはやってはみたけど残念ながら母乳が出なかったので、
奥さんがボリルームに入って授乳し、ついでにオムツを替えることに自然と落ち着き、
わしは何をするかって言うと、ボリルームの外でさみしがる犬をなだめ、
奥さんの出入りとともに犬がボリルームに入らないようにサポート、
そしてその他の家事、
いわゆる炊事洗濯掃除を一手に引き受ける。
ハウスキーピング。ディスイズマイジョブ。

おととい仕事から帰宅後、実質的に育休の仕事が始まる。
アスパラ、ジャガイモ、さつまいも、ひき肉等を落とし込んだトマトソーススパゲティに始まる。

その夜、わしの実家から野菜と肉が送られてきた。
白菜、ねぎ、大根、マッシュルーム、しいたけ、アスパラ菜、玉ねぎ、ほうれん草、ブロッコリー、しめじ、牛ひき肉、豚スライス、ドレッシング、トマトケチャップ等。
いろいろやりたい、お宮参りの着物とか買いたい、カメラも買ったほうがいいんじゃないの?ガーゼはあるの?他に何か必要なものないの??
というわしの母の、ありがたいながらもはやっている気持ちを受け止め、
「野菜送ってくれたほうが嬉しい」と伝えてそこに着地させたものだ。
グッと群馬の新鮮野菜は、サイズがこっちの西友で売ってるのより1,5倍くらいある。
一から何作るか考えるより、あらかじめ材料があったほうがやりやすいものだ。

昨日は、朝はほうれん草入りのチャーハンと温野菜とポトフで、
その後洗濯機を回し、
床を掃除機がけしてクイックルワイパー、
洗面所とトイレを洗って、回り終わった洗濯物を干す。
ごく簡単な料理ならだいたい作れるが、煮物はやったことがなく、
関口家野菜に威風堂々とした大根があったのでクックパッドで煮物の作り方を調べ、
しょう油とみりんと酒とごま油と少量の豚肉ともに煮る。
ちゃんと味がしみた。
プラスゆかりごはんと味噌汁が昼食。
午後は空気清浄機をボリルームに移動したりし、買い物へ。
授乳中に見る用の蓄光時計や犬フード、食材等を買い、本屋で少しだけ週間プロレスを読んで長州力さんの体の張り具合や中邑真輔の髪型等を手早く確認する。
帰ってきたら、楽しみにしていた、関口家肉の牛100%挽肉でハンバーグを作る。
小麦粉をまぶしたジャガイモとにんじんも一緒に焼いて、
アスパラ菜は実家からの指示通りに茹でて絞ってしょう油マヨネーズをかける。
これが夕飯。
今朝はパンとポトフとベーコンエッグで、
掃除洗濯の後、昼食は昨日のあまりのハンバーグの種とトマトケチャップ、ねぎ、ニンジン、エリンギで煮込みハンバーグ、
プラス豆腐にすりごまとねぎとだし、しょう油酒みりん、水をかけてレンジでチンしたもの。

ハウスキーピングの、キーピングという言葉は可愛くない。
保持する、維持するのは、前進性がなくてアーティストの性に合わない、が、
ずっとやってみたかったんだ。
前進はないが深化はある、主婦業は、奥が深いのだろう。
深化までたどり着かないと思うけど、しばらく楽しく体験しよう。

ボリさんは、精一杯上に伸ばしても頭を全然超えない手を、それでもばんざいしたまま寝ている。
起きているときは絶えず表情が変わる。
サル顔になり、美人になり、くしゃみをしたと思ったら次の瞬間ガッツ石松さんになってしまう。
どんな顔になろうか、迷っているのだろう。
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by syun__kan | 2013-12-19 14:05 | 日記 | Comments(0)

