カテゴリ:日記( 635 )
あまり泣かない子どもだったと思うし、
ティーンエイジャーの頃はそれこそ10年くらい、目から涙を一滴も流さなかったんじゃないか。

しかし年齢が上がるにつれ、涙腺のバルブも緩むのか、
大人になったら、
普通に自転車を漕いだりすると、目が乾いて、
ちょいちょいポロッと、すぐ涙がこぼれる。
映画を観たりして、感動した際には、
人知れず涙が、だらだら流れ続ける。
声を出して泣くわけではないので、誰も気づかないが、
そこにいるおじさんは泣いている。
わしはもう我慢しない。
わしはたくさん涙を流す気、満々で生きている。
泣く方が楽しい。

いや、10代の頃は、我慢していたわけじゃない。
何も心に迫って来なかったのかもしれない。
好きなものは、プロレスとか、嘉門達夫とか、いろいろあったけど、
何というか本当に、いわゆる心の琴線的な物に絡みついて共振するものというのが、無かったというか…
いや違うな、何というか、色々なものに気持ちを寄り添えるだけの自分の中身が、無かったのだろう。
30代になって、曲がりなりにも色々中身が溜まってきて、
その中身を応用さえれば、
実に様々な物に共感できるようになった。
大げさに言えば、ほとんどすべての物は、
そこにあるだけで泣ける。

ただし、わしは、
自分で何かやったことに対して、泣いたことは無い。
というか泣けない。
何か頑張って、達成したとして、感動が伴ったとしても、
あるいは頑張ったことが達成されずに悔しかったとしても、
泣くことはない。
何故なら、
大抵のことなら、わしはわりとすぐその状況に馴染み、それが普通のことになるからだ。
仕事としてやったことなら、なおさらだ。
仕事なんだから、ある程度しっかりやるのが、当たり前だし、
達成して然るべきで、そこまで込みで仕事の内である。
拙者とてプロの端くれなのだ。
泣けないというか、
泣く気は無い。
自分でやったことに自分で感動するなんてない。

帰宅して、夜、ジョン・レノンのドキュメンタリー映画を観て泣いた。
わしは「イマジン」を、起床の際のアラームにしている。
イントロのピアノがとても優しく、寝起きに聴いてびっくりしないし、
それにこの歌は、拒めない何かがある。
ポールの「Let It Be」もすごいけど…
映画を観て泣くのは、わし的に正当なことだ。
涙は暖かくて気持ちが良い。
今日は職場で卒業式だった。

by syun__kan | 2019-03-20 22:30 | 日記 | Comments(0)
思い出のミルフィーユ
娘とプリキュアの映画を観に行った。
「プリキュアミラクルユニバース」という作品だった。
春と秋のプリキュア映画を、東映本拠地の大泉学園の映画館に観に行くことは、
娘が3歳の時からの恒例で、
娘は今5歳なので、春秋春秋春で今作が5度目のはずだが、
何回目かの時、一度、娘はわしとではなく、
お友達とママ達と行ってしまったことがあるので、
今回は4回目である、たぶん。

映画は初日で、何やら着ぐるみのプリキュアのグリーティングもあるとかで、
館内は親に連れられた女の子でごった返す。
その中で…
娘は中…中のやや上、くらいのサイズだった。
前は、他の子たちの方が大だったのだが…
要するに、着実に、プリキュアの中心対象年齢の後半に差し掛かっているということだ。
近い将来、卒業する。
このように、一緒に見に来れるのも、
あと2回くらいではないか。

映画には、前年の「HUGっとプリキュア」、一昨年の「キラキラ☆プリキュアアラモード」のキャラクターたちも出て来て、
変身シーンで、わしは予定通り泣く。
何か、泣いてしまうのだ。
壮大なメディアミックスが、どーんとこちらに届けられるダイナミズムに感動するのもあるし、
単純に映像が芸術的なのもある。
しかしその後の展開は、プロット的にかなり弱く、
わしはうつらうつらする。
プリキュアの映画は大体いつもそう。
付き添いし者の感動と眠気、二つ我にあり。見る前から想定している。
大人になると感動さえコントロールできる。
いやいや、娘も、5度目のプリキュア映画になると、けっこう冷静で、
画面だけでなく、入館の際に配布されるミラクルライトを、周りの子どもたちが振る様子に目を配り、
空気を読みながら応援している。

