カテゴリ:日記( 600 )
整理する
状況を整理すると、
8月8日から14日までの7日間、アーツ前橋で集中制作していて、
14日夜に東京に戻り、
8月15日から今日18日までの4日間、
教員免許更新講習をしていた。

集中制作期間は100%アートのことを考え、
他のことを何も考えず、
教員免許更新講習機関は、
教職に関する勉強をひたすらしていた。

今日は試験があったので、試験勉強のため昨夜はひたすら教科書を読んでいた。
加えて2000字のレポート提出があったので、
わしはユニバーサルデザインの授業をテーマに選択し、
全国に十数校しかない私立の特別支援学校に勤務している立場から論じた。
内容的には、
わしからは、「ユニバーサルデザイン」「インクルージョン」といった言葉は、多少複雑な思いで受け止められ、
なぜならこれらは、「様々な子どもが一か所で同じ授業を受けることが良い」というイメージを持ち、
知的障害児のみを専門とする特別支援学校は、社会から知的障害児を隔離して教育しているとも捉えられるので、理念に適っていないようにも捉えられるためであり、
親が、障害のある我が子を特別支援学校に通わせることを拒否し、普通校に通えるよう自治体などに求めるケースについて、
もしこの「特支より普通校」の選択が、子ども本人の幸せにつながらず、二次障害等の事態を生んでしまう、もしくは二次障害までは行かなくても「本人の力を最大限まで伸ばすこと」ができなくなるのであれば、
この選択を「誤った選択」と捉えることもでき、
こうした選択を肯定的に捉える意見がある場合、
その背景には、一つは特別支援教育に対する無理解があるかもしれず、
すなわち特別支援教育は、通常の教育の劣化版などではなく、
より有効に必要なことを教授するために専門的に研究された分野であるが、
それが意見者まで伝わっていないことと、
また別の背景として「ユニバーサルデザイン」「インクルーシブ教育」といった言葉の、やや過大な解釈があるのではないか、
それは、「どのような障害種、障害の程度でも、すべて同じ場所で同じ教育を受けることが常に正しい」という解釈であり、
これを実現するためには非常に高度にユニバーサルデザイン化された授業・カリキュラムや人員体制が必要だが、
一定の「限界」は存在するのではないか、
1994年の「サラマンカ宣言(声明)」で提唱された「インクルーシブ教育」の理念は、
《障害児・者を社会の中に「統合」するというものではなく、共に生きる仲間として多様な価値観を認めるというものである》と説明されていて、これを丁寧に理解する必要があり、
また、障害者の権利条約は、インクルージョンを権利として保障しており、さらに、障害のある生徒が必要とする個別支援を受ける権利も保障していることを強調した。
また別の方向から、
本校においては様々な障害の種や軽重の児童・生徒による学び合いがあり、
いわば、「狭い範囲でのユニバーサルデザイン」が実現されていることに触れ、
今後、高機能自閉症やSCDと呼ばれるような、
知的発達が軽度な児童・生徒学びの場として本校が役割を果たせないかという期待がわしにはあり、
適切な教育プログラムを構築できれば、本校の「狭い範囲でのユニバーサルデザイン」を少し広げることになるのではないか。

とまとめた。

というようなことで、
この4日間は目覚めている時間は基本的に教職のことを考えていたため、
「2020東京五輪に向けて何か作る」こともできていなかったが、
明日からは再開する。
今日はちょっとできない。
何か最近立て込んでいたので、何故か股関節が痛い。

また、集中制作期間は、
ブログの記事が「~です」「~ます」の語尾になりがちで、
普段は「だ」「である」で言い切っていたのに対して、
ブレが生じていたが、
その原因について考え、
(将来的に)展示を観に来てくださるお客様に説明する視点になるためか?
あるいは制作中に聴いていた落語のまくらに影響されたためか?
等、考えたがよく分からず、
態度や言葉遣いなど、状況によってどうにでもブレてしまうのだな等思ったりし、
何はともあれ、
今後は従来の通り、「だ」「である」に統一する方向で、
語尾を整理する。

