8か月の奥さんのおなかは顕著に大きくなり、
中のボリジロウ(仮名)はよく動いている。
たまに奥さんの肋骨を執拗に触っているそう。
もう外界の音が聞こえるということで、
「話しかけなよ」と奥さんに促される。
しかしわしは、まだボリジロウと思い出を共有したこともなく、
ある意味初対面以前なので、あまり話すこともない。
「こんばんはー、お父さんだよー。早く出ておいでー。いや、あまり早く出てもらっても困る」
などと、内容のない声掛けになりがちだった。
何を話すべきか。昨日はもう少しよく考え、やはりもっと情感を込めて、世の中の素晴らしさを伝えようと思った。
なので、奥さんのおなかに口を近づけ、話し始める。
「空は、青い!
木々は、萌え!
川は、せせらぎ!
小鳥は、歌う!
風が、花々を揺らし!
蝶が、舞う!
野原に、うさぎが駆け回り!
いや、このあたりにはうさぎはいないけども。
春は、桜が咲き乱れ!
夏は、セミが鳴き乱れ!
秋は、落ち葉が散り乱れ!
冬は、サンタが殺到し!
君には、素敵な家族!
ハルちゃんは、元気が取り柄の黒い犬!
コマちゃんは、シャイな猫!
お母さんは、美人!
お父さんも、美人!
美人ではないな。
美人というより、変人?
お父さんは、変人なのか?!
先生だけど、しょっちゅう踊ってる!
たまに新聞紙とガムテープで、変なもの作ってる!
お父さんは、客観的に、どうなんだろうか!
何と言えばいいんだろうか!
自分にはわからない!
周囲から見て、お父さんはどんな存在だろうか!
やっぱり変人だろうか!
変なおじさんだろうか!
信頼に値する人物だろうか!
でも、めざましテレビに出てた!
岡本太郎賞も獲った!
ただの変人ではない!
実力派変人!
そう、お父さんは実力派変人!」
そこまで言って、奥さんに「やめろう!」と押し戻された。