カテゴリ:日記( 608 )
反応について
前橋に展示している作品は、2年かけてちまちまと作り続けたものなので、
自分は、完全にゲシュタルト崩壊している。
すなわち、
客観視できなくなっている。
関口は、作りながら長きに渡りこれを見続け、いわば知り尽くしているわけだが、
お客さんというのは、
初めて見るのだ。
その視点を、わしは同一視できないのです。
お客さんたちに、これがどう見えるのか、
全然不明だ。

設置作業を終えるまで、
無事、設置作業を終えられるか、
モヤモヤし続けていたが、
設置が済めばモヤモヤが消えると思いながらやるのだが、
ここに落とし穴がある。
設置後も終わらないのだ、モヤモヤは。

作家は感慨を与えてなんぼである。
作って、発表して、
それがどんな反応されようと知ったことではない、
作って出したらそれで自分の興味は終わりだ、
なんてマインドの作家など、
いないのではないか。
絶対みんな、気にすると思う。
お客さんの反応を気にすると思う。
これはわしが、小市民だからではない。
どんな大物でも、
村上春樹だろうと黒澤明だろうと、
気にするはずだ。
評論家みたいな専門家みたいな人の反応も、
通りすがりのおばあちゃんの反応も、すべて。
作品の前でなら、0歳児がどんなモロー反射したかまで気になる。

ああ、気になるさ。反応、
それがすべてだからな!
判決みたいなものだからな!

わしが大学で絵本創作研究会に入っていた時は、
自作の横に「感想ノート」を置いたものだ。
部員みんなそうしていた。
お客さんがそこに感想を書いてくれるのだ。
何が書かれるか、
展示会場に行くたびにチェックし、一喜一憂した。
今でも全部保管してある。

でも、今、
アーツ前橋の岡本太郎展の会場に、
感想ノート置くわけにはいかないだろう?
さすがにそれは無いだろう?
しかしながらわしは、東京で勤務しているから、しょっちゅう会場に立つ訳にはいかず、
反応を知る由も無い。

はい、では、どうするでしょう。
そんな関口君は。
そういう環境の作家はどうするでしょう。
分かりますね?

検索ですよ!
エゴサーチですよ!
毎日やってるからね!
「関口光太郎」とか、「アーツ前橋 岡本太郎」とかで!
てゆうか展示期間中は休日なら数時間おきにやってたりするから!

あのね、繰り返すけどこれは関口が小物だからではないから。
「作品を発表した後の表現者」は、勝手な推測ですが、おそらく、皆やるから。
太郎さんだって、今生きてたら、すると思うよ、エゴサーチ。
「前橋 太郎展 感想」とかで。
たぶん。
いや…しないかな?さすがに岡本太郎は…想像できない…

そしてわしは、ネット上に何も感想が見当たらず、落胆する。
その繰り返し。
大方のお客さんは、感想は心の中でつぶやくか、
となりの人につぶやいて終わりなのだろう、
しかしわしにとっては、インターネット上に表出された感想がすべてだ。
そしてそれは、本当に貴重なのだ。

三宅感君は、作品を発表したりすると、
観た人から、いろいろアドバイスされたりするらしい。
彼と彼の作品には、人を、「何かひと言、言わずにはいられない」という思いに駆らせる、何かがあるのだろう。
ある意味、うらやましい。
わしはいつも、なんにも言われない。
本人も作品も、自己完結していて、絡みづらいのかもしれぬ。

一つ伝えておこう。
だから何だってわけではないけど、伝えておこう。
わしはインターネット上の感想、全部見ているからね!
だから何だというわけではないけど!
観てくれたあなたの感想はわしにとってものすごく重要だからね!