日が昇る

二回続けてのろけた日記を書くのも気が進まないけど、予定が早まったのだから仕方ない。
またも、奥さんはビシッと決めて見せた。

いや、さすがに、不安にはなっていたようである。
何しろ、誰の口からも、「あれはね、痛いよ」という、アドバイス?忠告?おどし?しか聞かないわけだから。
徐々に近づくにつれ、「やだなー、こわいなー」と苦笑いしていた。
そのたびわしは声をかける、

「君はハードモードの人生を過ごしてきたんでしょ?
普通の人が味あわない痛みも乗り越えてきたんでしょ?
ならさ、大丈夫だよ。
多くの普通の人たちが乗り越えていける痛みなんて、超えられるよ」

むろん、根拠はない。
この場合において、男性の出る幕は、ほんのミソッカス。
でも声をかけるしかない。

昨日の夜、奥さんは普通にブリ大根を作り、二人で食べていたのだが、どうもおなかが痛い。
天気悪いからかな?とか言いつつも、湯を張り、風呂に入ろうとして、やはり確信した。
奥さんのおなかが、明らかに下がっている。下に垂れる感じになっている。
陣痛だ。
じゃあ、痛みの間隔の時間を計り、だんだん間隔が短くなって10分間隔になったら病院へ電話しなくてはならない。
風呂を出てから、痛みがやってくる時間を、コピー用紙にわしがメモしていったのだが・・・。

23時46分15秒、23時52分25秒、23時57分20秒、

「ねえ、すでに5分間隔くらいなんですけど。電話しなきゃ」
しかし奥さんは湯上りで湯気が立っている。

24時9分50秒、24時13分、24時20分、

わしは荷物を持って出かけられる用意をし、コートを着て歯磨きして元の位置につく。
しかし奥さんはまだドライヤー。
「まだ乾かん?」と聞いて怒られる。
確かに熱と空気の流れと水分の蒸発の法則は、いかなる場合においてもサービスはない。
痛みも5分間隔でやってきて、その度に「いたたたた」と、止まらざるをえない。
焦ってもしょうがない。
今はドライヤーの時間で、ドライヤーこそが主権者。

24時23分30秒、24時29分、

長くたおやかな、たおやかすぎる髪が乾き、ようやく病院へ電話できる。
おしるしというやつはまだなので、カルテを見るからいったん待て、と言われ、

24時35分30秒、

あらためて電話が来て、病院に来いという指令が出る。
わしは西武タクシーを呼ぶ、

24時38分40秒、24時41分30秒、

入院グッズをまとめたスーツケースを持ってタクシーに乗る。
運転手さんが無口で、クラシックを静かに聴いてるだけの人でよかった。

陣痛、やはり相当な痛みのようだ。
病院に着き、夜間受付の受話器を取って深夜のナースステーションへ。
診察するからと、ミソッカスであるわしはいったん院内のカフェテリアで待つようにと。
何だかこの頃にはわしは妙に落ち着いていた。
本棚の育児書を読んで過ごす。
30分くらいと言われたけど1時間くらい待ち、奥さんがいる部屋に呼ばれる。1時50分くらいだったか。
そしてとりあえずこの陣痛を乗り切っとけ、みたいな感じで、部屋に二人にされる。

暗い中にスタンドでオレンジに照らされる中、ひっきりなしに襲う痛みにうめく奥さん。
わしは「こうすれば痛みが消えるかもよ」と考えようとしてすぐに挫折、を繰り返す。
それは怪我でも病気でもなく、正当な痛みであり、
良くない状況があるとそれを改善するためにどうすればいいかとかそんなことをすぐ考え出す脳の仕組みになっているミソッカス、すなわち男性にとっては、
手も足も出ない状況。
だってこの痛みは生まれるまで絶対なくならない。
だから、奥さんのうめきに合わせて「痛い痛い痛い」
あとは「がんばれがんばれ」。
この二語しか言えなかった。
他に何か良い案ある?
わしに思いつくのはこれだけ。
しいて言えば、「がんばれ」「がんばって」「がんばろう」の、どれが一番ふさわしいかを考え、順番に試していた。
遠くから、新生児室の赤ちゃんたちの泣き声が、遠雷のように聞こえる。
実家で寝ながら聞いていた、水田のカエルの合唱を思い出す。

