生まれ変わるか変身するか

知人のHさんは、
「生まれ変わったらシロナガスクジラになりたい」
と言っていた。

おっさんというあだ名の友人は、
「おれは将来、『速さ』になりたい」と言っていた。

生まれ変わってシロナガスクジラになる。
将来、『速さ』になる。

どちらも夢のある(?)発言だが、
わしはどちらかというと「『速さ』になる」ほうに共感する。

なぜかというと、とりあえずわしは生まれ変わりを全然信じていないから・・・

と、Hさんに伝えたら、Hさんは
「空想して楽しんでいるだけだよ!別に本気で生まれ変わりたいと思ってないよ!」
と言っていた。

なるほど。
でもやっぱり、信じていないと、空想もしにくいところがある。

その点、わしは、その気になれば何にだってなれると、根拠もなく信じているところがあるので、
たとえ「速さ」が生きものでなく、それ以前に物質でもないにも関わらず、
「生きている間に、本気で『速さ』になりたい、と思い続けて、努力すれば、『速さ』にだって、なれるんじゃないか?」
という気がする。

おっさん、『速さ』にはなれそうかい?

ところで、わしは将来何になろう。
じゃあ、わしは、『イェー』になろう。
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# by syun__kan | 2008-06-10 21:01 | 日記 | Comments(0)

おっさんというあだ名の友人へ

おっさん、わしは最近、男性の体格についてよく考えるんだ。
歳をとっても、ずっと現役バリバリでいられる男って、
背はそれほど高くなくて、ドラム缶のような、頑丈な胴体を持っている。
これが最近確信している仮説だ。

ピカソがそうだ。ピカソがパンツ一丁の写真は大好きだ。
生命力の象徴みたいだ。

ピカソよりも背が高いけど、初めて三宅一生さんに会ったときにも、
「これこそいつまでも老けないでいられる男の体だ」と思った。

ジェームス・ブラウンもエネルギーの詰まってそうな体をしている。
50歳のときのライブなんか、本当にダイナマイトみたいなエネルギー、目にも止まらぬマイクスタンド倒し芸!

ひょろりと細い体格も、若いうちはいいけど、歳を取ったら、もたなくなる気がする。
マイケル・ジャクソンのことは大好きだけど、
01年の、43歳のときのライブを観ると、体力的、感覚的な衰えが隠せない。
ジェームス・ブラウンが70すぎまで現役だったことを考えると、やっぱり少し衰えるのが早い気がするなあ。

ところでわしの体は、マイケルよりもひょろひょろで薄っぺらい。
将来のことを見通して、もう少し太って、がっしりしたほうがいい気がする。

おっさん、あなたはたしか170と少しくらいの身長があるのに、体重は40キロ台だったはず。
お互い、もう少し太ろう。

去年、旅行先のビジネスホテルでサウナに入って、サラリーマン的なおじさんたちに囲まれたのだけど、
そのときにすごく感じたのは、
男は、20歳くらいが体力のピークで、
そして肉の付き方は、30台の後半が、一番張り詰めてパンパンになる気がする。
その後はしぼんで行くわけだけど、そのしぼみ方がすごく個人差があるんだ。
お尻とか太ももがしぼんで、その弱い土台の上に下腹だけが膨らんで乗っかってる感じのおじさんもいれば、
白髪なのに立派に張り詰めたお尻を太ももを誇示してる人もいる。

そう、その、40をすぎてから肉体のしぼみ方、膨らみ方こそが、その男の人生の答え、という気がしたんだ。

いい男になろうぜよ。
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# by syun__kan | 2008-06-07 19:28 | 日記 | Comments(0)

ボックスアート

学校では、わしは今年から美術担当なのだ。
だから生徒に与える題材を考えなければならない。
最近は、「ボックスアート」をスタートした。

ボックスアートとはなんぞ?というと、箱の中に立体や平面の創作物を配置する芸術のこと。
(プラモデルとかのおもちゃの箱絵も「ボックスアート」と呼ばれるけど、それとは別ね)
よく知らないけど、ジョセフ・コーネルという作家さんの作品とかが有名なよう。
健常の中高生なんかも、学校の美術でやったりするよね。
思春期とかの、自分の内面を、箱っていう形に投影しやすいのだろう。

