二回続けてのろけた日記を書くのも気が進まないけど、予定が早まったのだから仕方ない。
またも、奥さんはビシッと決めて見せた。 いや、さすがに、不安にはなっていたようである。 何しろ、誰の口からも、「あれはね、痛いよ」という、アドバイス?忠告?おどし?しか聞かないわけだから。 徐々に近づくにつれ、「やだなー、こわいなー」と苦笑いしていた。 そのたびわしは声をかける、 「君はハードモードの人生を過ごしてきたんでしょ? 普通の人が味あわない痛みも乗り越えてきたんでしょ? ならさ、大丈夫だよ。 多くの普通の人たちが乗り越えていける痛みなんて、超えられるよ」 むろん、根拠はない。 この場合において、男性の出る幕は、ほんのミソッカス。 でも声をかけるしかない。 昨日の夜、奥さんは普通にブリ大根を作り、二人で食べていたのだが、どうもおなかが痛い。 天気悪いからかな?とか言いつつも、湯を張り、風呂に入ろうとして、やはり確信した。 奥さんのおなかが、明らかに下がっている。下に垂れる感じになっている。 陣痛だ。 じゃあ、痛みの間隔の時間を計り、だんだん間隔が短くなって10分間隔になったら病院へ電話しなくてはならない。 風呂を出てから、痛みがやってくる時間を、コピー用紙にわしがメモしていったのだが・・・。 23時46分15秒、23時52分25秒、23時57分20秒、 「ねえ、すでに5分間隔くらいなんですけど。電話しなきゃ」 しかし奥さんは湯上りで湯気が立っている。 24時9分50秒、24時13分、24時20分、 わしは荷物を持って出かけられる用意をし、コートを着て歯磨きして元の位置につく。 しかし奥さんはまだドライヤー。 「まだ乾かん?」と聞いて怒られる。 確かに熱と空気の流れと水分の蒸発の法則は、いかなる場合においてもサービスはない。 痛みも5分間隔でやってきて、その度に「いたたたた」と、止まらざるをえない。 焦ってもしょうがない。 今はドライヤーの時間で、ドライヤーこそが主権者。 24時23分30秒、24時29分、 長くたおやかな、たおやかすぎる髪が乾き、ようやく病院へ電話できる。 おしるしというやつはまだなので、カルテを見るからいったん待て、と言われ、 24時35分30秒、 あらためて電話が来て、病院に来いという指令が出る。 わしは西武タクシーを呼ぶ、 24時38分40秒、24時41分30秒、 入院グッズをまとめたスーツケースを持ってタクシーに乗る。 運転手さんが無口で、クラシックを静かに聴いてるだけの人でよかった。 陣痛、やはり相当な痛みのようだ。 病院に着き、夜間受付の受話器を取って深夜のナースステーションへ。 診察するからと、ミソッカスであるわしはいったん院内のカフェテリアで待つようにと。 何だかこの頃にはわしは妙に落ち着いていた。 本棚の育児書を読んで過ごす。 30分くらいと言われたけど1時間くらい待ち、奥さんがいる部屋に呼ばれる。1時50分くらいだったか。 そしてとりあえずこの陣痛を乗り切っとけ、みたいな感じで、部屋に二人にされる。 暗い中にスタンドでオレンジに照らされる中、ひっきりなしに襲う痛みにうめく奥さん。 わしは「こうすれば痛みが消えるかもよ」と考えようとしてすぐに挫折、を繰り返す。 それは怪我でも病気でもなく、正当な痛みであり、 良くない状況があるとそれを改善するためにどうすればいいかとかそんなことをすぐ考え出す脳の仕組みになっているミソッカス、すなわち男性にとっては、 手も足も出ない状況。 だってこの痛みは生まれるまで絶対なくならない。 だから、奥さんのうめきに合わせて「痛い痛い痛い」 あとは「がんばれがんばれ」。 この二語しか言えなかった。 他に何か良い案ある? わしに思いつくのはこれだけ。 しいて言えば、「がんばれ」「がんばって」「がんばろう」の、どれが一番ふさわしいかを考え、順番に試していた。 遠くから、新生児室の赤ちゃんたちの泣き声が、遠雷のように聞こえる。 実家で寝ながら聞いていた、水田のカエルの合唱を思い出す。 そのうち出血がある。 わりとさらっとしていた印象だったので、破水か!?と思って廊下のすぐ向かいにあるナースステーションのチーン、を鳴らして助産師さんを呼ぶ、 しかしこれは破水ではなくおしるし、というやつだったようで、 奥さんはシーツの上に紙のシートを敷かれただけで、再び二人にされる。 もう痛みはすごいレベルで、奥さんのかく汗を拭く。 大変だ。これは痛そうだ。 初産婦は一般に10~12時間、陣痛が続く。 23時に陣痛が始まったとすると、今はまだ2時台で、まだまだである。 