子どもは、生まれてしばらくは、「出来事すべてが初体験!」だが、
5歳になると、もうそうでもない。
「キラキラ☆プリキュアアラモード」は娘が3歳の時にテレビでやっていて、
「HUGっとプリキュア」は、娘が4歳の時だ。
経験は、層になっていて、「アラモード」の上に「HUGっと」があってその上に今の「スタートゥインクル」があり、
過去との比較によるインプットが可能になる。
というか、それしかできない。
完全に新鮮なプリキュア鑑賞体験は、ほぼ二度とできないのである。
色々なことが、そのようになっていく。
得たと言えば得たが、5歳の若さで失ったと言えば失ったのだ。
まあ、ミルフィーユのように重層的になった記憶を、串刺しにして味わうのも、楽しいものさ。
出会い頭の衝撃は、なかなか上回れないながらも、「前はこうだった」「今回こうなった」とかあれこれ言いながら、
こねくり回しながら楽しむのが、大人だ。

映画の後は、二人で回転寿司で昼食を食べた。
今はもう、連れ歩くのにほとんど苦労しないが、
前は帰りのバスで座りたい席に座れずに泣いたりした。
それで途中で降りて、
コメダ珈琲で昼ご飯を食べて、
食事メニューが安くて油断したら飲み物が高くて幼児と大人の二人で3千円くらい払うことになったりとか、
ロッテリアに行ったこともあったし、駅の近くのカフェに行ったこともあったけど、
それらが何歳の時でどんな順序だったかは、
もう思い出せない。
わしはもう、層が溶けてきている。

by syun__kan | 2019-03-17 17:14 | 日記 | Comments(0)
人生観
風呂に入ると、
「あ~、疲れが取れる~」
と言ったりするが、
風邪ひいてたりすると、
「入浴は体力を消耗するから、今日はやめとこう」
というようなことを言ったりする。

結局、風呂に入るのは、疲れが回復するのか、逆に疲れるのか?

いや、自分で頻繁に入浴しているのだから、
疲労が減っているのか増しているのかについて、自分の実感でもって答えを出せばよいのだが、
何故か、思い返しても、
自分が入浴のたびに、疲れてるのか、元気になっているのか、
よく分からないのである。
というか、「疲れが取れる~」にしろ、「消耗するからやめとこう」にしろ、
自分が実感と共に言っているというよりは、
誰かが言っていたから、自分も言っているだけ、
いやむしろ自分が言ったのではなく、誰かが言っていたのを聞いただけ、
という気もしてきた。
ああ、何てあやふやなまま生きているのだろう。
こんなことではチコちゃんに叱られる。

というようなことを考えたりしながら、発熱の期間を過ごした。
「寝込んだ」という日記を書いてしまったので、
おそらくそれを読んだ方たちから、心配のお言葉を頂戴したりしたが、
もう大丈夫である。
体力が完全に回復するまで、制作をやめようと思って、
「2020に向けて」の制作も少しストップさせていたが、
今週から再開している。
自分の体が平常に戻ったので、
また喜んで、仕事に制作に、目一杯酷使しようとしている。

自分は大学2年の時に原付でコケてから(別に軽傷だったけど)、
いつも「いつ死ぬか分からないから、がんばろう」というような、
要するにメメント・モリの視座に立って生きていて、
歳を重ねるごとに、ベルトコンベアーの終点が近づくようなイメージが浮かび、
わりと「死ぬのってこわいなあ、やだなあ!」と思い続けて毎日過ごしていたのだけど、
35歳になったら、
ふと、
「人生はやりたいことをやるための時間」
という考えが頭に浮かんで、定着した。
そうしたら、少し気が楽になった。