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by syun__kan | 2018-08-18 20:39 | 日記 | Comments(0)
お仕事うんと盛りだくさん
昨年、
「キラキラ☆プリキュアアラモード」を1年間家族で見て、
それが最終回を迎える頃に、
次のプリキュアは何がテーマになるだろうということについて、
奥さんと話し合った。

プリキュアのシリーズは、毎年、何らかのテーマを持って作られている。
「キラキラ☆プリキュアアラモード」は、
「スイーツ」と「動物」がテーマだった。
その前の「魔法使いプリキュア」は、「魔法」と「ジュエリー」がテーマなわけで、
さらにその前の「プリンセスプリキュア」は、お姫様になる的な事がテーマだった。

奥さんは、次作のプリキュアについて、
「星座」がテーマと予測し、
わしは、
「キャリア教育じゃね?」
と予測した。
何となくそう思ったのである。

そしたら、わしの予想は、ある程度当たったのである。
今年2月から、
「何でもできる!何でもなれる!輝く未来をー、抱きしめて!」
の口上から始まった、今期の「HUGっと!プリキュア」は、
「子育て」と「お仕事」がテーマだったのである。

これはおもしろいテーマだと思った。
「はぐたん」という、空から降ってきた謎の赤ちゃんのオムツ替えをしたり、
登場人物たちがお花屋さんで店員の手伝いをしたりといった展開で、
親世代の、生きていく上でのキモの部分を、
子どもたちに伝えるのは、良いキャリア教育になる。

「HUGっと!ぐっとプリキュア!
お仕事うんと盛りだくさん!
空をビュビュンとパイロット!キャビンアテンダント!
パン屋さん!!本屋さん!!」

と、職業名をハイテンションで連呼するエンディングテーマも、
様々な職業を紹介する様で良かった。

しかし、最初の内は「子育て」と「お仕事」色が強かったのだが、
どこでそうなったか?
たぶん、「ルールー」と「えみる」というキャラクターが、ストーリーラインに登場してからだろう、
おそらく、製作スタッフが、
その二人に、思い入れを強くなり過ぎちゃったのではないかとわしは予想する。
「子育て」「お仕事」そっちのけで、
ロボットである「ルールー」と、
何だか知らないけど異常なお金持ちで、年少者の「えみる」の、
友情に話の重点が移り、
その内に、その二人が仲良くなってアイドルグループになってコンサートするというような、
35歳のおじさんであるわしにとっては、
やや付いていけない展開になっていった。

そう、絶対スタッフの、思い入れが加速してしまったのだ。
ルールーとえみるちゃん、めちゃくちゃ可愛く表現されてるもん。
その可愛さの追及に、心を奪われてしまって、
「子育て」と「お仕事」が、
どうでも良くなってしまったに違いない!
ねえ、そうでしょ?!

しかし、娘としては、
というか子どもたちにとっては、
キャリア教育なんかより、
いわゆる「カワイイが正義」なのだろう。
ルールーちゃんとえみるちゃんは、人気のようだ。

だがしかし。
忘れていた「お仕事」要素を、無理やり取り返そうとしているのか、
ルールーちゃんとえみるちゃんが、プールとかでいきなりコンサートして歌うことを、
自分たちで「お仕事」と言っているのが、
引っ掛かるのだ。
「ああ、なに幼児向けアニメで熱くなっているのか!」という感じではあるが、
いいか、
仕事というのはな、

「辛くても朝起きる」
「同じことを毎日繰り返す」
「コツコツと努力する」
「不条理を受け入れる」
「失敗してもあきらめずに繰り返す」

そういったことの積み重ねだ。

「ストレスを、ダメージを、受け止める可能性を承知で家を出る」

これが仕事じゃ!!
何の下積みも挫折もなく、練習さえも描かれずに、
いきなりプールに飛び出て行って歌って皆にキャーキャー言われるような行いは、
「お仕事」とは言わん!!

