疲れた!
通信簿の季節である。
不当なものではない。正当な疲れ。
帰り道、
何か気分転換したく、
ブックオフに寄って村上龍のエッセイを立ち読みするが、
この人の話は面白いけどどうにも世知辛く、
とりあえず元気みたいなものはもらえない。
タイトルは「おしゃれと無縁に生きる」だった。
そんなこと言ったって村上さんはある程度おしゃれに違いない。
わしこそ本物の「おしゃれと無縁に生きる人」だと言いたいが、
そうも言えないかもしれない。
それ以前なのである。
自転車を走らせながら、
時折鼻毛を抜き、
風に舞わせる。
忙しさと疲れで、鼻毛など気にする余裕がしばらく無かった。
2か月くらい放置してしまったかもしれず、
そろそろ何らかの対処が求められる。
帰り道、あと7分ほどで家という所に、
数日前にオープンしたばかりのピカピカのローソンがある。
「週刊プロレス」を置いているか、淡く期待して、初めて入店してみるが、
案の定無い。
せっかくなので、
真新しいオープニングスタッフの雰囲気的なものを感じたく、
コーヒーのSを注文してみる。
レジは二人の若々しい女性だった。
イートインスペースに行くと、
端でスーツを着た、若い哀川翔さんに似た男性が、パチパチとパソコンを打っている。
レジの店員さんが、
「これこれこうなんですけど」と聞きに来ていたので、
この真新しい店舗の経営者的な人なのかもしれない。
わしは目立たない、角の席に座って、
ちょっとずつ読んでいてなかなか進まなかった小説を、
この際に最後まで読んじゃおうとして、リュックから出して読む。
そのまま、先ほどからの流れで、
目立たないように鼻毛を抜く。
窓に沿って細長く伸びた、青いくらいに白い机に、
紙ナプキンを敷き、抜いた鼻毛を置く。
こうも、空間が真新しいと、
置かれた鼻毛も何だか厳かな感じがする。
低俗な感じではない。
さすがに高級感とまでは行かないが、
「細胞に関する現象を指し示す断片的な存在」みたいな雰囲気はある。
「GoogleのCM」とまでは行かないが、
「セリアの内装」くらいの感じはする。
時間切れになって、読み切るのを断念する。
断念したが、クライマックスは読んだ。
西加奈子の「きいろいゾウ」だ。
この作家を読むと終盤何故か必ず泣かされるが、
案の定今回も、
鼻毛を置きながら泣いた。
紙ナプキンを丸めて空の紙コップに入れ、
ごみ箱に捨てる。
ごみ箱はごみでいっぱいだった。
繁盛しているのかもしれないし、哀川翔さんの教育がまだ行き届いていないのかもしれない。
家に帰ると、リビングに奥さんがいて、
娘は一人で風呂に入っているとのこと。
娘は最近、5歳になった。
トトロの「メイちゃん」の年を、超えてしまったのである。
これからは、野原しんのすけや、初期のコボちゃんと同い年だ。
そのうち、ちびまる子ちゃんと同い年になったり、
中学生になるとエヴァンゲリオンやガンダムに乗れる年になる。
35歳のわしには、特に同い年のキャラクターが浮かばない。
あまり客観的に面白い年ではないのかもしれない。
風呂に入った娘が、あまりに静かだというので、
奥さんと風呂場を見に行く。
娘は、ゴーグルをつけて浮き輪で湯船に浮かび、笑っていた。
何かリア充感があり、GoogleのCMっぽかった。