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by syun__kan | 2018-10-09 20:13 | 日記 | Comments(0)
ストレッチマン
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Eテレ「ストレッチマン」のシリーズは、
全国の特別支援学校にストレッチマンが訪れ、
現れた怪人を倒したり、子どもたちとストレッチしたりするシリーズです。
大学生の頃たまたまテレビで観て、
エネルギッシュな展開とキャラクターに衝撃を受け、
かなりファンでした。

その最新バージョン、
「ストレッチマンゴールド」が、10月11日よりスタートするそうですよ。
その第一回の舞台が、関口の勤務地である旭出学園となっております。
関口が呼んだわけではないですが、ご縁がありました。
そして、怪人の衣装は、案の定、関口が新聞紙とガムテープで作りましたよ。
公式サイトの予告編でもチラッと見れます。
ちなみに、ストレッチマンや怪人が現れたのは、小学部の授業中だったので、
中学部で仕事している関口は一切出演せず、クレジットもありません。

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by syun__kan | 2018-10-07 22:08 | 日記 | Comments(0)
カニについて
実家にカニを送った。
お礼の連絡が来て、
父母が、「美味しく食べてるわ」「うまい」とこのこと。

夏に実家に滞在し、アーツ前橋に通って制作したので、
いろいろお世話になり、
9月17日が母が誕生日で、父の誕生日ももうすぐで、
敬老の日も近く、
そして父の退職ももうすぐということで、
普段誰かの誕生日を祝ったりほとんどしないわしも、
こう、5つくらいも案件が重なってしまっては、
何かをせざるを得ない。

「どこかに行ったの?」と聞かれた。
要するに、
このカニの産地に旅行に行ったりしたそのお土産なのかという質問を受けたが、
別にそういうことではなく、わしが
「実家にカニを送りたいのだけど」
と言ったら、奥さんがインターネットで調べてくれ、
程よいものを見つけて送ってくれたのだ。
特段、ものすごく高価なものでもない。
私立の特別支援学校は、補助金が少ない等の理由で公立よりお給料が安い。
わしが外に履いて行く靴は、あずき色のナイキのスニーカー1足で、
3年間同じものだ。

奥さんにも「何でカニなの?」と聞かれ、
母は何だか知らないけど昔からカニが好きなのだと話し、
さらに、
わしが小さかった頃の「かにたに事変」の記憶を思い出す。

わしが小学校3年生くらいだったか…
その日は、何だか知らないけど、
「かにたに」という、
カニ料理のレストランに行くことに、前々から決まっていたのだ。
「この日は『かにたに』に行くのだ」と、
両親から聞かされていた。
当日夜、父は出かける前、

「かにたに~、かにたに~、かっかっかにたに~」

と歌っていた。
そして、妹を含め家族4人で、車で「かにたに」に行き、
席が埋まっていて、待合の所の名簿に「関口」と名前を書いたのだが、
待っている間、父母は、
ショーウインドウのメニューたちを見て、
真顔になり、
「高いね…」
「どうする?」
という話をして、
しばらくの後に、
「やっぱりやめよう。ステーキのどん(またはステーキの宮)にしよう」
と言い出し、
ステーキレストランに急きょ変更になり、
名簿に書かれた「関口」を残し、
さっきまで「かにたに~」と歌っていたけど、
わしらはステーキを食べた。

わし的には、正直カニより肉が好きなので、
喜んで肉を食べていたが、
今思い返すと、両親は、
どんな気持ちで肉を食べていたのだろうか?

そしてだ、
この話は、笑い話ではあるが、可哀そうな話ではない。
むしろ、かっこいい話ではないか。
カニ料理屋に行ったら、思ったより高くて、急きょ変更する。
このような、現実的な判断の積み重ねで、
わしは大学まで通わせてもらったのだ。
まるで悪魔のように学費の高い、私立の美術大学にな!
父はストレスを受け止めて働き、
母は絵画教室をしたり和菓子屋でパートしたりしながら!

わしはわしなりに11年間働き、子を持ったりしたからこそ、
働き続けることの大変さは分かる。
今年のカニは、
あの時「関口」と名前を書いて食べなかった分かもしれない。

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by syun__kan | 2018-09-21 23:38 | 日記 | Comments(0)
情報について
奥さんと娘が、
録画していた深海のドキュメンタリー番組を見ていた。

未だ見ぬ、深海の世界!
カメラの前に、世界で初めて姿を見せる、生き物たちの姿!