と思ったりする、
なんとめんどくさい人になってしまったんだ、
関口光太郎35歳は。
子どもが楽しんでいるのだから、それで良いではないか。
ああでも、今期のシリーズがとても豊潤な内容になる可能性を、放棄してしまったようで残念なのだ。

今年も、池袋で、
女児が大挙して集う、プリキュアのイベントがあり、
わしは今日、娘と行った。
そしたら、朝の西武池袋線は、満員だった。
子どもたちやわしは、夏休みだが、
世の中の大多数の社会人たちは、
まだ通常の仕事があるのだ。
皆、仕事に行くのだ。
娘も、こんなに混んでいる電車に乗ったのは初めてだったようだ。
娘よ、これが本当の「お仕事うんと盛りだくさん」だ。

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by syun__kan | 2018-08-06 22:19 | 日記 | Comments(0)
4年連続!日東電工様のホームページでレシピ紹介!
https://www.nitto.com/jp/ja/tapemuseum/special/vol19/
今年は動物だよ!
このサイトを見れば、パンダの顔、ワニ、トラ、ゾウ、キリンが作れます。
これで夏休みの工作もバッチリだね!
そして…
やっぱりテープは、"King of Tape"日東電工!
なめらかな使い心地。安定の保持力。
新聞紙×ガムテープ工作向きのテープは、日東電工ですよ!!

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by syun__kan | 2018-07-25 20:32 | 日記 | Comments(0)
世界が一人の人間だったら
昨夜前橋から戻ってきて、
今日は東京の職場で仕事。
この夏は、まだ仕事があるし、
東京でのワークショップや、教員免許更新講習もあるので、
東京―前橋を行き来しながらの制作になる。

今回、わしが依頼されたのは、
アーツ前橋の吹き抜けを、
地下から一階床を突き抜けて顔を出す塔的なもの。
つまり、
大阪万博時、丹下建築の屋根を突き抜けて顔を出した、
岡本太郎の「太陽の塔」の、
アップデートした再現の様なもの。

太陽の塔、わしはあの作品は大変リスペクトしている。
あれはおそらく、
日本の現代美術でもっとも有名な作品だ。
f0177496_21242454.jpg
写真は2年前に、観に行ったとき。
太陽の塔の一つのポイントは、
時流のタイミングを完璧に掴んでいることだ。
つまり、国際的イベントである大阪万博。
世界中の注目が集まり、
多額の予算が計上される、
ここしかないというこのタイミングで、
太郎は見事にそれを掴み、ある意味利用し、
自らの代表作を作って見せた。
「自ら」どころではなく、
日本一有名な作品。
万博が終わっても作品だけは残るという、
想定外の展開を結果的に掴み取った作品。
もし大阪万博が無かったら、どうなっていたであろう?
太陽の塔は存在しない。
亡くなって20年以上経つ現在まで、圧倒的な知名度を誇り、
名前の着いた美術施設を二つも軌道に乗せている岡本太郎であるが、
もしそのキャリアが太陽の塔抜きだったら?
そう考えると、
プロのアーティストとして、
その鮮烈な嗅覚と手腕にやはり強烈なリスペクトを抱いてしまう。
もちろんこれ、全く嫌味ではない。
プロとして。

そしてだ。
万博と同じクラスの、
国際的なイベントがあるのが、2020年なわけだ。
東京五輪!
おそらく、あまたのクリエイターが、
このチャンスを伺っている。たぶん。
わしもじゃ。
だからこそ、
2年前のリオ五輪閉幕と同時に、
2020に向けてのちまちま、こつこつとした制作を始めたのだ。
そこに舞い込んだのが今回の依頼。
大阪万博に向けて誕生した太陽の塔と、
わしが抱いていた、東京五輪に向けた構想は、
ここに合体したのである。
2020年に、人物像として完成させたいものを、
2018年に、塔の形でいったん完成させるというプランだ。

わしが2015年に、文化庁でのプレゼンで提出した、スケッチは、
世界中の国々を象徴するモチーフが全身に着いた、人物像である。
f0177496_21244828.jpg
元々このデザインは、
国立新美術館での三宅一生展への参加を打診された2014年に思い付いた。
打診された当初は、
わしはわりと自由に制作してよい雰囲気だったのだ。
わしは、世界中のモチーフを身に纏った人物をイメージした。
様々な文化を解釈し衣服に昇華していく、
一生さんのクリエイティビティを表現するのだ。
タイトルは「Wear the World」。
なかなか良いでしょ?
しかしその後、わしの参加はA-POCとのコラボ作品ということになり、
「人物像」のアイデアは、わしの頭で寝かすことに。