「やりたいこと」というのは、自分勝手にやりたいことだけやるのではなく、
自分の良心に立って、人のために何かしたいと思うのであれば、それも自分のやりたいこと、ということで、
それをやるために与えられた時間が、人生なんだ。
ということ。

と思ってたら、夜テレビをつけたら、NHKで、
デストロイヤーさんが亡くなってしまったニュースをやっていて驚いた。
そこで初めて知ったし、トップニュースで伝えられたことも驚いた。
プロレスについて大きく取り上げてくれるのは嬉しいのだけど、
それを報じるキャスターが何故か笑顔で、わしはイラっとしたよ。
時事ネタに反応したり誰かを批判したり普通しないけど、これは言わせてもらうよ、
イラっとしました。

それはそうとして、
この間は、わしの大好きな獣神サンダー・ライガーが来年1月の引退を表明。
今年は飯塚高史も引退し、長州力も引退する。

まあ、そんなようなことを全部頭に受け入れながら、
わしも人生観を揉んで育てているのだよ。

by syun__kan | 2019-03-09 01:19 | 日記 | Comments(2)
昭和
3日ほど寝込んでしまった。

病院に行き、インフルエンザの検査も受けたが、陰性だった。
あんまり体を省みなかったから、体からツッコミが入ったのだろう。
発表会の委員長だったし、
劇の背景画に電飾を仕込んだり、舞台に紙を降らせる仕掛けを考えたりするのが、楽しすぎたのだ。

他学部では、プロジェクターで映像を投射したり、
デジタル機器を駆使した演出も登場し、効果を上げていた。
しかし、「ゴジラvsビオランテ」や、
小学生の頃に再放送されていた昭和の初代ウルトラマンといった、
手作り特撮映画に感化され、ものづくりの道に入った関口は、
どちらかというと、ちまちました、
人の手の痕跡としての表現が好きなのだ。
手作業は祈りであり、それによって作品に念が込められると信じている。

「3日寝込み」内2日は、休日を消化したが、
出勤日になっても治りきらず、
ついに11年くらい働いていて、今日初めて欠勤した。
非常に悔しい。
生徒にも申し訳ない。

布団で、向田邦子さんのエッセイを読んでいる。
向田さんは昭和の脚本家で、エッセイの天才的名手である。
すると、わしも長年疑問に思っていたテーマについて、向田さんが考察していた。
それはすなわち、
「雨の中、走った方が濡れるのか、歩いた方が濡れるのか」
という疑問だ。

「算術が苦手」と自認する向田さんは、数行で解決を放棄していたが、
わしもこの機会に、
寝込んでいるという機会に、
改めて考えてみたい。
わしも算術は憎たらしいほどに苦手だが。

つまり、雨の中、
A地点の軒下から、100m先の軒下Bに移動したとき。
1分で移動するのと、10分間で移動するのとでは、どちらが濡れるか?

それは、10分かける方が濡れるだろう。

何しろ、10分間も雨の中に、身をさらし続けてるのだから、
その間雨が、頭上に降り注ぐ。

では、速い方が良いのか?
極論、1秒で高速移動したら?

頭上に雨はほとんど降り注がない。
しかし、100mの進路上にある、空中に浮いている雨粒を、
顔とかお腹とか、体の前面で、全て受け止めることになるだろう。
雨の中、人の形の雨粒のない空間が、トンネルのように、
一瞬できるに違いない。
そしてすぐまた、雨降りの情景に戻る。
B地点の軒下にて、
彼は、背中はかなり乾いているが、前面はびっしょびしょのはずだ。
びっしょびしょというか、何かダメージを負っている気もする。
大丈夫だろうか?

