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チョコについて

奥さん「バレンタインどんなん欲しい?」

(これは、なんでもいいと答えてはいけないパターンだ。
それくらいわかる。
やぼなわしでも。
思えば学生時代、週7日間、
睡眠とバイト以外の時間を全て制作に注ぎ込んでいたわしに対し、
週1日くらい私と遊べ!と言って、
わしに時間の使い方の革命を起こさせたのが奥さんだった。
過剰性ばかりが売りで、こうと決めたら突っ走る生き方だったわしは、
奥さんとの付き合いを通し、人との関係の取り方のバランス感覚を学んだものだ。
意見をひっこめるときはひっこめる。
時間をかけてみる。
距離をとってみる。
おもんばかる。
チョコが好きで、贈り物をするのが好きで、
百貨店のバレンタイン特設会場を物色するのが大好きな奥さんに対し、
なんでもいいとか言って、その興味のベクトルに水を差すようなことは言ってはならぬ。
しかし実際はまあ、
わしもチョコは好きだが、
ぼんやりと好きなのであって、
これこれこういうチョコがいいという希望は、とくにないといえばない。
この場合は、最大公約数的な、
無難な回答を探すのが良い)

わし「おいしいのがいいかな」

奥さん「…おいしいのかー。
今年はボリさん(1歳)と作ろうと思ってたのになー…」

わし「て、手作りおいしいやん!」

奥さん「プロが最後まで仕上げたやつのほうがおいしいに決まってるじゃん。
手作りなんて溶かしたの固め直しただけだよ」

かくも難しき現代社会。
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by syun__kan | 2015-01-29 22:27 | 日記 | Comments(0)

カヒについて

日の出は別に特別ではない。
改まって拝むものではない。
頻繁に見る。
前日やり切らなかった仕事を朝やる時、
出勤の自転車を漕ぎながら朝日に向かうことはよくある。
冬という季節は寒いという特徴を持っているので、
わしはカナダ用のコートを着込んで腹巻きしている。
とりあえず目が寒い。
今通っている経路は気に入っている。
大通りではなく、土手や路地的な道を抜けていくからだ。
羽毛や綿やポリエステルの奥の方で稼働しているわしの体は徐々に温まり、汗ばむ。
アップダウンはある。
自転車の変則切り替えは「無かったら無いで何とか成る」ものの代表例だが、
あったらあったでいじくりまわす。
普段数十円のどこの馬の骨かもわからないコーラで過ごしているわしにとっては、自動販売機の100円以上のコーラは高級品だが、
たまには…
日の出を見る頻度より低ければバチは当たらないはず。
冬の乾燥した寒さの中で温まった体にコカ・コーラを注ぎ込むのは、至上の感覚である。
缶の口当たりならばなお良い。
硬貨を挿入してボタンを押し、「どですかでん!」の音とともに転がり落ちる缶コーラを、自転車にまたがったまま拾い出し、
蓋を開ける時の音、

「カヒ」

飲み口に「ホウン」と白い冷気が立つ。
この美味しさは、日がある程度高くなってからエンジン付のサムシングで出発する人にはわからないだろう。

踏切は開かなくて困ることがあるので、少しずれたところに、うらぶれにうらぶれた陸橋を発見し、
最近はそこを渡る。
陸橋の上からは、遠くに富士山が見えるんだ。
朝日を浴びて存在する富士山を、毎日のように見れるのは、なかなか良い。
開運しそうとは言わないが、心理学的に良い影響がありそうだ。
富士山のことは割と気に入っている。
シンプルだし、問答無用だし、かっこよくも見えるしちょっと面白い感じもする。

帰り道。
陸橋を渡る時にふと富士山の方を見ると、
何も見えなかった。
最近は「大きなものは夜ライトアップされている」という何となくの洗脳があった。
スカイツリーとか。
しかし富士山は、でかすぎてライトアップできないみたいよ。
ダンディーだ。
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by syun__kan | 2015-01-22 18:01 | 日記 | Comments(0)

ぁぬつん

学生の頃はほんとに頻繁に行っていたカラオケではあるが、
働くようになってからはほとんど行かなくなった。
最近は2年に一回くらいだろうか?
そう考えると、一生のうちあとカラオケに行くのは20回くらいなものなのかもしれない。
わしはカラオケに行くと20パーセントくらいの確率でマイケル・ジャクソンのBADを歌う。ので、
計算するとあと4回くらいしか、わしのBADは披露されないことになる。
けっこうレアだな。
もし今後わしとカラオケに行く機会があった方は、わしがBADを歌いだした場合、
そういうつもりで聴いて欲しい。
歌詞いい加減でフズベーフズベー言ってるだけだが。
いつか歌詞を完璧に覚えて歌いたいとも思っていたが、
そういう時は来なそうだ。