もっと遡ると、
学生の時に「日本バージョン」で、
似たようなアイデアをわしは形にしている。
「日本人」という、
日本地図を着たような作品だ。
f0177496_21240469.jpg
頭が北海道で、
右肩に東北、足には九州を履いている。
47都道府県の名物が、くっついている。
(大阪には、太陽の塔が付いている。位置が股間になったのは偶然だ)
どういうコンセプトで、この作品を作るに至ったか、
よく思い出せない。
たしか、初の海外旅行でアメリカに行って来た直後だったので、
「日本の中にいると、自分の姿は見えない」
と、言いたかったんだ、
という気がする。

今回は、企画に合わせ、
完全な人物像ではなく、
もう少し「塔寄り」にする。
しかし世界中のモチーフが集まって、一人の人間を形成するのは同じだ。
三宅一生展、学生時代、
似たような形なのにそれぞれの時点でコンセプトが異なるのも妙と言えばそうだが、
今回作る塔もまた、
違うコンセプトを持つ。

今回のコンセプトは、
「世界が一人の人間だったら」
ということだ。

70年代に、ジョン・レノンは、
「想像して、世界に国境なんてなかったら」
と言った。

80年代に、マイケル・ジャクソンとライオネル・リッチーは、
「私たちは世界、私たちは世界の子ども」
と言った。

ちょっと前に「世界が100人の村だったら」みたいな本も流行ったけど、
要するに皆、
世界平和という理想をいかに身近に、人々に実感させるかについて、
あれこれとリリックを繰っているのだ。
美しい音楽に乗せたりして。

しかしというべきか、やはりというべきか、
世界は相変わらず、
レノンあるいはマイケルの時代から、果たして状況は良くなっていない。

しかしというべきか、だからというべきか、
わしは新しいリリックを口ずさみたいのだ。
ばかみたいな造形に乗せて!
世界が一人の人間だったら、
右脚が痛ければ、左脚で補うだろう。
左手が痛ければ、右手で庇い、さするはず。
胃が痛かったら、カフェインを口にするのひかえるだろう?
これがコンセプトなり。

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by syun__kan | 2018-07-23 21:38 | 日記 | Comments(0)
愛と前橋
6月半ばに、制作のオファーをいただいた話を書いたが、
あれは、明かすと、
秋からのアーツ前橋での岡本太郎関連の展示に向けて、である。

わしはすぐに、学芸員さんに、
三宅感君は参加するのか?聞いた。
岡本太郎関連の展示で、
前橋市出身で第15回岡本太郎賞受賞のわしにオファーがかかるなら、
高崎市出身で第19回岡本太郎賞受賞の三宅感君にも、声がかかるはずと思ったのである。

予備校時代からのライバルであり、親友である三宅氏と、
いつか然るべき大会場で二人の作品をたたかわせ、
果たし合いをするのは、
わしの夢である。

しかし今回は、
それはお預けとなった。
学芸員さん曰く、「今のところ三宅さんの名前は入っていない」とのこと。

残念であった。
今回の企画は、わしの夢を叶える千載一遇のチャンスだった。
またいつか実現させたい。
じじいになっていてもいい。
一定の大会場であるというところはゆずりたくないが。

前橋は、全国で唯一の、
美術館の無い県庁所在地だった。
そこで、10年くらい前だったか、
「前橋市美術館構想」というのが立ち上がり、
数々のプレイベントが実施され、
わしもワークショップの講師に呼んでいただいたりして、
美術館が作られる機運が高まった。