10分でも相当濡れるし、1秒でも相当濡れる。
ほどほどが良いのかもしれない。
ほどほどというのはどのくらいかというと、
こう、身をかがめて、さっさっさーと、行く感じ、
そのくらいが良いんじゃないだろうか。

と、こういうようなどうしようもない結論になるくらいなら、わざわざ考察しなけりゃ良かったんじゃないかという思いが湧き、
向田さんが数行しか考察しなかったのは、
長く書いてもどうしようもないということを、悟ったからではという気もしてきた。
書かないことが機微というか品というか徳というか知恵みたいな。

そして、今の時代には、発達したインターネットがある。
きっと、「歩いた方が濡れるのか、走った方が濡れるのか」について、
わしや向田さんの他に、疑問に思った人が存在しているはずで、
すでにネット上で考察が行われている可能性がある。
中には、かなり科学的に信ぴょう性の高いものもあるかもしれない。

でもわしは、検索しない。
目の前にパソコンあるけれど。
知らないということの余韻を楽しみたい。
わしも6歳までは昭和を生きた。
最後の抵抗だ。
情報化や効率化ばかりが何かを生み出すのではない。
未知や矛盾からも、人は色々生み出してきた。

by syun__kan | 2019-02-26 19:51 | 日記 | Comments(0)
読売新聞に
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2月18日の読売新聞、群馬版に関口の記事が載りました。
ありがたい限りですが、
取材の際の、関口の活舌が悪かったか、
説明の仕方がまずかったのでしょう、
「仕事から帰ったら毎日3時間制作している」という感じの内容が書かれていますが、
すみません。
そんなにやってません(笑)
20分とかです。

特に最近は、
この2か月くらい、心血を注いでいた、
職場の学校行事の学習発表会があったので、
自分の制作もおろそかでした。

行事も終わったことだし!
さあ、いよいよ制作を!
と行きたいところですが!
ちょっと燃え尽きています。

でもほんとに、そんなこと言っていられません。
関口は今夏のアートの予定がもう決まっています。
作家活動11年ですが、
過去最大のミッションかもしれません。
「毎日制作3時間」とあるのは、
「そのくらいやれよ!」ということなのだと、解釈しております。

by syun__kan | 2019-02-23 22:43 | 日記 | Comments(0)
フェネック着色
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娘が作ったフェネックに、
先週一緒に障子紙を貼って、
1週間乾かして、
今日色を塗った。
英才教育?

by syun__kan | 2019-02-09 11:10 | 日記 | Comments(0)
骨組み
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11月に前橋で塔、
12月に川口で宝船、
1月にいわきで一富士二鷹三茄子、というように、
たまたまなのだけど、
最近毎月、「みんなである程度でかいものを作るワークショップ」をやっていて、
その最終戦が、2月16日(土)に神奈川であるので、
骨組みを作っていました。
先ほどヤマト便集荷センターに持って行って、
発送手続きしてきました。
この骨組みで、さて何を作るでしょうか。

2月16日(土)に、神奈川県民ホールギャラリー第一展示室で、
神奈川の私立小学校の図工の展覧会があり、
その中の一企画として行われます。
午前中は小学4年から6年を対象とし、先着15名程度を募り、
何かでかいのを作ります。
午後2時からは、通りすがりのお客様も参加可能で、
好きな物をそれぞれ作る感じで年齢・人数の制限も特にありませんので、参加しやすいと思います。
都合が合えば、ぜひいらしてください。

by syun__kan | 2019-02-04 01:09 | 日記 | Comments(0)
鬼のパンツ
好きな童謡というのは、いくつかある。
まず思いつくのは、「ハメハメハ大王」だ。

「本人」→「奥さん」→「子ども」→「住人みんな」という順に描写していく明快さ、
そしてその様子の面白いこと。
「風が吹いたら遅刻して、雨が降ったらお休みで」等の歌詞が、
絶妙に具体的で情景が浮かび、心に残る。
そして、そんな怠惰で大丈夫か?という若干の不安を、
「ハメハメハ~!」と笑い飛ばす。

「汽車ポッポ」も好きだ。
汽車が走っているような時代ではないので、
今ではあまり歌われないかもしれないが…

汽車汽車!シュッポ!シュッポ!
シュッポシュッポシュッポッポ!