それらはとてもきれいだ。
不思議な形をしていたりする。

新たな発見を求めて、研究者たちは、
改良を重ねた小型の潜水艇で、水深深くまで潜航する。
未知の生物を見つけて、
「ワオ!アメイジング!」
と歓声をあげる。

深海は、地球上で残された最後の未知のゾーンなのだろう。
確かに、普通に生活していては、見えないもんね。
山とか沿岸とか行くけど、
海深くまで、人、普段行かないもんね。
でも、人は知りたがる。
分からないことがあれば、情報を欲しがる。
生活に、
はっきり言ってしまえば、人類の利益に、
全然関係なくても、
知りたがる!!
深海に何がいようといまいと、
我々の生活には、全然関係ないのだ!
その研究、何の意味があるのだ!!

と、つっこんでみる。
別にそういった、人類の無条件の知的好奇心を、否定したいわけではない。
認める。
そういった、生活にほとんど関係ない、
深海の生物とか、恐竜の色とか、小惑星の姿とかの研究に、
我々の税金が少々使われていたとしても、
今さら何も文句はない。

ただ、前に、
科学館に行った時に、
金星に関する展示の、ボタンを押したら、
画面に、金星を研究する大学教授が現れて、
金星について熱く語り、
金星愛をたっぷりと感じさせ、
最後に、
「金星は地球とほとんど同じ大きさです。
金星について考えることは、地球についても考えることになるんです」
と言っていた、
それは、
最後のそれは詭弁だろう!!
地球のために、人類のために、とか、
ほんとはわりとどうでもいいのではないですか?!
あなた、金星が好きで、好きで、好きなのでしょう?!
研究のための補助金とかを申請するときに、
少しは「人類のここに役立ちます」とか書かないと、予算が下りないから、
いつもそう言っているのでしょう?!
本当は、
ただ、ただ、
未知だから、金星が好きだから、
知りたいだけなのでしょう?!
そうだろう?!
好きって言っちゃえよ!!
言っちゃえよむしろ、
そう、
それでいいんだよ。
変な言い訳聞きたくないよ。
純粋に知りたい、ということでいいよ、税金払うよ。

深海の生物とか、恐竜の色とか、小惑星の姿とかへの知的好奇心は、
社会的に認められ、
税金が支払われる。
でもそういった、いわゆる学術的なところに興味のベクトルが向かなかった人は、
どうなるのか?
知的好奇心を持たないわけではない。
大衆的な方向にベクトルを向ける。
自分の生活に全然関係のない、
有名人の婚姻や失敗や、
身のまわりの人のうわさ話などね。
とにかく、知りたがらずには、いられないのであろう、人は。

以前、ある先生に「意図的な無知は犯罪」と言われたことがある。
その言葉は概ね正しい。
ただ、わしは何だか少しひっかかり、その言葉を丸ごとは承服できなかった。
「無駄で過度の知的欲求ももしかしたら犯罪」と思ったからだ。

わしが作品を作るとき、
とりあえず新聞紙をくしゃくしゃに丸める。
ネットの台頭で押されてはいるが、まだまだ新聞は、「情報」の象徴だ。
くしゃくしゃに丸めてしまうと、書いてあることは無意味化され、
新聞紙の持つ「情報」という要素が否定され、
それは造形の一材料になる。
わしの制作は、情報の否定なのだ。

というのはうそ。
わしはただ、大きな形、たくさんの数の形を作りたいと思い、
最適な材料として新聞紙を選んだだけだ。
こういうのを、「後付けコンセプチュアル」という。

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by syun__kan | 2018-09-17 00:09 | 日記 | Comments(0)
日東電工様ホームページにて、ハロウィン!

日東電工様のサイトに、
新聞紙×ガムテープで作るハロウィンの飾りを紹介していただきました!
作ってみてね!