しかし!!ここで!!
市長が交代!
その市長が、美術館反対派だったのである。
構想は暗礁に乗る。

悲劇だ。
お笑いぐさだ。
前橋の、芸術・美術文化に対する理解が低い風土を、物語るエピソードだ。

こんな話を書くのは、前橋批判になるだろうか?
これは愛ゆえだ。分かって欲しい。
これで上毛芸術奨励賞を一生もらえなくなったって構わない。
18で前橋を出るまで…
一般市民と芸術的な文化との、
乖離を感じていた。
10代の多感な時期だったからかもしれないが、
アートを理解し、楽しみ、
生活に取り入れる心が、
大人たちに欠落している気がしてならなかった。
欠落しているだけではない。
「あんなもの」と、なんとなく小馬鹿にするような。
芸術系卒の両親は理解があったが…

わしは前橋を飛び出して東京に。
多摩美を経てそのまま作家活動。
日本随一の大都市は文化的にも高水準なのは、ある程度あたりまえだが、
ワークショップで訪れた松山や広島や島根で、
芸術によって地域を盛り上げるパワーを体感した。
これがカルチャーショックだった。
そう、アートは、
財力が無くても地域の熱や価値をひっくり返せる可能性を持っているのだ!!

これを前橋の人たちも分かって欲しい。
前橋市の美術館構想は、
喧々諤々を経て、
「所蔵を持たないからこれは美術館ではない、でも美術を展示する施設」
という、何とも言えない位置付けになったりしながら進み、
最終的に市長が公約を撤回する形で、
「アーツ前橋」は美術館となった。
その果てしない回り道はやっぱり悲喜劇的だったが、
何はともあれ、
これは砦だ!
最後の砦か最初の砦か、分からないけど、
あの前橋に、アーツができた意義は、めちゃくちゃ大きいのである。

アーツ前橋は、前橋の芸術の未来を作らねばならぬ。
大人たちはある程度仕方ない。
しかし子どもたちの頭はまだ、やわらかいはずだ。
彼らに、芸術に親しむ心を醸成しよう。
そうやって、風土を変えよう。
そのためには、大作家の作品を展示する必要はない。
作家の名前で作品を見るのは大人だけだ。
名もない作家でよい、
誰が見ても面白く、身近で、心が踊り、
何か描いたり作ったりしてみたくなり、
そして未来を感じるような。
これからのアートを感じるような!
そういう展示が必要だ!

つまり何が言いたいかと言うと、
要するに、
アーツ前橋は、関口光太郎や、三宅感に、
ピッタリということだ。

別に冗談ではない。
わしらは無名で、
しかし只者ではない。
無名だからこそ「これから」を作れる。
呼んでいただけるなら、
わしは前橋のためにこの手で全力でたたかうぜ。
とりあえずこの夏は、秋に向けて、
三宅君の分も背負って、がんばります。

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by syun__kan | 2018-07-16 00:12 | 日記 | Comments(0)
ブンバボン
ウッ!ハッ!

という掛け声と共に、
よしお兄さんが力こぶを誇示し、
そして躍動し始める。

♪耳を澄ませば 地球の音がドン!ドン!ドン!ドン!聞こえる~

そこでお兄さんが「たいこ びよよーん」と合いの手を入れる。

わしは、
「たいこびよよんって、なんやねん!」

と、つっこむ。
たいこ、びよよんは、おかしい。意味不明だ。
しかし、「おかあさんといっしょ」で毎日のように聴いているので、おかしいとも思わなくなってるのだ。
娘も、わしら親も。
これはある意味で感覚の麻痺だ。
だからわしは、あえて毎回、つっこむ。

「たいこびよよんって、どういうことやねん!」

しかし、それも毎度のことなので、
よしお兄さんの合いの手に対するわしの合いの手として、
家族には流され始めている。

わしが大学生の頃から、よしお兄さんは「おかあさんといっしょ」に出ていた。
何か覚えてる。
下宿のテレビデオを点けたら、その時はべつの曲だったかもしれないが、
うら若きよしお兄さんが躍動していた。
鮮烈で、「何だこれは!!」と思った。

序盤が過ぎ、曲がサビに向かう。

♪こころ弾ませ 面白いことを探しに行こうよ ブンバボン!
「行くよ!」

ブンバボンボンボ ブンバボン!!

