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あえて戻る

最近ボリさん(2歳1か月)が覚えて使った言葉で、「お、いいな」と思ったのは、

「イエー!」

である。
この言葉、元来無意味である。

というかボリさんは、生まれたときは泣いていて、
その後もアーアーだのバブーだの、
特に意味のない言葉を連発していたわけだ。

でもそれが、わしは意外と好きだった。
意味のある言葉もいいけどさ、
ビートルズの「オブラディ、オブラダ」、マイケルの「シャーラ、シャーリンゲイ」のように、
意味のない言葉って、素敵じゃないか。

でもボリさんは、徐々に意味のある言葉を覚えだす。
「とうしゃん」「かあしゃん」「ぞうしゃん」など。
「とうしゃん、いないねー」など、
二語文も話すようになってきた。
そのうち、三語文、四語文になり、
助詞が入り、接続詞が入りで、
日常会話ができるようになるかもしれない。
その方向性をさらに進めていけば、
難しいことを話せるようになるかも。
世界情勢とか、環境問題とかね、
もっとやりこめば、宇宙だとか、哲学だとか、宗教だとか、
人間はどこから来て、どこへ行くのか、
生きる意味とは何か?
人生とは?
とか、そういうところまで。

でも、わしは時々、
「そこまで考えてどうすんだ?」
と思ったりするんだ。
何か、考えすぎるのも良くないな、と。
意味のある言葉は大事だけど、突き詰めすぎも良くないんじゃないかと。
だから、無意味な言葉が好きなのかもしれない。

「イエー」は、
意味のある言葉を言えるようになった人間が、
無意味な段階にあえて戻るために、発する言葉だ。
ボリさんも、そんなことが言えるようになったんだなと。

以前、寝たきりの段階を脱し、ようやく立ち上がれるようになり、
歩けるようになったボリさんが、
ニヤニヤ笑って、ごろんと寝っ転がって見せたことがあった。
動けるようになって、動くことこそが我が使命!という感じだった人間が、
あえて動くのをやめることで、遊んでいたのである。

あえて戻るのは、けっこう素敵だ。
それが遊びになり、アートになり、
豊潤さを生む。
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by syun__kan | 2016-01-27 23:23 | 日記 | Comments(0)

ボリさん2歳1か月

ボリさんが真っ先に覚えた言葉は、「はむ」である。
うちの飼い犬の「ハル」のことだ。
「はーむ。はむ。はむちゃーん!」
と、よく叫んでいたのが懐かしい。

飛行機も好きだった。
空を見上げて飛行機を見つけ、
「ひこ!」と、よく声を上げていた。

ボリさんは現在2歳1か月である。
このくらいの年になるまでは、
興味の趣向は、親の影響下に置かれている部分が大きい。

奥さんは動物好きで、年パスを買って上野動物園やサンシャイン水族館に、頻繁にボリさんを連れていく。
ボリさんも動物が大好きになった。
言葉も、動物の名前から覚えていった。

「いぬ」という言葉を覚えたのは大きい。
「ハル」は、「ハル」だけども、「いぬ」でもある。
上位概念というやつだ。

そして、「わんわん」ではなく「いぬ」という言葉で獲得できたのも、
個人的には、かっこいいと思う。
ちゃんと大人になっても、学術書でも通じる語句だ。
しかし、児童館の子どもたちや先生に影響され、「わんわん」という語も、遅れて獲得した。
さらに、最近体験している英語教室では、「Dog」であると、教わっている。

ボリさんにとってハルちゃんは、「ハル」であり「いぬ」であり「わんわん」であり「Dog」であるという、
非常に芳醇な状態になっている。
まだ言葉の少ない中で、破格の扱いだ。

その他、覚えている動物の名称は、
「ぞうさん」「きりん」「ぱん(パンダのこと)」「かえる」「さる」「かば」「さい」「くま」「とり」「うさぎ」「ねこ」「わに」「ごりら」など。
ゾウだけが「さん付け」され、いぬとは違った形で別格扱いされている。

「とり」の概念は、さらに「はと」「からす」「ぺんぎん」の下位概念に分化され、
それらも言うことができる。
この先が難しいと思っている。
鳥はさらにワシタカ類やサギ系、シギ系、カモ系、キツツキ系など、無数に細部分化されていくが、
それらの概念をいつ伝えていくか…。
とりあえず今は、ボリさんが図鑑を指さしているときは、
「それはブッポウソウだよ。それはセイタカシギだよ」などとマジレスすることなく、
カラス、ハト、ペンギン以外は「とりだねー」と言ってザックリ返している。
ボリさんも、「くちがとがっているやつはとり」と認識しているようだ。

そう、動物は写真や実物ではなく、デフォルメされたキャラクターとして提示される場合が多い。
中には実態とけっこう離れたものもあるが、
それでも、実物とリンクさせて認識できるのは、人間の面白いところだ。
デザインする側の力でもあり、認識する側の能力でもある。

