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アイデアイデヨ
もういい加減、リミットである。
わしは床を見つめて思う。
都内某所、地下のスタジオに通って三日目。
今日、何か良いアイデアを思いつかないと、アウトだ。

一日目は、このような素晴らしく集中できる環境で、制作できることへの喜びと興奮が勝っていた。
お家でも、もちろんある程度は制作できる。
しかし、ボリさんが泣けばそれに対応しなければならないし、
ご不浄があればおむつを替えなければならず、
犬がぬいぐるみを噛めばそれに対応し、
例えそういった事象が起こらなくても、「いつか起こるかもしれない」という状況に置かれているだけで、
集中というものはなかなか生まれない。
まあ、家庭人として当然の務めではあるが、
しかしながらリミットは迫っていた。
なので、シルバーウィークのうち三日間、わしは依頼主の社内のスタジオをお借りし、
制作に没頭することを申し出て、
家族、依頼主双方に了承を得ていた。

一日目は11時半ごろスタジオ入りして、まず踊った。
その場に身を馴染ませるために、わしは踊る、昔からそのようにしている。
踊ると息が上がり、気分が高揚し、
オムツやドッグフードを頭から排除できる。
思いつくアイデアも活気のあるものになる。
特に最近は、わしの芸術的機能は低下していたと言えるので、
しっかり踊らねばならぬ。

そして、アイデアがすべて決まらなくても、
とりあえず作ることは確定している部分を、作り始めた。
それは男性の裸体であった。
そのために、来る途中に世界堂に寄り、美術解剖学の本を買ったのだ。

結局一日目は、5時間半、集中して体を作り、帰宅。

夜には、作品と同じポーズをして、奥さんにたくさん写真を撮ってもらい、プリントアウトした。
美術解剖学の本に載っているポーズも参考にはなるが、
男性の裸体を作っているのだから、
自分でそのポーズをして撮ってしまうのが、最も効率的だ。

二日目も、男の人物像を作り進める。
人体、これは古今東西、もっともベーシックな美術のモチーフである。
作っていてこんなに面白いものはないので、自然とのめりこむ。
わしは、デッサン力は、立体も平面も、こう言っては何だが、まあまあ、ある。
多摩美でちゃんとやったし、もっと遡れば予備校の高美で、柳健司の指導を受けている。
基礎がしっかりしていることは、わしの強みであろう。
新聞紙とガムテープで作る人は珍しいと思うが。

しかしながら、久々に集中して作ったため、夕方、
左手首が、腱鞘炎と言うのか?痛くなり、筋肉が少し腫れた。
くそう、昔は一日12時間制作してもなんともなかったのに。
そして、楽しんで裸体を作っているのは良いが、
肝心のアイデアの全体像が、決まっていないことに気付く。
やばい…
深く悩みながら、電車を乗り継ぎ、帰宅。

からの、三日目である。
左手首には、冷却剤を包帯で巻いている。
今日が秋季集中制作期間の最終日だ。
アイデア、が、決まらない。
踊っても、何も出ない。

今回の依頼は、尊敬なんて言葉では足りないくらい、畏怖と言っても良い、
そういうクリエイターの展示に、
一部参加協力するもの。
半端ないプレッシャー、
そして、展示に自然に溶け込みつつ印象を残さねばならない、というこの仕事は、
芸術というよりデザインである。
爆発させれば良いってもんではない。
様々な条件を勘案し、答えを導き出す必要がある。
感性を解き放ちつつバランス感覚を発揮することが求められる。

わしは座禅のように座ったりもした。
何か良い考えを出すために、体を動かすという方法もあるけど、
日本には静かに座禅を組むという方法もある。
いろいろやってみればよい。

良いデザインは、みんなを楽しませる。
しかしそれを生み出すために、考え出すために、クリエイターはいつも楽しい思いをしているのか?まさかそんなわけない。
時として、地獄を見るのだろう。
暗い海に、沈んで沈んで、水の流れを何とか掴んで浮き上がり、
一瞬水面に出て輝いた瞬間を作品として定着するのだ。