スピードスピード窓の外!
畑もとぶとぶ!家もとぶ!

走れー走れー走れー!

鉄橋だ!鉄橋だ!たーのしーなー!!!

と、ひたすらアゲアゲ⤴⤴で楽しい。
久々に鉄道に乗れてテンション爆上げになっている鉄道少年の、
アドレナリンが出まくっている頭の中を、
とても良く表している。
まさにウカレポンチ。

これらに並び、栄えあるベストスリーに入るのが、
「鬼のパンツ」だ。
「フニクリフニクラ」の替え歌で、

おに~~~~のパンツはいいパンツ~
つよいぞ~~つよいぞ~~

と、パンツの丈夫さについて歌う。
季節的に幼稚園で歌うのか、
娘が最近家で歌っていて思い出した。
そして、幼稚園でそういう冗談を言い合ったのだろう、
「鬼のパンツ欲しい!」
と言い出した。
「10年履いても破れないんだよ!」と。

10年履いても破れないのが、鬼のパンツだと言うなら、
お父さんだって鬼のパンツを持っている。
BVDのものなのだが、
確か買ったのが、2006年なのだ。
わしが大学を卒業して、教職の単位を取るためにもう一年、科目等履修生で通っている時、
同級生だったウッチーが、たしか八王子辺りの美大予備校で講師をしていて、
そこのムービングのモデルのバイトをしたのだ。

デッサンというのは、普通、モデルさんがポーズを取り続けているのを見て、
基本的には、なるべく見えた通りに描くわけだが、
ムービングというのは、動いているモデルさんを見ながら、
若干の自分なりの解釈やセンスを加えて描き表すもので、
当時の武蔵野美術大学の彫刻科の試験がそれだったのだ。
だから、そのための受験対策としてのデッサンに、
わしが呼ばれたということ。

美大関係でない人が聞くと、「えっ」と思うかもしれないが、
美大予備校や美大でヌードデッサンはごく普通のことだ。
わしも何枚裸婦を描いたか知れない。
でも、ムサビの試験のムービングは、モデルさんは下着を着ていたので、
わしもパンツを履いて臨むことになった。

それで、八王子方面に向かう電車に乗る前に、
橋本駅のサティで、ボクサータイプのパンツを買ったのだった。
「BODY WILD」と書いてあった。
というか、思い返すとそれまで、わしはトランクス派だった。
初めてのボクサータイプでした。
ピタッとしていた方が良いだろうと思って。
少し前まで吉岡美穂さんがCMキャラクターを務めていて、
その時は川原亜矢子さんだった。
新品のBVDで、わしは休憩を挟みながら6時間、
受験生たちの前でゴロゴロしたり軽く踊ったりした。

その時のパンツが、2019年の現在、まだ現役なのである。
BODY WILD。
10年以上履いても破れない。
もちろん毎日履き続けているわけではないが、
週一くらいは登板しているはず。

「やっぱりBVDは、下着専門だからすごいな」
と思っていたのだが、
数年前に買ったBVDのモモヒキは、すぐに破れてしまった。
BVDだからといって、すべて「鬼仕様」なのではないのだろう。
あるいは川原亜矢子時代のBVDが最強だったのだろうか。
とにかく、お父さんのパンツは、鬼のパンツなのだよ。

と、娘には言わなかった。
思っただけだ。

by syun__kan | 2019-01-30 22:12 | 日記 | Comments(0)
本に掲載
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フレーベル館の、「くっつける道具」という本です。

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関口の新聞紙×ガムテープ工作が載っています。

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裏表紙には可愛いトラちゃん。

この本は、図書館や学校の図書室に置かれる用の本とのことで、
一般販売はしないそうです。
機会があれば見てください。

by syun__kan | 2019-01-26 00:15 | 日記 | Comments(0)
モダンタイムス
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ホワイトボードマーカーが出ない。
書き始めは出た。
2行目から薄くなり、
4行目には可視の限界に達した。

