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カテゴリ:日記( 646 )
ブタ
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最近、
職場で全力を振り切ってしまい、
また、今はまだ言えない、夏以降に予定している制作の準備もあったりで、
更新が滞りすみません。
代わりに、
娘5歳が描いたブタをご覧ください。

by syun__kan | 2019-05-19 01:29 | 日記 | Comments(0)
父から子へ
ゴールデンウィーク中、
娘を自転車の後ろに乗せて、買い物に行ったりした。
そういう場合、後部席の娘と「マジカルバナナ」とかの言葉遊びをしながら行くのがパターンなのだが、その日は、

「カメが、買い物に行く。これはダジャレ?」

と言っていたので、「それはダジャレではない」と伝えた。

「ダジャレって何?」と聞いてくるので、

それを聞くのか?
聞いてしまっていいのか?
ダジャレはおじさんの嗜みであり、
わしはおじさんであり、
その道の、まあプロではないけど、まあ、該当者だそ?
その若さで、聞いてしまって、大丈夫か?
というようなことを思ってから、

「ダジャレっていうのはね、二つの違う意味の言葉の、
字が、二文字以上、たまたま同じっていう状態だよ。
カメと、買い物は、
か、が同じだけど、一文字だけじゃダメなんだよ。
二文字同じじゃないとね。
例えば…
カメは、よく噛めない!とか!」

と伝えると、娘は「ははははは!」と笑い、
ダジャレを思案し始める。
そして、

「猫と、根っこ」

と述べた。
わしは、

「…それは惜しいね。
それだと、猫と根っこを、並列に並べただけで、
猫と根っこが関係し合ってないから、まだダジャレではない。
ちゃんと、一文になってないとダメなんだ。
例えば、
ハエは、はえ~!とか!」

と伝えると、娘は「ははははは!」と笑い、
また思案し始める。
そして、

「猫が、根っこを掘る」

と述べた。

この様にして、娘5歳は、
記念すべき人生初ダジャレを口にしたのであった。
令和の三日目くらいだったと思う。
西友の近くの交差点辺りだ。

by syun__kan | 2019-05-12 01:17 | 日記 | Comments(0)
舞い上がる風船
先日、娘の幼稚園の友達の家族たちと、
西武ドームに野球を観に行った。
普通の席ではなく、お座敷みたいな席で、
オードブルとかビールサーバーが付いていた。
ママ友と一緒に行くはずだった人が、急遽来れなくなって、誘われたのだ。

わしは野球はさっぱり分からないが、
日本に深く野球の文化が根付いていることは理解し、尊重している。
選手ごとに定型の応援歌があったり、
どのタイミングで旗を振るとか、独特の作法が面白い。
球場ではチアリーディングや、マスコットキャラクターのパフォーマンスがあったり、
ビジョン等を使って様々なイベントが仕掛けられていて、
試合そのもの以外にも、楽しませる工夫が凝らされている。

わしの住居や職場がある西武線沿線は、広島とかに比べれば濃厚ではないか、西武ライオンズの文化だ。
しかしこの日は、西武は大変に調子悪く、
日ハムにやられまくってノーヒットに近いペースだった。
誘ってくれたママ友さんは、非常にガチな西武ファンで、
「栗山巧」という文字をスチレンボードで切って蛍光オレンジに塗った応援グッズを、
年季の入ったケースに入れて持参し、
終盤に西武の攻撃があっけなく終わると「…どいつもこいつも!」と吐き捨てていた。

西武の攻撃がミニマリズムで終わってしまうので、
4人いる子どもたちはある程度飽き、
座敷で寝転がるなどしてごっこ遊びしていた。
そもそも、ルールの細部は分かっていないので、
じっくり試合を見ることは不可能であり、
攻撃時の応援の盛り上がりで楽しむしかないのである。

7回表が終わると、ガチなママ友さんは、ジェット風船を取り出して皆に配り始めた。
娘も、長く膨らんだ風船を渡され、
周囲の大観衆が皆、風船を手にしている様子に、何事かと注意を向け始めた。
ビジョンで何やら映像と音楽が流れ、
どこかのタイミングで、風船を手放して飛ばすということだった。

手前の方で、3つほど、風船が舞い上がった。
娘はそれを見て、「今だ」と判断し、自分も手放したのだが、
周囲の風船は手放されず、大観衆に持たれて整然と並んだままで、
舞い上がったのは、手前の席の3つと、娘の1つだけだった。
その瞬間娘は、はじけるように泣き出し、
そして倒れこんだ。
数秒後、音楽が終わると同時に、正しいというか一般的なタイミングで、大量の青い風船が舞い上がり、
その下で娘は、奥さんに抱かれて爆発的に泣いていた。
失敗を悟ったのである。
わしは、