スタジオの場合は幼児たちと、
ファミリーコンサートの場合はステージ上を一人で、
よしお兄さんが躍動する。
特にステージの場合は、爆発的だ。

ブンバボンボンボ ブンバボン!!

調べたことがある。
よしお兄さんは、わしの二歳上だ。
わしが大学を出て、
結婚し、娘が生まれて、テレビを購入して、
「おかあさんといっしょ」を観るようになったら、
まだ出ていた。

♪たまごがひとつ たまごがふたつ ぱんだのお目めが つけまつげ!
ひらひらひらひら ひらひらひらひら ひらっ ひらっ
「うぇーー」

そう、ここもおかしい。
ぱんだのお目めがつけまつげという歌詞も、ある程度意味不明だが、
その後の「うぇーー」の所で、よしお兄さんが必ず変な顔をするのだ。
「なんで変な顔するねん!」と、
わしは一応つっこむ。

何年もの間、
毎日とは言わないが、
毎週のように「ブンバボン」をパフォーマンスし続けて、
よしお兄さんにとって、これは人生のテーマ曲のようになっているのではないか。
耳をすませば、目を閉じれば、
幻聴のように「ブンバボン」が、鳴り続けてはいないだろうか。
時々視聴するだけで、時として頭から離れなくなるくらいの楽曲だ。
と、わしは少し心配になる。

娘は4歳、今年5歳なので、
正直、「おかあさんといっしょ」のストライク世代を、徐々に終えようとしている。
そのうち、見なくなるだろう。
関口家の、よしお兄さんとの邂逅も、終わるのだ。
その後も、新たにストライク世代となった幼児たちを対象に、
よしお兄さんは踊り続ける。

いや、
もう36歳のよしお兄さんだって、
そう遠くない将来、「体操のお兄さん」を引退するだろう。
そして、40代になり50代を過ぎ、
おじいさんになっていく。
よしおじいさんになるわけだ。
それでも、ここまで徹底してやり込んでしまった「ブンバボン」は、
生涯のテーマ曲であり続けるのではないか。

そしていつか、
「おじいちゃん!しっかりして!」
となったときに、
「そうだ、耳元でブンバボンを聴かせよう!」
となるはずだ。
ラジカセで聴かせると、
弱っていたよしおじいさんは、
「たいこ びよよん」って、動き出す。

こんな風な、
人生における絶対的なサムシングを得るって…
何というか…

うらやましい…!!

まあ、その「よしおじいさんしっかりして」という時には、
2歳下のわしもおじいさんになっている。
わしの耳元では、誰かが新聞紙を、がさごそしてくれるだろうか。
ガムテープをビーッと。

「汽車に乗って、しゅっぱーつ!」
♪がさごそがさごそ
がさごそがさごそ
ガムテープ ビッビー!
ガムテープ ビッビー!

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by syun__kan | 2018-06-18 22:48 | 日記 | Comments(0)
暴君と暴論
f0177496_23000880.png
「最近、恐竜のしっぽが、
琥珀に浸かって固まった化石が見つかって、
写真見たけど、やっぱりめっちゃ毛が生えてたよ」

と奥さんが言って来るが、
そんなことは聞きたくないのである。
恐竜に毛が生えてるとか。
羽毛で覆われてるとか。
そんなことは、誰が求めているのだろう?
学術であると同時にロマンというか、文化というか、
エンターテイメントコンテンツというか、
恐竜ってそういうものではないか?

わしが小さな頃は、“暴君竜“ティラノサウルスは直立していた。
図鑑に描かれた絵は、プレーリードッグのようにスックと立っていた。
わしはそれを真似して、チラシの裏に恐竜の絵を描きまくる幼児期を過ごした。

小学校に上がった頃、ティラノサウルスの姿勢は水平ということになった。
これまでより頭を下げて、尻尾を上げて。
研究者の研究により、そういうことになったのだろう。
これはこれで、かっこよい。
「ジュラシック・パーク」にも、その姿勢で出てきた。
「ジュラシック・パーク」、面白かったな…
実は続編の「ロスト・ワールド」も好きだ。
船から脱走して街で暴れるティラノサウルス。
良いじゃないか、かっこいい!