前もって、ちょっと試してみた時は書けたので、安心していたが、
本番を始めてみたら、
まるで転がり落ちるように、ホワイトボードマーカーは、
機能を失い、
ただの短い棒になり、
わしは子どもたちの前で呆然と棒立ちになった。

スタッフが裏をあさり、
書けそうなマーカーを2本持って来てくれ、
それもまあまあ薄かったが、
わしはなんとか、ボードに文字を書きつけた。

ホワイトボードよ、
お前がどうしてこんなに市民権を得ているのか分からない。
こんなにも脆弱なシステム。
マーカーの蓋がほんの少し、完全に閉まっていなかっただけで、
全てはただの棒&板と化す。

移動式のホワイトボードだと、さらに悪い。
書くたびにボードが揺れ、
文字がへにょへにょに。
弱い…
全ての全体提示用文字の中で一番弱い。
黒板にチョークや、文字カードとかの方が断然、力強い。
全体提示用文字は、意味が伝われば良いというものではない。
文字の様子で、
意味の強弱や雰囲気は、全く変わるのだ。
移動式ホワイトボードは、ふんにょふんにょの印象しか与えない。

気を取り直し、わしは次の展開について大声でしゃべり、
スクリーンを出して、
「では、これを見てください!」
と見栄を切り、
プロジェクターのレンズの蓋を開ける!

「…むにゃ…ん?…何?」

寝てる!

聞こえる。
寝ぼけているプロジェクターの声が聞こえる。
レンズの蓋を閉めると、勝手に半分寝るのだ。
「セーブモード」とか言って、「スリープ」に入るのだ。
しばらく待つと画像を映し出すが、
すごく薄い。
ゆーっくりと明るくなる。

ちゃんと見えるようになるまで、ほんの10秒くらいなのかもしれないが、
全体進行の中の10秒、リズムが途切れるのは、
致命的な場合もある。
大人だったら待てるよ。
でも子どもは、それに至るまで引きつけた集中が、パーになったりするんだよ!

と、こんなことを奥さんに言った場合、おそらく、
「説明書読みなよ、
蓋閉めてもスリープしなくなる設定、なんかできるかもよ」
とか言われるだろうけど、
わしの仕事は本来人間相手なのだ!
機械のお世話に時間とエネルギーを消耗する訳にはいかんのだ。
言い訳ではないたぶん!

プロジェクターが明るくなるまでの間、
他の話をして間を持たせ、
いよいよわしは、
プロジェクターにつないだiPadから、
映像を流そうとする。

しかし…
音が出ない!
さっきは、
やはり本番前に試してみた時には、音出た気がしたのに!

いや、気のせいだったか?
試した時には、プロジェクターに接続していなかったかもしれない。
記憶がない…
何せ、このiPadをつなぐに至るまで、
パソコンを2台、つないだり外したりして試していたのだ。
以前は映ったのに、
何故か最近、パソコンの画面をプロジェクターにつなぐとデスクトップの背景しか映さなくなってしまったとかで、
ああだこうだ試したが無理で、
結局、パソコンは諦め、iPadを、何か別の機械を仲介して映るようにしたのだが、
どこかの段階で音が出なくなってしまった。

映像だけでなく音声も、どうしても提示したかったので、
忸怩たる思いで子どもたちに
「ちょっと待ってねー」
と告げ、
コード類にぐるぐる巻きになりながら、
音声が出るよう設定を変えようとする。
全体に向けた話は、間が大事だが、
これでは間も何もあったものではない。
「間」とか、ちょっとかっこいいこと言ってる場合じゃない。
わしは必死に、スワイプやらタップやら、する。
「モダンタイムス」で歯車に巻き込まれるような、
文明に翻弄される様子ならば、まだ視覚的な面白さがあるが、
スワイプやタップでは、可笑しみも出ない。
画面の中の手応えのない敵…
まるで心霊と闘っているようだ!

