坂の上の雲を読んでいる。
「坂の上の雲」は、司馬遼太郎が、日露戦争前後の日本について描いた長編歴史小説である。
封建の世から目覚めたばかりの日本が、登って行けばやがてはそこに手が届くと思い焦がれた近代国家・列強というものを「坂の上にたなびく一筋の雲」に例えた切なさと憧憬をこめた題名である。
と、ウィキペディアには書いてある。
弱小国だった日本が、大国ロシアに勝とうとするのは、
坂を駆け上って、雲を掴もうとする、ような、大変なことだったんだね。
そして、この文章を読むのが遅いわしが、全8巻ある長編を読み切ろうとするのも、
坂の上に浮かぶ雲を掴もうとするような物事である。
ここ数カ月読んでいる…
初め主役級だった、正岡子規は死んでしまったのである。
正岡子規が死んだら、あとは延々と戦争の話。
4巻がつらかった…山の中を、日本軍が、進んだり退いたり延びたり…
現在第7巻。まただんだん面白くなってきた。
何しろ、明治期の日本人の考えることや行動は、現代人とかけ離れていて面白いのである。
秋山好古とか、児玉源太郎とか、明治の軍人がたくさんでてきて、
砲弾が降る中寝転がって酒を飲んだり、小便をしながら泣いたり、双眼鏡をのぞいて「沈んでおります」とか言ったり、ポケットから炒り豆を出してかじったり、部下が神経痛になったり鉄橋から落ちたり黄疸になったりする。
日本という国の存亡が懸かった内容だけに、
司馬遼太郎の文章表現は淡々としながらもどうしようもなくドラマチックであり、
わしの現実生活には登場しないような場面ばかりである。
わしの生活には「突撃」も無ければ「全滅」も無い。
「攻勢」さえ無い。
炒り豆をかじるくらいならできるが、
黄疸になるのだって嫌である。