もういいじゃん、これで。
…もういいじゃん。
研究、終わっても。

研究している人も、「恐竜かっこいい」というのが前提としてあって、
この道を志したのではないのか!?
このかっこいい存在をもっと探求しようということで。
解き明かそうみたいなことで、アンビシャスみたいなことで。

その結果が、ふっさふさって!!

いや、鳥に進化したのは良いよ。
でも、毛を生やさなくても良いのではないか。
ジュラシックパークはどうなる?
これ以上研究したら毛が生えそう、というところで、研究を止めても良かったんじゃないか。
爬虫類っぽいモールドの方が、かっこいいではないか。
別に恐竜がどう進化して何で絶滅しようと、
正直わしらには関係おまへん。
もういいじゃん、正確なことは。
うやむやに、ね。済まそうよ。
そういう、全部分からないグレーなのも素敵だよ。

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by syun__kan | 2018-06-17 23:01 | 日記 | Comments(0)
CGと洗濯
日曜朝。
「小さなプリンセスソフィア」を、何の違和感もなく見るけど、
学生の頃はCG、コンピュータグラフィクスでできたアニメーションが苦手だった。
何故苦手だったか、その理由が、
逆に今は正確に思い出せなかったりするのだが、
やはり「最先端技術を使った作品はいずれ最先端でなくなり、古びてしまう。
人が手を動かして作った物は普遍性があり古びない」等、
考えていたのだと思う。

そこで洗濯機がメロディを奏で、
洗濯物を干す仕事へ。
奥さんが、「今日、外に干す?」と聞く。
確かに日曜の今日は、曇りだ。
部屋に干した方が乾くかもしれない。室内の方が暖かい。
暖房をつけることもできる。
しかしわしは答える。

「雨が降らないということが確定しているなら、
一応外に干した方が良いんじゃない。
それが何というか、礼儀だと思う。
空に対する。
前、バットマンか何かで、
高い所から飛び降りてきて着地するシーンをCGで描いたのだけど、
着地の後に歩いて行くシーンまでCGで描いたら、
役者が怒っちゃったこと無かったっけ?
歩くシーンは人でできるやろ!みたいに。
何かそういう感じで、
雨が降らないなら外に干した方が良いと思う」

ベランダに干しながら、
何というか理屈ではなく、
基本的にこういう人間だから、わしはCGアニメが苦手だったのかもしれないと思った。

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by syun__kan | 2018-06-17 21:11 | 日記 | Comments(0)
奥さんの手による
帰宅。
奥さんは二階で娘を寝かしている。
娘はもう夕飯その他すべて済んでいるが、
奥さんとわしはまだである。

わしは今日の夕飯は何かなと思い、フライパンを開ける。
鶏むね肉をブツブツ切ったものと、玉ねぎと、
ジャガイモが、
何らかの汁に浸かっていた。
となりの鍋を開けると、味噌汁。
これはすぐに分かった。
しかしながら、フライパンにて浸かっていたものが、
何なのかが、分からない。
何かをこれから加えるのか?
カレー粉を加えれば、カレーになるが。
そこまで汁は多くない感じ、
ぶつ切りの肉が、半分浸かったくらい。
とりあえず、フライパンと鍋に火をつけて、温める。
わしの中の得心し切らない思いを反映し、
火力は弱~中。
奥さんが二階から降りてくる。
フライパンの中のものが、何なのか聞きたい。
しかし、「見たけど何だかさっぱらこっちゃ分からなかった」というような感想は、
何となく失礼なのではないか、という思いが掠める。
「フライパンのあれ、何?」
というのは。
なので、もう少しぼんやりと、
「今日の夕飯なあに?」
と聞いた。
「トウモロコシご飯」
「あーいいね」
と答える。
トウモロコシご飯は美味しい。
トウモロコシから実を取って混ぜ、芯も入れて炊く。
美味しい美味しい。
うんうん。
そうかそうか。
えーと、
わしは次のセンテンスを探る。
皆目見当がつきませんというより、
あらかた検討は付きますけど詳しくお聞かせ願えますか?
というニュアンスがベターと判断し、
しかし「あらかたの検討」を外してしまっては無に帰すのだが、
しかし温め直して配膳するのはわしの役目に習慣的になっているので、
ここを解決しないことには、
どんな皿が適当でどんな盛り付け、食器が正しいかも、
判別できないので、
わしは少しの勇気で、
微小な賭けに出る気持ちで
「おかずの、フライパンの中のは、あれは煮物的なもの?」
と尋ねた。
「あーうん、今日忙しくて。そうなった」
とのことで、
「あーなるほどなるほどねそうなのね」
と、バーッと強火に。