トイレにも行った。これも、行き詰った時、よくやる方法だ。
ことさら、リラックスを強調しながら、トイレを済ます。
沈想し、視界をあえて狭めて、手を洗って、
ドアを開けて、歩いて、ドアを開けて、スタジオに入る。
ふと顔を上げて、制作中の状況を見る、
何も出ない。

しかし悪い感じはしなくなってきた。
色々な条件が体と頭に馴染んできて、何か答えが出そうな予感の予感がする。
暗闇を走る黒猫のしっぽを掴むよう。

辛いけど、こんなに集中できる時間と環境をいただいたことへの幸福感も同時にある。

また座り、ついには寝た。
寝る…その環境に体を馴染ませる最終手段かもしれない。
床が冷たい。風邪をひくかもしれない。
でも今寝ないともっと大変なことになる、かもしれない。

20分程気を失っていたか?目覚める。
立ち上がって、依頼主のスタッフさんが差し入れてくださったマスカットと食べていると、
頭の中にすでに答えがあることに気付いた。
これだ。
ついに降りてきた。

わしは静かに興奮して、奥さんにメールした。
何を作れば良いか、はっきりしたのである。
この一ヶ月くらい、頭に存在し続けたもやもやが、晴れたのである。
やった!

まあ、立体制作においては、これから実際に手を動かすことの方が大変なんだけどね。
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by syun__kan | 2015-09-24 20:54 | 日記 | Comments(0)
コマへ
元気?
いや、元気だよな。
よく知っている。
最近寒くなってきた。
布団の下に入ろうか、上に乗ろうかで悩むよな。
今日は折り入って、君に伝えたいことがあります。
ていうか、いつも同じ空間にいるのに、こうしてあらたまるのも、若干の違和感はある。
しかしながら…これだけは、どうしても言っておかなければならない。

今日、お前、お母さんに踏まれてただろ。
ドアの敷居の上に寝ていて、
そこを通ろうとしたお母さんが、お前に気づかずに、ムニョって。
でもお前は、特に反応しなかった。
甘んじて踏まれていたじゃないか。
そういう状態が、世間でどういわれているか知ってるのか。
「ねこふんじゃった」っていうんだぞ。
童謡にもなってる。
「ねこふんじゃった、ねこふんじゃった」って。
幼稚園とかで歌われてるんだぞ。

それからお前、今日、1歳9か月のボリさんが、散歩の帰りにねこじゃらしを摘んできたよな。
家の中まで持ち込んで、床に捨てた。
おれは、その葉っぱと茎を食べた。
犬らしくな。
自然物なら何でも食べてこそ犬。
おれはそう思っている。
でもお前は…
穂の部分にパンチして遊んでただろ!
ねこじゃらしにじゃらされてるじゃないか!
それだけは、やっちゃだめだろう、ねことして。
ねこじゃらしに、じゃれるとか。
どう考えても。

お前はいつから…
いつからそんなに日和ったんだ?

そう、お前はそんなねこじゃなかった。
お前がこの家に来た時のことを、覚えてるよ。
というか、おれの散歩中に、お前は拾われたんだ。
まだ子猫だったよな。
道で腰を抜かしてたんだ。
それをお母さんが、おれの散歩エチケット袋に入れて持ち帰ったんだ。

しかしお前は、全くの人間嫌いだった。
押入れの隙間に入って、ほとんど出てこなかったよな。
人間になんか触らせない。
姿も見せない。
でも餌だけはいただく。
おれはこの家の先住四足哺乳類だったから、新規参入は気に食わなかったけど、
お前がそういう、ハードボイルドなスタンスを取ったから、まあ許してやったんだ。

お前は、すくすく成長して、
獣医に「骨格が鉄筋コンクリート」と言われるようになり、
おれよりでかくなった頃、人間の前にも姿を見せるようになった。
よく一緒に、レスリングしたよな。
おれはグレコローマンで、おまえはフリースタイルだった。

