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オリパラの発表
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これは骨組み。

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足元でワークショップを行う。
新聞紙を丸め、ガムテープで巻き、
世界の文化を象徴するモチーフを作る。
建物、自然、人物…

いつもと違って、世界の新聞を使う。
世界の新聞を見たことあるかい?
想像つくのは、英字新聞くらいかもしれないが、いやいや、そんなもんじゃない。
アジア、ヨーロッパ、アフリカ、
いろんな国の新聞をもらったことがあるのだけど、ものすごく面白い。
見たこともない文字が躍る紙面・・・これが、想像以上に面白いんだ!
規制の具合が違うのか、血みどろの画像がそのまま載ってたりも。
情勢が不安定な国なんかは特に…
それらを見て、いろいろな国に思いを馳せ、
祈りを込めながら、揉むんだ。
そしてテープで巻く。
できたモチーフは、わしが骨組みに構成していく。

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全国の特別支援学校をまわり、ワークショップして制作したメダル。
そのリボンを延長し、人物像にかける。
この作品は、オリパラのシンボルとなる。
大会終了時には、イベント的に焼却しても良い。

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作品が、太陽の塔のように、メディアに取り上げられ続ける「名作」となれば、
参加した方は、「これは自分が作った」と実感し、
生涯を支える自信となるかもしれない。
これがレガシー。

この間の22日、文化庁における4回目の会議で、
自分の案を発表してきた。
前回の日記を下地にして、
パワーポイントは先週金曜の終業後、パソコンをいじったりイラストを描いたりして5、6時間くらいで作った。
下村文科大臣、青柳文化庁長官、
ヤノベケンジさんや蜷川実花さんや皆川明さんなどの世界レベルのクリエイター、
まさに錚々たる面々の時間を10分頂戴して、自分の意見を一方的に聞いていただく機会を得られたのだから、
それはわしの人生における一定の成果なのかもしれない。

各委員発表後の討議では、
アーティストたちはそんなに余裕のある生活をしている訳ではないから、
何かしらの助け舟を出さないと、
オリンピック期間になっても何もせず終わってしまうだろう、
文化庁なり文科省なりが良い案を選び、育てる視点を持つべき、
みたいな意見も述べた。
反省点はあるが、言うべきことは言った、という、満足感はある。
やりきった。
発表には一応わしの本音と魂は込めた。
これにて会議はいったん一区切り。

その日は、別に普通に思えていたのだが、実は静かに高揚していたのか、
自分がどんな感情を抱いているのか自分でわからなかった。
翌日になって去来した想いは、これは何だろう。
これは…一種の虚しさか?
各委員が出した意見はいったん文化庁預かりとなり、
あとは個人的に話が来て、進む話は進むし、進まない話は進まない。
という運びなのだと思う。
わしの案が、何らかの形になるのかは、不明だ。
何にもならないのかもしれない。

「この発表が、あなたの人生の一定の成果でしたね。では、お疲れ様でした。終わりですよ」
ではだめなのだ。始まりでなければならぬ。

変な言い方をすれば、この案にはわしの人生もかかっている。
障害児をオリパラに参加させることへの想いも当然かかっているが、
わしの存在も同時にかかっているということだ。
わしは世界的アーティストでも日本を代表するアーティストでも何でもないし、
この機会に何かできるかどうかは、非常に大きい。
ハートブレイクに終わる可能性だってあるのだ。

しかし他に、誰がやるのか?
誰が障害児をオリンピック・パラリンピックに参加させるのか?
わしにはわしにしかできない使命があると信じ、何かがあることを祈る。
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by syun__kan | 2015-04-24 23:18 | 日記 | Comments(0)
オリパラへのブレスト
オリンピック・パラリンピックの向けての文化政策を検討する委員会にどういうわけか選出され、
もう3回会議をした。
2回目、3回目の会では委員が10分ずつ、パワーポイント等を用いて、
オリパラに向けて何がしたいか、何をするべきか発表していた。
様々なジャンルの一流者による発表は見識に溢れていて、
またそれぞれが尖っていて、
大学の授業を聴くようであった。

そんでもって、今度の22日の4回目の会議では、わしが発表せなあかん。
どうするよ?

一つ言えるのは、わしは、いろんなことを知っているタイプの人ではないということ。
いろんなことができる人ではないということ。
どちらかと言えば、「それしかできない!」「それについてしか知らない!」というタイプの人間である。
なので、他の委員のように、見識に溢れた発表は無理である。

じゃあ、わしは何ならできるのか?
何についてなら知っているのか?
あなた何の専門家ですか?