絵を描く場合は、壁画とかをのぞき、紙やキャンバスに描くから、広さに限りがある。
世界の広さが、「はい、ここまでー!」と決まっているんだ。
枠という形で。
だから、その枠に対して、どれだけ大きく描き込むかによって、
100パーセントも、10パーセントも、自由自在に表現できる。

しかし、立体作品は、空間の中に置くから、
世界の広さが、「ここまでー」と決まっていない。
屋外なんかに置いたりしたら、それはもう。大変。
世界の広さは、ほんとに、リアルに世界の広さなのだ。
だから、100パーセントとか、10パーセントとかを表現し分けようとすると、難しい。
枠っていう、比較対象というか、目安がないんだね。



っていう部分を解消するのが、ボックスアートなんだと思う。
枠のある立体。立体とか作ったことなくても、枠があると作りやすいよね。

というか、何事も、枠があるとやりやすいよね。
0からすべて作りだすのは大変。
バンドやろうと思ったら、ボーカルと、ギターと、ベースと、ドラムが必要。
これも一つの枠だね。

もし、「バンド」という枠の存在しない世界で、
「みんなでかっこよく音楽やって、モテて、あわよくば仕事にしたいんだけど、なにが必要だろう??」
とか考えながら、0から何かやろうとしたら、大変だと思う。きっと最初は変な隊形が出来上がるはずだ。

けど、いろんな人が、長い時間をかけて「みんなで音楽やってモテる」を目指してあれこれやってるうちに、だんだん
「指揮者はいらない」「木魚もいらない」「細いパンツをはいたほうがいい」「中学生くらいから始めたほうがいい」「いつもニコニコしていないほうがいい」
とかがわかってきて、結局「ボーカルと、ギターと、ベースと、ドラム、クールな態度」に落ち着くのだろう。

わしは、一番初めの、変な隊形のバンドが見てみたいなあ。
にこやかに木魚を叩く。
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# by syun__kan | 2008-06-03 21:25 | 日記 | Comments(0)

AERAに出たよ

暗くて深い赤をバックに、
長い髪を真ん中わけにしたとびきりの美少女が、こっちを見つめています。
そんな表紙の雑誌の中ほどをめくると、
髪の毛がハネてるメガネのでかい男が、新聞紙のゴチャゴチャの前で腕組みして「ガッハハ」と笑っている。

つまり、AERAに載ったということです。表紙は榮倉奈々さんなのだ。

これまで、アルネとか、penの別冊とか、完全に身に余る素敵な雑誌に載っけてもらったことはあるけど、
AERAに出るのは、また違う感慨があります。

何しろ、床屋さんにも、ラーメン屋さんにも置いてあるのがAERA。
毛細血管みたいに、日本全国に行き渡っています。

ちなみに、髪がハネているのは、寝ぐせではなく、直前のインタビューで弱々しい語彙の中から言葉を引っ張り出そうと苦しんでいたときに頭をかきむしったからだと思う。

記事を読ませてもらうと、やはり養護学校の教員であることがクローズアップされています。
これは、まだアーティスト単体としてはAERAに載れるほどの面白さではない、ということですね。

養護学校の教員であることがセールスポイントのように言われると、なんとなく申し訳ない。
なぜなら、教員としてはまだ何にも実績を残せていないし、日々「今日のわしの仕事ぶりは、これでよかったんだろうか!」と悩んでばかりだからだ。

http://www.aera-net.jp/
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# by syun__kan | 2008-06-03 05:56 | 日記 | Comments(0)

作りたい。

http://www.2121designsight.jp/

今は21_21 DESIGN SIGHTというところで展示させてもらっています。
しかし、次の展示などの予定がなにもないので、
いいお話がなにか来ないかなー。
なんかまたでっかいの作りたいなー!!と思っています。

場所とチャンスと時間さえゲットできたら、

キメキメの立体を、ビシバシ作って、またみんなに笑ってもらえるようにがんばります。

トリエンナーレとか、ビエンナーレとか、「ナーレ」がつくやつに出たいです。

面積が広くて、天井が高くて、人がいっぱい見に来てくれるところに、設置したいです。

とか、夢を並べてみる。

いいお話、来ないかしら。白馬の王子様、早く迎えに来て。

アーティストとしての就活。
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# by syun__kan | 2008-06-01 21:03 | 日記 | Comments(0)

よし!ブログをやろう。

自己紹介をしよう。
関口光太郎です。
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# by syun__kan | 2008-05-28 21:34 | 日記 | Comments(0)