ところで関口、
季節の変わり目で声が枯れ、
ここ3日ほど、天龍源一郎のようなド迫力のガサガサ声でした。
喉が弱く、年に2、3回ほど、このようなほとんど声が出ない状況になるのです。
ラジオDJとかが仕事でなくて良かった。

特に他の面で取り立てて体調が悪いというわけではないのですが、
声だけガッサガサで、
しゃべりが伝わりづらく不便なのですが、
何となく一言一言に迫力が、説得力が増すようで、
それはそれで面白く、
自然と、自分のキャラクターも、オジキみたいな親分みたいな感じになっていました。
そう、自然とそうなるのです。
面白いもので、
しゃべろうとするその瞬間に、いつものようにツラツラと言葉が出ず、
お腹に力を入れて一呼吸置くので、
また早くしゃべれない=たくさんの内容をしゃべれないという意識が働き、
その一呼吸の瞬間にしゃべる内容が精査され、
よりそぎ落とした、ソリッドでミニマムな言葉になる。
何となく相手も「ああ、はい」みたいに聞いてくれることが多く、
そんな状況を楽しんでいました。
しかしながら体は休ませようみたいなことで、
更新が途絶えていましたが、
また今日からやります。
声も治って、迫力がなくなったので、
人格もまた元のへなちょこに戻りますよ。

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by syun__kan | 2018-09-15 14:07 | 日記 | Comments(0)
生きづらさを抱きしめる
小学校1年生になったばかりの頃の記憶。
わーっと、一日の学校生活をやって、
ふと、気づくと、
皆がランドセルを机の上に置いて着席している。
わしの机には、何もない。
皆、持ち帰るものをランドセルに詰めて、要するに、帰りの用意を終えているのである。
わしはわーっと、何か他のことをしていて、
あるいは他のことに気を取られていて、
帰りの用意をできていないというか、
それをしなければならないということに気づいてさえいないのであります。

その後のわしの、小学校1年生生活はどうなったかというと、
しばらくの間、
クラスの友達が帰りの用意を手伝ってくれたのであった。
今さらですが、優しい皆様、ありがとう。
(ちなみに、聞いたのですが、
わしの奥さんもそうだったんですってよ)

今になって思うと、これは何というか、
不注意型ADHDっぽいというか、そういう傾向を感じる。

いつまでも、友達に用意をしてもらっていたわけではなく、
わしはその内自分でできるようになった模様。
はっきりとは分からないが、帰りの用意ができていないまたは友達にやってもらっているという記憶は、
ごく初期だけだ。
経験を重ねれば、できるようになるくらいの感じだったのだ。

しかしながら…
そういった傾向は、完全になくなるということはないのだろう。
わしはここだけの話、
小学校から大学まで、授業において、板書を最後までノートに写せたことがない。
授業開始時には、多少頑張ってノートを取ろうとするが、
すぐに頭の中に、妄想が流れ出して満ちてしまうのだ。
集中が全然続かず、
かわりに、好きな事象についての思考がめくるめく続く。
どのようなデザインの怪獣が海から現れて皆がどのような反応をしてどのような破壊が起こるとか、
自分がプロレスラーになってどのような技を編み出してどの様にチャンピオンになって記者会見で何を言うかとか、
等々等々等々、
カオスになるのだ。
これは全然止められない。
多動傾向はないので、ちゃんと椅子に座ってはいるが、
全然聞いていませんよ、担任の先生、そこの関口君聞いてませんよ。

大人になった今では、ちゃんとノート取れるよ。
講習とか受けても、ばっちりですよ。
ただ、就職してからの新人の頃は、
多少仕事が立て込むと、頭真っ白になってたな。
順序立てて整理して要領よく、ということが、非常に苦手だった。
今も得意とは言えない。

こういった傾向は、
小さなものであったが「生きづらさ」であった。
「短所」とも言えるのだが、
それは同時に、人より活性的で独特な感性の頭を持っている、ということでもあった。