そのうち出血がある。
わりとさらっとしていた印象だったので、破水か!?と思って廊下のすぐ向かいにあるナースステーションのチーン、を鳴らして助産師さんを呼ぶ、
しかしこれは破水ではなくおしるし、というやつだったようで、
奥さんはシーツの上に紙のシートを敷かれただけで、再び二人にされる。

もう痛みはすごいレベルで、奥さんのかく汗を拭く。
大変だ。これは痛そうだ。
初産婦は一般に10~12時間、陣痛が続く。
23時に陣痛が始まったとすると、今はまだ2時台で、まだまだである。

しばらくしてもう少しベテランぽい助産師さんが来て、何やら機械を当てて心音を聞くという。
しかしうまくいかないようで、それで、何だか少し雰囲気が変わった気がした感じがしたら、
診察しますということでわしは再びカフェテリアへ行かされる。
すぐにまた呼ばれ、

「分娩室行きます」

とのこと。これが3時。早くないか?
助産師さんが奥さんを車椅子に乗せ、わしが後からついて、3人でエレベーターに乗って一階下がる。
分娩室に入って奥さんは分娩台へ。
それから、奥さんは息を「はー」って吐くよう指示を出される。
ものすごい痛いときに、力を入れずに「はー」とか言うのは大変そうだ。
しかししょうがない。ミソッカスも、となりで「はーだってよ。はー、はー、はー」と声をかける。
すごく痛そうな奥さん。わしがとなりで「はー」。
より一層痛そうで、奥さんが腰を上げた瞬間に、なんか見えた。
奥さんの足の間から、ガチャガチャのカプセルの半分みたいなものが、何か出てる。
「あ、出てる」と思った。
そのシーンだけは頭に焼きついている。
破水しないまま、出てきたらしい。膜を被っていた。
助産師さん、ちょっと慌てた?動きが速くなって「いきんじゃだめよ、はー、はー」と言って、チョコレートソースみたいな色の液体をビュルビュルとカプセルにかけ、立会いの人から処置が見えないように小さいカーテンを張り巡らし始める、
でもわしさっきちょっと見ちゃったんだけどな、と思う。
助産師さん、電話的なもので人を呼ぶ、あと二人来た。
「はー、だよ」と言われることが多く、「いきんで!」と言われることは少なかった気がする。
もう出た。前触れも何もない。誕生した。

12月11日3時33分。

陣痛が始まってから四時間半、分娩室に入ってから30分の、かなりの安産だった。
赤ちゃんはむらさき色。顔を見た瞬間、かわいいと思った。
みんなが言ってたほどしわくちゃ、ぐちゃぐちゃじゃない。
そして鼻が完全にわしにそっくりである。
ちゃんと泣いて、肺呼吸に切り替わる。
へその緒を切られ、奥さんの上体の上に乗せられる。

わしは思わず、「おはよう!」と声をかけた。
「おはよう。元気?」と。昨日も会ってたかのように。
これは職業柄かもしれない。特別支援教育の教員としての。
相手が緊張してたりパニックだったりするときは、あえてこちらはものすごく普通に話しかける。
相手の感情につられちゃだめ。
だから、初めて、この一筋縄でいかない世界に産み落とされたわが子に、普通に「おはよう」と言ったのだと思う。

あかちゃんは分娩室と仕切りで区切られた部屋に移され、体重等を測ったりする。
だんだんとむらさきではなく、肌色になる。
わしは離れて見る。
その後、抱かせてくれる。完全にかわいい。わしは適当に歌ってあやす。
「おはよーおはよーおはよー」
まだ何もできない、何も見たこともない。いっしょにいろいろ勉強してこうね、と思う。
となりから、胎盤を引っ張り出される奥さんのうめき声が聞こえてくる。
胎盤を出すのは、場合によっては赤ちゃんを出すより痛いらしい。
大変そう。
しかしわしがオロオロすると赤ちゃんが不快になるかと思い、
「お母さん大変そうだねーおはよーおはよー」と、歌い続ける。