「そんな小さいこと気にするなよ!!ドンと行けよ!!
しかし5歳の時点ではそういうのすごいショックだよね!!」

と思った。

by syun__kan | 2019-05-06 22:02 | 日記 | Comments(0)
友達と会う③

そのまま帰っても良いのだけど、
帰ったらいつも通りの、娘の世話とか家事が待っているわけで、それはそれで好きなのだが、
今日は「友達と会う」と決めた日なので、
もう少しそれを味わいたい。
しかし小池さんに会うためだけに、さっき行った銀座のギャラリーに戻るのも大変だなと思い、
やっぱり帰るかと、いったん改札を出たのだけど、
小池さんの残像がちらついた。

小池さんとは、
3年前に、展示の搬入を手伝ってもらった以来会っていない。
今日の機会を逃せば、冗談ではなく、
また会うのは3年後とかになるだろう。
そう思い直し、
わしは再び電車で引き返したのであった。

銀座の歌舞伎座近くのギャラリーに、
たくさんの人が訪れ、
レセプションが開かれていた。
小池さんはジャケットを着て、
お友達、知り合いの方々と話していた。
イケてたぜ。

小池さんからは、
「自分はなぜ作るのだろうか」
というような、
自問自答を感じない。
作ることが、自然の摂理かのようだ。
そこがいつも、すごいと思う。
話せて、嬉しかった。
7時になったので、帰った。

8年前に最後に遊んだ友達が小池さんで、
久々に会った友達が小池さんて、
関口には三宅君と小池さんしか友達がおらんのか、という感じだが、
実際のところ、けっこうそれに近い。
それだけ友達が少なく、
そして教職とアートと家族の三本柱で満タンの日々で、
友達と会うというのは、
最高級品の過ごし方だ。
と、改めて実感する。
三宅君一家、小池さん、良い日をありがとう。
今日という日をサンプルケースとして様々に検証しながら、しばらく過ごします。

と打っている、帰路の電車。


by syun__kan | 2019-05-02 21:52 | 日記 | Comments(0)
友達と会う②
現れた三宅君は、奥さんと息子さんと一緒だった。
息子さんとは、3年ほど前に一度会って以来だ。
わしの娘と同い年で、今年6歳。
見違えるほど大きく、しゃっきりしているが、
電気をパチパチ放つような雰囲気は変わらない。

三宅一家と、丸ノ内線に乗って後楽園へ。
巨人戦のため、連休のためごった返す東京ドームシティを抜け、
「アウトサイド・ジャパン展」へ。

展示はとても面白かったが、
とても疲れた。
櫛野さんというキュレーターが集めてきた、
全国のアウトサイドアートなわけだが、
造形として面白い物と、現象として面白い物に分かれたような気がする。
造形的に面白い物だけを抽出して、美しさに焦点を当て、
作家のバックグラウンドの紹介をもっと控えめにして展示したら、
印象も変わるだろう。
それに、アウトサイドアートと、
けっこう近い領域で活動している我々にとっては、
純粋に客体となって味わうことができないので、
ある程度、身につまされるから、精神的な負担が大きい。

展示を観る間、息子さんは、わしか三宅君か奥さんに絶えず話しかけた。
大人としては、なかなか落ち着いては、鑑賞できない訳だが、
わしは満足した。
展示を見ることに加え、
三宅君から何かを読み取って参考にすることが、わしの目的であるから、
家庭人として息子さんの世話をする三宅君の姿というのは、
わしにとっては、それはそれで、三宅君が発するメッセージなのだ。

その後、後楽園地下のマクドナルドでご飯を食べ、
また三宅一家と電車で銀座に行き、
小池正典君の個展に行ったが、
小池君は不在だった。
5時半からのレセプションには来るそうだが、
我々が行った時点では3時だったので、
会うことは諦めて帰った。

帰りの電車、
三宅一家は遠回りしてわしの帰宅経路に乗ってくれた。
わしは息子さんと、三宅君と、
ジュラシックパークや仮面ライダーの話をひたすらして帰った。
わしは、職業柄もあるのだと思うけど、
その場に子どもがいれば、
子どもを最優先せずにはいられない。
アートとかよりもだ。
だって子どもは非力で生身の人間なのだから、
大人の夢想より、基本的に重要だ。