一つは、「新聞紙とガムテープを使った立体作品づくり」である。
なんと限定的な!
「立体作品」「彫刻」の専門家でさえない。
あくまでも新聞紙とガムテープを使った、である。

そしてもう一つの専門。
それは、特別支援教育であり、美術教育であろう。
特別支援学校で担任を持ち、同時に美術を教えること9年目。
研究者としては力不足だが、ひたすら現場の経験だけならある。

アーティストとしての経験と美術教育の経験を組み合わせたワークショップの開催なども、
わしならではの専門といえるかも知れない。

(あともう一つあるとすれば、低収入にあえぐ現代の若者としての生活実感の専門か?)

という所を踏まえ、じゃあわしが、オリパラに向けて何がしたいのか?と問うた時に、思いつくのは、以前書いたように、
障害児に、「自分は当事者としてオリンピック・パラリンピックに参加した!」と思わせたい、ということである。

たぶん彼らは、及びその保護者や支援者は、
彼らが2020東京オリンピック・パラリンピックの当事者になりえるとは、考えていないだろう。
どこかでだれかがやっていることであり、
せいぜい会期中は、テレビで観たり、良くて会場に観に行って楽しむんだろうな、
くらいにしか考えていないのではないか。

ちがうよ。観るだけじゃだめ。出るんだよ。

観るのと出るのとでは大違い。
観ただけじゃ、ある程度の思い出になっても、その後の自分をずっと支えるような自信をゲットすることはできない。
「出た!」という実感を持たせることで、一生を支える自信を獲得させたい。

わしが立脚する考え方は二つ。

1、障害児者に対し、どのような政策を取れるかは、その国の先進性の指標である。
2、アートは、知的障害児者が、健常者に全くひけをとらない、数少ないジャンルである。

知的障害児者は、やはり読み書きといったお勉強では、健常者にはかなわない。
サヴァン症候群のような例外はあるが…、
音楽も、スポーツも、基本的には不利である場合が多い。
しかしアートについては…負けてない!!
負けるはずも無い。
アートに必要なのは自分をさらけ出すこと、自分だけの美意識を持つこと、雑念を一つも持たないこと。
彼らは自然とそれができる。
彼らが世の中に打って出るには、アートは最も良いジャンルだと思う。
オリンピックという大舞台においても、彼らの存在を強くアピールできるのは、やはりアートだ。

この国において、アールブリュットと呼ばれるようなジャンルの扱いは、他の先進国と比べ、あまり活発でないと聞く。
この機会に、そのあたりを見直させたい、という思いもある。

では具体的にどうするか…
全国には、1080の特別支援学校がある。
このすべてを回って、ワークショップしたい。
無理か?
まあ、全部じゃなくても良い。だいたい回る。
授業にお邪魔するのが無理なら、土日でも良い。
土日の方がニーズあるかも。
かつて一度講師を務めた、多摩美の「出前アートだいがく」の協力が得られないかな?
出向いた先で、新聞紙とテープの工作をしてもらう。
作るのは…メダルだ。
オリジナルのメダルを作るんだ。
運動競技では、金メダルをもらえるのは、一人だけ。
しかしアートは、勝つのはひとりじゃない。
誰もがメダリストになれる。

「世界にひとつだけの花」の、「ナンバーワンにならなくてもいい、もともと特別なオンリーワン」という歌詞、
わしはこれが、二十歳過ぎまで、嫌いだった。
ずっと人と競わされ、少しでも人より抜きん出たいと思って生きていたからね。
何だかその歌詞が、一番になれなかった人のあきらめのように感じられたんだ。
しかし教職の勉強で介護実習に行ったとき、このメッセージの意味と良さが初めて理解できて、
目の覚めるような思いがして、
その驚きがその後の人生を決めたと言ってよい。
この価値観の転換…
それはさながら競技的価値観から芸術的価値観への転換であったのかもしれない。
それを、このオリンピックにもぶつけたい。
誰もがメダルを得られるんだという。

障害にも、いろいろある。
体が、手先が、思うように動かない場合もある。
わしはガムテープが大好きな人間だが、ガムテープだと頑丈すぎて使いづらいケースも多そうだ。
マスキングテープも用意しよう。シールだっていい。
支援者が新聞紙を丸めてガムテープを巻いたところに、少しでも体を動かして、貼って欲しい。
自分で選んだ色のテープを、誰かに貼ってもらってもいい。とにかく、自分がやったと思える方法で。

もちろん、健常の子どもの作品もあってよい。
学習環境まで何から何まで一緒にというのには同意しかねるが、
人々の意識という部分では、ノーマライゼーションには賛成だ。
柵はないし溝もない。みんな一緒に生きている。確かにそうだ。
ことにアートに於いてなんて、分ける必要ない。

完成したメダルは、オリンピック公式の紐を付ける。
自分の首にかけて、記念写真を撮ってほしい。
それから、まとめて秘密基地に送る。
秘密基地には、大量のメダルが届く。