でも、人間に対しては、観賞用にとどまったよな。
この家に来てかれこれ4年経ったけど、やっぱり人間には触らせない。
人間が触ろうとすると、すっと逃げちゃう。
お母さんも、お父さんも、「いずれ抱きたい」なんて夢は、とっくにあきらめたはずさ。
お前は気高い野良猫。
現在たまたま関口家を通りすがっている野良猫。
だったはずだろ?
どうなんだ。

おれは短毛種だ。
おまえが敷居を下げちゃったら、やつらはおまえのフワフワに夢中になるだろう。

今一度、考え直してほしい。
おまえの、誇り高き野生の肉球は、素敵だったぜ。
悪いことは言わない。
元のハードボイルドに戻れ。
ハンフリー・ボニャードになれ。

おれが言いたいのはそれだけだよ。
犬は口が長く、ねこは口が短い。
犬ワンワンワン、ねこにゃんにゃんにゃん、カエルもアヒルもガーガーガー。
おやすみ。

ハルより
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by syun__kan | 2015-09-21 00:46 | 日記 | Comments(0)
日記を書いた
小学校2年生のときの、夏休みの絵日記を実家で見つけたら、

「○月○日 きょうはにっきをかいた」

という記事があった。
たぶん、その日一番のトピックスが、日記を書いたことだったのだろう。
というか、そうだったのである。
わしには、この日記を書いた記憶がある。
書きながら、「なんかおかしいな」と思った記憶がある。

日記も、物語も、原則として、出来事はもう済んでいる。
済んだ物事を、後から記すのである。
「日記を書いた」という日記が、「なんかおかしい」のはそのためである。
今やっていることだからである。

さらに言うと、日記に「日記を書いた」と書くことは、内容的に、ある意味で非常に当たり前なので、そこもつっこみどころではある。
日記に「今日は日記を書かなかった」と書いたら嘘だが、書いてあるのだから、言うまでもなく、書いたのである。

しかしまあ、その記事を、不自然とまでは言いたくない。
こういう表現があってもいいではないかと思う。

その日一番のトピックスが、日記を書いたことであった。
それはそれで、象徴的だと思う。
他になんにもなかったんだ。きっと。
思えば、小さいころは、「暇つぶし」という概念があった。

「暇」

なんと貴重な、魅惑の概念。
なにもしなくて良い時間。
それを、「つぶす」だなんて。
「つぶす」…

大学3年生になって芸術についての自我が芽生えて以来、10年以上、基本的に暇になったことなんてない。
文庫本を忘れて電車に乗っちゃったときとかは別だけど…。

大学生のころは、夜寝るときに日記を書く余力なんてなかった。
瞬間、瞬間を切り抜けるので精一杯。

社会に出て、アーティスト活動をするようになり、このブログを始めて、
小学校以来に日記を書いた。
週一回程度だが、それはわしにとって娯楽であり、文を書く練習であった。

そして自分の調子を図るバロメーターともなった。
時間的、体力的、精神的な余裕の有無が、
「週一回、日記を書く」という、勝手に自分に課した義務を経ていくことによってわかる。

時間的な余裕について言えば、一回の記事は20分くらいあれば書けるのだか、しかしそれがなかなか捻出できない。
子ともが生まれてからは特にそう。
最近も、「書きたいな」とは思っていたが、貧乏暇無しはなかなかにリアル。

だから「日記を書けた」という事実は、それだけである程度の意味を持つ。

今日は日記を書いた。
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by syun__kan | 2015-09-10 23:14 | 日記 | Comments(0)
髪型クライシス
明日から新学期なので、髪を切りに行った。
夏の間ツーブロックマッシュルームみたいな感じだったので、もう少し普通にしようかと。
1500円の店で。

襟足について、
「今はツーブロックになっているけど、グラデーションにしてください」
と要望を出す。
すなわち、下を短くして、上に向かいだんだん長くして、上の長いところと合流してほしいと。
そういうイメージを持っていた。わしは。
しかし美容師さんは、グラデーションにするには長さが足りないと。
なんとなく威圧的な美容師さん。
「じゃあ、襟足は切らなくていいです。
上の長いとこだけ短くしてください」
と、言えばよかったんだ。
今思えば。
でもわしは、
「じゃあ、グラデーションにならなくてもいいから、刈り上げます」
と言ってしまったんだ。
ここが分かれ道だった。
わしのイメージ図から、微妙に、しかし決定的に遠ざかる、分かれ道。