そしてわしの住居の最寄り駅に着いて、わしは先に降り、
三宅君たちと別れた。
午後4時半だった。

by syun__kan | 2019-05-02 21:48 | 日記 | Comments(0)
友達と会う①

展覧会を観に行くことに、三宅君を誘ったのだが、
考えてみれば、
休みの日に友達を誘って出かけるというようなことは、
2011年に小池正典君と川崎の工業地帯をブラブラした時以来なのであった。
8年振りだ。

というか、わしが美術の展覧会に行くということも、かなり久々ではないか?
自分が出品したり、ワークショップだったりで関わった展示をついでに観ることはあったが、
純粋に展示そのものを観に行ったのは、
奥さんが妊娠中に、一緒にターナーに行った時以来かもしれない。
6年振りだ。

教職の仕事が休みの日の外出といえば、
ここ何年も、
娘を遊ばせるために家族で行くか、
または自分のアートの仕事のために一人で行くかだった。

三宅君を誘ってみて、
はたと思ったのは、
「友達を誘って遊びに行くって、
どうすればいいんだっけ?」
ということだった。

仕事で、仕事を成り立たせるために誰かと会う、
あるいは、家族を成り立たせるために家族と過ごす、
それらの2パターン以外で、
人と会うって、どういうことだっけ?

子どもの頃は、たくさん、友達と遊んだものだが…
友達と遊ぶということに、もちろん何も疑問など無かったが、
あれは、なんで、あんなにも友達と過ごしたのだろう?
楽しく過ごすため?
多分そうだろう。
何の打算もなく、
その方が楽しいから、そうしていたのだと思う。

そう考えると、今は打算ばっかりだな!
打算というと聞こえが悪いけど、
「こうすれば今後こんな良いことがある」という、
理由付けがないと、
行動できなくなってる。
まあそれは仕方ない、
子どもの頃より残り時間が無いんだ、こっちは。
三宅君と会って話を聞くことは、
楽しいと思うし、
それ以上に、自分の人生を考える上で非常に有益である可能性が高い。

という文を、iPodで打ちながら、
池袋に、集合時間より早めに着いた。
これから、三宅感という人物をおそらく数時間独占できることに、
興奮している。

三宅君からメールが来る。
息子さんが行きたがり始めたから10分遅れるとのこと。
これは、彼の、年長さんの息子さんも来るということだろうか?
文面からは読み取れない。


by syun__kan | 2019-05-02 21:37 | 日記 | Comments(0)
平成
今日で平成時代が終わるらしい。
ということについて、語るのが気恥ずかしいくらいに、世の中はそれについて盛り上がっているみたいだが、
全くその盛り上がりにノッていない奥さんとは違い、
わしも多少感慨深く思っている。

平成が始まったとき、わしは5歳だった。
幼稚園年長さんだ。
現在幼稚園年長さんの娘を見るにつけ、感じるのは、
5歳というのは、自省が始まる歳ということだ。
今まで、瞬間瞬間に生きていた幼児に、「過去」ができ始め、
以前と比較して自分はどうだとか、周りと比較して自分はどうだとか、
そういう思考が始まる。
わしにしても、5歳以前の記憶は、数えるほどしかないが、
5歳以降であれば、何となく覚えている。
そしてわしは、年長さんが終盤に差し掛かり、義務教育が視野に入ってきた頃、
平成元年末に公開された「ゴジラVSビオランテ」を見て、
人生の方向性が大体決まってしまった。
手作りによるファンタジーの面白さにはまり、
折り紙少年となり、図工くんとなり、
美大生、美術の教員、新聞紙を揉んでガムテープで巻く人生となり、
35歳となって、平成最後の日を迎える。

要するに、わしにとって平成とは、
「物心がついてから、物忘れが始まるまで」
であった。

35歳で物忘れかい!という感じもするが、
青年期の、研ぎ澄ました感じの頭の中が、まだ記憶に新しい現在からすると、
現在の頭の中は、
それなりに中年らしくもんやりしてきた。
細かいことが、実に、どうでも良くなっている。

わしは小さい頃から昭和好きでもあった。
多少ひねくれていたからかもしれないが、
平成のこざっぱり感より、昭和の情念に「本物」を感じた。
再放送の初代ウルトラマンや、
70年代、80年代の音楽、
プロレスでも闘魂三銃士より長州力が好きだった。

しかしこれまでは、「平成に生きながら昭和を愛する」という、二層構造で良かったのだが、
今後は、「昭和を愛しながら平成に青春を送り令和でも生きる」という、
三層構造になってしまう。
ややこしや。
そこんところ、どう向き合っていこうかね?