思うに、芸術関係で活躍している人は、
皆、多かれ少なかれ、
わしと似たような生きづらさを感じていた、もしくは現在進行形で抱えているのではないか。
と、最近思った。
仕事柄、障害ある子とも、芸術家の方とも接するので。
わしの学校の生徒たちは皆、それぞれに、とても素敵な絵を描く。

そしてわしはその、利点難点ある、
自分の感性を使って、
大人になって新聞紙とガムテープの立体作品を作るのである。

程度の問題もあるし、人それぞれな面が大きいから、
十把一絡げなことは言えないので、
わし個人のフィーリングとして述べるが、
わしはこの、
生きづらさを伴ったイマジネーション過多な自分の感性だけは、
1億円もらっても、
手放したくないのである。

新聞紙とガムテープを使って、変な大きいものを作るということは、
わしの生きる意味の一つというか、
存在証明なのである。
そしてそれは、
帰りの用意ができずにポツンと取り残されたわしだからこそ、
作れるものなのだ。

独特の感性や思考回路を持つということは、
いろいろと大変なものだ。
しかしどうにかして、皆が、自分の世界を刻み付けて、素晴らしく生きて欲しいと願う。

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by syun__kan | 2018-09-05 23:30 | 日記 | Comments(0)
娘の近況
娘は微妙に反抗期である。
4歳半にして、今頃ですか?とも思うけど、
奥さん曰く、同級生は何か皆今、そんな感じなのだそうだ。
新学期ブルー、あるいは運動会練習疲れ、みたいなことか。

寝る前に、
数年前からうちにある、せなけいこの名作絵本「きれいなはこ」を本棚から引っ張り出してきて、
「読んで」と。
わしがタイトルを、

「きれいなはこ」

と読み上げると、

「知ってる!!」

と一言。

…あたりまえですやん。
何回も読んでますやん。
毎晩新作供給できませんやん。

わしが表紙をめくり、前見返しをめくるとまたタイトルが書いてあって、
不可抗力により「きれいなはこ」と再度読み上げると、
「まーたー?!」

…だってそう書いてありますやん。
書籍の構成って、こうですやん。
でも確かに、くどいと言えばくどいよね。
タイトル何回も出るよね、絵本。
外国人の絵本だと、「ピエール・F・なんちゃらに捧ぐ」とか、
わしらにとって全然知らない人に捧ぎたいという作者のつぶやきを聞かされたりするし。

しかしながら、娘とせなけいこの板挟みになったような状態にわしも微小な「イラ」を抱き、
何ならこの絵本のクライマックスに当たるオバケの登場シーンをめちゃめちゃに恐ろしく読み上げてビビらせてやろうと、
「けんかをしてるのは、だれだー?!!」
と、デスボイスを出すと、
笑いながら娘も真似してデスボイスで叫ぶ。

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by syun__kan | 2018-09-02 16:21 | 日記 | Comments(0)
今度のチラシ
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すごい名前と並んだな…

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by syun__kan | 2018-08-19 18:31 | 日記 | Comments(0)
整理する
状況を整理すると、
8月8日から14日までの7日間、アーツ前橋で集中制作していて、
14日夜に東京に戻り、
8月15日から今日18日までの4日間、
教員免許更新講習をしていた。