最も判別が簡単な顔は、ウサギであろう。
丸い顔に、長い耳が上向きに付いていれば、それはウサギである。
口は、「×」や「Λ」で描かれ、ウサギの口の特徴を表現している場合もあるが、
他のキャラクターと同じく、「∪」のような上向き半円のにっこり口で表される場合もある、
しかし耳さえ、耳さえ上向きで長ければ、
ボリさんはそれを「うさぎ」と言える。

耳が上向きの三角ならば「ねこ」であり、丸みを持っていれば、「くま」である。
「くま」は、口が省略され、黒くて小さな鼻の周りがもう一重丸で囲まれていている場合が多い。

「ねこ」の基本形に模様や牙を加えると「とら」になり、
顔の周りをワヤワヤした線で囲めばライオンとなる。

うちにはテレビがないので、パソコンでDVDを見せることが多い。
長らく氷の魔法を掛けられていて「アナ雪」一筋だったが、
「美女と野獣」「不思議の国のアリス」「おしゃれキャット」等、
奥さんの好きなクラシックディズニーに少しずつ興味を広げ、
一時的には、お箸の国の大名作、「となりのトトロ」が「アナ雪」を超えるほど心を掴んだ。

この辺も、トトロが動物的だからこその結果だろう。
同じ理由で、動物的なものが登場する「リサとガスパール」「パンダコパンダ」「ピングー」もよく見た。
「ひつじのショーン~バック・トゥ・ザ・ホーム」も強力だった。

しかしそのうち、幼稚園くらいになれば、
ボリさんは、奥さんの趣味でもなく、わしの趣味でもない、
自分なりの「好きなもの」を見つけるだろう。
「ボリはそんなのが好きなんだねえ。お父さんにもお母さんにも、わからないなあ…」
というような。
それがヘイセイジャンプなのかテニスなのか吹奏楽なのかスキューバダイビングなのかロッククライミングなのか土俵入りなのか何なのか、
まったく予想はつかないけど。
そのようにして、徐々に親のコントロールを外れていく。
思春期を迎え、中学、高校くらいになったら…
どんな子になるんだ?
部活は何部?
さっぱりわからないけど、親のコントロールからは、ほとんど外れてしまうかもしれない。
「うざいんだよかんけーないでしょ」
くらいは言うだろう。
悲しいぜ。
悲しいからせめてあらかじめ予告してやる。
やーいやーい思春期め。
二十歳過ぎたら今度は若干親に感謝し始めたりするのさ。
そして職業は?
おそらく…呪術師とか、マジシャンとか、エイサーの先生とか、登山家とか、プロボウラーとか、バレリーナとか、刀鍛冶とか、地方公務員とか、
とにかくこちらが、一切予想できなかった道を見つけ、進んでいくのだろう、という気がする。
コックピットにはアラームが鳴り響き、「コントロールを外れました。自動操縦に切り替わります」というアナウンスが流れるだろう。

ボリさんとわしの関係性という名の飛行機が飛び続けられるために、
今はまだ手の内にあるかわいいボリさんと遊んで、燃料を満タンにしておかなくてはならない。
それは、お互い様に、である。
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by syun__kan | 2016-01-20 00:24 | 日記 | Comments(0)

4種盛り合わせ

くそう、うまく眠れなかったぜ。
今は日曜朝の電車で、この文を打っている。
昨日は、ある友人の作品をトラックに積み込む手伝いをしていた。
今日は、搬入先での荷下ろしを手伝いに行くのだ。
その、昨日見た彼の作品が、あまりにもスリリングだったので、
わしは宿泊先のホテルでトイレの水が詰まってフロア全体が水浸しになるようなハチャメチャな夢を見た挙句に、4時に目覚めてしまった。

大規模なコンペティションに出品される彼の作品が、どんな反響を呼ぶか、非常に気になっている。
その結果如何が、わしが制作活動する上での精神に与える影響は非常に大きいと思う。

やれやれ、2016年は、まだ始まって半月ぐらいのはずだ。
何だろう、この中身の濃さは?
世の中的にも、デヴィッド・ボウイが亡くなってしまうわ、SMAPさんが解散するわ、中邑真輔が新日本プロレスを退団するわ、
どちらかというと破壊的なニュースが矢継ぎ早に起こる。

わしの周辺のアート活動に関しては、今年に入って4種盛り合わせ状態だ。

元日とその翌日は、前橋の実家で「女王」という作品の手直しをしていた。
女子美術大学のギャラリーである、「ガレリアニケ」という場所での展示に出品するためだ。
その後、下見や搬入のために半月で3度も、東高円寺の女子美のキャンパスに足を運んだ。
そう、この展示は1月15日にスタートしている。
http://www.joshibi.net/museum/nike/
「女王」と「王様」を出している。
新作は…「ドライヤー」という小品が一つのみ。
というか、「女王」も「王様」も、もう何年も前につくったものだ。
「女王」に至っては、展示されるのは、今回で…そう…たぶん8回目だ。

お前、いつまでその作品で商売するんだ!?新作はどうした?