二層構造時代は、「昭和=古い」「平成=新しい」だった。
「平成=現状」「昭和=知らないゆえの理想郷」でもあった。
現状を批判するため、歯向かうための昭和愛だったとしたら、わしも知らない間に、「平成」に大いに甘えていたことになる。
年号の変わり目に、青年期の自分のお子様感に気づいたり。

先日、職場の同僚、というか大先輩の、尊敬する先生が、
65歳になった。
先生は、今でも現場で活躍している。
それを見て、わしは、
「そうか、もしかしたらあと約30年、わしも現役でいられるのか!」
と思った。

娘は5歳で令和が始まる。
平成が始まった時のわしと同じ条件だ。
そりゃそうだ、わしが35歳で、平成が約30年で終わり、わしが30歳くらいの時に生まれた方なのだから。
娘には、平成の記憶はほとんど残らないだろう。
令和で、ぜひ、青春を謳歌してもらえると幸いです。

結論は一つである。
わしはわしの令和時代を一生懸命充実させよう。
多少の物忘れもあるかもしれないが。
がんばりますよ、平成よりもな!

by syun__kan | 2019-04-30 14:59 | 日記 | Comments(0)
原付
原付スクーターを購入した。
片道40分の道のりを、毎日自転車で往復するのが、
だんだんきつくなり、
速い曲でドラムを叩いた後に地面にくずおれるYOSHIKIのように帰宅するようになっていたので、
もう少し、ある程度の余力を残した状態で帰宅したくなったのである。

2週間前に、バイク屋さんで、
とにかく動けばそれでよいので、
一番安かった中古で4万円弱のやつを「これください」と言ったのだが、
整備代や手続き代行代とかで結局8万円強になり、
さらに整備に2週間かかった。
若干なんだかなあと思っていたが、
今日取りに行ったら、色々直した部分を説明してくれ、
整備のおじさんの、バイクが好きという感じがひしひしと伝わってきたので、満足した。

わしも若い頃、原付に乗っていた。
最初のやつは、高校3年の時に、
銀色のホンダ・ジョルノを、ベスパに乗り換えようとしていた三宅感君に、3万円で譲ってもらったのである。
群馬で予備校に通うときや、八王子で多摩美に通うときなど、たくさん乗っていたのだが、
橋本駅周辺の道端に停めていたら、盗まれてなくなってしまった。
しばらく徒歩や自転車で過ごしていたが、
やはり不便を感じて、大学のメディアセンターのパソコンで、
3万円台で買えるジョルノを探したら、本八幡でみどり色のやつを売っていたので、
電車で本八幡に買いに行き、
そのまま乗って八王子まで帰ったらえらい遠かった。
そのみどり君は、1年くらい乗っていたら動かなくなってしまったので、
廃品引き取りのトラックが下宿の近所を回ってきたときに、
引き取ってもらった。

原付に乗っていたのは計3年間くらいだったが、その間3回こけたので、
その後は乗っていなかった。
仕組みなど軒並み忘れていたのだが、
整備のおじさんがいろいろ説明してくれてるうちに、思い出してきた。
わしが買ったのは、スズキの「レッツ4」という車種らしい。
その辺も把握してなかった。
エンジンの掛け方、ウインカーの出し方等、思い出してから、
バイク屋さんから家に帰るために、
そろりと公道に走り出したのだが…

こわい!
自動車に慣れてしまったからか、
振動がこわい!
そして、壁も何にもない状態で、車道を走るのが、こわい!
何か、前に乗っていた若い頃は、
もっと飛ばしていた気もするが、
今は30キロ以上出せない!
信じられないな、あれは気のせいだったのかもしれない。
体をさらして、そんなスピード出すなんて。
そんな出来事は、ほんとはなかったのではないか。
八王子から前橋まで、夜通し6時間くらい走り続けて、帰省したりしていたのも、
あれはきっと気のせいだろう。
そんなこわいこと、できるはずない。
大学のころの、色々な変な記憶は、ほんとは記憶違いなのだろう。
絵本創作研究会の皆でファミレスに行ったら、サプライズ的にわしの誕生日を祝うケーキが出てきたのだが、
何故かその展開が受け入れられなくて、反射的にケーキのろうそくの火を自分の前髪につけた記憶があるのだけど、
あれも記憶違いだろう。
さすがにそんなことするわけないよな。
スーパーの駐車場に落ちていた冷凍カニグラタンを持って帰って食べたのも、
野良猫を下宿に誘い込もうとして、ヘンゼルとグレーテルのようにパンを千切って並べて置いたら、
ドアまでもう少しのところで我に返った猫に猫パンチを食らって流血したのも、
全部記憶違いに違いない。
考えられない。
原付がこんなに怖いのだから。