集中制作期間は100%アートのことを考え、
他のことを何も考えず、
教員免許更新講習期間は、
教職に関する勉強をひたすらしていた。

今日は試験があったので、試験勉強のため昨夜はひたすら教科書を読んでいた。
加えて2000字のレポート提出があったので、
わしはユニバーサルデザインの授業をテーマに選択し、
全国に十数校しかない私立の特別支援学校に勤務している立場から論じた。
内容的には、
わしからは、「ユニバーサルデザイン」「インクルージョン」といった言葉は、多少複雑な思いで受け止められ、
なぜならこれらは、「様々な子どもが一か所で同じ授業を受けることが良い」というイメージを持ち、
知的障害児のみを専門とする特別支援学校は、社会から知的障害児を隔離して教育しているとも捉えられるので、理念に適っていないようにも捉えられるためであり、
親が、障害のある我が子を特別支援学校に通わせることを拒否し、普通校に通えるよう自治体などに求めるケースについて、
もしこの「特支より普通校」の選択が、子ども本人の幸せにつながらず、二次障害等の事態を生んでしまう、もしくは二次障害までは行かなくても「本人の力を最大限まで伸ばすこと」ができなくなるのであれば、
この選択を「誤った選択」と捉えることもでき、
こうした選択を肯定的に捉える意見がある場合、
その背景には、一つは特別支援教育に対する無理解があるかもしれず、
すなわち特別支援教育は、通常の教育の劣化版などではなく、
より有効に必要なことを教授するために専門的に研究された分野であるが、
それが意見者まで伝わっていないことと、
また別の背景として「ユニバーサルデザイン」「インクルーシブ教育」といった言葉の、やや過大な解釈があるのではないか、
それは、「どのような障害種、障害の程度でも、すべて同じ場所で同じ教育を受けることが常に正しい」という解釈であり、
これを実現するためには非常に高度にユニバーサルデザイン化された授業・カリキュラムや人員体制が必要だが、
一定の「限界」は存在するのではないか、
1994年の「サラマンカ宣言(声明)」で提唱された「インクルーシブ教育」の理念は、
《障害児・者を社会の中に「統合」するというものではなく、共に生きる仲間として多様な価値観を認めるというものである》と説明されていて、これを丁寧に理解する必要があり、
また、障害者の権利条約は、インクルージョンを権利として保障しており、さらに、障害のある生徒が必要とする個別支援を受ける権利も保障していることを強調した。
また別の方向から、
本校においては様々な障害の種や軽重の児童・生徒による学び合いがあり、
いわば、「狭い範囲でのユニバーサルデザイン」が実現されていることに触れ、
今後、高機能自閉症やSCDと呼ばれるような、
知的発達が軽度な児童・生徒学びの場として本校が役割を果たせないかという期待がわしにはあり、
適切な教育プログラムを構築できれば、本校の「狭い範囲でのユニバーサルデザイン」を少し広げることになるのではないか。

とまとめた。

というようなことで、
この4日間は目覚めている時間は基本的に教職のことを考えていたため、
「2020東京五輪に向けて何か作る」こともできていなかったが、
明日からは再開する。
今日はちょっとできない。
何か最近立て込んでいたので、何故か股関節が痛い。

また、集中制作期間は、
ブログの記事が「~です」「~ます」の語尾になりがちで、
普段は「だ」「である」で言い切っていたのに対して、
ブレが生じていたが、
その原因について考え、
(将来的に)展示を観に来てくださるお客様に説明する視点になるためか?
あるいは制作中に聴いていた落語のまくらに影響されたためか?
等、考えたがよく分からず、
態度や言葉遣いなど、状況によってどうにでもブレてしまうのだな等思ったりし、
何はともあれ、
今後は従来の通り、「だ」「である」に統一する方向で、
語尾を整理する。

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by syun__kan | 2018-08-18 20:39 | 日記 | Comments(0)
お仕事うんと盛りだくさん
昨年、
「キラキラ☆プリキュアアラモード」を1年間家族で見て、
それが最終回を迎える頃に、
次のプリキュアは何がテーマになるだろうということについて、
奥さんと話し合った。

プリキュアのシリーズは、毎年、何らかのテーマを持って作られている。
「キラキラ☆プリキュアアラモード」は、
「スイーツ」と「動物」がテーマだった。
その前の「魔法使いプリキュア」は、「魔法」と「ジュエリー」がテーマなわけで、
さらにその前の「プリンセスプリキュア」は、お姫様になる的な事がテーマだった。