という感じがしてしょうがないが、今回はキュレーション側の方からこの作品に出動要請があったというわけなので、
どうかご承服いただきたい。
これが1種目。

成人の日には、3月から行われる、あるデザイナーの大規模個展に少しだけ協力するための制作物を、
赤帽さんで代々木に搬入した。
冬休み中は「女王」の手直しのほかに、家でこの制作物をちまちまちまちまとつくり進めていた。
これが2種目。

その週には、終業後に国立新美術館に出向き、4月に行う予定のワークショップの打ち合わせをした。
3種目。

そして昨日今日の、友人の手伝いである。これで4種。

わしのお小遣いの大半は、交通費で消えていく(友人は交通費を出してくれるが)。

学校では美術の授業が始まっているし、生徒の作品紹介ブログも続いているので、
アートに関しては4種どころではないかもしれない。

「アート」というものに対しては、大学のころは愛憎入り混じる感情を抱いていたが、
結局のところ、わしからアートを差っ引いたら、
何が残るんだろうという感じもする。
経済的には相変わらずカツカツだが、
このアートの能力は、一億円もらっても手放したくない。
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by syun__kan | 2016-01-17 19:07 | 日記 | Comments(0)

デヴィッド・ボウイ氏

わしはプロフィールなどに使っている写真で、
右手を胸に当て、左手を前にかざすポーズをしている。
これは、デヴィッド・ボウイの「ヒーローズ」というアルバムのジャケット写真の真似である。
f0177496_22323246.jpg

ブログトップの写真にも使っている「明るい夜に出発だ」という作品には、塔の中ほどに、
このポーズをするデヴィッド・ボウイの像がくっついている。見えるかな?
というかわしは、2012年に岡本太郎記念館で行った展示のタイトルは「ヒーローズ」だし、
DMの写真でもそのポーズをしている。
f0177496_22331355.png

その展示のために制作・展示した作品「ヒーロー」「王様」「女王」も、
デヴィッド・ボウイのアルバム「ヒーローズ」の中の「ヒーローズ」という歌の詞、
「We can be heroes. Just for one day」
「I will be king. and you will be queen」
に着想を得ている。

どうしてこんなにデヴィッド・ボウイの「ヒーローズ」が好きなのか?

この曲に感銘を受けたのは、大学で卒業制作をしているときだ。
わしは「瞬間寺院」という作品をつくっていた。
ハサミや靴やカマキリなど、様々な日常的なものが集合し、寺院の形になっているものだ。
普通、寺院には、神話の場面など、神々しく普遍的なものが彫刻されている。
しかし、日常的なものだって、よく見れば、感性を研ぎ澄まして見れば、神々しく、美しいじゃないか!
その瞬間だけなら…
だからわしは、そういったものを集めて寺院にした。
新聞紙とガムテープという、もろくて、永遠に残ったりはできない素材で。
刹那の美しさ、瞬間の寺院。
その刹那性には、自分を重ね合わせている。
歴史に名を残すような存在にはなれないかもしれない、
でもこの生きている瞬間に、何かしらを刻み付けようと。

その心情に、デヴィッド・ボウイの「ヒーローズ」が寄り添ったのである。
「僕たちはヒーローになれる。たった一日だけなら…」
ヒリヒリするような刹那性だ。
それは、まさにわしが、表現したかった美しさであった。
というか、そのまんま、ザッツ・オールという感じで、
わしの作品なんか見なくても「ヒーローズ」聴けば全部分かっちゃうんじゃないかというくらい、
わしが新聞紙とガムテープで作品をつくる行為と、この曲はシンクロしている。
以来、わしの造形活動のテーマ曲になっているのだ。
短いシングルバージョンではなく、長いアルバムバージョンがオススメだよ♥

キャリアの長い方なので、すべての時代を把握している訳ではないけど、
そんな訳で、とても思い入れのある方だった。
やれやれ、マイケル・ジャクソンもデヴィッド・ボウイもいない世の中になってしまった…
残念です。
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by syun__kan | 2016-01-12 22:39 | 日記 | Comments(0)

正月の実家

母「秋に送ったリンゴ全部食べた?」

わし「けっこう食べたけど、3個くらい残って、痛んじゃったから捨てたよ」

母「あら、残念ね…」

わし「だって…ものすごい数だったから」

母「うちではみんな毎日食べたわよ。あのくらい食べれるわよ」

わし「いや…あの数は無理です。
それに何かね、最近リンゴ生で食べると、胃が痛くなっちゃうんだよね」

母「そうなの?うちではそんなことなかったけど」

わし「だから食べきれなかったんだよ」

母「それアレルギーじゃない?
あ、庭にヒヨドリ来た」

わし「ヒヨドリですね。
そしてそのヒヨドリがつついているのは、あれは何?」

母「余ったリンゴよ!鳥にあげてるのよ!」

わし「・・・・・・・」

ヒヨドリ「ヒーヨヒーヨヒーヨ」
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by syun__kan | 2016-01-09 22:51 | 日記 | Comments(0)