そして、努力虚しく、音は出なかった。

崩壊の危機である。
音が出るように変えられないという一点だけで、
わしの計画は沈没しようとしている。
あんまりだ。

スタッフが、
「iPadとプロジェクターで映像を映し、パソコンで同時に同じ映像を流して音声を流しましょう」
と提案してくれる。
事前のああだこうだで試したパソコンが、まだそこにある。
「じゃあ、それで」と、
実行してみるが、
パソコンにスピーカーが付いていないため、
音が全然小さい。
「じゃあ、スピーカー借りてきます」と、
スタッフは部屋を出て、
走ってスピーカーを探しに行く。
取り残されたわしは、
コードにがんじがらめになりながら、これ以上何もできず、悄然と佇む。

小学生の頃の記憶を思い出す。
集会で、皆が体育館に集められている。
先生が話をして、
そしてOHPという機械で、何かを拡大して投射しようとする。
そこで、毎回!
まいーっかい!
機械の接続がうまく行かなくて、
流れがいったん止まるのだ。
機械に詳しい、他の先生が出てきたりして。

それを見ていて、わしは子ども心に、
何というか、
納得できなかった。
「毎回のことなんだから準備しとけよw」
ということではない。
なんだか、同じ人間として、
機械に翻弄される姿が、
いたたまれないというか…
つまり…屈辱だったのだ。
「機械は、人間が作ったものなのに!?」
わしは、人に対してイライラすること、ほとんど無いのです。
でも、機械に翻弄されるのだけは、
昔から、許せないのよ!
直感的に!

そして大きくなったわしは、
大人の立場で、同じ屈辱を味わう。
あの頃より、事態は複雑になっていると思う。
ICT機器のルールは、全てが普遍的でない。
使い方を覚えれば、ずっとそれが通用する、ということがない。
「アップデート」みたいなことで、同じものでもどんどん使い方が変わっていき、
そしてそれぞれの機器の兼ね合いで何かが出来たり、出来なかったり使えなくなったりする。

スピーカーが運ばれて来た。
パソコンにつなごうと、立ち上がったわしの体に、コードが絡みついていたため、
iPadとプロジェクターをつなぐ機器のコードのどこかが抜け、
再び挿したら、
今度は映像が映らなくなった。

あとで分かったことだが、
iPadは充電が残り40%とかになると、プロジェクターに映像を映さなくなったりするそうだ。
エネルギー切れがこわくて、守りに入るということだ。

ていうか、主の許可なく守りに入るって、どういうことだ!
「今日この瞬間に、全てをかける!」
「もう、どうなっても構わない!」
みたいな、
ROCK魂は無いのか!
燃え尽きろよ!
人間のこのわしが、命がけでやってるのに!

教育現場では、ICT機器を使うことが推奨されており、
わしはそれに反対ではない。
効果を感じる。
やはり注目が良い。
黒板だと前を向けない人でも、
スクリーンに投射された画面だと見れたりする。
それにネットにつながるということは、
まさしく世の中に開けた窓が、教室に開くようなものだから、
現場の思考の箱庭化を防ぐだろう。
だからこそ、こうして使おうとしてるのではないか!
だからもっと、なんていうか、
もっと聞き分けの良い子になってくれないだろうか!
こうしている間にも、
文句ひとつ言わず、待ってくれている子どもたちのように!

ほら、
人間関係でも、
何か嫌なことが目に付いたら、
それが全てを覆い尽くして、我慢できなくなることあるでしょ。
お世話になってることは分かってる。
だけど今日は、一言言わせて欲しい。

ICTとやら。
このおたんこなす!!!
やーいやーい!!!
お前の母ちゃんでーべそ!!!

by syun__kan | 2019-01-20 21:10 | 日記 | Comments(0)



現代芸術家、関口光太郎の日記。
by syun__kan
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