出来上がったと宣告され、合わせ鏡で後頭部を見せられる。
そこにいたのは、ハードなコボちゃんであった。

これはまずいな…

明日から新学期なのに。

学校は世の中の基本を教えるところなのに。

ハードコボちゃん頭の32歳は応用編もいいとこだ。

しかしながら、今から「抜本的に改革してください」とは言えないし、
美容師さんも何となく威圧的だし、
わしは何食わぬ顔で
「これでいいです」
と言い、
会計を済ませて店を出た。

プチパニック。
18時半の路上でプチパニック。
どうしよう、明日仕事行かれへん…

夏休み中やったら、問題ない。
しかし、学校っていうのは、取りも直さず、世の中の基本を伝えるところ。
この頭は、多分アウト。

しばし逡巡の後、わしは、最終手段に出るしかないと判断し、歩き出す。
すなわち、ハシゴである。
美容室のハシゴ。
何だか、悪夢を見ているみたいだ。

現在18時45分。開いてるだろうか…
別の1000円カットの店を目指す、
良かった、遠くに見える店の明かり。
入店。

「切ったばかりなんですけど、イメージと違くて、
もう少し普通にしてもらえますか」

と述べるわし。
我ながら、何じゃその要望は。

「今のかっこいいじゃないですか」

と言われる。
ああ、そう言わんと…
確かに、かっこいいんよ、もしわしが美大生ならな…
しかしわしはもう、一端の社会人なんよ…

「そこを何とか。
ものすごい短くてもいいですから。
趣向とか狙いとか何でもいいから、とにかく、普通に…」

とのことで、修理が始まった。

わっしわし切られていく、わしの髪。
「普通になれ、普通になれ」と念じながら、固まった表情で鏡に見入るわしの顔を見るわし。
やがて、紡錘形の人間が出来上がった。

似合っているとは全く感じられないが、確かにさっきよりは普通だ。
いるよね、こういう髪型の人。
OK、これでいい。
ありがとう、1000円カットのお兄さん。

帰宅。
1歳8か月のボリさんは、ちゃんとわしだと認識してくれた。
しかし、笑っている。
しかも、自分の頭をぺしぺししながら。
1歳8か月なりに、精一杯、

「お前、面白い頭になったな!」

と言っている。

奥さんも笑う。
奥さんもこの間、髪を切ったばかり。
わしの勧めで、広瀬すずさんの写真を持って行って、切ってもらっていた。

わし「君はいいよね。
そんなかわいい髪型で」

奥さん「そんなことないよ、私今の髪型あまり気に入らないんだ…」

わし「ぜいたくを言うんじゃない!
かわいいじゃん!広瀬すずちゃんじゃん!
わしなんか…
ウド鈴木さんだよ…
ウドさんにも達していないよ。
ウドの大木ですよ。
植物ですよ」

わし「そう自暴自棄になるなよ。
ベッカムも、同じような髪型してたよ」

ベッカムの画像を検索する奥さん。
確かに、坊主頭の写真はあった。
うん、かっこいいね、ベッカム。

しかし、顔が違う!

その後、わしは何度も鏡を見て、現実を受け止めようとした。
必死に慣れようとした。
ジョリジョリに。
確かに、こういう頭の人はいる。
でも、その人たちが、どうしてそんなにジョリジョリと刈り上げようと思ったのか、わしにはわからない。
わからないけど、わしもそういう髪型をしている。
不思議な状況だ。
理不尽とさえ言える。
でも、別に誰も悪くない。
笑うしかない。

「笑うしかない」という状況は、
字面だけ見れば、そんなに悪くない。
泣くでも怒るでもなく、
そこには笑いしかないのだから。

そう思うことにしたよ。
髪が伸びるまでな。
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by syun__kan | 2015-09-01 00:20 | 日記 | Comments(0)



現代芸術家、関口光太郎の日記。
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