今日は一歳一ヶ月のボリさんと、奥さんと一緒に、
初めて子連れでカラオケに行ってみた。
シダックスにキッズルームがあると聞き。
一歳時を連れてのレジャーはなかなか探求が必要である。

キッズルームは靴を脱いで上がる仕様で、ソファが低く、なかなか良かった。
安全上の配慮がなされている。
しかしながらそれでもボリさんは、限りある資源を活用し、精一杯暴れる。
マイクをかじり、スリッパをゴミ箱にせっせと捨てる。
画面下のデッキのつまみをいじり、エコーを絶えず調節し続ける。
わしが一生懸命椎名林檎を歌っていたら、
二番のサビにいくところで演奏停止を押された。
「カ~~ン」という鐘を鳴らされた気分だ。
そのように、絶えず邪魔をし続けるボリさんを、様々な体勢で阻止しながらの歌唱。
検索機をいじり、宮史郎とぴんからトリオの「女のみち」を予約してたりするボリさん。
しかしながら、自分は歌えないながらも、けっこう楽しんでもいるようだ。
奥さんがアナと雪の女王の歌を歌えば「あ~~」と声を出しているし。
でも興味が無い歌のときは飽きて机に上がろうとしたり。
音程を高くしたり低くしたり、テンポを落としたり。
再びボリさんがいじったあとの検索機を見ると、
「ぁぬつん 検索結果0件が該当しました」
との表示。
「ぁぬつん」という歌手はいなかったようだ。
いや、カラオケみたいな俗っぽいものには向かない崇高なミュージシャンなのかもしれないが。

まあ、それなりに楽しい1時間半だった。
2時間にしていたら持たなかっただろうけど。
いつかボリさんも歌えると良い。
何年後になるか?
「ゲラゲラボー」とか言えばよい。
そのときにゲラゲラボーがまだ流行っているかはわからないが…
10年前の「ららら言えるかな、ポケモンの名前」、最近の「ゲラゲラボー」的なものが、
ボリさんが歌えるようになる頃にもあるだろう。
そのときは、わしのBADを最後まで聴いてくれ。
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by syun__kan | 2015-01-18 22:59 | 日記 | Comments(0)

教員としてのアナウンス

こんにちは。

関口が旭出学園に就職して8年目になりました。
働き始めたころ、最も印象的だったのは…子どもたちがとてもファンキーだったこと!

なんとなく、就職するまで、特別支援教育の現場というのは、
「抒情的」「あたたかい」「しっとり」…といった形容詞がしっくりと来るものだと思っていました。
どうしてそう思っていたのかな?
それはたぶん、他の特別支援学校の美術展等を観て、作品からそういった印象を受けていたからだと思います。

もちろん、旭出で関口が見た現場も、抒情的で、あたたかく、しっとりした面はあるのですが…
それよりも、「楽しく」「ファンキーで」「元気で」「はじけてる」!
そういう印象が強かった!
そして彼らが図工・美術で生み出す作品も同様に、非常にファンキーでした。

こんなに楽しい世界があるのか。
こんなに、人を笑顔にできる造形活動があるのか。
それが衝撃だったのです。
いつかこの楽しさを、もっと多くの人に伝えたい。
そんな風に、ぼんやり思い続けていました。

そんな中、関口がすこーしだけ、現代美術の世界で、こう言っては何ですが、
名前が売れてきました。
教員としての視点、アーティストとしての視点をミックスし、ブログ形式で子どもたちの作品の楽しさを発信するアイデアが湧いてきました。

現在、旭出学園のホームページ内にブログを設置する手続き中です。
お待たせしております。
準備でき次第、始めますので、少々お待ちください。
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by syun__kan | 2015-01-14 19:55 | 日記 | Comments(0)

わしはあいつのことをわりと評価していた。
あいつはわしに、コツコツとした努力が必ず実を結ぶことを教えてくれた。
ジャージのズボンの紐のことだ。

ズボンの正面の真ん中、わしのへその下あたりから、二本、
ひょろりと出ていて、
蝶結びされることでわしの腰周りをきゅっと締め、ズボンのずり落ちを防ぐ。
これがあいつの仕事だ。