奥さんは、次作のプリキュアについて、
「星座」がテーマと予測し、
わしは、
「キャリア教育じゃね?」
と予測した。
何となくそう思ったのである。

そしたら、わしの予想は、ある程度当たったのである。
今年2月から、
「何でもできる!何でもなれる!輝く未来をー、抱きしめて!」
の口上から始まった、今期の「HUGっと!プリキュア」は、
「子育て」と「お仕事」がテーマだったのである。

これはおもしろいテーマだと思った。
「はぐたん」という、空から降ってきた謎の赤ちゃんのオムツ替えをしたり、
登場人物たちがお花屋さんで店員の手伝いをしたりといった展開で、
親世代の、生きていく上でのキモの部分を、
子どもたちに伝えるのは、良いキャリア教育になる。

「HUGっと!ぐっとプリキュア!
お仕事うんと盛りだくさん!
空をビュビュンとパイロット!キャビンアテンダント!
パン屋さん!!本屋さん!!」

と、職業名をハイテンションで連呼するエンディングテーマも、
様々な職業を紹介する様で良かった。

しかし、最初の内は「子育て」と「お仕事」色が強かったのだが、
どこでそうなったか?
たぶん、「ルールー」と「えみる」というキャラクターが、ストーリーラインに登場してからだろう、
おそらく、製作スタッフが、
その二人に、思い入れを強くなり過ぎちゃったのではないかとわしは予想する。
「子育て」「お仕事」そっちのけで、
ロボットである「ルールー」と、
何だか知らないけど異常なお金持ちで、年少者の「えみる」の、
友情に話の重点が移り、
その内に、その二人が仲良くなってアイドルグループになってコンサートするというような、
35歳のおじさんであるわしにとっては、
やや付いていけない展開になっていった。

そう、絶対スタッフの、思い入れが加速してしまったのだ。
ルールーとえみるちゃん、めちゃくちゃ可愛く表現されてるもん。
その可愛さの追及に、心を奪われてしまって、
「子育て」と「お仕事」が、
どうでも良くなってしまったに違いない!
ねえ、そうでしょ?!

しかし、娘としては、
というか子どもたちにとっては、
キャリア教育なんかより、
いわゆる「カワイイが正義」なのだろう。
ルールーちゃんとえみるちゃんは、人気のようだ。

だがしかし。
忘れていた「お仕事」要素を、無理やり取り返そうとしているのか、
ルールーちゃんとえみるちゃんが、プールとかでいきなりコンサートして歌うことを、
自分たちで「お仕事」と言っているのが、
引っ掛かるのだ。
「ああ、なに幼児向けアニメで熱くなっているのか!」という感じではあるが、
いいか、
仕事というのはな、

「辛くても朝起きる」
「同じことを毎日繰り返す」
「コツコツと努力する」
「不条理を受け入れる」
「失敗してもあきらめずに繰り返す」

そういったことの積み重ねだ。

「ストレスを、ダメージを、受け止める可能性を承知で家を出る」

これが仕事じゃ!!
何の下積みも挫折もなく、練習さえも描かれずに、
いきなりプールに飛び出て行って歌って皆にキャーキャー言われるような行いは、
「お仕事」とは言わん!!

と思ったりする、
なんとめんどくさい人になってしまったんだ、
関口光太郎35歳は。
子どもが楽しんでいるのだから、それで良いではないか。
ああでも、今期のシリーズがとても豊潤な内容になる可能性を、放棄してしまったようで残念なのだ。

今年も、池袋で、
女児が大挙して集う、プリキュアのイベントがあり、
わしは今日、娘と行った。
そしたら、朝の西武池袋線は、満員だった。
子どもたちやわしは、夏休みだが、
世の中の大多数の社会人たちは、
まだ通常の仕事があるのだ。
皆、仕事に行くのだ。
娘も、こんなに混んでいる電車に乗ったのは初めてだったようだ。
娘よ、これが本当の「お仕事うんと盛りだくさん」だ。

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by syun__kan | 2018-08-06 22:19 | 日記 | Comments(0)



現代芸術家、関口光太郎の日記。
by syun__kan
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