美味しかったですよとても、ええ。

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by syun__kan | 2018-06-07 22:01 | 日記 | Comments(0)
スティル勉強
最近ワークショップを二つした。

一つ目のWSは、小平第六小学校。
こちらは、わしの同僚の先生繋がりて呼んでいただいた。
5月21日に、授業にお邪魔して、
1、2時間目に6年生3クラス、3、4時間目に5年生3クラス、計200名弱の方々を相手に、
体育館で、新聞紙とガムテープの授業を行った。
通常級の授業を担当する機会は意外と今まであまりなかったので、
とても勉強になった。
子どもたちも皆、本当に良い子だった。

ポイントとしては、奥さんがWSに復帰したこと。
わしの奥さんは、正直言って子どもへの対応がわしより上手い。
とても戦力になるので、以前はWSともなれば必ずお手伝いいただいていたのだが、
妊娠~子育てのため、4、5年間遠ざかっていたのである。
しかし21日は、娘を幼稚園に届けた後、
自動車で小学校にかけつけ、
久々にWSに加わった。
やはり安心感がある。わしのワークショッパーとしての欠けている部分が補完された感がある。

もう一つのポイントは、ほぼボランティアだったことだと思う。
学校の教員として、職場の代休の日に、出張という形で行った。
だから報酬などはない。
自分の勉強のため。
そして親友の三宅感君が、多摩美術大学での三宅君の個展のために、
色々な場所に一生懸命、チラシを置いてもらったりしているのを、
ブログを通して知ったのだ。
入場料を取るわけではないのに、
つまりお客さんが何人来ても収入になるわけではないのに、
損得抜きでこんなに一生懸命になれるなんて!
わしも、5年くらい前に多摩美で個展をやらせてもらったときは、
一生懸命会場設営したし、ポスターのデザインもしたけど、
配布は多摩美の方に任せていた。
何といっても、多摩美は八王子の山の中だし、
交通の便が良いとは言えない。
その辺でチラシを手に取った方が、ふらっと見に来れる感じのロケーションでは、
あまりないのだ。
という、気が、わしはしていた。
しかしこの、三宅君の、損得抜きの情熱を見て、何だか感動し、
今回はわしもボランティアで一生懸命WS、やろう!と思った。

二つ目のWSは、この間。
6月2日に光が丘のこども発達支援センターで行った、
主に知的障害のある小学生と保護者を対象としたWS。
これは、練馬区の委託事業の募集に、応募する形で、
つまり、自分たちで企画する形で行った。

いままで、呼んでいただいて講師を務めることは何度もあったけれど、
企画・運営する側になったのは初めてだ。
同僚の先生と、色々と事務手続きし、何をするか考え、
チラシを作ったり受付の準備をしたリ必要な物品を揃えたり、一からやった。
正直言って、このWSの成否を案じ、
2か月くらい前から緊張し続けていた。
当日、来ていただいたのは、3組の親子様方だった。
自分たちの企画・運営で、3組集まっていただけて、本当に嬉しい。
ありがとうございました。
楽しんでいただけたことを、切に願う。

ということで、
自分なりに勉強しながら、えんやこらとやっています。
一応新聞紙とガムテープをいじったりとかは自分にしかできないことなので、ええ。
テレビ番組用のちょっとした造形物も作りました。放送の時期になったらお伝えします。

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by syun__kan | 2018-06-05 22:43 | 日記 | Comments(0)



現代芸術家、関口光太郎の日記。
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