でも時々、片一方の紐だけ長く伸びて、
もう一方の紐が、穴に入り込んでしまうことがあるだろう?
あれがなかなか難儀なんだ。
ああなってしまうと、もう結べない。
腰周りをキュッとできない。
ずり落ちる危険性が出てくる。
まあ正直、紐が無くても、腰周りにはゴムが入ってて、
ずり落ちることはなかなか無いんだけどね。

そういうときは…
穴に入ってしまった紐の先端を、まずは捜索する。
紐の先端近くには必ず結び目があるからね。その感触を探るんだ。
けっこう深く、腰のほうまで入って行ってしまっているときは、いっそ抜いてやろうか!なんて思ったりするけど、
短気を起こしてはだめだ。
結び目を発見したら、根気良く、それを穴めがけて、たぐり寄せる。
これがなかなかめんどくさい。
時間もかかる。
しかしだ。一回一回、グニョ、グニョッとたぐっていけば、
いずれ必ず、先端の毛が、正面真ん中の穴にのぞく。
それを引っ張り出して、左右の紐を同じ長さに揃える時の快感ったらないね。
そう、コツコツした努力は、絶対に裏切らないのさ。

あいつはそういうやつだ。そう、
世の中には、楽してお金をかすめ取ったり、
誤魔化したり、ずるしたりして、のうのうと生きているやつがたくさんいるだろう?
でもあいつはちがう。
コツコツ、コツコツと。
ゴールに一歩ずつ近づいていくのさ。

だがしかし…
あんなことになるとはな…

確かに、わしも忙しかった。
忙しい時期には、というか一年の大半はそうなのだけど、
片一方の紐が長く伸び出していることに気づいていても、
たぐり寄せる暇が無いんだ。

あの日、確かに左の紐は、かなり長く伸びていた。
気づいてはいたが、構っていられなかったんだ。
わしは自転車に乗って、職場を目指して出発した。
その時、わしの内ももを、

「にょろにょろにょろ!」

という感覚が走った。
なんだろう!?なんて思う間もなかったね。
一瞬の出来事だった。
つまり、片一方の紐が、伸びに伸びて、ズボンの内側を通り、左足の裾から先端が出ていたんだ。
それが、漕いでいるペダルに巻き取られたのさ。

あいつもついに、長いものに巻かれてしまったんだ。
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by syun__kan | 2015-01-05 22:24 | 日記 | Comments(0)

アートの小話をひとつ

学生の頃、上野に伊藤若冲の展示を観に行った。
下宿先の最寄り駅、「橋本」から京王線に乗って、山手線に乗り継いだ。

美術館は激混みだった。
中高年の方々で埋め尽くされていて、184センチのわしでもなかなか作品が視界に入らない。
どうしてこんなに混んでるんだ?…自分が来るからか。
しかし他の要因にも思い当たる。
お客さんが口々に、NHKの日曜美術館で放送していた知識を口にしているからだ。
そういえば確かにこの間、やってたわ、日曜美術館で。

日曜美術館は、視聴すれば、その作家や作品について、誰でもすっと入って行けるように、とても良く構成されている。
うまい解説、作品が生まれた背景、裏話、それらがあれば、美術の間口がグッと広がる。
ググッと広がる。
ググググーーッと…

荒波に揉まれてようやく目の前に提示された伊藤若冲作品は、やはり見るべきものがあった。
特に墨で描かれた鶏の連作の強烈な躍動感は今でもよく覚えている。

その後再び中高年の方々ともんじゃ焼きのようにぐるぐるなって、美術館の出口からわしは排出された。

西日に照らされた京王線で、わしは帰った。
すると、もうすぐ橋本というところで、左の窓から鉄塔の群れが見えた。

鉄塔。各地に電気を送る送電線を身にまとったグレーの塔、
その、複雑で幾何学的に入り組んだ内部構造が重なり合い、
逆光で影になりつつも陽を反射してピカピカ輝き、壮絶な美しさを見せていた。

わしは釘付けになって、それを目に焼き付けた。
しかしというか、当たり前というか、車内で鉄塔を見ているのはわし一人。
わしはその時、

「日曜美術館で予習してアートを楽しむのも、大いに結構である。
素晴らしい余暇活動だと思う。
だけどこの景色を見て感動できなければ、本当じゃない!」

と思った。
若いね!
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by syun__kan | 2015-01-02 22:31 | 日記 | Comments(0)