その後写真を撮ったり説明を聞いたりおっぱいを吸わせてみたり。
かわいいわが子は、口を動かしてちゃんとおっぱいを吸う。
わしは早くも「さっき何もできないなこいつと思ってごめん」と思う。
そして奥さんも、妊娠中も順調で出産もこのタイム。
かっこいいよ。ハードボイルドだよ。さすらいの妊婦だよ。ニンパーって感じだよ。
「やっぱり人生で一番痛かったの?」と聞くと、「インフルエンザのときのほうが痛い」とのこと。

奥さんもわしも泣かなかった。
わりと冷静だった。
実感がない、というのとはちょっと違う気がする。
もうすっかり、受け入れる精神的下地ができているからじゃないかな?と考える。

わしは6時に病院を出て、歩いて帰った。
ちょうど夜が明け、日が昇る。
わしはビートルズの「Here Comes the Sun」を口ずさんだ。
歌詞がよくわからなくて適当だが、「イッツオーライ」の部分が良くて、
ジョージハリスンの息の抜き方をまねして何度も口ずさんだ。
イッツオーライ。イッツオーライ。
大丈夫だ。ぜんぜん。
大変だろうとは思う。でも何が来ても、受け止められる。
生きていける、わしらは。
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by syun__kan | 2013-12-12 00:25 | 日記 | Comments(4)

わんぱく冒険隊

「そんなものもう捨てなよ、大人になったらもう使わないよ。
生きてくのに邪魔になるだけだよ」

と言われても、

「いや、捨てない。まだこれ必要な気がする。
というかこれこそが大切なものな気がする!」

と言って、懐に、とある感覚を抱えて守り続けてきた人が、アーティストなんだと思う。
子どものころからある、とある感覚を。
そういう意味でアーティストは子どもだ。
わしももちろん子どもだ。
奥さんも同様にアート系なので、子どもであるが、
奥さんはさらに、家庭環境や学校での満たされなかった子ども時代をタイヤのように引きずったままのアダルトチルドレンで、
輪をかけて子どもだ。

わしら夫婦は自他共に認める、生粋の子どもコンビである。
わんぱく冒険隊である。
お付き合いを始めて10年目であるが、ほんとに二人の子どもとして、共闘の年月を重ねてきた感じだ。
何が悪い。ここでいう子どもとは、経済的に自立してないとか、社会に出る気がないとか、そういうことではない。
輝かしい、子どもとしての、とある感覚を保持し続けて、二人で社会で闘ってきたのだ。
時に心をあざだらけにして働き、秘密基地を作るように、賃貸住宅を借りる。
便座に座って、トイレットペーパーがセッティングされているホルダーを見て、
これはわしが働いたことによって得た財産としてのペーパーホルダーか、と思って、
感慨深くなることがある。
ほんとに楽しかった、この10年は。

しかし、二人の冒険隊も、もうすぐ終わるのだ。
と、昨日の土曜日、二人で家に歩いて帰るとき、そう思った。
今年のアート活動が終わって、久々に休日らしい休日を過ごせるようになって、急にそう思った。
奥さんのおなかはスヌーピーの横顔のように、ひらがなの「つ」のように膨らみ、
今にも生まれそうだ、わしの子が。

冒険隊は3人になり、そうなったら何がどうなるか、今は予測もつかない。
わしら二人は子どものままなのか?何か変わるのか?

わからないけど、今まさに終了しようとしている二人の10年を思ってセンチメンタルになり、
何か記念式典でもできないかと思っても何もできないので、せめてオリオン座を見上げた。

愛してるよ、奥さん。
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写真は棚に入りきらなくて、棚の上に置いたりんご二つ。
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by syun__kan | 2013-12-08 20:55 | 日記 | Comments(0)