秘密基地では、わしが新聞紙とガムテープで、巨大な人物像を作っている。
イメージは、ペットボトルの少年
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と、
新日本プロレスのオカダ・カズチカ選手
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の中間。
やはりペットボトルの少年は、わしにとっては震災、そして不安な世の中に置かれた現代の子どもたちの象徴だ。

震災当時10歳だった子どもは、2020年には19歳の大人となる。
「あんなに大変だったけどオリンピックできるくらいに完全復活したよ!」
なんて十把一絡げに宣言できるような単純なものではないとは思うが、
ペットボトルの少年にも、オカダのように手を広げて上を見上げ、堂々としてほしい。

高さは、太陽の塔を越えたいので70メートルを目指そう。
その体には、世界の文化の様々なモチーフがてんこ盛られる。
そこは、表面をカオスにするのは得意な関口の作品。
街全体が立って起き上がったような人物になる。
70メートルを一人で作るのは大変だから、
表面にくっつくモチーフも、ワークショップで参加者に手伝ってもらおう。

人物像は、オリンピック・パラリンピックの会場、もしくは会場近くに設置される。
どんなロケーションかはわからない…あまり東京の地理に詳しくないので…
屋根があると良いけど、大きいので屋外になる可能性もある。
表面を樹脂で覆えば何とかなるかな。
とにかく、各メディアが取り上げるであろう、目立つ場所に。
このオブジェを、オリンピック・パラリンピックの視覚的な象徴としたい。

全国から集まったメダルは、紐を延長する。
色とりどりのリボンで。
メダルは、全部、人物像の首にかけてくれ。
腕でも良い。
彼に、みんなのメダルを授与して、祝福してやってくれ。
とんでもない数になると思うが…
極彩色のメダルを身に纏う巨大なレインメーカー。

首や腕にかけられたメダルは、高いところにあって一つひとつは鑑賞者から見えないから、
そこはこのIT時代。
ネット上でアーカイブしましょ、全作品タイトル載せて見られるようにしましょ。
期間中、メダルは増えても良い。
人物の足元で、ワークショップをやり続けても良い。
みんなが参加してよいのだ。

これがわしの今持っている、イメージ。
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by syun__kan | 2015-04-14 00:09 | 日記 | Comments(3)
本気でやる
混じり気のない気高い文化部系とは言ったものの、
全くスポーツ経験が無いわけではない。
わしはわしなりにスポーツと絡んできた。

小学校の頃はイトマンスイミングスクールに行っていた。
しかしバタフライを泳ぐ自分がイメージできず、背泳ぎをやっている段階で辞めた。
「みどり帽」止まりで「黒帽」に進めなかったわけだ。
2年間くらいアマチュアレスリングも習っていた。
中学では何と柔道部。
坊主にもしなかったし、白帯のままで向上心も無く、
しょうもない部員でいつも顧問のサクライマモル先生に怒られていたけど、
手足が、というか胴体も含め、体全体が長かったため、
寝技でグニョグニョと絡み付いて、たまに勝つこともできた。
高校では美術部と掛け持ちし、弱小登山部のヘッポコ部長を務めていた。

要するにわしは決定的に球技が苦手であった。
ボールが自分の元に来ると、完全に慌ててしまうのである。
また、長い体の末端の手足まで細やかに行き届いた動きをさせることができず、
ボールは思う方向に全然飛んでいかなかった。
サッカーボールのリフティングなんか、2回くらいしかできない。
なんというか、ボディ・イメージが無かった。

ところが特別支援学校で働くようになり、自分が体育を教える機会が出てきた。
ははは!
おわらいぐさだ。
あの運動おんちなサンコンが、体育を教えるとはな!!
(「サンコン」は、学生時代までのあだ名)

ただ、わしは、美大生的な感覚については持ち合わせていた。
全てさらけ出すこと。それがアートであり、ロックである。
大人は、苦手なことは、なるべくやらない。
かっこつけていたいからね。
でも、苦手なものをあえて超本気で試行して見せれば、見ている人に何らかの感慨を与えられるかも知れないじゃないか!
できなかったら「チクショー!!」と叫べばいいじゃないか!!

ということで、わしはブリッジにしても立ち幅跳びにしても走るにしても、
へたくそながら、というかへたくそだからこそ、超本気でやって見せることにしている。
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今日は、気まぐれで出ることになったランの大会。
雨天の中、奥さんとボリさんは親子ラン400メートルに出て、
わしは10キロを55分13秒で完走した。
1時間を切るのが一応目標だったので良かった。
体育会系空間にスパイのように潜入する美大的デカダンス家族。
楽しかったです。
来年はハーフマラソンで2時間切ろう。
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by syun__kan | 2015-04-05 22:40 | 日記 | Comments(0)



現代芸術家、関口光太郎の日記。
by syun__kan
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