しばらくしてもう少しベテランぽい助産師さんが来て、何やら機械を当てて心音を聞くという。 しかしうまくいかないようで、それで、何だか少し雰囲気が変わった気がした感じがしたら、 診察しますということでわしは再びカフェテリアへ行かされる。 すぐにまた呼ばれ、 「分娩室行きます」 とのこと。これが3時。早くないか? 助産師さんが奥さんを車椅子に乗せ、わしが後からついて、3人でエレベーターに乗って一階下がる。 分娩室に入って奥さんは分娩台へ。 それから、奥さんは息を「はー」って吐くよう指示を出される。 ものすごい痛いときに、力を入れずに「はー」とか言うのは大変そうだ。 しかししょうがない。ミソッカスも、となりで「はーだってよ。はー、はー、はー」と声をかける。 すごく痛そうな奥さん。わしがとなりで「はー」。 より一層痛そうで、奥さんが腰を上げた瞬間に、なんか見えた。 奥さんの足の間から、ガチャガチャのカプセルの半分みたいなものが、何か出てる。 「あ、出てる」と思った。 そのシーンだけは頭に焼きついている。 破水しないまま、出てきたらしい。膜を被っていた。 助産師さん、ちょっと慌てた?動きが速くなって「いきんじゃだめよ、はー、はー」と言って、チョコレートソースみたいな色の液体をビュルビュルとカプセルにかけ、立会いの人から処置が見えないように小さいカーテンを張り巡らし始める、 でもわしさっきちょっと見ちゃったんだけどな、と思う。 助産師さん、電話的なもので人を呼ぶ、あと二人来た。 「はー、だよ」と言われることが多く、「いきんで!」と言われることは少なかった気がする。 もう出た。前触れも何もない。誕生した。 12月11日3時33分。 陣痛が始まってから四時間半、分娩室に入ってから30分の、かなりの安産だった。 赤ちゃんはむらさき色。顔を見た瞬間、かわいいと思った。 みんなが言ってたほどしわくちゃ、ぐちゃぐちゃじゃない。 そして鼻が完全にわしにそっくりである。 ちゃんと泣いて、肺呼吸に切り替わる。 へその緒を切られ、奥さんの上体の上に乗せられる。 わしは思わず、「おはよう!」と声をかけた。 「おはよう。元気?」と。昨日も会ってたかのように。 これは職業柄かもしれない。特別支援教育の教員としての。 相手が緊張してたりパニックだったりするときは、あえてこちらはものすごく普通に話しかける。 相手の感情につられちゃだめ。 だから、初めて、この一筋縄でいかない世界に産み落とされたわが子に、普通に「おはよう」と言ったのだと思う。 あかちゃんは分娩室と仕切りで区切られた部屋に移され、体重等を測ったりする。 だんだんとむらさきではなく、肌色になる。 わしは離れて見る。 その後、抱かせてくれる。完全にかわいい。わしは適当に歌ってあやす。 「おはよーおはよーおはよー」 まだ何もできない、何も見たこともない。いっしょにいろいろ勉強してこうね、と思う。 となりから、胎盤を引っ張り出される奥さんのうめき声が聞こえてくる。 胎盤を出すのは、場合によっては赤ちゃんを出すより痛いらしい。 大変そう。 しかしわしがオロオロすると赤ちゃんが不快になるかと思い、 「お母さん大変そうだねーおはよーおはよー」と、歌い続ける。 その後写真を撮ったり説明を聞いたりおっぱいを吸わせてみたり。 かわいいわが子は、口を動かしてちゃんとおっぱいを吸う。 わしは早くも「さっき何もできないなこいつと思ってごめん」と思う。 そして奥さんも、妊娠中も順調で出産もこのタイム。 かっこいいよ。ハードボイルドだよ。さすらいの妊婦だよ。ニンパーって感じだよ。 「やっぱり人生で一番痛かったの?」と聞くと、「インフルエンザのときのほうが痛い」とのこと。 奥さんもわしも泣かなかった。 わりと冷静だった。 実感がない、というのとはちょっと違う気がする。 もうすっかり、受け入れる精神的下地ができているからじゃないかな?と考える。 わしは6時に病院を出て、歩いて帰った。 ちょうど夜が明け、日が昇る。 わしはビートルズの「Here Comes the Sun」を口ずさんだ。 歌詞がよくわからなくて適当だが、「イッツオーライ」の部分が良くて、 ジョージハリスンの息の抜き方をまねして何度も口ずさんだ。 イッツオーライ。イッツオーライ。 大丈夫だ。ぜんぜん。 大変だろうとは思う。でも何が来ても、受け止められる。 生きていける、わしらは。
by syun__kan
| 2013-12-12 00:25
| 日記
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