by syun__kan | 2019-04-21 22:15 | 日記 | Comments(2)
顔との対話
最近鼻毛に白髪が多い。

頭髪における白髪は、耳の後ろにちょろちょろっと数本あるだけなのだが、
鼻腔の中は、
10本に1本…いや、それ以上かもしれない、の、
白髪率である。

という話を奥さんにしたら、
まさか調べるとは思っていなかったのだが、
奥さんは何でも調べる。スマホで。
「頭には白髪まだちょっとだけなのに、鼻毛には多いんだよね」
と言って、わしならそれで終わるのだが、
奥さんは調べるのだ。
すごいね。

そして、
「鼻毛を抜いている人は、毛根がダメージを受けて、
白髪になるらしいよ」
と、報告してくれた。

これは…嬉しかった。
嬉しかったのだ。
そう、わしの人生は鼻毛との戦いだった、というのは明らかに大げさだけど、
鼻毛はわしにとって、一つの重要な存在だった。
わしはこのブログに、11年間で、今調べたら637本日記を書いたらしいが、
その内、「鼻毛」というワードが含まれる日記は…
なんと6本!
今日のを入れれば7本!
約1%!
多いか少ないか?多いだろう!
わしの人生の1%は、鼻毛との戦いなのだ!

ではなぜ、そんなに鼻毛が重要なのか?
それはまず、必要ないのに生えてくる、という点が、解せないからだ。
要らないのだ。注文してないのだ。
アスクルにもアマゾンにも。
でも来るのだ。
そして、やっつけても、やっつけても、構わず生えてくる、という点が、
輪をかけて解せない。
納得できない。
わしは鼻毛カッター等を所有していないから、
鼻毛はひたすら抜く。
でも生える。
まるで無視されているみたいだ。
要らない。
帰ってくれ。
もう来ないでくれ。
と、何度も何度も、こちらとしては伝えているつもりなのに、
一向に止まない。
そういったことを繰り返していると、わしは空しくなる。
虚無だ。
なぜあいつは、わしがこんなに頑張っても、やって来るのだろう…。
無力感に襲われるのだ。

わしにとって鼻毛は、逆らえない運命と、虚無のメタファーなのだ。

しかし、白髪になっているということは…
少なくとも、わしの行動は、メッセージは、
あいつに届いていたということだ。
爪痕が残っているのだ。
あいつは…毛根はわしのメッセージを聞いたのだ。

わしはとても勇気づけられた。

それはそうと、最近、
ほうれい線の、溝の中に、にきびというか、吹き出物ができた。
30代になって、「青春のシンボル」にきびはほとんどできなくなったが、
久々に出てきた。
まあ、青春時代が終わってにきびが出なくなると、それと同時に自分の容姿とかもどうでも良くなるので、
おじさんとなった今のわしは、にきびの一つや二つ出てきても別に何とも思わないのだが、
しかし、にきびというのは、
普通、おでことか頬骨とか、
そういう、何かこう顔の中でも固く出っ張っている場所にできるのではないかという気がしていたので、
ほうれい線の線上という、
柔らかくて全く出っ張っていない場所に出てきたそいつに、
「どうしたんお前?」
と、問いかけたい気持ちになった。

しかし、数日経ってもそこにあるので、
「いつまでおるねん!」
とツッコミたくなり、
爪でつまんだら、赤くなってしまい、
何も解決せずただ少し腫れた。
まあいいやと思ってその後過ごしていたら、
ふと気づくと、何か視界に入っている!
ほうれい線の線上のにきびが、
わしの目から、見えるのである!
ほんの少しの腫れだけど、見えるのだ。
わしは生まれて初めて、ほうれい線を、直接見た。
鏡越しではなく、この目で直接、ほうれい線の溝の中を見た。
ほうれい線の溝の中が、わしに自己主張しているのであった。

by syun__kan | 2019-04-19 23:39 | 日記 | Comments(0)
コウモリ
f0177496_22141549.jpeg
娘が作ったコウモリ。
新聞紙とガムテープで形を作ったあと、
表面に障子紙を貼って覆って
乾かしたあと着彩。

f0177496_22183636.jpg
わしが適当に折っていたらできたコウモリ。
もう折れない。

by syun__kan | 2019-04-07 22:14 | 日記 | Comments(0)



現代芸術家、関口光太郎の日記。
by syun__kan
関口光太郎ホームページ
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